寥国を統べる者たち
【寥国】サイドのお話です。
美鳳ら【愁国】が倒すべき敵の紹介回になります。
【寥国】の州都【聚款】では紅・満喰が怒りに震えていた。
何者かに【迎梠】を乗っ取られたという報告を受けていたためである。その怒りは凄まじく報告する部下達を片手で一人ずつ締め上げている。
「よくもオメオメと戻ってこれたな! 奪われたならば奪い返してこい!」
「しっ、しかし、賊共の武は凄まじく、我らの手勢ではとても!」
「貴様はそれでも《叛族》か!? 奪うのは我らが《叛族》の専売特許だぞ!」
ゴミを捨てるように床に放り投げた部下はまともな受け身も取れずに床でのたうち回った。
全体的に丸みを帯びた体系で体が大きい紅・満喰の怒りはとても迫力があった。
贅肉に見える巨体は殆どが筋肉である。言うなれば力士のような体系だった。
「殿下、落ち着いてください。今は敵の正体を探るべきです」
冷静に制する眼鏡の優男は満喰の副官を務める胡・洋という軍師だった。
眼鏡の位置を正した彼は今一度部下に問いかける。
「賊の特徴は? 見た者はいないのですか?」
「多くが反乱軍《蜥蜴》の者でしたが、それを従えているのは兜を被った大男と華奢な女だったと……」
「兜の男と華奢な女……それだけではなんとも……」
「面倒だ。俺が直接行ってひねり潰してくる」
「お待ちください、殿下。今は国際情勢が不安定です。下手に殿下が武を振るえば近隣の【圓国】と【彎国】を刺激しかねません」
「我らに敗れた弱小敗戦国に怖気づくか!? ならばお前が何とかして来い! そのための軍師だろうが!」
満喰の怒号が鳴った。彼が激昂しているのは別に珍しいことではなかった。欲しいものは是が非でも奪い、奪えなかったときには癇癪を起こすことが多々あった。
胡・洋も慣れた様子で一礼して退出する。
彼は書斎に入って一息ついた。
「ただでさえ、いつ戦が起きてもおかしくない中で町の乗っ取りとは。……反乱軍も少しは時期を考えてくれないものか」
自分の呟きが理不尽なモノであることは洋自身が分かっていた。【寥国】は腐敗している。それは内政を任されている彼自身が一番熟知している。反乱軍の怒りと行動も尤もだろう。だが国内に目を向けている暇などなかったのだ。
「今や【寥国】は孤立している。このまま諸侯に同盟を結ばれれば包囲されてしまう」
洋は頭を抱えていた。彼は紅・満喰の召し抱える部下の中で最も優秀だった。
《叛族》を支える軍師として先祖代々彼らに仕えてきた胡一族の末裔だった。
故に満喰が目利きだったわけではなく、最初から彼の徴用は慣習で決まっていたのだ。
(一族の義理がなければすぐにでもこの地を去ろうというのに……)
《叛族》は満喰を次期皇帝にしようと画策していたが、洋はそれが夢物語であることをはっきり理解していた。政治を知らない《叛族》によって文官も武官も固められ、国そのものが食い物にされている。聡い洋は【寥国】が長く続かないことを悟り、それでも必死に延命させてきたのだ。
愚政を辛うじて緩和できていたのは彼の采配だった。
【圓国】と【彎国】が同盟を組まないよう、間者を使って両国がいがみ合うように仕向けた。
二国の境界にある鉱山を狙っていた満喰を止めたのも洋だった。対立の材料である鉱山を奪えば二国は関係を改善させて同盟し、【寥国】に敵対するだろうと看破していたためである。
しかし、彼一人で国を食い荒らす《叛族》を正すことは不可能だった。欲望のままに奪う習性から《叛族》は他人に配慮しようという気持ちに欠けていたのだ。
「町は荒廃を続け、今や州都しか輝きがない。しかし殿下達はまるで危機感を感じておられない。殿下は民を食い物にしておられる。劉殿は心が痛まないのですか!?」
洋が話を振ったのは壁に背を預ける劉・刑楽という少女だった。黒く美しい髪を手裏剣の穴に通す形でサイドテールにまとめている。丈の短い黒めの華服と網状のニーソックスを履いた彼女は中華風忍者に見えた。
「アタシはお金さえもらえればどうでもいいし」
少女は洋の問いかけにそっけなく答えた。いつもこんな調子である。それでも洋は少女に愚痴らずにはいられない。彼女も教養があって国がこのままでは滅ぶことも分かっているのだ。難点は善悪の価値観を持ち合わせておらず、全ての尺度が金であることだ。しかし、そうでなければこんな資源も教養も礼儀もない国に仕えてはくれないだろう。
「貴女には高いお金を支払っているのですよ? 知恵も貸してくれてもいいでしょう!?」
「アタシは殺しの腕を買われたからここにいるんだよ? 知恵が欲しいなら貸してあげてもいいけどー……別料金いただくよ?」
「ぐっ……」
