026「崩れゆく世界」
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〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 Dekopoモール 深海区域 ???〉
────────その男は、この世の不気味をすべてに詰めたような雰囲気を纏っていた。
「──────っ」
キキョウが、その異様に固まるのも無理はない。
急く身体と、焦る精神をないまぜにしたキキョウの胸の内に、完全に想定外が出現したのだから。
さらに言えば、本来ここにいるのは軍服男のはずだった。
だが、蓋を開けてみれば、軍服男よりも異質で、その実態の掴めない別の【空想現界人】がいたのだ。
キキョウの心中にこれ以上のイレギュラーは、入らない。
「…………おっと、そうだった。私も、悠長にしている暇はないんだよねぇ」
何がおかしいのか、笑顔を貼り付けた魔人は静かに、そう独り言つ。
それは、誰かと話しているようにも見え、より正体不明が際立つ。
「────お前、軍服男の仲間か?」
冷静に、ナギトが情報を聞き出そうと問う。
正直一言でも言葉を交わしたくはないが、キキョウはすでに一杯一杯だ。
「軍服男……?私がそれをあなたに話すと…………いや反応を見ることで私の心中を透かそうとして──あなた、とても良いねぇ?」
────ゾクリ、と怖気が背筋に走る。
まるで、鷲掴みにされた小動物のような感覚。
明らかに、俺を人間としてではなく、それ以外の恐ろしいナニカとして見ている目をピエロ姿の男はしていた。
「…………どうでも良い。んなことより、お前をここで強行突破する以外ねぇってことはなァ!《機械猟犬》ォ!!」
キキョウはとにかく、もがくように能力を発動する。
彼女にとって、すでに障害かそれ以外かしかない。
情報を聞き出せなさそうだった以上、キキョウの行為は最善ではあった、が……
「あら、とても活きが良い。けど、それは悪手じゃない?」
「──────っ!?」
────キキョウが前につんのめり、転けかけるのをどうにか止まる。
そして、俺たちもその異変に、目を見開く。
足にまとわりつくのは、沼のように歪んだ地面だった。しかし、沼の柔らかさはなく、硬く大樹の根に足を絡め取られたような感覚に近かった。
「ええ、どちらにせよ……ここで血を流す必要はないさ。だって、ここはもうすぐ崩壊するよ。なので、精一杯足掻いてみて、ね?」
そう、もったいぶった言い方をしたピエロ風の男は、そうウィンクした。
「──てめぇ!ふざけんな!!」
そして、沼の中で、安定姿勢をとったキキョウが、機械猟犬をピエロ風の男に走らせる。
しかし、彼女の猟犬の牙が届く前に、男は扉を出現させ、それを開けた。
「──────また会いたいねぇ、キキョウ」
そして、猟犬の攻撃が男が閉じた扉を空振る。
何故かキキョウの名前を知っている魔人、そしてその疑問すら破壊するように辺りは壊れ始める。
「──────っ」
息を呑むキキョウ、呆気に取られる俺たちはただ何も出来はしない。
──────がらがらと、全てが崩れ落ち……世界に罅が入りだした。
◆◇◆◇◆
「────っ」
キキョウの表情は、明らかに曇っていた。
憤りを通り越し、キキョウはすでに意気消沈していて────
「──とにかく、いきましょう!キキョウ様っ!」
しかし、それを突き動かすのは彼女の庇護かであるはずの少女である。
有無を言わぬ激励、キキョウに足りないものは他の者で補い合えばいい。
少なくとも、クアリにはその明快さがあるのだ。
「……ああ、そうだな。今、ここで立ち止まるべきじゃねぇ」
「あの魔人の発言も今思えば、かなり怪しい………考えても仕方ないぞ」
何の毛ないやり取り、しかしその様子に痛々しいもの感じた俺は、慰みしか言えなかった。
そう、彼女を一方的に知りすぎている俺には。
「アタシはこんなんじゃ、止まらねぇ────機械猟犬!」
