飴と鞭
反乱軍《蜥蜴》との接触及び【迎梠】改革のお話です。
少年の手引きで潜伏する《蜥蜴》と接触できたが、彼らは一紗達を訝しんだ。元々【迎梠】を制圧しようと牙を研いでいた彼らにとって、一夜で城が落とされたという事実は受け入れ難かったからである。
「信用できぬ。我ら《蜥蜴》をおびき寄せる罠ではないのか?」
「兄さん、でも本当なんだ! この二人が市政官達を皆殺しにしちゃったんだよ!」
「賊二人で城を落とした? それも片方は女子だぞ? 笑えぬ冗談だ」
話し合いでは埒が明かない。さりとて暴力を振るえば余計な反感を買いかねない。【迎梠】の武官として欲しているため、彼らの身体を傷つけずに強さを証明する必要があった。
「姉御、どうするよ?」
「しょうがねぇ。……水戸黄門の真似事でもしてみるか」
一紗は普段抑えている自分の氣を解放してみせた。禍々しい氣は呼吸すら苦しくなるほどだ。
紋所を見せる代わりに気迫をありありとみせつけたのである。
水戸黄門が誰か分からなかった鎧兜も一紗の意図を察して自身の氣を放出する。二人の圧倒的な氣量を見た《蜥蜴》のメンバーは絶句していた。連れてきた少年は泡を吹いて倒れてしまっている。
(威嚇としては十分か)
一紗が自身の氣を抑え込もうとした時、近くの砂場が盛り上がり、巨大なワームが姿を現した。大型トラック5台分よりさらに大きい全長である。牙が生えた口からは大量の唾液を垂れ流している。二人の氣に釣られたのだろう。
氣による威嚇は人間に対しては有効であるが野外で使うと思いもよらない妖魔を引き寄せてしまうことがある。一紗が威嚇を濫用しない理由でもあった。
「俺がやる」
鎧兜が拳を構えるよりも早く走りだした一紗が跳躍すると全身で手刀を振るった。
「ミギャァアアア――!!」
ワームは喰いつく前に図体を輪切りにされてただの巨大なハムになり下がってしまった。
一瞬のことに口を開けて言葉を失う《蜥蜴》を後目に鎧兜は食材としてワームの肉を回収しはじめる。
「……人体をバラさないと納得しないか?」
笑顔で尋ねる一紗に彼らは全力で首を横に振った。
かくして反乱軍《蜥蜴》を武官として迎えることができた。
夜闇に紛れて【迎梠】へと入った《蜥蜴》のメンバーたちは町の荒廃ぶりを嘆いた。
「ここがかつて宿場町と知られた【迎梠】。弟から聞いてはいたが、これでは俺達の故郷と似たようなもんだ」
「ああ。滅亡寸前じゃないか。人がいるから町の体裁はあるが、その人間も痩せこけている」
同じ国の人間から見ても【迎梠】は異質らしかった。枯渇した物資、汚い街並み、卑しい人間を見ていれば誰もがそう思うだろう。
「嘆くんじゃねぇよ。ここから復興するんだ」
「姉御、次はどうするつもりだよ?」
「市政官は一新した。彼らを守る武官も手に入れた。後は腐った町人を刷新する」
勿論皆殺しにするという意味ではなかった。
今いる町人たちを教育するという意味である。
「法律作っても守りゃしねぇぞ? 町人は盗みと殺しが染みついてる。一人二人を改心させたとしても、周りの人間が悪行を続けていればそれに習っちまう」
それはここ数日でよく分かったことだ。死体があればその衣服に至るまで奪い去り、裸となった屍は妖魔を釣るための餌として用いられる。あらゆるものを骨までしゃぶる町民性なのである。法を犯した方が利益が出ると分かっている彼らが法をまもるはずがない。
「俺もかつて修羅だったからな。殺される前に殺す、奪われる前に奪うっていうのは中々抜けない……。だから飴と鞭で分からせるのさ」
――翌朝、一紗は町の中心で大胆な布告を出した。
新市政長、紅・鎧兜の就任と新たなる法律の公布勅命である。
