紅華帝国の歴史と勢力図
皇女さま一行の連れになった惡姫は癖が抜けないじゃじゃ馬ちゃんです。
無事に惡姫こと一紗を調略し、自陣営に組み込むことに成功した美鳳一行だったが、その扱いには苦労していた。
「前方から敵多数っ! 盗賊です! 美鳳様、いかがなさいますか?」
「ふぅ~……また盗賊ですか。まずは戦意を削いで周辺の情報を吐かせて――」
「構うもんか。全員息の音を止めてやる!」
盗賊は敵。それが一紗の考えの根本にあった。
師父・牙王という例外を除けば、盗賊は一紗の人生において簒奪者でしかなかったからだ。
だからこそ、悪党にルールは通用しないと盗賊への慈悲は見せず、命を奪ってしまえるのである。
良心の呵責は一切ない。彼らは〝殺すべき敵〟でしかないのだ。
「ひっ! お助け!」
「聞こえねーなァ!!」
一紗の振る舞いは目に余るものがあった。遭遇する敵を皆殺しにしてしまうのだ。おかげで紅華帝国の法が一切通じない魔境は抜けられたが、その蛮行を早急に対策しなければならなかった。
(強さを求めて惡姫を調略しましたが、強すぎるというのも考えものですね)
魔境〝盗賊の巣〟は抜けられたが、人里に出るまでまだまだかかりそうだった。美鳳は同行していた貴従兵の疲労を鑑みて、野営するよう指示を出した。
貴従兵の隊長である雷・龍宝将軍は主である美鳳に直訴した。
「美鳳様、惡姫は確かに強いですが、殺しすぎます。このままでは――」
「ええ、わかっています」
団体行動を好まず一人で星空を眺めている一紗に美鳳は声をかけた。
胃袋を掴めば会話の糸口は掴めるだろうと貴従兵が作った温かいスープを手渡す。
「少しお話ししましょうか」
「構わないが、そいつは誰だよ」
話し合いに同席していた雷将軍を指さす。
「あぁ、彼は貴従兵をまとめる雷・龍宝将軍です。〝盗賊の巣〟にいる間、ずっと護衛をしてくれていました。彼もあなたに劣らず数多くの武勇を持っているのですよ」
「へー《叛族》程度に手こずってたから雑魚かと思ってた」
「失礼な! お前が来る前から《叛族》の先兵は倒していただろうが!」
龍宝の指摘に現場を思い出す一紗だが、首を傾げる。
「悪ぃ。自分が殺した奴は数えてないから、全部俺が殺ったのかと」
「コイツ……ッ!」
憤る将軍を美鳳が「まぁまぁ」と抑えてから一紗に向き直った。
「一紗、あなたは頭はいいですが、国の内情について少々無知なところがありますね」
「目の前を見るので精一杯な程この国は広すぎるからな。詳細を知る奴と出会うことも殆どなく学ぶ機会もなかったし……。デカい国で治安が乱れる程の内乱が起きてる程度しか知らん」
「いい機会です。私がお教えしましょう」
美鳳は紅華帝国について簡単に解説し始めた。
元々は多くの異なる民族同士が覇を唱えるバラバラの国であったこと。それを始皇帝が統一して紅華帝国としてまとめ上げたこと。人質兼服従の証として、各民族ごとに美しい娘を帝に差し出すよう命令されていること。
娘達が産んだ子の中で最も優秀な結果を残した者が次期皇帝に収まることを流暢に話した。
「――この国には帝の子が百八人います。私もその中の一人。故に私に人質としての価値はないと言ったのです」
「成程合点がいった。だが解せない部分もある。多くの民族を統一して多民族国家を築き上げたってのはどうもおかしい。俺がこの世界に来て十年程だが……全然まとまっていないように見えるが?」
「そこなのです。栄華を極めたのは三代目までです」
三代目紅帝の後継者争いでは百八人の子の中には男子が一人しかいなかった。
他の兄弟は皆幼くして病死したり、戦死したりで結果的に息子は一人しか生き残らなかったのだ。姉妹は他にもいたが当時は男子にしか後継者の権利はなかったので必然的に一人息子が四代目になった。
だが四代目は稀に見る愚政だった。国が崩壊しなかったのは姉妹の補佐があってこそだった。
