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048.積み重ね

季節が変わった。

冬だと思ってたのに、もう里は田植えの準備が始まっている。

オレは肉を確保することを名目に森に入り続けていた。

すでに倉庫が鹿でいっぱいになっている。

知らなかったが、この時代の人はそれほど肉を食べない。

宗教上、殺生的なものなのか、理由は聞いていないけど、

祝い事や節々で食べるだけで、

それほど日常的に食べる食材ではなさそうだ。

もちろん、あったら食べるんだけどね。

そして、食べてもいい順番があったりする。

魚はOKだ。次に鳥。牛や馬は食べない。

農耕民族だから、役立つ牛や馬はタブーなんだろう。

鳥と魚はどっちが役に立つかといえば、

鳥のような気もするけど、実を食べちゃうしな、アイツら。

それに比べて、魚は手伝わないけど、無害だ。

だけど、手足がないから、

そもそも助けるつもりもないだろってことかな?

だから、鹿肉が思ったほど減らない。


(間隔をもっと開けるべきか。)


そんなことを考えながら、玄関を出ようとしたら、


「静馬、今は待つべきだと思う。」


葛葉から声が掛けられた。

あれだけ言ってくれていた里のみんなも、

あきらめたのか、何も言わなくなった。

変わらず、言ってくれるのは葛葉と三郎さんだけだ。


「分かってる。しかし、じっとしていられない。」


「それは分かる。私だって佳月様付きなのだ。

 身命を懸けて守るはずの主人を守れなかった。

 万死に値すると思う。

 いつでも身を処す覚悟はできている。」


葛葉の言葉にハッとした。


「おまえ、早まるなよ。」


「長老にもくぎを刺された。」


「死んだところで、戻ってくるはずがない。無駄だ。

 意味もなく死んでいくことは忠義じゃない。

 おまえにできることは、佳月さんが帰るまで、

 この家を、里を守ることだ。」


「分かっている。

 私の役目は生きて佳月様をお守りすることだと

 自分に言い聞かせている。

 だが、それは静馬にも言えることだ。」


「何っ!?」


「私に言うくらいだ。無駄なことは分かっているんだろう?」


葛葉の言葉が胸に刺さる。

葛葉がじっと見つめてくる。

その瞳はどこか哀しげだった。


「ああ、分かっている。」


玄関にどかっと腰掛けた。

オレは、それらしい言い訳をしながら、

憂さ晴らしのために鹿を殺していただけだと気づいた。


「お嬢もいる。目を向けるべきものに目を向けるべきだ。」


その通りだ。

葛葉の言う通り、事実から目を逸らしているだけだ。

小さい頃から仕えている葛葉には、

オレの想像もつかないような葛藤があるだろう。

いつまでもオレが泣き言を言っていいはずがない。

オレは奥に引っ込んだ。

2日、ボーっとして過ごした。


(やれることをやろう。)