一応宣戦布告前なので市民には適当な偽名を名乗っている。
鎧兜を選んだのはやはり見た目で脅しやすいためだった。現に新市政長の姿を見た町人たちはすぐに委縮してしまった。
ローブを纏う一紗が即席で用意された闘技場に降り立つ。
姿を隠しているのは飢えた男達を刺激しないためだった。鎧兜から「汚いこの町で姉御の肌はならず者の劣情を煽りやすい」と忠告を受けてこの恰好になったのだ。
「いいか!? てめぇら、今から十人指名する! 呼ばれた者は上がって来い!」
一紗は適当に目に止まった住民を選んだ。他意はなく、性別も年齢もバラバラである。
屈強な武官に囲まれている一紗に手出しができず、住民は素直に闘技場に上がった。
「ここに干し柿がある。これを捨てるから〝絶対に拾うな〟。守れた者には褒美をやる」
宣言後、干し柿を闘技場の端に捨てた。
すると、選んだ人間ばかりではなく、闘技場の近くにいた町人まで小さな干し柿を巡って喧嘩を始めてしまった。少しでもその味を感じようと食いちぎる者、舌で舐める者などが殺到して非常に卑しかった。
しかし干し柿を食べた住民は喉を痛めてその場で倒れ、近くの泥水を啜りだす。それもそのはず、一紗が捨てた干し柿には辛子がふんだんに混ぜられていたのだ。
「だから拾うなと言ったんだ。法や決まりを守らないとそうなる」
呆れる一紗は自分が選んだ十人の中でただ一人、柿に群がらなかった少年を見る。
「お前、なぜ取らなかった?」
「だって、オラじゃ大人には勝てっこねぇし。そんなら、取らずにくれる褒美を待った方がええと思ったんじゃ」
ある程度の損得勘定はあるようだが、子供はルールを守った方がいい結果が得られるかもしれないという行動を示してくれた。一紗は少年の頭を撫でながら懐から甘い干し柿を取りだした。
「これが旨い干し柿だ。お前にやろう。ここで食え」
「んでも、こんなご馳走、滅多に食えんから家族にも分けてやりてぇだ」
少年の視線の先には指をしゃぶる幼女がいた。痩せこけた母親と共に干し柿を凝視している。少年が持って帰れば他の町人に奪われるだけだろう。
そう考えた一紗は一瞬で少年の家族を両肩に担いで闘技場に戻ってきた。
そしてその場で柿を分けようとする少年を制して母親と妹の分の干し柿も渡してやった。
「ありがとぉごぜぇやす、お役人様ぁ」
「兄ぃ、うんめぇ!」
「よかったなぁ!」
その場で干し柿を味わった家族を市政官に送らせて一紗は再び町人達に目を向けた。
「いいか、お前達。法や決まりを守った者には良い結果が返ってくる。この調子で――」
言い終わる前に一人の大男が闘技場へ侵入してきた。腕に覚えがあるらしく、守衛の市政官達をなぎ倒してまっすぐ一紗に向かってくる。
「偉そうな説教はいらん! 貴様! 甲高い声からして女子だな!? 隠してる食い物を全部寄越せ! 俺様に奉仕しろぉおおお!!」
「ふん、やはりきたか」
欲深い武芸者が強盗に来ることは予期していた。だから敢えて自分を狙いやすいように護衛を任せた市政官の守りを緩めていたのである。
一紗は男の氣巧術を躱してその腹を手刀で抉った。剣を引き抜くように腕を抜くと大量の血をまき散らしながら巨漢は絶命してしまった。
町人達の顔色が恐怖に染まっていく。
「見たか愚民共! 決まりを破り、法を犯した者にはこの男と同じ死の制裁が待っている! 死にたくない者は法を順守せよ!」
盗みなどの軽犯罪で生計を立てている者は今のやりとりで完全に委縮してしまった。
だが反対に腕に覚えのある殺人者達はわらわらと集まってくる。
「女子の分際で、ようもほざきおる。俺達が教育してやろうではないか」
「俺はさっきの男より強い! 図に乗ってると痛いめを見ることになるぞ!」
