エピローグ
『パンパカパーン! おめでとうございますー! とうとう魔王を倒しましたね、勇者様? あっ、それともアーくんって呼んだ方がいいですかー?』
……ここに戻ってくるのも久しぶりだ。
前回死んだのは1年くらい前。相変わらず黒一色の世界に、女神はクッションを敷いてそこに座っていた。
それはいつもと変わらない光景で―――そして、そして―――あれは、どういうことだ?
『あれって? えー、なんのことですかー?』
この悪女野郎が俺の行動を全て見ていることは、過去何万回と死んだ中で知っている。死んだ俺に対して、その場を乗り切るためのヒントを与えてくれたのも、こいつだ。
しかし、こいつはトボける。俺の拳が怒りに震え始める。
『あー、あれですか? 貴方が気に入っていたあの娘、フウラちゃん? ふふふ、彼女が言った通り、あの子も実は転生者だったのですー!』
そして俺が怒りに震えているのを見ても、こいつは決して恐れない。ただ小馬鹿にしたように笑い、そして宣う。
……フウラも、転生者。その事実を言われ、その意味を飲み込み、俺は―――問うた。
『えー、あの子には私、手を出してませんよ? だからもちろん、死に戻りの呪いはかかっていません。あの子、女神の存在を信じてたし、すごい女神のこと美化していたし。あの世界を管理している女神って私だけだから、実際を知っていたらあんなに信心深くはならないでしょー?』
―――その通りだった。現に俺は、女神の存在など下らないとフウラにずっと言ってきた。
それなのにあいつは、いつも女神の存在を、その救いを信じ続けてきた。馬鹿みたいに―――
『だから、あの子があそこまで生き残れたのは、ぜーんぶ実力。あの子が力を身に付けられたのも、みーんな実力。たぶん、周りを見て転生者だとバレたら死ぬってことをいち早く理解して、必死に周りを騙し続けてきたんでしょうねー。それで、近くにいた同い年位の子―――貴方ね。貴方を見様見真似して異世界に馴染もうとしてきたんじゃないかしら』
―――そんな。
『あーあー。でも残念ですねー。あの子、あんなところで転生者宣言しちゃって。貴方以外にも人がいるっていうのに―――このままじゃあの子、死んじゃいますねー』
…!!!
そうだ、あの世界のルール―――異世界転生者は、転生者だとバレたら即死する。あいつは俺が救った世界を生きることすら出来ず―――あのまま―――
―――いや待て。今この悪女野郎、なんて言った?
『えー? 言った通りですよー。このままじゃあの子、死んじゃいますねーって』
死んじゃいますってことは―――フウラはまだ、死んでいない……?
『ええ、もちろん。女神の空間は時間が止まってますから』
―――それを聞いて、俺は覚悟を決めた。
俺は頭を下げて、それを頼む。頼み込む。
『えー? 死に戻りの呪いをあの子にかけて欲しいって?』
―――そう、転生者とバレても死なない呪い。悪女野郎の言い分だと女神の祝福と言われる、それ。
それを、フウラにかけてやって欲しいと、俺は頼んだのだ。
長年―――3万回も顔を合わせてきた俺はこいつの性格を知っている。自分に非が無ければどこまでも傲岸不遜。他者を思いやる気持ちなんて一欠けらもない。女神という名前が腐ってしまうほどの性悪女だ。
それでも俺が―――死んでしまった俺が、フウラに出来る最期の恩返しだった。例えどれだけ断られようと、俺はいつまでも縋りつくつもりだった。
『別にいいですよー……はい、かけましたー。もうあの子は転生者とバレて死んでも生き返るようになりましたよ』
……意外にも悪女野郎はあっさりと俺の願いを聞き遂げ、その呪いをかけたらしい。
―――おかしい。何か、嫌な予感がふつふつと胸の中で沸き起こる。