キキョウの機械猟犬の地面に潜る弾頭により、足の拘束を脱した俺たちは崩れる駅空間を走る。
そして、俺たちは、間近に迫ったレイの元へと向かう。
────胸の内に、わだかまりを抱えつつ。
◆◇◆◇◆
「─────んん、家出はこれまで。皆さん、お家に帰りましょうね?」
悪魔のような男は、子供たちを前にして嗤う。
そのあまりに空虚な笑みに、私も後ずさってしまう。
とはいえ、ここで引くのは論外だ。
ここで精神的な意味でも縮こまっては、逃がしてくれたレイに申し訳が立たない。
「そうだな…………少なくとも正体も知らぬお主についていくほど、妾たちは物事を楽観してはおらぬ」
仮面をかぶるように、役を演じて恐怖を誤魔化す。
咄嗟に、考えなしに……しかし生き残るためにノワ子は言葉を絞り出す。
「…………ほぅ?か弱き者は、斯様な輩に怖がってしまうのも致し方ないと。確かに自明の理だ」
どうやら、交渉、というかせめてもの時間稼ぎはできたようで────
「────不必要。貴方達が思考する事は無意味……安寧を貪るべきなのです。知る事はすなわち、恐怖を齎す」
────無理っぽいなこれ。
軍服男はのっけからとんでもない理論をかましてくる。
どうやらまともに話すこと自体難しそう、いやそれでもどうにかするしかない。
私は心中で半狂乱になりつつ、表面上は努めて冷徹なフリを演じる。
「……そうか、そうかもな。その通りだ」
もし、仮に……後ろの子らを逃がそうとしても、直ぐに追いつかれる。
彼らは戸惑い、逃げるのが遅れる……それに、この状況で秘密裏に逃走を促す方法はない。
あったとして、私たちに軍服男から逃げる選択肢などない。
唯一、皆が散り散りに逃げれば…………誰かは逃げれるかもしれない。
しかし、それは少数を切り捨てることだ。
それだけはやってはならないこと。
「ノワ子……」
「の、ノワ子ちゃん……?」
ルートとカルネが不安そうに私を見つめる。
唐突に恭順しだした私に不安を示すような表情で、こちらを見る。
とはいえどちらにせよ交渉や会話は困難なのだ、ならここは相手の望みに沿うのがベストだ。
「わかった、お主について行こう。この子らを誘導するのも私がやる。だから酷いことはしないでくれ」
「んん、素晴らしい。あなたに祝福あれッ!世界を変えるのはあなたの決断です……!」
驚愕が子供たちに広がっていく……しかし、彼らとて心の中で分かっているのだ。
彼に見つかった時点で、すでに状況は詰んでいるということに。
「みんな、申し訳ない。少し話をしたいんだ、妾はみんなが傷つくのが嫌じゃ。それに、ここで抵抗してもいたずらに傷つくだけなのだ。ならば、ここはおとなしく従ったほうがましだと思わんか?」
軍服男とほんの少し、会話してわかったことがある。
彼は、子供たちを害そうとは毛ほども思っていない。
それどころか、庇護する対象とすら思っている。
それに対する考察は後回し、今はただ引き延ばすのみ────
「──────」
軍服男は咎めない。
明らかに、子供たちは不満を有していた。
故に、今は私が子供らをまとめることが最も彼らと歩み寄れる手段だと判断したから。
そう、つまり私たちを舐めているのだ。
「それに、この人も見た目は怖いが……思ったより優しそうだぞ。脱走したのも気の迷いだったと今、妾は考え直している。ならば、ここで彼を信じてみてもいいのではないか?」
「んんん、辛辣ですが……素晴らしい考えです!私たちの意思に賛同してくださるのですね!」
「そうだ、私たちもそこまで悪くない暮らしをさせてもらうのだ。外は危険だということが、今回の脱走で色々分かったと思う、そうだろう、ルート?」
「え、俺!?えっとそうかも?でも、ずっと閉鎖空間ってのもなあ?」
ナイス、ルート!ともかく、迷っているフリを、話し合っている体で発言してくれ!
言葉を絞り出せ……とにかく、無理なく違和感なく!
会話を、演説を引き延ばせッ…………!
