050.収穫アップ大作戦
「そこ!もっと、満遍なく播きなさい!」
「そこは薄くなっていますよ。」
「かぶせる土もあまり厚くしてはいけません。」
「いいですよ。上手にできました。」
里は田植えの準備に大忙しだ。
「よく見ておきなさい。これはこうするのです。」
佳月さんの忙しく立ち働く姿を見て、何だか、うれしくなる。
あのまま会えなくなっていたらと思うと、ゾッとする。
キラッと汗が光る。
少し見惚れた。
あんな美少女と結婚したんだな。
「織田家の姫が北近江の浅井家に嫁ぐようです。」
ふと、先日、佳月さんが知らせてくれたことを思い出した。
美濃がほぼ片づいたというのは知らされていたし、
秒読みでしかなかったとはいえ、
やっぱり、始まるとなると緊張する。
何って、上洛戦だ。
信長が駆け上がろうとしている。
命を燃やし尽くすかのように。
凡人のオレはそれ以上に動かないと、到底、追いつけない。
史実と変わる可能性もある。
オレのせいだけど、稲葉山城は既に変わっちゃったし。
足踏みしてる余裕なんてない。
さて、目下の大目標は、来るべき戦火をかわすことだ。
天正伊賀の乱を回避する。
それには移転先を探すことだ。
となると、金が要る。
人が動くと、何某かの先立つモノがいるものだ。
実際に100人が動くとなると、
どれくらいの金が掛かるのか、考えただけで怖いが、
引っ越し費用だけじゃなく、
暮らし始めてから安定した収入を得るまでの金も要る。
ついでに言えば、家や家財道具、農具なんてものも、
買い揃える必要があるかもしれない。
明智光秀はそれほど家財を持って行かなかった。
荷物があると追いはぎの格好の的になるし、
何より、領主にとって、逃散はご法度だ。
単純に、税を払う人が他領に移れば、
こっちが弱くなって、相手が強くなる。
オレを護衛に雇ったのも納得だ。
そのため、金はいくらあってもいい。
じゃあ、どう稼ぐか。
父さんのファイルには、いろいろな情報が載っている。
大きくは、
①年表&できごと(エピソード&由来の元ネタ・来歴など)
②産業(農業や工業などの技術的なこと)
③生活改善(食事・医術・建築など)
に分類される。
全くありがたい。
まとめ方が上手なのも父さんらしいけど、
何でここまで思いつくんだというくらい、純粋にありがたい。
特に、②産業なんて、素材の集め方まで載ってるんだから。
だが、それは今じゃない。
この里が戦場になれば、
いくら生産拠点を造っても灰になってしまう。
また一からなんてことはしたくない。
それに技術を奪われてしまうとアドバンテージがなくなる。
やるのは、安全な場所に移転してからだ。
ただ、これは佳月さんにも相談していない。
不便でも山奥の村に住み続ける人もいるぐらいだ。
現代でも抵抗があるのに、この時代の人はもっとだろう。
それこそ、代々、命懸けで切り拓いてきたんだ。
「一生懸命」は「一所懸命」からできたと言われている。
武士が手に入れた一所を命がけで守ったことが、
時代が変わって、一生を懸けるに変わったけど、
それぐらい命を懸けているんだよね。
守ってきた歴史に誇りを持っていると言っていい。
だから、どう考えてもって状況でも城に籠ったりする。
「うん」て言ってくれたらいいな~。
とりあえず、今できることをやろう。
以前、取り組んでダメだった。
いや、わずかに収量が増えたけど、
それがなにか?誤差?ってレベルに終わったやつだ。
そう。米作りだ。
前回はマス目に規則正しく植えるという、
父さんのノートでは正条植えというらしいが、
それをやりたかったものの、
苗の育て方が分からなかったので、
意識して播くというやり方でしかなかった。
「そこ!口より手を動かしなさい!」
佳月さんの指示が飛ぶ。
里姫の陣頭指揮だ。
みんなの気合の入り方も違うというものだ。
そう。
父さんのノートに苗の育て方が書いてあったから、
リベンジしようと思ったら、
佳月さんが現代知識を手に入れて戻ってきたんだ。
「佳月さん、米作り、分かるの?」
「はい。」
「何で?」
「あっちにいた時に、少しでも作り方を知りたいと思って、
お母様にお願いして、時間が許す限り、
ん~~~と、何でしたっけ?
・
・・
・・・
あ、そうそう!