『おかしいですかー? 違和感ですよねー? だって、貴方は私の性格を知っていますからねー』
俺の疑問を察したかのように、女神が語る。
『その違和感―――大・正・解、ですよ。ふふ、うふふふふっ』
そして、嗤う。
『貴方もまだまだ、甘ちゃんですねー。私が何の意図もなく祝福をかけるわけ、ないじゃないですかー』
『貴方は気づいていないんでしょうけど、あの子、貴方を亡くして死のうと思っているんですよ? 死にたくて死にたくて、一緒に死にたくて、それであんなところで転生者だって言ったんです』
『それなのに死に戻りの呪いなんてかけちゃって―――ああ、可哀相。あの子は自由に死ぬことも出来ず、寿命で死ぬまで貴方を亡くした悲しみを引き摺って生き続けなくちゃいけないんです』
『いえ、それだったらまだマシ。よりによって転生者だって名乗ってしまった後の、今のタイミングで死に戻りの呪いのなんてかけちゃって……ふふっ、分かります? 死に戻りの起点が強制的に今に設定されちゃったんですよ? つまり、彼女は貴方が死んだその瞬間から、周りの人から転生者であることを指摘されてしまうまでの間を繰り返し続けてしまうのです』
『ああ、なんて可哀相! あの子は目の前で貴方が死ぬのを見て、自分も死んで、また貴方が死んで、また自分も殺されて―――未来永劫、魂はあの瞬間に閉じ込められたまま! ああ、なんて可哀想なんでしょう!』
『本当に、可哀相。なんて、なんて、可哀相な子なんでしょう。ねー、その運命を彼女に押し付けた、アーくん?』
―――怒りが、湧く。
戻せと叫ぶ。彼女にかけた呪いを、今すぐ解けと泣きわめく。
『残念ですけど、それは出来ませーん。貴方にかけた祝福同様、あの子にかけた祝福も寿命が尽きるまで解けないんですよー。あっ、ごめんなさーい。あの子に寿命なんて一生来ないんでしたね、ふふふっ』
そう言って、奴は、あっと思いついたかのように手を鳴らす。
『でも、そういえば1つだけ。呪いを解く方法がありましたねー』
そしてニタニタと笑い出す。俺を挑発するように嘲笑い、言葉を続ける。
『試してみますか? その方法―――ちなみに私を殺すことなんですけどね』
―――言われた瞬間、身体が動いた。
武器などない。骨にひびが入るほどに拳を固く握りしめ、俺はただ、巨悪に向かって疾く駆ける。
口から漏れ出るのは、意味のない雄叫び。女神だろうが、何だろうが、関係ない。
俺は―――俺がやってしまった過ちを、正したい一心で―――拳を悪女野郎に打ち付ける。
ニタァと嗤ったやつの顔面を、俺の拳は捉えて―――
『はい、残念でしたー』
―――すり抜けた。殴りかかった勢いそのままに俺の拳は女神の身体をすり抜け、勢い余った俺は黒い世界の地を転がる。
……野郎、攻撃さえ当たらないとは卑怯な手をっ―――!! しかし、女神は笑って答える。
『あれれー、まだ気づいていませんかー? それとも、ネタばらしが必要ですかー?』
気づいて―――ネタ、ばらし……?
いったい何のことだと、問う俺に―――
『コホンッ……」
女神は1つ喉を鳴らし、その場で居住まいを正して応える。
―――そこにいたのは遥か昔。初めて出会った時に見せた、厳かな佇まいの女神だった。
『貴方にかけた祝福はまだ残っております。未だ私に手を出せないのは、それが原因です』
は? ―――何を言っているのか分からない。
俺は予言通り、魔王と刺し違えて寿命を全うしたはず……
『何なのですか、その運命の死を寿命とする風潮は―――違います。私が申し上げた寿命とは貴方の身体自身の寿命です。運命づけられた死だか定めだか知りませんが、そんな曖昧なもので女神の祝福が解けると思ったら大間違いです』
は―――はぁ?
だったら、さっき言ってたお前の意図とかなんだとかは、なんだったんだ?