決めた。

オレの膝に頭を載せて見上げている、

あやに微笑んでみせた。


「すまなかった。隣に行く。ついてきてくれ。」


気持ちを切り替えたオレは、葛葉に声を掛けた。

長老の家に行った。


「おや、顔が変わったじゃないか。」


長老が嬉しそうに言う。


「話がある。討伐衆を集めてほしい。」


ほどなくして討伐衆が集まってくる。

一同を見渡して、オレは口を開いた。


「佳月さんがいなくなって、討伐に支障が出ています。」


みんなの顔色が変わった。

オレがまた、変なことを言い出したと思ったんだろう。

一番の問題は、オレが機能していないことだけどな。

それは、戸惑うみんなの顔を見て、すぐに分かった。


「違う。」


と一応、断りを入れておいた。


「みんなが思ってるようなことじゃありません。

 それについては心配を掛けました。

 申し訳ありません。」


頭を下げた。


「今まで、討伐で遠くに行った時、

 連絡が途絶えてしまうのを不便だと思っていたんです。

 もし、助けが欲しくても、里まで戻らないといけない。

 これまでは、里から急ぎの時だけは、

 佳月さんの霊獣が知らせてくれていました。」


しかも、クロがいるからこそ、クロ経由で話せるが、

オレと組んでいない班は、霊獣が引っかいて、

地面に書いた字で判断しなければならない。

犬が書くのに向かない足で書いた、あのミミズの模様を。

もしくは、YES/NOの質問で、霊獣(つまり佳月さん)が

頭を縦に振るか、横に振るかで判断していた。

かなり非効率だ。


「確かにな。」


「今は、佳月さんがいません。」


胸が少し痛む。


「戻ってきても、負担を少なくするために、

 何らかの策を考えなければなりません。」


東平さんがうなづく。

本当は、もっと重大な問題がある。

実行部隊と糧道が一緒ってことだ。

ある程度の区分けはあっても、

明確に、討伐衆が討伐のことだけ考えていればいいって

状態にはなっていない。

欲を言えば、受付や交渉事なんかは、

別にできるものなら別にしたい。

分業制を導入したいんだ。

依頼の中には儲けにならない依頼もあるが、

それでも受けないといけない依頼もある。

また、受けた後、準備に思わぬ金が掛かったり、

仕事と報酬は釣り合っても、負傷すると足が出てしまう。

その時、薬をケチったら、治るものも治らない。

ついでに言えば、育成にも金が掛かる。

要するに、マネージメントって概念を導入したいんだが、

その前に金が要る。

先立つものは、いつだって金だ。

オレは、この里のこれまでを知らないけど、

里ってレベルじゃ、難しい場面もあっただろう。

しかし、ここに口出しをするのは、資格がいる。

そう。頭領の地位だ。

それで、佳月さんがいなくなって困ったこと、

みんなが理解でき、すぐに実行もできて、

それほど金も掛かりそうもないところを考えた。


「孫子に『彼を知り己を知れば百戦殆からず』

 という言葉があります。

 自分のできること、できないこと、

 相手のできること、できないこと、

 十分に知っていれば危なくないということです。

 ここで言いたいのは、知る、

 それも、一早く知るということです。

 そこで、こういうのを考えてみました。」


オレは持ってきた紙を広げた。

ローマ字とアラビア数字だ。

なんだ、なんだと、みんながのぞき込む。


「これは異国の文字です。

 みんなにはこれを覚えてもらいます。」


年配は眉間にしわが寄ったが、若者は興味津々だ。


「ひらがなも覚えないといけませんが、

 これの意味を知らなければ、先ず、里以外には読めません。

 いいですか、これが『あ』、次に『い』。

 それを異国の言葉で書けば、これになります。」


オレは表の外側に書いてあるローマ文字を指差す。


「ひらがなは『あ』、『かあ』、『さあ』というように、

 あの音で横に並んでいます。

 縦と横の文字を足せば、『KA』となります。

 次にこちらは異国の数を表す文字です。

 『壱』が『1』という風に並べています。」


みんな、感心しているが、戸惑ってもいる。


「実際には、こう使います。

 この立札に縦に2つ溝を掘っています。

 この間が左から壱の組、弐の組、参の組です。

 上下2段に打っている釘は、こう使います。」


枠の中に、上段に釘を3つ、下段に5ずつ打っている。

オレは壱の組の釘に札を下げた。

上段に札を3つ[KAWATI]、[3/5]、[4]、

下段に札を3つ[静]、[葛]、[雷]を掛けた。


「河内だ!」


紫雲が声を上げる。

さすがの若さだ。頭が柔軟だ。


「すごいな。紫雲。その通りだ。」


褒めると、みんなが驚いたように紫雲を見る。


「俺だって、それぐらい分かってたさ。」


青嵐が負けじと言う。