「カルネはどう思う?別についていくのはありだよな?」
「私は、あり、とは思うけど、偶に外に出た方が精神衛生上はいいかも、ね?」
カルネも意図を把握してくれたようで、話にのってくれる。
そして、私の視界の端に、とあるものが映った。
カルネの言葉と、それでようやく私は…………軍服男に向き直った。
「妾たちが、ここでお主についていくこともやぶさかではない。条件としてたまに外に出るということでどうじゃ?無論、護衛だの監視だのは好きにしてよい」
「ふむ、まあか弱き子らに必要ならば、致し方ない────」
「────あ、それともう一つ」
そして、了承しかけた軍服男に私は矢継ぎ早に話しかける。
「────────誰が、お主みたいなロリコン野郎に近づくものか、このうつけ者が!」
「────────っ!?」
その言葉に目を見開いた軍服男の横っ面に、小さな拳が撃ち込まれる。
そう、その小さき体に秘められた凄まじいエネルギーを開放するように、軍服男を殴り吹き飛ばす。
その姿がどれだけ頼もしく、そしてどれだけ素晴らしいのか声高々に語りたい気分だ。
「────待たせた」
「……はぁ、本当に死ぬかと思った……いや、王族たる妾には造作もないことだったがの!?」
無表情で、されど安堵の滲んだ顔は、私を安心させるに足る。
安心から出たボロ…………しかし取り繕うことを思い出し、私は涙目で言い直す。
たった半年で、ナギトの無茶がうつったのかもしれん……と私はまんざらでもない笑みを浮かべるのだった。
◆◇◆◇◆
「────────なるほど……子らを唆し、扉を破ったのも貴女ですか。私も少し認識を検めねばなりませんねぇ?」
レイが吹き飛ばした煙の中から、ほぼ無傷の軍服男が現れる。
さすがのレイも幼くなった体では、そこまで威力が出せないようだ。
「…………今は逃げることが優先、だッ!」
「──ああ、み、みんな逃げろ!」
「とにかく、後ろの子から出口に向かって!押さないで」
年長組のルートとカルネが声を出し、子供たちに逃走を促した。
「──────行って。あの男とケルベロスは私が抑える……大丈夫、もう少しで出られる」
「……っ、すまぬ。聖なる乙女よッ!」
そして、ノワ子も……レイを背にして走り出す。
安心させる言葉も添えたのだが、ノワ子は申し訳なさそうにしていた
「…………おや、貴女は勇敢なのですねぇ?実に素晴らしい。しかし、それは蛮勇。ここは私たちの空間ですよ」
「ん、知らない。関係ないっ!」
瞬時に、レイは軍服男に襲い掛かる。
跳んで拳を入れるが受け止められ、そのまま受け止められた腕を掴んで引き寄せ……顔面へ蹴りをくらわす。
頬へのクリーンヒット、しかし軍服男は涼しい顔で微動だにしない。
「足癖の悪い娘だ、しかし、そこもまた愛らしい!」
掴んだ拳を腕ごと鞭のようにしならせ、レイを壁に投げつける。
咄嗟に、レイは受け身を取り、最小限のダメージに抑えた。
そして壁へとたたきつけられた反動で、地面へと降り立つ。
そのまま、軍服男にもう一度突貫、そしてレイは掴まれないように速さとトリッキーさを意識した拳と足を織り交ぜた攻撃の嵐を叩きこむ。
しかし、一撃一撃は体で受けられるか、回避されており……ダメージもほぼない。
「(ダメージがないのは想定内、手数で吹き飛ばす)」
頭部への掴みが繰り出され、それを回避するレイ……前よりも小さく、速くなった体で軍服男へと小突撃を繰り返す。その攻撃にダメージはないが、衝撃などは伝わるので相手は怯む。
事実として、軍服男は攻めあぐねていた。
すでに、軍服男は目の前の者を庇護対象としてではなく、敵として見ていた。
しかし、その気になった彼でも…………レイは速く、巧いために時間を稼がれていた。
本気を出せば、勝てる…………だが、その場合手加減できずに殺してしまう場合がある。
敵とて庇護対象、殺すことはできない。
「ふむ、これは僥倖ですねぇ!」
だからこそ、軍服男はそれが来たことに歓喜した。
──────入り口を覆いつくす、黒い毛並みの犬の顔。
しかし、かわいらしい動物としてのそれは一切なく、死を連想させるほどの凶暴な顔と殺気が反対側にいるはずのレイからも感じれた。
軍服男は三頭の番犬の方に手をかざすと、ケルベロスの巨体がみるみる小さくなっていった。
そして、通路に入れるほどの大きさになったケルベロスは、主の後ろに控えるように鎮座した。
小さくなったとはいえ、それでもレイの十数倍はある。
そして、自分をいいように弄んだ少女をあり得ない殺気をはらんだその六つの目で睨んだ。
「これこれ、殺してはいけませんよ。それに、彼女と戦うのは私です」
ケルベロスではなく、軍服男が前に出てきた。
これによってレイは確信する、軍服男がケルベロスを従えることによってケルベロスの能力も得ていることを。
「──────ん、二人がかりでも問題ない。起きてるでしょ?リティア」
そう、レイは真顔で……自らの従えている妖精の名を呼ぶ。
すると、どこからともなく、あの抑揚のない声が聞こえた。
『…………ふ、遅ればせながらで申し訳ないが、数的にはちょうどいいといったところだね』
少し小さくなった光球に羽を持つ者が、レイの傍らに現れる。
そして、ようやく目覚めた妖精が参戦、そして数的に二対二となった彼らの戦いは、第二の段階へと向かう。
〈Tips!〉
・軍服男について
幼児化の能力を持つ、怪人。
緑色の軍服は彼が軍人であった頃のものなのか。
彼自体は半ば狂っており、子供のことをいつまでも甘やかす思考により、基本的に自分以下の年齢の人間すべてを舐めている。
────それでも、彼は愛しの我が子を求め彷徨う。