『私が申し上げた意図というのは―――感謝です。貴方達はあの世界を危機に陥らせた魔王を見事に滅ぼして下さいました。それであるのに、世界を救った彼女を死なせてしまうにはあまりに悲しい―――貴方も、愛する者が亡くなった世界で生き続けるのはつらいでしょう? ですから、女神からのほんのささやかな贈り物だと思ってください』
―――なるほど。
……いや待て。でもフウラにかけた呪いはどうするんだ? あの状況で死に戻りの呪いをかけられたあいつを、俺はいったいどうやって救えば……
『簡単ですよ。貴方なら―――きっと彼女を救えるはずです』
そう言って殊勝にも、女神らしく微笑んできやがる。
―――今更取り繕ったところでさっきの態度や挑発。あまりに度が過ぎてた件はどう説明するんだ、この悪女野郎。
『あれは―――悪ノリです』
―――殺す。
『わー! 待って、待って下さい! ほんの冗談です、出来心です! ついカッとなってやってしまって、むしゃくしゃしてやっただけです!』
―――って、そんな怯える素振りをしているが、今の俺はどうせこいつに手を出せやしないんだ。
再び持ち上げた握り拳を、俺は解いた。
『わー……? 怒ってない? 怒ってないですね? ふぅー、良かった! これで寿命を全うした後でも許してくれますね? 私を殴ったりしないですね?』
ああ、約束するよ―――思いっきりぶん殴ってやる。
『ひぃー!?』
……でも―――まあ―――
いいや、その時の気分で殴るかどうか、改めて考えてやろう。
今はよく分からない。こいつがかけた俺の呪い、こいつがフウラにかけた呪い。それがどういう風に役立つのか、それとも苦しめるのか。
それを全部見た後で、殴るかぶん殴るか決めてやる。
『どっちにしろそれ、私殴られますよね?!』
楽しみにしていろ、悪女野郎―――そう言った傍から、いつものように俺の身体は光り始める。
意識は白に溶けていき、やがて意識が元の世界に戻っていく。
おい女神、次に会う時まで首を洗って待っていろと、黒い世界に言葉を残しながら―――
―――数年後。
「お父さーん! ごはんできたよー!」
……どこからか、小さい子供の声がする。
微睡みに閉じていた瞼を開け、俺は背の高い草原に寝転がりながら空を見上げる。
―――平和な空だ。そして、なんてことはない日常だ。
刺激的なものなんて、何も無い。魔王だの魔物だの戦争だの、そんな血なまぐさい話と無縁なド田舎。
草木が風に揺れ、雲は緩やかに流れ、小鳥のさえずりが遠くに聞こえる。息を吸えば、どこからともなく焼きあがったパンの香ばしい匂いが漂ってくる。
俺が魔王を倒して手にしたものは、そんなしょうもない、ささやかな日常だった。
―――あの後、死に戻った俺を迎えたのは死ぬ前と変わらぬ光景。転生者であることを暴露したフウラ、それを驚愕の眼差しで見ていた3人の仲間。
……そして、死んだはずの俺が何事もなくけろっとした顔で立ち上がり、腰を抜かす程4人は驚いた。
―――転生者バレ以外で死んだのは初めてであったが、どうやら転生者バレの時とは違い、普通に死んだ時には身体が蘇生し、その場に生き返るらしい。なんてとんでも性能。
そして驚いたり、驚愕に腰を抜かしたり、成仏しろと祈りを捧げ始める奴もいたが、それらをどうにか宥めてから俺達は語り合った。
―――その時、遅まきながらも気づいたのだが、転生者だと自ら名乗ったフウラは死んでいなかった。どうやら、転生者バレで死ぬきっかけとなるのは他人より「転生者か?」と問われることであることが今更ながらに判明したのである。
女神が言っていた、フウラを助ける方法は簡単だと言っていた理由がその時、分かったのだ。
だから俺は仲間の3人に、言うなよ!? 絶対に言うなよ!? フリじゃないからな、絶対に言うなよ!!? と語気を強めて言い、フウラを守った。
そうして一緒に、実は俺も転生者だったことを語ったのだが―――驚く者はいなかった。今まで何回も俺を転生者バレ死に追い込んだ魔術師サー・ルーだけでなく、ドワーフのワンスもエルフのナートリも、俺のことはずっと転生者だと思っていて、その上で黙っていたらしい。なんだそれ。
―――あ、いや、実は驚いたやつが1人だけいた。
「えー!!? アーくん、転生者だったの!?」
―――そう叫ばれた瞬間、俺は死んだ。例え相手が転生者だろうと、「転生者か?」と言われたら死ぬ。そのルールもその時初めて知ったのである。
