市政長との交渉
市政長との交渉です。
戻ってきた鱗粉達から改めて情報が共有される。
以前から【糸蛹】の市政長とは水面下で話を続けており、立場上大手を振って鱗粉を支持することはできないが反体制派が力をつければ必ず味方になると話してくれていたのだ。
元々が好意的な男だったために此処にきて掌を返されるとは思ってもみなかったのだ。
美鳳がまず疑ったのは味方になるという発言が保身のためのポジショントークだった可能性である。
「口先だけの密約だった可能性は?」
「いいえ。彼は不義理を働くような人ではないし、金玄蜂蛾様の捜索に資金援助までしてくれた方なのよ」
当時は偽物の王を本物と担ぐ人間が多く、表立って姫の味方はできなかったが、自身の貯蓄を切り崩して個人的に援助してくれたのだ。金や保身に目が眩む人間とは対照的で聡明かつ義理堅い施政者というのが鱗粉の印象である。
「どうも変ですわね。わたくしも直接話したいくらいですわ」
「私が交渉してみましょう。こう見えても交渉事には自信がありますので」
改めて鱗粉の案内で市役城まで赴くこととなった。お供として連れ立つのは交渉代理人の美鳳、そして二人の護衛として蜜巣と育壌が選抜された。
負傷者である栞那と蕾華は少しばかり回復し動けるようにはなったものの、まだ全快には程遠く大事を取って回復に努めることにしたのだ。まだ《八星天道》のメンバーや偽りの王との闘いが控えている中無理はさせられなかった。全力に動けない彼女達の護衛として甲影が糸の家に残ってくれた。
糸の道を辿って【糸蛹】の中央、糸蛹城へと向かっていく。障害物がなくなった段階で四人は蜜巣の蜂に乗って移動を再開する。
糸蛹城は糸で構築された丸みを帯びた城だった。他の大陸系の古城と比べればどこか異国情緒が溢れている。屋根まで丸いのだ。
「これが糸蛹城、ですか」
城の警備には蜘蛛や幼虫型の妖蟲がついており、外敵は糸で捕縛してしまうらしい。ただ顔が広い鱗粉が先頭に立っているので彼らが攻撃をしてくることはなかった。
昨日の今日どころか先ほど一度顔を合わせたため、今一度の面会は拒絶されるかと警戒したが、意外にも市政長はすんなり再面会を許諾してくれた。
ただ鱗粉の発言通り彼は好意的ではなかったのだ。
「……ですから、何度来られても同じことです。【蟲籠】にいらっしゃる金玄蜂蛾様の御意思に歯向かうことはできませぬ」
「此処に本物の金玄蜂蛾様がいらっしゃるわ!」
食べ疲れた金玄蜂蛾は眠りについており、威厳の欠片もない。直接的な説得は期待できないようだ。美鳳は注意深く彼の動向を観察する。視線は時折何かを気にするように側近の方に向けることがある。また手持無沙汰なのか首飾りを触る素振りをみせている。
スカラベをモチーフにしている首飾りは《蟲族》らしくはある。だが公務でつけるにしてはやや子供っぽい。一流の装飾品ではなく手作り感があるのだ。
「ゴホン、話は変わりますが市政長殿はお子様がいらっしゃるのですか?」
「ええ、まぁ……。可愛い息子でしてね……ハハ」
「へーそれは見てみたいものですね。私は子供が好きですし」
「いやまぁ、それはまたの機会に。実は息子も……その、体調を崩してまして……」
彼は話している間も首飾りを弄っている。
可愛い息子という割には子供の話を掘り下げることもなく早々に打ち切ろうとしている。しかもどこか緊張感が漂っており冷や汗を流していた。
「美鳳、今はお子さんの話は関係ないでしょ?」
『いいえ、そうではありません』
美鳳は口頭ではなく念話でその場にいる仲間たちに語り掛けた。即ち市政長側には聞かれたくない密談をしようという合図である。
『どうやら先手を打たれたみたいです。市政長殿はお子さんを人質に取られています』
『――!? だからいきなり手のひらを返したというの? 確かに筋は通ってるけど……』
『どうして分かりますの?』
『彼は交渉中も仕切りに他の官僚の目を気にしています。見張りがついているのでしょう。加えて手作りの首飾りを弄っています。既製品にしては造りが荒いことからお子さんからの贈り物だと推測できます』
見張りがついていて下手な言動はできない。そして息子を人質に取られているために心根とは違う行動をとらざるをえないと断定したのだ。
