二人の幸せ
「……やってしまった」
霞をそれはもう無茶苦茶に、それこそ何回も抱いて、シャワーを浴びて、また抱いて、性欲に塗れた男子高校生の様に盛った後に……疲れから私達はほぼ同時に寝落ちした。
……そして、酒も抜けた私はすっかり冷静になって起き上がる。
二日酔いではないが頭を抱えていた。私の方が先に起きたようで、隣には全裸で眠る霞が居る。今まで夢見た光景が現実になっている幸福感と、これで霞との関係も終わるのかと言う絶望感がいっぺんに押し寄せてくる。
でも気分は晴れやかだ。やったことに後悔は無い。……無いったら無い。
霞がどちらの選択をするか……分からないのが怖いが……今は私はこの隣で天使のように眠る彼女を起こすことはできないので、とりあえずシャワーを浴びようと起き上がったところで……
「おはよう……明菜ちゃん」
霞が目を覚ました。その表情は笑顔ではなく……無表情だ。今まで見たことの無い彼女の表情を見て、私の心に悲壮感が広がって行く。もう彼女は笑顔を見せてくれないのだろうかと……。
……まぁ、あれだけ無茶苦茶に色々な事をしといて今更に笑顔もクソも無いか。
「お……おはよう、霞……」
挨拶もそこそこに二人の間に沈黙が流れ……霞はベッドから起き上がる。そのまま、彼女は自身のバックからスマホを取り出して操作し、耳に当てる。
あぁ、警察に突き出されるのか……仕方ない……私は塀の中でせめて霞の幸せを祈っていようと……私が変な覚悟を決めていた時に、どうやら目当ての所に繋がったのか霞が喋り始めた。
「あぁ、健吾君? 今どこにいるの? ……なんで後ろから女の人の声が聞こえるのかな? ……うん、もうどうでもいいや。私達、別れましょう。冷静になったんだけど、暴力振るう男の人とか……普通に無理だから」
聞いたことの無い霞の冷たい声色に、私は驚いた。いつも優しくおっとりとしていて……暖かな陽だまりの様な霞の声とは思えないその冷たい突き放した声……私に向けられているわけでも無いのに、思わず恐怖に震えてしまう。
いや、そんな事よりも……今霞はなんて言った?
スマホの向こうからギャーギャーと喚いている声がこちらにも聞こえてくる。それに対しても霞は見た事も無いような冷たい目と、聞いたことも無いような冷たい声を出す。
「……付きまとうようなら傷害事件として足の怪我について警察に被害届を出すから。これで終わりにするなら全部忘れてあげるわ。良い条件でしょ? じゃあね、バイバイ」
まだゴチャゴチャと何かを言っているような音が聞こえるが、霞はそれを無視してスマホの通話を切る。その後にも色々と操作しているので、もしかしたらSNSのブロック操作などをしているのかもしれない。
いや、それよりも……私の思考が追い付いていない……。
「明菜ちゃん? どうしたの、変な顔して?」
呆けた表情をしている私に、霞は天使の様な笑顔を向けてくれた。声色も先ほどとは異なり冷たいものではなく、暖かい陽だまりの様な声に戻っている。それでも私は、まるで身体から魂が抜けたかのように身体を動かすことができない。
先ほどの霞の発言の意味を、理解できずにいた。
「身体中がベトベトだね……一緒にシャワー入らない? って……なんで動かないの? 私一人で喋ってるみたいで恥ずかしいんだけど……」
その一言で私は我に返る。
霞は選択してくれた。私を……選んでくれた。
「霞……いいの? だって霞は……」
「んー……私もね、ずっと男の人が好きなんだと思っていたんだけど……思い込んでいたんだけど……たぶん、違ったんだと思う。だって、私って自分から告白したことなんて一度も無かったし、別れ話も全部向こうからで……たぶん流されていただけなんだと思う。」
その一言に、私は過去を思い返す。彼女は私に対して男と別れた時には一緒に飲むのだが……彼氏に対しての惚気話と言うものは一切聞かされたことが無かった。それは、彼氏を作らない私に対しての彼女なりの気遣いかと思っていたのだが……そうじゃなかったのだとしたら。
