参戦者達の意地
一同は皇鬼封印に尽力します……!
「よし! 手応えアリ――」
一紗が勝利を確信したところで腕に巻いた邪気が身体の方へと浸蝕してくる。一瞬修羅を押さえる意識が弱まったのを感づいたらしい。胸に向かって禍々しい氣の塊が伸びてきたところで異変に気づいた鎧兜が腕の経孔を突いてくれた。
右腕の力が弱まっていき、修羅の力は途端に霧散してしまった。
「鎧兜、おまえ……」
「姉御のことだから無茶すると思ってな。対修羅用に技を磨いてたんだ。【聚款】では止められなかったからな」
鎧兜なりに反省していたらしい。おかげで修羅化することなく場を収めることができた。彼は消耗した一紗を抱えて戦線離脱する。
「封印班! 急げ!」
同時に暗珠が叫んだ。
美鳳達は一気に五行封印式を組んで皇鬼の動きを停止させる。
本来ならばそのまま縛り上げて封印してしまえるのだが、そう簡単にはいかなかった。
「重い、重すぎる……! とてもじゃないけど、縛りきれないわ!」
「これが皇鬼の力ですか……!」
「追い込みが足りてないってのか? 流石にもう一度技を使うことは――」
「違うよ、一紗。肉体の消耗は十分だ。しかし精神の消耗がまだ足りてない。今まで互いが牽制し合っていた貫信と鬼の心の利害が一致して封印に抵抗しているのさ……!」
「つまり二馬力で私達の封印術に抗っているということです!」
「ここに来て仲良く抵抗とは面倒なこった! 爺同士波長が合うらしい!」
赦鶯達も脂汗を流し、苦しみながらも封印を試みている。
肉体へのダメージ蓄積は十分だが精神的には元気があり余っているということだ。
「畜生! ……どうすれば」
「姉御は無理すんな。俺達で考える」
「そうだぜ。アタイに任せな! 要は精神をぶっ壊せばいいだけだろ!」
「暗珠、何か考えがあるのか?」
「ああ。結果的に爺サン助けちまうけどな! アタイが決めるまで援護しな!」
飛び出した暗珠を追うように陽動班、補助班、そして一紗が駆けだしていく。
そして起き上がろうとする鬼の右腕を慧刃と龍宝が封じ、左腕を一紗と鎧兜が封じた。
そして両脚を守隆、凛透と師団長が縛り上げて鬼を無抵抗の状態に追い込む。
「上出来だ、てめぇら! ――妖混流‐秘術〈混融解帰〉!!」
暗珠が使用した技は対妖混流同門相手に開発された秘術である。妖魔と術者の融合状態を強制解除する術だった。今までは隙が無く使用できなかったが、消耗して反撃できないこの瞬間だけは狙い打ちできる。
『『キサマァアアアア!!』』
鬼の身体にめり込ませた腕が強引に貫信の身体を引きだした。
仮にも身心共に融合状態だった人間を引き剥がすということは、身体の一部を引き千切られる事と同義である。皇鬼は身心双方に深いダメージを刻まれる形になった。
「力が弱まった! 今です!」
五行封印術が開始される。術者の五人全員が一流の氣巧術士ならば、封印の完了まで時間はかからない。『木』『火』『土』『金』『水』の紋章が術者の付近に展開されるや否や、それぞれの属性に沿った枷が鬼の五体を縛りあげる。
蕾華の氣により形作られた太い幹に首を絞められ、美鳳の氣によって発生した炎により右腕を封じられ、赦鶯の氣が練りこまれた岩の塊が右足を禁じる。即座に雲讐の氣により錬成された鋼鉄の枷が左足を束縛し、神覧の生成した水流が左腕を締め上げた。
五つの禁縛は互いを補強するように強く結びついて皇鬼の妖氣を封じていく。
最早抵抗できないと悟った皇鬼は「クソッ」と呟き、深い眠りについた。
「仕上げだね。〈塊岩封鎖〉!」
五行封印を強化するように赦鶯が岩で封鎖すると、封印解除前の状態へと戻った。
さらに領主である彼の合図で外の氣巧術士たちが八卦封印の準備にとりかかる。
予め【融仂】含め、周囲の里に待機させていたのだ。
「ゴホッ、これで……一段落でしょうか」
「おい、美鳳! 血吐いてるじゃないか!? 無理すんな!」
「貴女がそれを言いますか?」
「そうよ! 一紗さまは無茶しすぎ! 美鳳もゆっくり休んでて!」
【愁国】の三姫が姦しく騒ぐ声を聞いた一同は、ようやく勝利を確信できた。
虚勢を張る者は誰もおらず、全員が地面に尻をついて荒い呼吸を整えていた。
「フゥ~……生きた心地がしなかったぜ。ご先祖様はこんな化け物と戦ったのかよ」