農協というところで教えてもらいました。」
専門家じゃないですか。
「絵で覚えることができる書物とかもあって、
米だけじゃなくて、いろんなことを学びました。」
「アー、ソウナンデスネー。」
種籾を塩水で選別するところから始められちゃったら、
完全にオレの出る幕がない。
前に出ても、ノート片手だからな。
覚えないと死に直結すると思っている人と、
コンビニでおにぎりが買えるオレでは、
勝負以前の話だった。真剣さが違う。
頼むから、以前のオレの指示は気のせいにして欲しい。
オレは早々と佳月さんに任せて、
里の鍛冶を任されている真造さんのところに行った。
東矢もいた。
東矢は東平さんの子供だ。
だから、嶽本を背負わなければならないのだが、
本人は戦いが嫌いで、鍛冶屋になりたいらしい。
170cm弱くらいあるし、この時代じゃ、背が高い方だ。
細マッチョな体格もしてるのにもったいない。
本人が好きなことをやるのが幸せだと思うけど、
この時代はそうも言ってられないんだよな。
この里では事情が許さないかもしれないけど、
生産量に余裕が出てくれば、違う考えも出てくるのかな。
「真造さん、こういうものを作ってほしいだけど。」
オレは地面に「六角回転式田植え枠」を描いた。
「どれどれ。」
真造さんが真剣に見る。
「これ、鉄で作るのか?」
「いや、鉄じゃなくて木枠でいいんだ。
田植えの時に、田んぼを転がすんだよ。」
「田んぼに?」
「苗を植える時の目印をつけるんだ。」
「ああ、前に言ってたマス目がどうとかって話か。」
「そうそう。」
「じゃあ、竹でいいんじゃねえか?
とりあえず、この幅の印がついたらいいんだよな?
それなら、六角形っていうのを無理に作らなくても、
大きめの竹籠みたいなものを作ればいいんじゃねえか?」
「上手く、田んぼに跡がつくかな?」
「やってみないと分からねえが、多分、大丈夫だと思うぞ。
駄目なら、組んでるところを紐で太らすって手もある。
こぶがありゃあ、跡はつくわな。」
「まあ、いけそうか。
じゃあ、田植えまでに作れる?」
「いくつだ?」
「そうだな。とりあえず、4つほどかな。」
「分かった。東矢、やっとけ。」
東矢がうなづいた。
「東矢にやらせるの?」
「何か、いけなかったか?
竹かごくらいなら、誰だって作れる。
手先が器用な東矢なら、全然、問題ない。
それに、」
真造さんがチラっと東矢を見る。
「頭領から仕事を受けてんなら、
討伐に行かなくてもいいだろうからな。」
東矢の顔を見た。
東矢はオレの視線を避けた。
「それ、何か、オレが悪者になりそうだけど。」
「まあ、そういうところも、頭領の仕事だわな。」
「まあ、いいや。東矢、頼んだよ。」
「はい。」
目を輝かせて、東矢が返事をする。
本当にモノづくりが好きなんだな。
少し笑って、後にした。
戻ると、苗立て隊も作業が終わったようだ。
佳月さんの指示で、
細く切った竹を地面にクロスさせるように刺して、
トンネルを作っている。
どうやら、あの中に苗を入れておくようだ。
ふーん、上からむしろをかけるんだ。
現代知識の器具や設備が足りないところを
あるもので代用しようとしてるのか。
うん。全く出番がない・・・
「おれの番だ。」
「いや、おれだ。」
「もっとやりたい。」
「あたしもやりたい。」
「喧嘩せずに順番でやりなさい。」
田植えの時期がやってきた。
子供たちが、田んぼの中で竹かごを転がしていく。
楽しそうだ。
一部、奪い合いのようなものが発生しているが、
すぐに大人たちにたしなめられている。
東矢は手先が器用と言われるだけはある。
3つとも、全く同じ大きさだし、竹の間隔も等間隔だ。
なにしろ、子供が押しやすい大きさになっている。
竹かごは、斜めにクロスさせた組み方はせず、
輪っかにした竹に、割いた竹を等間隔に留めている。
そのままでも横の線がつきそうだが、
留め具に2cmの鋲を打つことで、目印の穴が開くわけだ。
さっきから、竹かごと言っているが、
底はないので、かごの機能を果たしていない。
名称を考えるべきだな。
最初の田んぼで転がした後、水の濁りが収まるのを待って、
実際に田んぼに入ってみる。
田植え機で植える時ほど水を入れていないこともあって、
水田ではなく、泥田でしかない田んぼに、
予定通りの跡が残っている。
縦の線はほとんど残っていないけれど、
横はしっかりついているし、鋲がやはり良い仕事をしている。
そのまま、苗をさせそうな感じだ。
ただ、面白おかしく動かしていた子供のところは、
印がどうとかという前に、足跡が印を踏み潰している。
キレイに真ん中の点が無くなっている。
