寂れた村
娯楽もない地方の過疎村です。
惡姫が人間性を取り戻すターニングポイントでもあります。
「やっと着いたか……」
「すみません。旅のものですが――」
村の扉は開かれたが、立っていたのは感じの良い案内人などではなく、弓矢を引いた村人たちだった。彼らは一様に殺気立っていた。
旅路の労いの言葉は当然なく、矢の雨で歓迎される。一紗と龍宝を前衛に置いて矢を捌ききる美鳳一行。素手と偃月刀で矢を簡単に落としていく。後方に控える美鳳には傷一つついていない。流石に動揺する村人達。
「村に入れるな! 皆殺しにされるぞ!」
手荒い歓迎の村人達に美鳳が説得に入った。
「待ってくださいっ! 私達は敵ではありませんっ!」
「嘘をつくなっ! 蔵に入った泥棒がお前らに仲間を皆殺しにされたと怯えていたんだぞ! ソイツからお前らがこっちに向かってるって聞いたんだ!」
そう叫ぶのは村のリーダーらしき男だった。
「殺人者達を村に入れるわけにはいかねぇ!」
「そーだそーだ!」
リーダーの男の闘気に当てられたのか、士気を上げる村人たち。彼らは槍を持って威嚇する。
やる気満々に前に出て行く一紗を美鳳が止めた。
「あ? なんだよ? ぶん殴って分からせりゃーいいじゃないか」
「だから止めたのですよ。これ以上誤解を招く行動は慎んでください。私がやります」
尚も抗議しようとする一紗を龍宝がとめる。
その目は「黙って見ていろ」と訴えていた。
「村人達よ! 耳を塞ぐならその目で括目しなさいっ!」
美鳳が叫ぶと背後の貴従兵が巨大な紅華帝国の国旗を広げた。
絹糸で織られたその旗は、身分卑しい者がみても一目で上物だと分かるほど潤沢で美しい織物だった。
「こ、これは絹で織られた紅華帝国の御旗! 皆、矛を収めろ」
先頭の男がそう言って仲間たちを諫めた。
「分かってくださったのですね」
「いや、まだ疑念を祓えないな。その御旗奪った物やもしれん。故に娘、そなただけこちらに来てもらおう。男と野蛮な娘は置いてな」
「なっ!? 行くな美鳳! 無防備の女がどんな目に遭うか分からんわけじゃないだろう!」
「それは理解していますが、現状役立つのは武力ではなく弁術です。私に任せてください」
美鳳だけ村内に招かれ、一紗と貴従兵達は待ちぼうけをくらってしまった。手持無沙汰になってしまったので一紗はその場を徘徊する。
美鳳を抜けば会話相手がいないのだ。仕方なく龍宝に話をふってみる。
「大丈夫なのか?」
「黙って待っていろ」
更に待つこと数分後、ついに正門は開かれた。
「先程は大変失礼致しました。どうぞお入りください」
門に立つリーダー格の男が言った。
先程とは違い丁寧な応対をされて思わず困惑する一紗。貴従兵達だけは慣れているようでそのまま一礼して村に入っていく。
「ど、どうなってるんだ?」
「これがお前にはない美鳳様の力だ。人を丸め込め懐柔する話術。お前も姫様と共に行くことに決めたのならその身で実感したはず」
「確かに、美鳳は口がうまいが……入って数分だぞ。先程殺気を向けてきたヤツがこんなに早く変わるもんか?」
龍宝はその疑問には答えず、Oサインを出している美鳳の横へ歩いていった。一紗に分かったのは美鳳が村人を説得して誤解を解いてくれたということだけだった。
村長の客間に通される美鳳一行。聞けば、この村は僻地にあるためによく山賊盗賊に襲われることが多かったそうだ。地の利を使い腕に覚えのある者達が撃退してきたが、それでも山賊団には手を焼いた。
そんなとき、蔵に泥棒が入り捕まえてみると、いつも村にけしかける山賊一味だった。盗賊ながら勇猛だった彼が見る影もなく怯えて命乞いするので訳を聞くと、蛮族共に仲間を皆殺しにされて逃げてきたというのだ。
勿論、彼らの仲間を討ったのは美鳳一行である。正しくは襲ってきた賊を返り討ちにしたのだが。しかし村人にとって自分達を脅かしていた山賊が震えて語る『皆殺しにする蛮族』は説得力があった。故に武装して待ち構えていたという訳だった。
事情を知った龍宝は一紗を厳しく叱咤した。
「村人はお前の凶拳に恐怖して迎えてくれなかったんだ」
「その恐怖が漏れたのも山賊の奴らを皆殺しにしなかったからだ」
「まだ言うか!」
「よしなさい。惡姫の蛮勇ぶりは知れています。どの道、遅かれ早かれ同じ結末を辿ったでしょう。一紗、貴女も無用な殺しがどのような結果を産むか、身を持って経験できたはず」
美鳳はどこか怒っているようだった。
語気がいつもより激しい。
「まったく、私が蛮族の鬼婆を連れてると言われて説得が大変だったんですよ?」
「鬼婆って誰のことだよ」
「お前以外誰がいるんだ?」
「…………」
村長は一紗を一瞥し、躊躇いながら頭を下げた。
「せっかく来てもらって申し訳ありませんが、何ももてなせないのです。ご覧の通り、村は不作で食料がなく、この辺境では品もない。我々は根菜類を育てて必死に飢えを凌いでおります」
「この村は一応【愁国】の管轄下にある。【愁国】は隣国と戦争のために俺達を徴兵させるんだ。おかげで畑を耕す時間もない」
先程美鳳が見せた地図の中にも書いてあった。彼女が手中に入れようとしている地域だ。この村はちょうど【愁国】の外れにあるらしい。
