表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福な時間  作者: 悠木 泉
18/18

希望

 教会で花を活けるボランティアをしている彩花と、12年振りに再会してから、時々外でお茶をしている。たまには奮発して洒落たレストランでディナーといきたいが、オレにはそんな余裕はない。

彩花とて、慎ましい暮らしをしている。それでも、彼女は手作りの弁当をオレの分も持って教会にやって来る。海苔を巻いたおにぎり、玉子やき、鶏肉と人参の煮物、鮭の塩焼き、豆と野菜のサラダ。どれも素朴な物だがうす味で旨い。何より心がこもっている。教会の庭に建つオレの小さい家で、弁当を二人で開くのが楽しみだ。大会社の社長の娘婿として、部長として、羽振りの良かった時は食事にも贅沢だった。外食も多いし自宅でもお手伝いさんの作る料理は豪華。

 しかし、だだっ広い「ガラスの城」で一人でする食事は唯空しく、味気ないものだった。今、口数は少ないが、いつも穏やかで優しい笑顔を絶やさない彩花と摂る食事は暖かく心を満たしてくれる。前妻の理央ほどの誰もが目を奪われる美しさは持たないが、飾り気のない楚々とした美しさがある。それに、いろいろ問題を抱えて教会に来る人々にも皆同じように優しい。シスターたちにも信頼されている。

5月初めのある日、シスターから彩花との結婚を勧められた。「急がせるつもはないんですよ。唯、お二人はとてもお似合いだと思います。将来的にお考えになるのも宜しいかと。お節介でごめんなさい」

 思いがけない話に驚きはしたが、それが叶えばどれだけ良いか。少し前から、早朝と教会の仕事が終ってから、彩花の店を手伝っている。花の名前を覚えたり、育て方を聞いたり花について勉強する事は山ほどあるし、彩花に借りた花の本や図鑑を家で読んでもいる。いつしか、オレは彩花と一緒に花を仕事に出来たら良いなと願うようになっていた。花を通して、少しでも人の役に立って、その人に喜んで貰えたらどんなに幸福かと思う。それだけでも十分幸せだけれど、もし、オレの側にオレを理解してくれて、同じ夢を追ってくれる、愛するひとがいたら、もっともっと幸福だ。幸せという花言葉を持つ、咲き始めたばかりのピンクの薔薇と真白なかすみそうを店頭に並べ終えて、店先で彩花の淹れたコーヒーを目の前にした時、オレは意を決してプロポーズした。「結婚してください。精一杯幸せにします」爽やかな5月の風が心地よく吹き来んでくる。

「いつ、言って貰えるかと待っていました。本当に嬉しい」涙声になっている。エプロンのポケットに入っているハンカチで目元を拭うと、オレの目をしっかり見ながら彩花はこう言った。「幸せにして貰いたくない。そんな受け身は嫌です。あなたと一緒に力を合わせて幸せになりたいです」と。

 長い長い回り道をして、だからこそ辿り着いたこの幸せ。人生には無駄なものなど何ひとつないと改めて実感する。いつかは、彩花と同じフラワーアレンジメントの資格を取って、花屋を続けながら教会の仕事や少しでもひとの役立つことをしたい。

 かつて、どん底まで落ちたオレが、シスターの差しのべる手にすがって立ち上がり、新しい人生を始められたように、今度はオレが誰かの手になりたい。

 昨日、悲しいことや悩み事、辛い出来事があっても今日は昨日とは違う。今日はまだ何もない、まっ晒な、新しい希望の色に輝いているはず。

 そして、一日また一日と彩花とともに歩んで行きたい。

 やっと訪れた、やっと掴んだ幸福な時間、真の幸福な時間を心から大切にして……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