オレのミスだ。
任せっぱなしで見ていなかった。
左右の印で何となくの位置は分かるけど、
印の線上を踏むような小さい子は向いていないってことに
気づいてなかった。またげないといけないんだよ。
苗を植えるんだから、そこを踏んで土が寄ってしまうと、
苗を植える土がなくなってしまうので、
寄った土を戻す手間が発生してしまう。
みんなで並んで植えていくから、これが地味につらい。
多少の問題があったけど、
里総出の人海戦術で、全ての田んぼを何とか植え終わった。
最初は、運動場10面分なんて植えれるのかと思ったけど、
何とかなるもんなんだな。
「なせばなるなさねばならぬ何事も(by上杉鷹山)」
ふともも・ふくらはぎがパンパンだ。
多分、ケツも大変なことになるだろう。
これ、アスリートは絶対に田植えをした方が良い。
泥の中を歩くのって、普通に負荷がかかっているし、
足運びを上手くしないと足の抜き差しができない。
その抜き差しでこけそうになるので、
バランス感覚が鍛えられるし、
踏み止まるために、ふくらはぎが鍛えられる。
お相撲さんの土俵際の粘りを1日中している感じだ。
体幹を鍛えるどころの話じゃない。
何しろ、無意識レベルでってのが、バフっぽい。
足がパンパンになるのも納得だ。
ただ、その後に訪れる景色はすごい。
規則正しく植えられた苗が壮観だ。
機械じゃなくって、手で植えたってのが大きい。
鴨たちはもう寝たんだろうか。
静かな夜に縁側に座って、田んぼを渡ってきた涼しい風が、
疲労困憊の体にすごく心地よいと思える。
これでビールがあったら最高だとオヤジ世代は言うんだろう。
だが、オレは炭酸が欲しい。
強めの炭酸でスッキリしたい。
夏、夜、縁側とくれば、ラムネか、サイダーがベストだな。
枝豆があると、なお良いが。
いや、たらいでスイカを冷やすべきか。
「静馬様、どうぞ。」
佳月さんが、冷たい井戸水を持って来てくれた。
そのまま、隣に座る。
葛葉と三郎さんも並んで縁側に腰掛ける。
あやは昼間にはしゃいでたので、
ご飯を食べると早々に寝てしまった。
ゴクリ
かー、いい。いいんだが、炭酸の気分なのよ。
どノーマルな水は物足りないんだよな~~~。
「苗で青々している田んぼって、壮観だよね。
体はヘトヘトに疲れてるんだけど、
何か、うれしいというか、心地よいっていうか、
農夫ってこういう感じなのかなーって思うよ。」
「ふふ。そうですね。」
田んぼ横の小屋の方から、鴨の鳴き声が聞こえた気がした。
「おいおい、こんなの、初めて見たぞ。」
「全くだ。夢じゃないだろうか。」
声を出すことをはばかっているのか、なぜか、小声だ。
驚き過ぎているのかもしれない。
田んぼは黄金色に彩られている。
待ちに待った秋が来た。
案の定、大豊作だ。
実るほど頭を垂れる稲穂かなと言うけど、
重そうに頭を垂れる稲穂を見ていると、達成感が半端ない。
みんなの驚いた顔に、笑いが込み上げてくる。
そりゃそうだ。
今年の収穫は、30kg俵で620俵だ。
例年の2倍だ。
やりくりなんてしなくても、蓄えに回せるほどの量だ。
みんなの口があんぐりするのも仕方ない。
米が主食といっても、毎日、腹いっぱい食えるわけじゃない。
日本のどこかでは、毎年、餓死なんてものが発生している。
食生活はギリギリの綱渡りだ。
だけど、この里では、比較的、米を食べている方だ。
何せ、どこにも使えていないので、年貢がない。
その分、食べる分に回ってくるけど、
それでも、一度、バランスが崩れると大変なことになる。
この里では400俵の米が必要だ。
しかし、300俵くらいしか作れず、
不足する分は芋や獣肉、山菜、木の実などで補ってきた。
それが腹いっぱい食べても貯蓄できるんだ。
みんなの驚きが分かるだろう。
「さすがは里姫だ。」
「こんな知恵を持ってるとは、思わなかった。」
「さすがだ。」
「この里は、佳月様がいてこそだ。」
まあ、分かってたけどね。
全部、佳月さんが持っていった。
この称賛はオレが受ける予定だったが・・・
「どうしたんですか?私の顔をじっと見て。」
「いや、何でもない。」
オレの視線に気づいた佳月さんが微笑んでくる。
まあ、でも、オレの嫁が褒められるのは悪い気がしない。
子供たちが金色に輝く稲穂の海に目を輝かせていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
みなさんの応援が励みになります。
良かったら、「ブックマーク」や「いいね」をお願いします。
是非是非、応援の意味で良い評価をお願いします。




