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不良  作者: 夢野ユーマ
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意地悪ユーヤ

水曜日、私が控室に入るやいなや、世界史の牛島先生がやって来た。その日の夜の推薦入試の面接の説明会についての話かと思ったら速水のことだった。


「浅倉先生、あの金髪の子、連れてきたの?」


牛島先生は四十前後で、どこかの私大の先生で、バイトで予備校の仕事をしている。

細身で、長身で、神経質な人である。

私が牛の性格をワル系、グズ系、ヨタロー系の三つに分けられると発言したことを誤解して、根に持っていた。(牛の性格については山藤章二氏の本に書いてあった。)



「今のところ、自習室で大人しくしてるけど、けっこう話題になってるよ」


私は苦笑した。


「悪い噂になってます?」

「いや、そうじゃないけど。痛々しい子だね。がり勉のボンボンのくせに、あんな風にあがいたりして」


私の心にさざ波が立った。


牛島先生は私の部屋の珈琲を勝手に来客用のカップに注ぎ、クッキーの缶も勝手に開けた。牛島先生は私にワル系と言われたと思っているようだが、実際はヨタロー系である。



もっとも、その日は牛島先生は私と戦争をするつもりではなく、仕事の打ち合わせをして帰っていった。



その夜、私は特進クラスじゃないクラスの英語を教えてから、推薦の子たちを集め、面接の説明をした。生徒たちは真剣に耳を傾けたり、メモをとったりしている。よくある質問、注意すべき質問などを説明する。


終わりがけ、大人の知恵を少し話した。

「就職活動なんかだと、待合室にスパイがいるって言うでしょ。それは極端だとしても、面接が終わってすぐ感想を口走ったりしない方がいいですよ。せめて大学の最寄り駅から大きいターミナル駅に戻るぐらいまでは出来不出来を話さない方がいい。大学の関係者が何聞いてるか分からないから」


それを言って私は席を立つと、一礼した。生徒たちはワッとなる。「美佐ちゃん、すぐ感想言いそう~」「勘太、口にチャックしろよ!」


私は牛島先生とテーブルの上を片付けた。幸い私たち二人とも「頑張るぞ!オーオー!」などと叫ぶのは大嫌いなので、アッサリしたもの。(そういう意味では私たちは似た者同士。)



控室に帰る時、自習室をのぞいた。速水が勉強している。



木曜日と金曜日は受験生に大学の過去問を講義する日で、目が回るようだった。



土曜日。古文基礎で「大和物語」を講義する。仁明帝が崩御した後、五条皇太后に暗殺されることを恐れた僧正遍昭は失踪する。しかし、小野小町は清水寺で偶然、遍昭に再会する。そして、昔の人のエチケットとして歌を詠む。


「岩の上に旅寝をすればいと寒し苔の衣を我に貸さなむ。岩の上に旅寝をするととても寒い。お坊様の苔の衣を・・・最後の一節、ゆかり、訳して。我に貸さなむ」


「私にかして欲しい」


「はい、よく出来ました。速水、返歌を訳して」


「世を背く苔の衣はただひとへかさねばつらしいざ二人寝む。世を背く僧の苔の衣は一枚きりだ。かさないとつらい・・・」

速水はそこで言い淀んだ。


「一緒に二人で寝よう・・・」

「一緒に二人で寝るって、何するの?わかんない!」


クラス中が大爆笑した。速水は耳まで真っ赤にしている。


「SEXしようってことでしょ!」


ゆかりが言って、速水は教科書で顔を隠した。


「エロ倉のアホ!だいたい僧正って坊主だろ!心が濁ってるぜ!」

私はプリントを配った。


「でも、本居宣長はこの辺りを論評しながら、僧でも恋やSEXをしてもかまわない。それが日本の心だって説いたんですね。来週までに読んできて」


「エロ倉の師匠だぜ!」


速水のおかげでクラスが活性化されている。

その日も速水とゆかりはバイクで帰っていった。智樹のことはちょっと心配だったが、私は比較的満たされた気持ちで帰途についた。




翌日、速水にカウンターをくらった。速水は私を含めた教室のメンバーにプリントを配った。「意地悪ユーヤの真っ赤な真実」というタイトルで、私のくせがまとめてあった。速水はプリントに沿って私の真似を始めた。

「ボワドヴァンサンヌか控室にいる時、苛立っている時」


速水は珈琲を飲む仕草をしながら、ボールペンで机を一定のリズムで叩いた。私は苦笑した。よく観察している。出来の悪い論文や、生徒の成績が下がった資料を見ている時の苛々している私を表している。


「こうやってプリントを見てる」


速水はメガネを外す仕草をして、プリントを顔に近づけた。私は真っ赤になって抗議した。

「それは印刷の質が悪いし、誤字・脱字が多いからですよ!」


「しゃべり方が丁寧だから目眩ましされているけど、けっこう言うことがキツい」


皆が手を打って大爆笑する。速水はピースをして、「近々、第二弾を出します!!」と言った。


腹立たしいと言えば、腹立たしいが、面白かった。


その日は鷲田清一と内田樹の評論、川端康成の「掌の小説」を講義した。


クラスに反逆ムードが広がり、ゆかりが「エロ倉って朗読が好きなのよ。大学時代、演劇のサークルをやれなかったルサンチマンを原動力にしてるの」と言った。



私の時間の後に、速水とゆかりたちは休憩室でお弁当を食べていた。


「近藤先生ってさ、小栗旬に似てるよね」

「はあ?若槻千夏か、チュートリアルの徳井じゃない方に似てるよ」

たまたま通りすがったヒロくんが「こらこら、てんご(悪ふざけ)言うたら、あかんで」と、速水に抗議していた。

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