それに微笑みながら、


「二人が解いたように、それほど難しいものじゃない。

 これで、河内に3月5日から4日の予定で、

 オレと葛葉と雷蔵さんが行っていることが分かる。」


「なるほど。」


みんな、関心したようにうなづく。


「青嵐、河内に抜けるにはどこを通る?」


「そりゃ、宇治だ。」


「そういうことか。」


東平さんが唸る。

オレはうなづいた。


「寺に寄進して、目立たぬ所に立てさせてもらって、

 行きに札を掛け、帰りに札を取る。

 そうすれば、里まで帰らなくても途中で連絡が取れるし、

 里からも途中で行き違うことがありません。

 途中の札がなければ、そこまでの間にいるってことです。」


「おお!」


どよめいた。

何だか、気分がいい。


「静馬殿、どれぐらいの規模を考えているのだ?」


東平さんにうなづいた。


「東は三河、北は越前、南は紀伊、西は摂津。

 この辺りが討伐の範囲だったはずです。

 なので、およそ7里毎ではどうでしょう?」


何も、当てずっぽうで言っているわけじゃない。

聞いたところによると、この里から、

宇治に出ても、亀山に出ても、あの安土に出ても、

だいたい7里らしい。

1里=3.9km。

確か、人の歩く速度は時速4kmだったように思うから、

1里はちょうど1時間の距離だ。

平坦な道だけじゃないことも考えたら、

7里は休憩を取りながら1日の距離にピッタリだと思う。

さっき言った討伐範囲も2~3日の距離のはずだ。


「妥当だな。」


東平さんもうなづいた。


「負傷者が出て、違う道を帰る場合には、

 1人は元来た道を戻って、外しながら帰るか、

 近くの掲示板に、負傷者がいる札と、

 違う道を帰る札を掛けるとかを考えています。

 その他にも、里から火急を示す札とか、

 助けを呼ぶ札とか、敵に追われているとか、

 いろいろな札があれば、それなりに話ができるかと。」


「なるほどな。」


「と、いうことで、

 7里ごとに、置かしてもらえそうな馴染みの寺とか、

 頼めそうな寺がありますか?」


この時代の通信手段は、馬か、走るかなんだよ。

人に頼むなら、町に出なきゃいけないので、

自分で馬に乗って、持って行った方が早いってことだ。

だけど、一応、隠れ里のはずなんだよ。

その割には、結構、認知されてる気がするけどね。

その里が、馬を飛ばすなんて、

そんな目立つ行為はありえないじゃん。

それで、伝令が走っていくんだけど、

通る道が違っていたり、現地で探せないなど、

すれ違うことが多々あったようだ。

駅の待ち合わせが難しいくらいだもの。

スマホのありがたみが分かる、通信技術ってすごい。


ということで、この案はかなり歓迎された。

佳月さんがいたとしても、

討伐衆にずっと付いて見れるわけじゃないから、

帰ってきても、負担はぐっと減るはずだ。

オレの討伐には、心配なのか、

隠れるようにして、ずっと付いて来てたみたいだけどな。

クロがこっそり教えてくれるので、

気づかないフリをしてたんだ。


寺はすぐに見つかった。

何でも、高野山とは、盟約のようなものがあるらしい。

そのため、東平さんが高野山に話しに行ったら、

真言宗の寺に「協力するように」と連絡してくれるらしい。

高野山と協力関係があるなんてすごいね。


「静馬殿、すごいな。」


三郎さんがほめてくれる。

あやを寝かしつけた葛葉も隣に座ってきた。

少し蒸すので、庭に面した障子を明け放していた。

オレの手製の蚊取り線香の匂いがする。

蚊がいるわけじゃないが、虫よけに火を点けていた。

3人で庭に向いて座っている。

オレは案外、この匂いが好きだった。


三郎さんは、女手が減ったという理由で、

里長から言われて、今日からこの家で住むそうだ。

何か、佳月さんが帰って来ないと言われている気がして、

断ろうかと思うほど嫌だったけど、

現実的に、あやのためにはありがたい。


「少し考えれば気づきそうなものだが、誰も考えなかった。

 こういう少しの違いが集まると大きいのだろうな。」


「そうかもしれません。

 便利な世の中って言うのは、1つだけじゃなくて、

 いろんなものの積み重ねが、大事なのかもしれません。」


「それは、私たちにも言えることだ。

 少しずつ、葛葉も私も、静馬殿の信を得ていこうと思う。」


「それはどういう・・・」


三郎さんの言葉は、含みがあるような気がして、

それに女だと分かったら、今まで何ともなかった仕草の

1つ1つがやたら色っぽいんだよ。

さっきのだって、ただの言葉なのに何だかドキドキする

葛葉もじっと見てるし、何か、妙な雰囲気だ。


カッ


「え―――――」


その時、庭が光った。

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