いきり立つ男達は刹那、体を膨張させて弾け飛んだ。
彼らがくらったのは護帝覇兇拳であることはその死に様から推測で来た。
「鎧兜、今は俺の威厳を示すところなんだが」
「姉御はもう十分だろ? ここいらで新市政長さまの威厳をみせつけておかねぇとな!」
残った男達も身体の大きな鎧兜の狂拳と眼力によって武器と戦意を捨てて逃げ去ってしまった。比較的まともな住民たちはお上の気に障るまいと地面に伏して頭を垂れている。
「姉御の飴と鞭作戦は上手くいったなぁ、ンガガガ!」
「法治国家だと悪手だがな。愚民には独裁期間を隔てないと素早い教育はできねぇし。……後は残った不穏分子を皆殺しにするだけだ」
鎧兜を市政長に置いた一紗の新体制は【迎梠】の治安を文字通り刷新することになった。
暴力と恐怖により支配されたことで市政官の前で粗相をしでかす悪党は減っていった。
目を盗んで悪さをする輩は市政官の見回り強化で劇的に減少した。
強盗殺人犯などはしつこく町中を逃げ回っていたが、指名手配をして懸賞金を懸けたことですぐにお縄になった。余談だがこの手配書の人相書きを担当したのは市役城にいた遊女の一人である。客として相手をしたことのある男の顔を覚えていたのである。
「はぁ~……殺しと略奪は減ったが、なんで賄賂で取り入ろうとするバカが増えるんだ」
「そりゃあ姉御が脅しすぎたからだろ? 敵に回すより配下に加わりたいって奴は多いと思うぜ? 飴と鞭作戦を曲解したんだろう。中には姉御の素顔を見たいからって奴もいるが」
「……全然嬉しくねぇよ」
腐敗役人を正しても自身が腐敗してしまっては元も子もない。
町人達に賄賂は駄目だと理解させるのには非常に苦労することになった。だが強いてあげる問題はそれくらいだった。
殺しと略奪で生きてきた町人は町の再整備と農地開拓という新たな役割を与えられたことで犯罪に割く時間を作れなくなったのだ。仕事ぶりは氣巧術士の市政官達が監督しているため、手を抜くことも悪さもできない。
食料問題も付近に潜む妖魔を狩ることで当面の間は余裕ができた。果物や野菜などの栄養が足りていないがそれは愁国に編入された後に融通することで見通しが立つことだった。
町としては他国に自慢できる水準とはいかなかったが、崩壊寸前状態と比較すれば劇的な変貌ぶりであった。壊れかけた城郭も補修され町内の衛生面が向上していた。
「まさかこんな短い期間で町を変えちまうとは……。今度来たときにはあの兄ちゃんには上質な酒を、姉ちゃんには桃の果汁をたらふく飲ませてやんないとな」
酒蔵の整理をしていた店主は市役城を見上げながら呟いた。
町の変貌ぶりに驚いたのは町人だけではなかった。
反乱軍討伐のためにしばらく遠征していた【迎梠】武官達は自分達の住んでいたはずの町が乗っ取られていたことにようやく気づいたのだ。
「おのれ……留守を狙うとは卑怯な!」
「お前達がいても変わらなかったぜ。居残り組よりはマシって程度だ」
「ンガガガ! ちげぇねぇや! 脆すぎるぜ!」
町の奪回のために攻撃を仕掛けてきた討伐隊は一紗率いる《蜥蜴》の新武官たちによって返り討ちにあってしまった。討伐隊と反乱軍の立場が入れ替わったのは皮肉なことである。
半数を殺されたことで一部の討伐隊は降伏して《蜥蜴》の軍門に下り、残りは州都【聚款】へ逃れていった。
これで【迎梠】は完全に一紗の手に落ちた。
『転伝識字』により「【迎梠】掌握」の連絡を受けた美鳳は、貴従兵を率いる龍宝を呼びつける。
「均衡は崩れ、舞台は整いました。これより我が国は【寥国】に宣戦布告します」
いよいよ戦の準備に取り掛かる美鳳。
次回は【愁国】宣戦布告直前の時系列における【寥国】側のお話になります。