「それにさ、明菜ちゃん……私の前から居なくなるつもりだったでしょ?」
「え?! なんでわかったの?!」
図星をつかれたことに私は思わず口に出してしまう。言うつもりが無かったのだが、もう遅く……霞は苦笑を浮かべていた。
「長い付き合いだもん、それくらいわかるよ。それでね、私の前から明菜ちゃんが居なくなると思うと……私は……それが何よりも嫌だった」
目を瞑り、胸の前に手を置いた霞は、微笑みながら言葉を続ける。
「今まで別れ話を切り出されても感じなかった、身を裂かれるような気持ちが沸き上がって……やっと理解したんだ。私もさ、明菜ちゃんが好きなんだって。気づくの遅かったけどさ」
今まで何よりも聞きたかったその一言を聞いた瞬間、私は弾かれたように動き出す。彼女に向って、一直線に突撃し、そのまま彼女を力の限り抱きしめる。
「霞……愛してる……愛してるよ……昨日はごめんね」
「明菜……私こそ今までごめんね……愛してるよ……」
私は涙を流して彼女に伝える。ようやく、長い間一緒に居て、それでも一緒になれないと諦めてた人を抱きしめられた歓喜と、昨晩の最低な行為の申し訳なさからの謝罪の気持ちを織り交ぜた涙……彼女はそれを優しく受け入れて私を抱きしめ返してくれた。
それからの私達の関係は友人から恋人になる。
周囲への説得は……思ったよりもすんなりだった。理解のある時代だというのも良かったのかもしれないが、私の父なんかは「なんだ、まだ付き合ってなかったのかお前等」とか言い出して、逆に恥ずかしくなった。
あれほど長い間、悩んで苦しんでいたのが嘘みたいに、私と霞の関係は周囲に受け入れられ、とんとん拍子に話は進む。
現実感が追い付かず、ふわふわと夢のような日々を過ごし……ようやく気持ちが追い付いてきた頃……。
「綺麗だよ、霞」
「明菜もかっこいいよ」
真っ白いウェディングドレスを着た霞に私は心からの賛辞を述べ、白いタキシードを着た私を見て霞は頬を染めていた。
あの日から、霞は私を「明菜ちゃん」ではなく「明菜」と呼ぶ。その呼び方も……なんだか愛おしくて呼ばれるたびにニヤニヤしてしまう。
今日は……身内と中の良い人達だけを集めた私達の小規模な結婚式だ。
「お色直しでは、明菜もウェディングドレス着てね。私はタキシード着るからさ」
「私には似合わないよそんな可愛いの……」
「絶対に似合うから、私の見立てを信じて!」
それでも、私みたいな女にはウェディングドレスは似合わないと思うのだが……彼女に押し切られてしまった。なんだろうか、あの日から霞は私に対して非常にグイグイ来るのだ。今までが嘘みたいで、私の方が圧倒されてしまう。
「それじゃ、行こうか」
「うん、行こう」
私は霞の手を取った。幸せそうな笑顔を浮かべて、私も同じように幸せな笑顔を浮かべる。
あの日、私は最低な決意をした。彼女を男達から寝取ると。
きっとそれは最低で、傍から見ると間違っていて、嫉妬にかられた醜い行動で……思い出すと今でも少し自己嫌悪に陥るが、それでも彼女を手に入れたいと必死に願って足掻いた結果の行動だった。
「……霞、私、霞を幸せにするから」
「何言ってるの明菜、それじゃ駄目よ」
当時を思い出して罪悪感から出た言葉は、即座に霞に否定される。それから彼女は満面の笑みを浮かべて私に告げる。
「お互い幸せになろうね、明菜」
「……そうだね、幸せになろうね、霞」
私の罪悪感を吹き飛ばすような笑顔を見せてくれた彼女を見て、きっと……あの日の行動は間違いでは無かったのだろうと私は結論付けた。
たとえ他の誰かが間違いだと言ったとしても、私と霞の二人は間違いでは無いと胸を張って言えるように……これから二人で幸せになってやると決意するのだった。
これにてお終いです。
読んでくださった方、ありがとうございました。