第6話「固定」
戦場は今日も、同じように崩れていた。
だが主人公にとっては、もはや“同じ”という言葉すら曖昧になっている。
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観測ドームの空気は重い。
機材のノイズは減っていないはずなのに、耳の奥で響く音だけがやけに増えている気がした。
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主人公はモニターを見ていた。
そこにはいつも通り、彼女がいる。
白い装甲。
無駄のない動き。
戦場そのものを消していく存在。
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だが――
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「……まただ」
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主人公は呟く。
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違和感は“増えている”はずなのに、逆に一点へ収束していく。
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彼女を見るたびに。
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胸の奥に、同じ“名前”だけが浮かぶ。
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それ以外が思い出せない。
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「……おかしいだろ」
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声が出る。
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記憶は壊れているはずだった。
分岐が混ざり、複数の彼女が存在し、曖昧になっているはずだった。
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なのに。
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彼女の“名前だけ”が、異様に鮮明になっている。
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それ以外が全部、ぼやけていくのに。
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名前だけが、削れない。
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そのときだった。
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視界が揺れる。
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戦場の映像が一瞬だけ“反転”する。
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白い彼女。
赤い彼女。
沈黙の彼女。
こちらを見ていた彼女。
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すべてが重なる。
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だがその中心にある一点だけが、動かない。
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名前。
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それだけは、絶対にブレない。
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主人公は息を止める。
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「なんで……これだけ残る」
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その瞬間。
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通信が開く。
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ノイズはない。
だが今までで一番“深い位置”から声が来る。
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「固定を確認しました」
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彼女の声。
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主人公は固まる。
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「固定……?」
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「はい」
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短く肯定される。
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「観測結果は、複数分岐から単一概念へ収束しています」
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主人公は息を呑む。
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「収束……?」
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「あなたの中で、彼女は“単一の存在”として確定し始めています」
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沈黙。
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意味が分からない。
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だが、理解できてしまう。
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彼女が“複数いたはず”なのに。
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今はもう。
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一人しかいないように感じている。
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「……じゃあ、今までのは」
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声が震える。
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「全部……違うのか?」
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通信の向こうで、わずかな間。
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そして。
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「違いではありません」
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「残響です」
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主人公の背中に冷たいものが走る。
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残響。
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つまり。
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どれも“存在していた”。
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だが今は。
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一つに潰されている。
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「なんで……名前だけなんだ」
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主人公は呟く。
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その瞬間。
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頭の奥が痛む。
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思い出そうとするたびに、記憶が剥がれていく。
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だが名前だけは。
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逆に強くなる。
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まるでそこに“固定されるための杭”のように。
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通信の声が続く。
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「観測者と対象の同期率が上昇しています」
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「これ以上の観測は、自己崩壊を招きます」
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主人公は笑いかけて、止める。
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「……自己崩壊って」
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「俺はまだ……俺なのか?」
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沈黙。
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だが答えはもう分かっていた。
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誰も否定しない。
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つまり。
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そういうことだ。
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通信が切れる。
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静寂。
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戦場は続いている。
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だが主人公は、もう戦場を見ていない。
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自分の中を見ている。
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そこには一つだけ、はっきりと残っているものがある。
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名前。
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それだけが、消えない。
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そしてそれ以外は、少しずつ消えていく。
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「……お前、誰だよ」
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そう呟いた瞬間。
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ほんの一瞬だけ。
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彼女がこちらを見た気がした。
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まるで、答えを知っているように。