「――それで美鳳達女子にも後継者の権利ができた訳だ」
「理解が早くて助かります。しかし五代目の現紅帝に就いたのは我が愚父です。アレは政の能力がなく、帝国は四代目に比してさらに弱体化し、内乱が頻発するようになりました」
「じゃあ四代目みたく兄弟に補佐してもらえば?」
「その兄弟がいないのです。現紅帝は政治の才こそなかったのですが、政敵を暗殺する能力は高く、ライバルとなる兄弟姉妹達を皆殺しにしてしまいました」
美鳳が言った『皆殺し』というワードに過剰反応する一紗。
「ふん、今の貴様と同じだな。強くても敵対する者を皆殺しにしていては能力のある者を味方につけることはできない。必然的に組織は弱体化する」
雷将軍が侮蔑の目を向けながらぼやいた。思わず立ち上がって叫ぶ一紗。
「俺はそんな阿呆とは違う!」
「――であるならば、今後は皆殺しを避けてください」
沈黙する一紗。場が気まずくならないように美鳳は話を続ける。
「……話を戻しますが、帝国の弱体化を感じ取った有力民族達は事実上独立しています。そして今の帝国に再び統一する力は残っていない」
腐っても大帝国を築いてきた中枢が多民族を抑えられないというのはどういうことなのか分からなかった。強い帝国に逆らえないからこそ五代も続いたのだろう。再び力で押さえつければいい話だと首を傾げた。そんな彼女の疑問を察したのか美鳳が補足してくれる。
「少数民族は討ちとれても、五大民族が強大すぎるのです。かの始皇帝も五大民族に勝利することには苦労したといいます」
「五大民族?」
「氣巧術を操るあなたなら五属性は知っていますよね?」
かつて牙王にも説明されたことがあった。氣巧術を研ぎ澄ませると、単に体術の強化だけでなく、木・火・土・金・水の五属性をも操ることができるようになると。
美鳳の説明によると、五大民族とはその五つの属性を操ることに秀でた民族なのだという。
「木属氣巧を得意とする《杜族》、火属氣巧を得意とする《焔族》、土属氣巧を得意とする《壘族》、金属氣巧を得意とする《鏐族》、水属氣巧を得意とする《滉族》が大陸にその名を轟かせる五大民族です。紅華帝国創立以前にもそれぞれが他民族とは一線を画す程の領地を有した民族で、他の少数民族からも畏敬されています」
「五大民族か。属性氣巧術はそれなりに見てるが、そいつらにはまだ会ったことはないな」
「でしょうね。彼らのほとんどが自治領で生活していますから。そして今や自治領ではなく、五つの独立国といっていい……」
美鳳は地図を広げた。一紗がこの世界に来て地図を見ることもあったが、すべて子どもの落書き程度のものだった。しかし美鳳が出した地図はかなり正確な尺度で書かれていた。おかげで情勢が一目でわかる。五大民族が治める領地は確かにとてつもない面積だった。
《杜族》が束ねる【木国】は山が深く森林の多い自然豊かな領域にあった。
《焔族》が治める【火国】は火山地帯に囲まれた荘厳な場所だった。
《壘族》の管する【土国】は豊かな農地が広がる平野で周囲を岩壁に囲まれている。
《鏐族》が御する【金国】は有数の金属鉱山に囲まれた資源産出地域にあたるようだ。
《滉族》が制する【水国】は恵まれた水源地域が広がっていた。
五大民族と称されるだけあって彼らは広大な領地を自治している。中央にある帝都や他の民族が治める地方が小さく見えるくらいだ。
(……掴めてきたぞ。要は前の世界における三国志のような戦乱になっている訳だ)
「我が国の情勢はコレで分かってもらえたと思います」
一拍おいてから美鳳は続ける。
「私の目的は戦乱にあるこれらの国を再び平定し、秩序ある国を作ることです。その前に拠点として故郷を奪還しなければなりませんが……」
誰かに領地を取られたのか。考えてみれば皇女が流浪の旅に出ている状況は歪である。