『さすが美鳳! 交渉からそんなことまで分かるなんてすごいゾ』
『褒めるのは人質を救出してからにしてください。ご子息さえ無事に確保できるなら彼は私達の味方になってくれるはず。問題は何処に監禁しているかですが……』
『でしたらわたくしの妖蜂で捜索致しましょう。人質なら遠すぎず近すぎない場所にいるはず。【糸蛹】の周辺の可能性が高いですわ』
さりげなく市政長の首飾りの匂いを妖蜂に嗅がせた蜜巣は姿勢を正すふりをしてスカートの下から妖蜂の群れを派遣した。城の内部に留まらず、【糸蛹】近辺へと捜索させる。
子供部屋から物置までくまなく探すが室内で姿は見つからない。一方で蜂の一部は城外に反応を示した。外に監禁されている可能性が高いということだ。
蜜巣から合図を受けた美鳳は育壌と目配せする。あくまで人質に感づいたことを敵側に悟らせてはならない。美鳳と鱗粉は粘り強く交渉を続行する。万が一にも敵側が強硬手段に出てこないように二人の護衛として蜜巣が残った。守備に定評がある彼女が守りについて外部で戦闘に特化した育壌を救出に向かわせたのだ。
手持無沙汰な育壌が一度町に戻ると一人席を立っても子供の興味が移ったのだとあまり警戒されない。城外に出た彼女は妖蜂の導きに従って外部の匂いの反応を追っていく。
「蜂さん、頼むゾ」
匂いを辿っていく妖蜂の背中に乗った育壌は糸の家屋郡から少し外れた林の中に飛んだ。
キョロキョロ辺りを見回してもそれらしい人質どころか人気が全くない。
だが妖蜂はこのあたりに匂いを感知したらしくグルグルと周回している。
「木の上にも叢にもいないナ。だったら下しかないゾ」
妖蜂の上から飛び降りた彼女は地面に裸足をつける。土を介した《壘族》の感知手段だ。思った通り、地面の下に隠れ家があるらしく人の気配が十数人程感じ取れた。その中には背の低い氣量の小さい存在も感知できる。
彼女は大きく足をあげると踵落としの要領で地面を蹴った。勿論ただの足技ではなく土属氣巧術による砂操作の挙動である。
地面の空洞は崩れて中にいたらしいメンバーは命からがら土の下から這い出てくる。
「敵襲か!? くそ、地面の下にいるのに何故俺達を攻撃できる!?」
「その肌色、《壘族》か!? 道理で!!」
即死に至らなかったのは育壌が手加減していたからではない。彼らも危険を察知して脱出できる程度の実力はあったのだ。それが証拠に彼らは星のない天道虫の羽織を纏っている。
「《八星天道》の下っ端かナ? 土いじりで育壌と勝負しない方がいいと思うゾ」
「抜かせ、まだ勝負は――」
彼らが抜け出ようとする地面はセメントのように固まって手足が抜け出せなくなっている。もがこうが固定されたままなのだ。
「〈土属氣巧・岩盤埋没〉――しばらく大人しくしておくんだナ」
「くそ! だが俺達には人質が!」
「この子のことかな?」
育壌の背後には土で作られた巨大な手に掴まれた子供の姿があった。
攻撃を仕掛けると同時に救出対象をしっかり確保していたのだ。
絶句して口をパクパクさせる《八星天道》の構成員。
「ハハハ、凄いね《壘族》のお姉さん。でもその子はまだ僕らの人質だよ?」
気配なく背後に立った少年に驚き飛びのいた育壌。人質もしっかり確保している。後ろに立っていた少年もまた天道虫の羽織を着ている。ただ彼は他のメンバーと違い星持ちだった。星の数は三つだ。
「三星!? 《八星天道》の三番星かナ? すごく幼いな」
「お姉さんもそんなに僕と年変わらないでしょ? ご推察の通り、《八星天道》の三番星、鉤っていうんだ。よろしくね。まぁ今後があるとは思わないけど」
全身に包帯を巻いた幼い少年が飛行妖蟲の背に乗っている。年のころは育壌より一つか二つ下にみえる。非常に不気味な気配が漂っている。三ツ星を背負っているからには年不相応の実力者なのだろう。
彼が包帯を巻いた腕を掲げると林の奥から巨大な妖蟲が姿を現した。
一体は左右で異なる形状の巨鎌を持つカマキリ型、もう一体は金属光沢のある外殻を持つ蠍型の妖蟲だった。