「誰一人死者を出さずに再封印で来たのだ。先祖の英霊も鼻が高いだろう」
「……ですね。貫信さんの存在が再封印に一躍買ったのは皮肉ですけどね」
妖装流の頭領達は力なく笑っていた。
首謀者の貫信は精根尽き果て仰向けに倒れ、暗珠に監視されていた。
「たくっ、アンタ程の男でも老害になっちまうなんて年は取りたくないもんだぜ」
「……お前の神尊天龍拳見事だった。妖混流の技も。姫様の力は正しく受け継がれていたのだな。……我が悲願を阻んだのが姫様と同じ力を持った少女とは神はどこまでも皮肉よな」
遅れて赦鶯と師団長二人が駆け付けてきた。
貫信を捕縛しようと考えていたのだが、彼は見るからに抵抗できる状態ではなかった。
「守隆……またお前に勝てなかったな……儂は敗けてばかりだ」
「負け越した数は私のが多い。耄碌したな、貫信。聡明なお前なら殿下達には勝てないと分かっていたはず。だから【融仂】を明け渡したのだろう? にも拘らずなぜ皇鬼の封印を解いた? もしやお前は、舞龍様に再会するために死に場所を探していたのか?」
「へ? 大伯母上は亡くなられているのかい? 行方不明のはずだが?」
「死亡確認はされていませんよ、殿下。高齢なので亡くなっていてもおかしくありませんが」
瞼を閉じてた貫信は姫と別れた最後の日を回想し、守隆や凛透の言葉を否定する。
「違う。死んでまみえるならば今すぐ殉死しよう。だが姫様は黄泉の国にはおらんのだ。故に儂は醜く今日まで生きてきた」
「姫様が生きていると?」
「生きてはいる。――だがもう人ではないのだ。姫様は龍になってしまわれた」
「龍だと?」
「御身に封じられた神龍に喰われたんだ……。儂は何もできなんだ」
敗戦しても涙を流さなかった貫信は初めて嗚咽した。涙ながらに敬愛する主君・舞龍の最期を語る。遅れて集まってきた他のメンバーもその話を聞き、初めて舞龍が神龍化したことを知ったのである。
「じゃあ皇鬼と融合したのは……?」
「儂も姫様に会いたかった。あのお方が〝神龍〟になってしまったのならば儂も〝皇鬼〟になれば同じ立場になれる。……そう思った」
「貫信……お前……」
「どんな形でもいい。儂は姫様にもう一度仕えたかったのだ。人間を捨ててでもな」
「えー!? じゃあ《天睛臥龍》として赦鶯殿下に反目したのは何だったんですか!?」
神覧の指摘に頭領達は無言ながら相槌を打った。貫信は自嘲気味に小さく笑う。
「初めこそ反対したのは本心じゃ。殿下は愚物の血を引いているしの。じゃが妖還城での会談で主君としての器を示された。もう反対する理由はなかった。故に席を外したのじゃ」
思えば最初こそ「認めん」と拒絶の意思表示をしていたが、白龍と共闘してからは特に文句を言っていなかった。無言でフェードアウトしたから彼の真意を測りかねたのである。
「はぁ~爺さんの恋愛逃避行だったのかよ。だったら止めたのは可哀想だったな」
「《纏家》の嬢ちゃん、ソイツは違うぜ。この爺さんは鬼を制御できてなかったんだからな」
「左様。結果的にはよかったはずだ。《纏家》のお嬢が何故責任を感じる?」
「だって両想いだった訳だし? 行かせてやったらよかったかなぁってよ」
その場にいる全員が凍りつき、時が止まった。貫信が姫を慕っているのは明白だが、舞龍の方が彼を恋慕していたかは不明のはずだ。その時代に生まれていない暗珠が知る由もない。
「儂と姫様が両想いだと……? 老い先短い爺に気を遣っておるのか?」
「確かにアタイは敬老精神もあるが、根拠は別にあるんだゼ?」
そう言って暗珠が差しだしてきたのは古びた書物である。タイトルは『神尊天龍拳‐極意書』とあった。彼女がページをめくって氣巧術を発動すると、真面目な拳法について記述されていた内容が突如として私的なモノへと変わった。
「アタイは龍の力を得てから極意書を探して独学で修練してたんだ。んで、この本に封印術がかかってるのに気づいたのサ。最初は秘伝奥義でも隠されてんのかと期待したが、何のことはねぇ、ただの恋愛日記だったんだよ」
秘めたる想いだったを隠していたのだろう。内容は忠臣だった貫信への想いで溢れていた。。領主であり姫であるが故に、決して表には出せない感情を極意書執筆の名目で書き溜めていたのだろう。
