夢だもの
その日の私は大垣に帰らなかった。翌日に用事があったので、サーウィンストンホテルに泊まった。ビジネスホテルぐらいの料金で泊まれる部屋がある。ビジネスホテルよりは広くて、きれいな部屋だ。私は部屋に入ると必ず、洗顔、手洗い、うがいをする。疲れているので、スポーツドリンクを飲み、ベッドに横になる。自宅では見ないTVを少し見る。少し疲れがとれて、シュークリームやエクレアを食べて牛乳を飲む。入浴して寝た。
翌朝はちょっとだけぜいたくして、ホテルで朝食をとる。アンティーク家具や陶磁器、ガラス細工で飾られた食堂に行く。
まず、珈琲を頼み、パンを幾つかオーダーする。
パン、バター、ジャム。ハムやベーコン、ウインナー、スクランブルエッグ、サラダ、焼き野菜などが運ばれてくる。最後、果物と珈琲で食事を締める。
チェックアウトは12時なので、部屋でゆっくりする。そして、昼近くチェックアウトすると、近くのビルの展望カフェに入った。
松浦先生、小山田先生、牛島先生がすでにいる。
今日は歌の会。
「何か食べます?」
「いえ、いいです」
私たち四人は時々、自作の和歌や俳句を発表しあっていた。
「裏通りノスタルジック秋匂ふ」
小山田先生の発句に私が下の句をつける。
「天国の雲の上のKさん」
「ああ加藤和彦のことですね」
私たちはひとしきり、あんな大スターが自殺するなんて信じられない、とか、今年は井上ひさし、三浦哲郎、河野裕子、森澄雄、つかこうへいとか大物の物故が多い、とか話した。句のよしあしと言うより、句を手がかりにいろいろ話すことが会の目的だった。
私
「銀杏にも男と女があるんだよ、そんな言葉を思い出す秋」
「ユーヤの作品はライトヴァースですね」
小山田先生の言葉に一瞬、ヒヤッとする。牛島先生は何事かを松浦先生にムキになって話していて気づかないようだった。
私もすぐ、「アララギ」をどう思うかといった文学談義の方に夢中になってしまった。
夕方近く、松浦先生は牛島先生に「車で送って下さいよ」と言って、二人は帰っていった。
私はボールペンで静かに二回、机を叩いた。
「人の前でユーヤなんて呼ばないで下さいよ」
小山田先生は古歌で答えた。
「いくそたび君がしじまに負けつらむものな言ひそと言はぬ頼みに(何回あなたの沈黙に負けてしまっただろうか。何も言わないでと言わないことだけをあてにして、つい、また話しかけてしまった。)」
「その歌って源氏の中で一番ブスなヒロイン、常陸の女王(末摘花のこと)に贈られた歌ってご存知ですよね?」
小山田先生は首をかしげた。
「夜は何を食べましょうか?」
「和食がいいです」
このオヤジィ、絶対、確信犯。そう思いつつ、私は小山田先生について行った。一緒にカニ料理のお店に行った。
その日は夜遅く、大垣に帰った。帰りの指定席の特急の中でウトウトしながら、小山田先生が奥さん、子供にお寿司をお土産に買っていたことを思い起こしていた。
疲れていて、眠りが深かったのか、その翌朝は比較的早く起きた。珈琲を飲む。
卵を二つ使い、オムレツを作り、駅ビルのパン屋さんで買ったピザをレンジであたためる。親戚にもらった柿をカットする。
その日は本を読んだり、手紙に目を通したりして、過ごした。四宮くんにも手紙を書く。
「四宮徹先生御机下。お手紙ありがとうございました。御高著『イギリスの障害児教育』も拝読いたしました。名古屋にはもちろん、学生街がございます。一緒に探しに参りましょう。ところで、もしよかったら、私の勤め先でお仕事なさいませんか。イギリスに滞在されていたのなら、英語は問題ないでしょう。国語、数学、社会なんかもお得意ではありませんか。よろしかったら、教えて下さい」
私は悩み相談というのは昔からあまり好きでなく、ラジオで悩み相談が始まったので、ラジオを消した。中島みゆきの新しいCDを聴く。「夢だもの」という曲があった。私の人生も夢だもの。