今でさえ高い雇用料をさらに増やすことはできなかった。劉・刑楽という少女を将軍として取り立てたのも胡・洋の采配である。鎧兜率いる【愁国】に抵抗するためだった。
しかし【愁国】の盟主には美鳳が返り咲いた。その混乱している機に乗じて急いで現地の指揮官と単独講和し休戦したのだ。講和を急いだ理由は相手国を恐れてのことだった。
「ただでさえ恐ろしい護帝覇兇拳の使い手に、戦上手の雷将軍が加わっただけでなく、《杜族》と惡姫まで味方につけたと聞く。鎧兜殿下だけならまだ勝機はあったが……」
覇権を懸けて美鳳と鎧兜が争っている間に劉・刑楽に【愁国】を攻めさせる策もあったが、あわよくば龍宝と鎧兜が共倒れになってくれるだろうと考えて内乱を静観することにした。しかし両者は共倒れどころか和解して更なる脅威となってしまったのだ。洋は再び頭を抱える。
「【愁国】は間違いなく我が国に攻めてくる。そして【圓国】か【彎国】、どちらかと同盟を結ぶだろう。よもや両者と三国同盟を結ぶことはないだろうが……我々も同盟を急がねば……」
「あっちが同盟できなかった方と組むのもありだけど……難儀だよ? 【寥国】は周辺諸国に喧嘩売りすぎだしぃ。っていうかウチと同盟してくれる国があるわけ?」
「中立国だった【宍国】に使者を送りました。じきにお見えになるでしょう。本当は私の方が相手国に出向いて交渉すべきなのでしょうが……」
「あははー、洋が【聚款】からいなくなれば【寥国】は三日で潰れるよー?」
冗談でもリップサービスでもなく真実だった。故に同盟を求めるのに相手国を呼び出すという非礼をやってしまったのである。
「この交渉は失敗できんな。……帝都から高い酒も取り寄せたし、それを献上すれば……」
一人でブツブツと呟いていると、扉が開いた。
ノックもなしにやってくる相手は一人しかいない。【寥国】領主の紅・満喰だった。
「洋! 刑楽! ここにいたのか」
「殿下、なに用……ってその手に持っているのは!?」
「ああ、お前の酒飲ませてもらってるぜ? 帝都の酒は旨いよなぁ!」
「何て事をしてくれたんですか!? それは【宍国】の使節団に振舞うための銘酒! 私財をはたいて買ったのに!」
「うるせぇなぁ! 酒なんて敵から奪えばいいだろう!」
欲しいものがあればその場で奪う、それが《叛族》の民族性だった。
蟀谷を抑えて頭痛に耐える洋は主に聴き返した。
「……それで何用でしたか?」
「おう、偵察兵から知らせが届いた。どうやらこの州都に反乱軍が来るみてぇでな。東と西からだ。反乱軍の二大勢力が示し合わせて州都を襲撃しに来たとよ!」
反乱軍――それは州都一極集中政策により物も人も吸収されて潰れた四つの町の残党たちだった。
自分達の町を滅ぼした州都に怒りの矛先を向けた彼らは徒党を組んで襲撃してきたのである。
「無法者といっても、元は我が国の領民達、説得して調略しましょう。近く大きな戦争が起きる。戦力は大いに越したことはない」
「何言ってんだ!? この都督・満喰様に逆らった叛逆者共だ! 皆殺しに決まってんだろ!」
「しかし!」
「俺は東の反乱軍を鎮圧する! 刑楽は西の反乱軍を殺せ!」
満喰は頑なだった。洋の調略案は聞き入れようともしない。
それどころか指揮権のない傭兵大将の劉にまで命令する傍若無人ぶりである。
「劉殿は私が雇った武官です。指揮権は私に――」
「黙れ! 都督が一番偉いんだよ! 刑楽、反乱軍は金目の物を持ってるぞ! 戦利品は全部お前のものでいい! だからやれ!」
「全部アタシのもの!? それならやるやるぅ! 皆殺しだねー!」
止める間もなく少女は部下達を連れて城を飛び出してしまった。
劉・刑楽を筆頭にした黒装束の集団は飛蝗のように屋根を飛び回って西軍の集う場所まで駆けていく。
「あぁ、何ということを! やる気になったあの娘の前では敵は本当に皆殺しですよ!? 使える人材もいたかもしれないのに」
「人材? 欲しい奴がいるなら俺が東軍から奪ってきてやるぞ? 掠奪において《叛族》の右に出る民族はいないからな!」
先程は皆殺しにすると言っておきながら秒の手の平返しである。奪うということに繋がるなら前向きになる性質が満喰にはあった。
「――とか言って、殿下も加減を知らないじゃないですか! 一人二人じゃ足りません! 有能な人物は百人でも欲しいのです!」
「めんどくせぇ、俺が暴れて生き残った奴がいたら連れてきてやるよ」
出陣していく満喰を見送った洋は天を仰いだ。そして少しでも有能な人物が捕虜として生け捕られることを祈った。
領主の紅・満喰、
軍師の胡・洋、
傭兵将軍の劉・刑楽。
彼らが【寥国】の主幹ですね。
※胡・洋は《叛族》ではありません。知恵者の別民族です。
次回は反乱軍討伐に出向いた二将の戦闘回になります。