「今日は貫信と町で遊んだ」「貫信は一番頼りになる」といった日常の話、「妾は忠臣として貫信を愛しているのか、男として愛しているのか」「貫信から感じる好意は主君への敬意なのだろうか」といった悩みで文面で溢れ、最後の方には「もうすぐ貫信と会えなくなる寂しい」「龍になってもこの想いだけは残るのだろうか」と不安が綴られていた。
その文字に目を通した貫信は先程に比して一層泣きはらした。
「年を取ると……涙もろくなっていかん……なぁ」
大義のために生きた姫と忠義のために生きた家臣。互いが互いを慕っていたが、義を重んじる故に自分と相手の好意に気づくのが遅れ、すれ違ってしまったのである。
「……もう思い残すことはない。儂は国家反逆の大罪を犯した。貴方の沙汰を受ける」
一通り泣いた老人は赦鶯に頭を垂れた。
その場にいる全員が神妙な顔つきになって赦鶯に目を向けた。
「では、【宍国】盟主、紅・赦鶯の名において処罰を下す」
十数秒の沈黙間、皆が皇子の次の言葉を待った。
ややあって、赦鶯は膝をつき貫信の肩に手を置いた。
「【宍国】に寄与した度重なる功績を考慮し、極刑を恩赦する。代わりに余生の全てを国家安寧に捧げてもらう」
処分内容に驚いた貫信はハッとして顔を上げる。
「最大の貢献者を処罰すれば貴方を慕う者達を敵に回しかねない。だから貴方はご意見番としてその知恵を振るってほしい」
「殿下! しかし!」
「国に尽くしてきた忠臣を裁けようか。【宍国】を維持できたのは貴方の功績があったからだ。僕が領主になるまでよく国を守ってくれた。――『ありがとう、貫信』」
血縁者故か赦鶯の最後の言葉が舞龍のそれと重なって聞こえた。
懐かしい主人の面影を見た貫信は言葉を失った。
その間も赦鶯は話を続ける。
「それに生きてさえいれば大伯母上にも会えるかもしれないよ。もしかしたら人に戻せるかもしれない。今後を生きてその方法を探るのはどうかな?」
――赦鶯の提案は話は貫信の心を揺さぶるに十分だった。
今回は自分が妖魔となることで龍となった舞龍と再会することを目的としていたが、方向性を変えて主君を人の姿に戻すことを提案してきたのだ。無理だと断じるのは簡単だが、試してみる価値はあった。生きる希望が再び灯ったのである。
「ご慈悲に感謝致します。この混・ 貫信、老骨に鞭打ち最期まで務めを果たしましょう」
上手く話がまとまったようだ。他の頭領達や師団長から反対意見も出なかった。それどころか暗珠は感情移入して号泣している。
「暗珠様、泣くところですか?」
「アタイはお涙頂戴に弱いんだよォ……うわぁああん!!」
凛透が差しだしたハンカチで盛大に鼻をかむ暗珠。
愁国組も他国の内政や人事問題には介入せず成り行きを見守っていた。
「……私が夢半ばで倒れたとしても、兄上なら天下統一を果たしてくれそうです」
「何か言ったか、美鳳?」
「いえ、強い同盟相手ができて良かったと思いまして。これで一件落着ですね」
美鳳はもっともらしいことを言って誤魔化した。
そして落ち着いたところで一行は州都【龍閣】へと帰還した。
鎧兜兄貴はここぞという時に役立ってくれますね。
おかげで一紗は呑まれることなく修羅の力を利用することができました。
そして皇鬼は無事再封印と相成りました。
死人を出さずに勝利した要因は以下の三点ですね。
①封印が解けたばかりで寝起きだったこと
②一線級の実力者が十名余り共闘していたこと
③貫信が精神攻撃を続けていたこと
特に③の理由が大きいです。
今まで皇鬼の力を利用しようとした輩はいますが、
融合して乗っ取ろうとした馬鹿はこのお爺さんだけです。
並の人間なら普通に精神が喰われて終わりなので悪手な訳です。
貫信の精神力を支えたのは姫様と再会し仕えたいという純粋な想いでした。
相手が妖魔になったなら自分も妖魔になろうとか普通考えませんけどね……。
時代に翻弄され、両想いなのに悲恋に終わるという悲しいお爺さんでした。
赦鶯は彼の功績を認め、その願いも受け入れ召し抱えることに決めました。
これで【宍国】の動乱は終息することになります。
次回は〆のエピローグです。
※いつもは短めに終わらせていますが、第三章は密度があったのでエピローグも今話くらい長いです。