やけに早い帰宅に、黒い世界の女神は吹き出していた。先までの厳かな雰囲気をかなぐり捨て、げらげら笑って指差し笑いやった。
赤っ恥にわなわな身を震わせながら、60年後ぐらいに覚悟しろよと捨て台詞を吐き捨てながら、俺は死に戻った。そして、
「えー!!? アーくん、て…モガモガ!!?」
少し時が遡り、禁句を再び叫びそうになっていたフウラの口を手で塞いだ。話が進まない。やっぱりこいつは馬鹿だった。
―――そうして、転生者であることをばらした俺達は、仲間の3人に対してここで俺は死んだこと、フウラはそもそもいなかったことにして欲しいと頼んだのだ。
魔王を倒したということは、相当規格外の力を持つことが疑われる。世界に名が轟き、その最中で誰か1人でも「勇者アルスって転生者じゃね?」「仲間のフウラってやつも転生者じゃね?」と疑ったが最後、俺やフウラは死ぬ。名が広まり続ける限り俺たちは死に戻り続ける。そんな無間地獄みたいな仕置き、死んでもごめんである。
よって、勇者の名はアルス改めモモタロウと名づけ、お供であったワンス、ナートリ、サー・ルーの口からその偉業を語ってもらうことにした。そうすることで、世界の誰かが勇者を転生者と疑っても、俺が死ぬことはない。仲間の名前も、転生者であるフウラの名前を除いて伝えられればフウラも死ぬことはない。
―――こうして俺たちは、平穏の余生を手に入れたのだった。
「お父さーん! お父さんってばー!!」
再び聞こえてくる子供の声。それは俺の方に向かってきて、やがて背の高い草むらの中から1人の子供が顔を出した。
「あー、こんなところで寝てた! もう、探したんだよー!」
ごめんごめんと謝り、昔からの手癖でつい子供の頭を撫でてしまう。
その手を満足げに、ちょっと誇らしげに受け入れてくれる子の、何たる愛おしさか。
「お父さん、ここー?」
「え、お父さん、どこにいるのー!?」
「えーん!! おどうざん、どごー?!」
「この時間、この風向きの時にお父さんがここらへんにいる確率は28%……」
「きゃははは! お父さん、お父さん、ははははは!!」
―――耳をすませば、色んな声が聞こえてくる。草むらを掻き分け、俺を探す子供たちの声。
……俺達は忘れていた。この世界の常識を。
為せば成る。それも一週間で。
愛を語らい過ぎた俺達は子を成し過ぎて、今や父母と34人の子から成る大所帯だ。子の名前を覚えるのもつけるのも大変だ。
適当に1号2号とかつけようとしたこともあったが……普段は大人しい嫁が、その時だけは烈火のごとく怒った。まあ、俺も冗談で言ったんだが……怒った嫁は本当に怖かった。
―――さて、泣きだす子もいるし、腹を空かせてる子もいるだろうし、なんだかやんちゃに火がついておかしくなってる子もいるし。家では人数分のご飯を作って待っている嫁がいる。
ここは辺境、周りに誰もいない辺鄙な土地。誰かに転生者を疑われる心配もない。せっかく生んだ子供達は、しっかり巣立つまで育てたい。
―――果たしてこの子供達の中に、何人くらい転生者はいるのだろうか? 明らかにおかしなやつもたくさんいるが、鳴りを潜めているやつもいるだろう。
100人産んだら何%か統計が取れるなと言ってみたら、嫁からは「パーセントはこの世界では通じませんよ」と窘められた―――まだまだ俺も、この世界に染まり切っていないのだ。
「アーくん! アーくーん!! ごはん出来たよー!」
そして遠くから、俺を呼ぶ声がする。
俺は声に応じて立ち上がり、見つけた子供を片っ端から摘まみ上げ、声が呼ぶ方へ歩いていく。今日も今日とて、世界は続くのだ。
「今行く、フウラー!」
俺はこの世界で生きていく。
愛する妻と、子供たちに囲まれて―――それでも世界は、回っていく。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか、お楽しみ頂けたのなら幸いです。
もしお手すきでしたら、感想や評価など頂けますと大変励みになります。
また、大きく作風が異なりますが別で長期連載小説を書いております。
『最強の吸血鬼はひとの血を飲まない』
https://ncode.syosetu.com/n6735eq/
こちらもお読み頂けると、大変有難い限りでございます。
さて、あまり長々とあとがきで書くのもあれかと思いますので、これにて。
またパッと何か閃いたら、こんな風に短期連載をしたいと思います。その際は何卒、宜しくお願いします。