表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

第6話「固定」

戦場は今日も、同じように崩れていた。


だが主人公にとっては、もはや“同じ”という言葉すら曖昧になっている。



観測ドームの空気は重い。


機材のノイズは減っていないはずなのに、耳の奥で響く音だけがやけに増えている気がした。



主人公はモニターを見ていた。


そこにはいつも通り、彼女がいる。


白い装甲。


無駄のない動き。


戦場そのものを消していく存在。



だが――



「……まただ」



主人公は呟く。



違和感は“増えている”はずなのに、逆に一点へ収束していく。



彼女を見るたびに。



胸の奥に、同じ“名前”だけが浮かぶ。



それ以外が思い出せない。



「……おかしいだろ」



声が出る。



記憶は壊れているはずだった。


分岐が混ざり、複数の彼女が存在し、曖昧になっているはずだった。



なのに。



彼女の“名前だけ”が、異様に鮮明になっている。



それ以外が全部、ぼやけていくのに。



名前だけが、削れない。



そのときだった。



視界が揺れる。



戦場の映像が一瞬だけ“反転”する。



白い彼女。


赤い彼女。


沈黙の彼女。


こちらを見ていた彼女。



すべてが重なる。



だがその中心にある一点だけが、動かない。



名前。



それだけは、絶対にブレない。



主人公は息を止める。



「なんで……これだけ残る」



その瞬間。



通信が開く。



ノイズはない。


だが今までで一番“深い位置”から声が来る。



「固定を確認しました」



彼女の声。



主人公は固まる。



「固定……?」



「はい」



短く肯定される。



「観測結果は、複数分岐から単一概念へ収束しています」



主人公は息を呑む。



「収束……?」



「あなたの中で、彼女は“単一の存在”として確定し始めています」



沈黙。



意味が分からない。



だが、理解できてしまう。



彼女が“複数いたはず”なのに。



今はもう。



一人しかいないように感じている。



「……じゃあ、今までのは」



声が震える。



「全部……違うのか?」



通信の向こうで、わずかな間。



そして。



「違いではありません」



「残響です」




主人公の背中に冷たいものが走る。



残響。



つまり。



どれも“存在していた”。



だが今は。



一つに潰されている。



「なんで……名前だけなんだ」



主人公は呟く。



その瞬間。



頭の奥が痛む。



思い出そうとするたびに、記憶が剥がれていく。



だが名前だけは。



逆に強くなる。



まるでそこに“固定されるための杭”のように。



通信の声が続く。



「観測者と対象の同期率が上昇しています」



「これ以上の観測は、自己崩壊を招きます」



主人公は笑いかけて、止める。



「……自己崩壊って」



「俺はまだ……俺なのか?」



沈黙。



だが答えはもう分かっていた。



誰も否定しない。



つまり。



そういうことだ。



通信が切れる。



静寂。



戦場は続いている。



だが主人公は、もう戦場を見ていない。



自分の中を見ている。



そこには一つだけ、はっきりと残っているものがある。



名前。



それだけが、消えない。



そしてそれ以外は、少しずつ消えていく。



「……お前、誰だよ」



そう呟いた瞬間。



ほんの一瞬だけ。



彼女がこちらを見た気がした。



まるで、答えを知っているように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