「【愁国】……。やはり一刻も早く取り戻す必要がありますね」
「そういや、誰かに奪われたとか言ってたな」
主に手間を掛けさせまいとした龍宝が解説してくれる。
「【愁国】は元々、政経能力の高い美鳳様が治められていた国だった。陛下は若すぎる美鳳様を補佐する目的で兄上の鎧兜殿をつけた……。しかし今より三年前、鎧兜殿は美鳳様を排して【愁国】の実権を握ってしまったのだ」
突然の裏切りだったようだ。暴徒を従えた鎧兜に無警戒だった美鳳達は瞬く間に政権を奪われてしまった。兄の武力の前に敗走するしかなかったのだ。
「……暴虐こそが乱世を収める唯一の手段という危険思想を持った兄から統治権を取り戻さなければなりません。しかし一筋縄ではいかないでしょう。彼の暗殺を試みた他の兄弟は返り討ちに遭って命を落としています」
「やれやれ兄妹で奪い合いとは世も末だな。美鳳、お前の手勢で勝てるのか?」
「勝って統治権を奪還しなければ、この村のように民が疲弊します。元々兄と戦うために貴女を勧誘したのです。【愁国】の都【武言】には各所に書庫があります。貴女の望む情報もあるかもしれませんよ?」
「こんなときも交渉人だな。人のやる気を煽ることがお上手で」
張り詰めた雰囲気がその場を支配する。
一紗が口を開こうとした時、外が何やら騒がしくなった。村長と共に確認しに行くと、門の入口付近で子供を抱える母親が外に出ようとしていた。
「子供が病気なんです。治療には町医者に診てもらわないと」
「無茶じゃ。町まで行く前に盗賊に襲われるぞ。妖魔も出るやも知れん」
「でも! 村に薬もないし!」
美鳳は村人を掻き分けて母親の前まで歩いて行く。
「私が診ます。お子様をこちらに」
美鳳は子供の額に手を置くと、瞬く発光し始めた。
そしてみるみるうちに子供の顔に生気が戻っていく。
やがてその子供は一人で歩けるほど回復し、「お母ぁ」と母親に抱き着いた。
「おおっ!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
驚く村人と感謝する母親。一紗はその様子を見て目を丸くした。
「治癒氣巧なんて使えたのか?」
「ええ、まぁ……家庭教師が教えてくれました」
「家庭教師ねぇ、流石はお姫様、そんなもんまでつけてもらえるのか?」
「優秀な人でしたよ。もう殺されてしまいましたが」
揶揄うつもりだったが、死んだ恩人をネタに揶揄うのは流石に憚られて黙ってしまう。その間に美鳳が話を戻していた。
「……村長、食糧は分けて差し上げたいですが、こちらも長旅で余裕がなく――」
「いや、子供の病の治療をしてくれただけありがたい」
先程までは一紗を警戒して歓迎しきれない感じではあったが、美鳳が子供の病を治したおかげで快く滞在を許された。美鳳と一紗は共に村長の客室を借りることができた。
「やれやれ宿を借りるのも一苦労ですね」
「これも惡姫が暴れたせい――ん? 美鳳様、惡姫はどこへ?」
「群れるのが好きじゃないみたいですね。夜には戻るとフラフラ出て行ってしまいました」
「なんと身勝手な……」
日が傾いていく中、一紗は一人村の中をブラブラしていた。大人たちは一紗が危険人物だとみなしているために隠れてしまっているが、子供はその限りではないようだ。数人の子供たちが一紗の傍にやってきた。
「お姉ちゃん、食べ物持ってない?」
「こら、お客様に失礼でしょう」
弟を諫める姉。だが二人とも痩せこけている。彼らだけでなく他の子供も同様である。
十分な栄養が足りていないためか身長も低かった。
「お前ら、腹減ってんのか?」
「うん。でも盗賊が出るからって狩りにもいけないんだって」
飢える子供が幼女だった頃の自分と重なった。木の根を齧って飢えを凌いだ苦い記憶が蘇る。気が付くと高い塀を飛び越えて村の外へと走りだしていた。頭にちらつくのは美鳳の理想論的な言動ばかりである。
「こんな乱世の修羅の国に、二十一世紀の日本人みたいなことを言うやつがいるなんてな。だがまぁ……ガキを飢えさせるわけにはいかんよな」
一紗が戻ってきたのは夕方になってからだった。彼女は巨大な猪を担いだ上に、紐で腰に雉を腰に巻きつけていた。新鮮な食料を子供たちはキラキラした目で見ている。一紗は子供達に雉を投げ、大の男達には猪を投げて渡した。
「一紗、それをどこで?」
「あ? いつまでも村に引きこもっていても腕が錆びるからな。ちょっくら山で修業してきた。コレは副産物だ」
美鳳は全てを察したように小さく笑った。
「ふふっ、素直じゃないですね。村長、私の傍盾人からの好意です。是非飢えた村人に振るまってあげてください」
「お、おお。ありがたい!」
頭を垂れて感謝し、猪と雉を運ぶように指示を出した。その後、目が合った一紗に頭を下げてきた。
「……ワシはお前さんを誤解していたらしい。不必要に警戒してしもうた」
「いや、俺は逆にアンタに好感を持ってるぜ? この時代、部外者に気を許す方がどうかしてる。うちのお姫様は特殊みたいだが……」
その晩は美鳳一行の歓迎を兼ねた食肉祭が行われた。女達が調理した料理を貴従兵が分配する。村人は久しぶりの食祭に羽目を外して踊り、子供達は見慣れない程に大量の料理を食べて満足しているようだ。
獅子肉食べたいですねー。