その経緯は少し気になるものだったが一紗としてはやることは変わらない。彼女を守り敵を倒すことだ。その敵が誰になるかだけが主題になる。
「それで、俺は五大民族と戦えばいいのか?」
「いいえ。いきなり五大民族と戦えとは言いません。独立の機会を伺っていた彼らにはそれだけの地力があります。故にまずは【愁国】を取り戻します。差し当たって目指すのはこの村です」
美鳳が指さしたのは都から適度に離れ、かつ、五国の中央付近にある地だった。
「ここから近いな」
「地図で見ればな。馬を使って全速力で駆けたとして、最短で三日はかかる」
龍宝が補足する。以前の世界では交通のための機関があったが、この国では一番速い移動手段が馬車なのだ。
「では明日のために今日はもう休みましょう」
そう言って美鳳は野営テントに引っ込んでしまった。
一紗は急いでスープを平らげると、木の上に登った。寝込みを襲われた経験もあるため、テントで眠る気は起きなかった。まだ完全に気を許すことはできなかったのだ。
「美鳳か……。人を殺すなとか、温室育ちのお姫様らしい。俺もこの世界に来たばかりの時は殺しは禁忌としていたが……。統一する野望を実現するためには甘すぎる思想だ」
一紗の指摘は正しくもあった。
それが証拠に翌朝の目覚まし時計は盗賊達の雄叫びだった。
「女を連れてるぞ! 奪えー!」
「ちっ、まだ盗賊共が……。 美鳳様、後ろに!」
「言わんこっちゃない!」
一紗はすぐに助太刀に入った。
彼女の攻撃は急所を狙い確実に仕留める暗殺拳。盗賊の〝烏兎〟〝活殺〟〝秘中〟〝下昆〟等に氣を込めた打撃を撃ちこみ、破砕していく。撃たれた者は即死していった。
「面倒はご免だぜ! 命と貞操を狙う奴は皆殺しだ!」
「待て、惡姫!」
貴従兵隊長・龍宝の声は聞かずに彼女は突撃していってしまった。
盗賊団は阿鼻叫喚である。数で勝ると考えて襲ってきた彼らは一紗の強さの前に蹂躙されていく。そして僅か数分で七割程殺戮してしまった。
「ひぃ~殺さないで~」
残る盗賊達震えながら命乞いをする。だが一紗はその凶拳を止めようとはしなかった。見かねた美鳳が盗賊達を守るように立ちはだかる。
「待ちなさい。もう彼らに戦意はないです」
「止めるな美鳳。そいつらは武器を持って襲ってきた。俺達が自分達より強かったから戦意がなくなっただけだ。勝てば蹂躙。負ければ命乞い。そんな身勝手な話はねぇ」
殺気を向けられて尚、美鳳はどくことはなかった。
背後から龍宝が一紗に偃月刀を向ける。
「惡姫よ。拳を引け。さもなくば首を落とす」
(この殺気は本気だな)
一紗は好きにしろと言わんばかりにその場を離れた。どんな話し合いが行われたのか、残った盗賊達は武器を捨てて逃げ帰っていく。
「一紗、昨日言ったことを思い出してください」
「皆殺しはやめろってヤツか? 負けた盗賊見逃したところでどこぞで不逞を働くだけだぞ?」
「そうならないように国を安定させ、治安をよくするのです。治安さえ正せば犯罪は減ります」
美鳳は『割れた窓理論』を信奉しているようだ。
割れた窓理論とは、特定の地域に割れた窓ガラスがあれば、犯罪しやすいと思われ、悪い輩がやってくるという考えである。転じて、一つの汚点も見逃さずに徹底すれば、じわじわと犯罪が広がることはないという考えだった。
「理想主義も行き過ぎると空想主義と同義だぞ?」
「私は口先だけの政治家とは違います。例え理想が完成するのが老婆になる頃だとしても実行する所存です」
一紗は黙った。耳障りの良い言葉で民衆を扇動し、いざとなれば責任逃れする政治家はかつての世界でも見てきたが、彼女の言葉は彼らのそれとは違って重みが違ったからだ。
沈黙しながら移動した一行は長旅の末、真昼くらいにようやく村につくことができた。
氣巧術は五行を参考にしています。中華風魔法ですね。
五大民族は漢語風に読むか日本語風に読むか決めかねているため
敢えてルビを振っていません。お好きにどうぞ。