まだ遊び半分だった育壌は緊張感を増した。この二体の妖蟲は危険種認定されており、妖魔大戦においても《七王武族》や《海民》の戦士を屠ってきた実績のある種類だと習ったことがあったためである。気性が荒く《蟲族》でも躾けられるのは相当な実力者のみだと噂で聞いたことがあった。
「流石に鼻が利くようだね、《壘族》のお姉さん。こいつ等は図体だけじゃない」
鉤の指示通り動く彼らは強靭だった。土属氣巧術で攻めようにも、カマキリ型の方は羽を広げて空へ逃げてしまう。図体の割に高い俊敏性だった。そして体表の色を周囲に溶け込ませる迷彩色の擬態まで心得ている。
地に足をつけている状態なら《壘族》の感知網に引っかからないわけがないが空を飛んだり木に捕まってこちらの様子を窺ってくるために攻撃をかわすのが非常に難しい。
そして翼のない蠍型の妖蟲。こちらは擬態能力はなく、動きに俊敏性はないが純粋に硬い。土属氣巧術で岩盤を槍のように尖らせて射出するも、金属光沢をもつその外殻を貫通することはできず、育壌の技が砕けてしまうのだ。
「ご先祖様が苦労したわけだナ」
「〈金属氣巧・刃幅棘伸〉!!」
野生の個体でさえ手強いのに後衛として戦場を観察する鉤が氣巧術で補完してくる。カマキリの大鎌の大きさが可変し、蠍の尾の長さが延長される。無駄な動き鳴くギリギリで回避しカウンターを狙っていた育壌は間合いが変わったことで躱しきれずに肩口を切り裂かれ、わき腹を掠ってしまった。
途端にふらつき膝をついてしまう。
「蠍の毒は喰らったら終わりなんだよ。如何に強かろうが一瞬の判断遅れが致命傷になる。妖魔大戦を歴史で習わなかったのかな?」
「……その言葉はそっくり返すゾ」
今が好機だと蠍も蟷螂も一斉にその刃を振るう。その瞬間を育壌は待っていた。普段は腕輪や足輪として身に着けている愛武器・乾坤圏を展開する。願石製のそれは頑丈なだけでなく自在に大きさを変更できる。蠍型には鋏と尾の関節部分に、カマキリ型には首元に狙いをつけて輪を引っかける。――と同時に収縮させて一気に首と関節部分の柔らかい箇所をねじ切ったのだ。赤色ではない体液を零して倒れる妖蟲たち。鉤は感心したように拍手を送る。
「……へー、お見事。まさかコイツらが倒されるとはね」
「あんまり驚いてないゾ」
「驚いているさ。流石五大民族。まぁ一番驚いたのは蠍の毒で君が動けなくならなかったことだけどね。仕留めたものだと思って油断して接近してしまった。ネタがあるんだろ?」
育壌は自身の脇腹の破けた服をちらりと見せる。その下には《壘族》特有の褐色肌はなかった。肌にまとわりつくように泥が鎧の如く張り付いていたのだ。
「成程。服の下に土を纏っていたか。どうやら勉強不足は僕の方だったみたいだ」
「気にすることないゾ。育壌もあの二体を仕留められなかったら危なかったからナ」
「へぇ。じゃあこいつ等はどうするんだい?」
林の隙間から現れたのは先ほど倒した蠍型と蟷螂型の大妖蟲が各五体ずつだった。一体ずつの時ですら苦戦したのにそれがさらに複数体。同じ手は二度と通じないだろう。
ただおかしいのは鉤の使役能力だ。これら大妖蟲類は稀に知恵のある個体に進化するものがおり、《蟲族》加入前は金玄蜂蛾の命を受けて指揮官級に位置していた。それ故に知性に目覚めていない個体でも個性が強く如何に蟲使いといえど複数体を同時に御せるわけがないのだ。
「……鉤は何者なのかナ?」
「自己紹介はしたはずだよ。三番星の鉤。ただ肩書に意味はないんだ。頭の悪い大人がそう指定しただけで実質僕が《八星天道》最強だろうからね!!」
「……言うだけはあるゾ」
「絶望するのは早いよ、《壘族》のお姉さん。後ろを見てみな」
警戒しながらも背後に視線を送る。
そこにはナイフを自らの首元に向けて自害をしようとする人質の子供の姿があった。
「お姉ちゃん、助けて……」
「だから言ったでしょ? 〝その子はまだ僕らの人質だ〟ってさ」
周囲にはどうやって手懐けたか分からない大妖蟲の群れ。人質は助けを求めながら自害しようとしている。育壌は訳が分からなかった。
その場を支配する鉤だけが不敵に笑っていた。
美鳳は子供の存在と彼が人質を取っていることを看破しました。
三番星の鉤の登場です。
《八星天道》では最年少ですがトップ3の名前に恥じない実力は有しています。




