凶悪な三番星
育壌 VS 鉤続きです。
最初に動いたのは育壌だった。土属氣巧術で眼前の鉤に奇襲する。
飛翔妖蟲に乗って土砂の津波を回避する彼は冷や汗を流した。
「人質とってるのに攻撃するなんてあの子がどうなってもいいんだ?」
そんなことはなかった。土属氣巧術の奇襲はあくまで目くらまし。鉤の気を一瞬でも逸らせればいい。その間に後ろへ飛びのいた育壌は自害しようとする子供を羽交い絞めにする。
「助けて、お姉ちゃん。ぼく、しにたくないよぉ」
ナイフを持つ右腕の膂力が異常に強い。とても十に満たない子供とは思えない。氣巧武術の達人かと思っても彼の腕からはそれらしい氣の流れを一切感じ取れなかった。おかしなことに彼が自害しようとするのは右腕だけで、左腕の方は育壌と共に必死に右腕を止めようとしている。
「何かおかしいゾ」
《壘族》の肉体強化秘術〈境壊堅塗〉で大地からエネルギーを借り受け、さらに膂力を加重強化した育壌は無理やり右腕を引き離した瞬間に謎の正体をつきとめた。
彼の右腕の皮膚下で何かが蠢いているのだ。
「なんだこれ!? 〈土属氣巧・石刃〉」
その辺の石を刃物状の石器に加工した育壌は子供の腕を斬りつける。そして皮膚の下にある細長い何かはワーム状の妖蟲だった。
「ハァハァ……わー、む……」」
ニョロニョロニョロと蠢くその姿を見て育壌のトラウマが想起される。両親を殺された記憶、邪神に魅入られた記憶だ。以前は憎しみに邪神の力が結びついて暴走状態に陥っていた。しかしここで我を忘れるわけにはいかない。戦いを通して一時的に自分を制御できたことはあったのだ。今は自分を助けてくれる人間はいない。自分自身でなんとかするしかない。そして目の前の子供を救えるのは自分だけなのだ。
育壌は理性で暴発を抑え込み、切り口から覗く紐状の妖蟲を無理やり引き抜いた。ぶちぶちと嫌な音がして子供は痛みに絶叫する。
「痛いっ……いたいよぉ。でも右手自分で動かせるように……なった、よ。お姉ちゃん、ありがと……」
涙目で嗚咽しながらもしっかり状況を把握して礼を言えるだけ彼は立派だ。流石は市政長の息子である。彼を土の中に隠した育壌は改めて引き抜いたワームを見る。以前なら過呼吸になっていたが今は落ち着いている。人を助けるという大義が暴走を抑止したのだ。今もウネウネ蠢くそれが子供の右腕を操っていたものの正体に他ならないのだ。
「これは……寄生虫……? 分かったゾ! 大型妖蟲を何匹も操れたのは手懐けたんじゃないナ! 全部この寄生虫で操ってた。三番星の本当の使役妖蟲は寄生虫だナ!!」
「あーあ、バレちゃったんだ。でもタネが分かったから防げるものじゃないんだよ」
育壌の手にあった寄生虫は彼女が握りつぶす前にするりと抜けて毛穴を広げて体内に侵入する。手づかみで捕らえようとしても無駄だった。異常に速いのだ。そして市政長の息子に寄生していたように育壌の右腕の主導権を奪おうとする。
足掻く彼女を見た鉤は勝利を確信して自身の包帯が巻かれた腕からミミズのような或いはハリガネムシのような寄生虫を呼び出していく。
そして彼女の体内で起きている事象を説明するかの如く野生の妖蟲に向けて自身の寄生虫を投擲した。
「僕の操る〝神経寄生蟲〟はあらゆる生き物に寄生することができる。皮膚から入り込んだ彼らは手足に寄生しそこで小型脳を形づくるのさ。宿主の意思は遮断されて四肢は神経寄生蟲が化けた小脳に制御権を完全に奪われることになる」
彼の言葉を裏付けるように野生の妖蟲は寄生虫の制御下に置かれたのだ。最初こそ抵抗していても無駄だった。一匹につき一つの四肢がコントロールを奪われるのだ。
「ハァハァ……回りくどいナ。直接頭を支配すればいいと思うゾ」
「僕もそうしたいんだけどね。大人と子供の力比べのように人間の大きな脳と神経寄生蟲の擬態脳が競り合えば押し負けることが多分にある。君のような意志力の強い子は特にね。だから脳信号を遮断して寄生蟲の制御下に起きやすい四肢に寄生させるのさ」
実際意志力の強い大型妖蟲の洗脳は難しいらしい。これ見よがしに育壌に見せた新手の蠍や蟷螂たちも一斉に彼女に襲い掛かろうとしない。その動きは緩慢で完全に制御下に置くには時間がかかるようだ。ただ寄生と洗脳の技能自体は恐ろしいものだった。現に右手を寄生された育壌は自身の首を絞められたのだ。
「ぐっ……市政長の子供を人質にして何が……したいのかナ? 《蟲族》の神サマは鱗粉が持ってるんだゾ? 州都にいるのは偽物……だゾ」
「偽物とかホンモノとかどーでもいいし。僕は僕を評価してくれた側につくだけさ。年寄の老害共みたく脳死で金玄蜂蛾を信奉してるわけじゃない」
彼は金玄蜂蛾など神話に聞く存在への信仰心は希薄だった。教科書で出てくるような存在、ご先祖様が世話になった恩人以上の感情がない。要するに距離が遠すぎるのだ。若い世代の中では古い価値観を時代遅れだと断じる者は一定数出てくる。まして直接三番星に指定したのが偽物の王ならばそちらを主君として働くのが本懐といったところだろう。
「君は金玄蜂蛾とか人のこと気にしてる余裕はないはずだよ? それとももう諦めた? そーだろうね? 他人から寄生蟲を引き抜くより自分から取り出す方が難しいもんね! でも時間もあまり残ってないよ?」
先に神経寄生蟲を入れ込まれた大型妖蟲達が着実に制御下に置かれつつある。もう数分もすれば鉤の手駒に落ちるだろう。彼らを一斉にけしかけられたら五大民族の育壌といっても無事では済まない。抵抗する時間も僅かしか残っていなかった。
「まぁ僕も悠長に高みの見物してられないかな。せっかく動きを封じてるわけだし、他の四肢にも寄生蟲ぶち込んであげよう。そうすれば僕の手駒に落ちるだろう?」
地面に背中を預けながらも右腕の殺意に抵抗する育壌に向けて鉤が歩み寄る。
ゼロ距離から寄生蟲をねじ込もうという魂胆だ。左腕や両足の制御まで奪われれば完全に詰みである。まさに近づいて真上から新たな寄生蟲をバラまこうと包帯を緩めた瞬間だった。
鋭い一閃が鉤を斬りつける。
驚く間もなく彼の腕は地面に落ちたのだ。
「……な!?」
瞬時に後退する鉤。何が起きたのかは明らかだった。地面に倒れてのたうち回っていたはずの育壌が先ほど作った石刃で鉤の左腕を切り落としたのだ。自分の右腕に殺されかけていたはずの彼女がどうやって鉤を攻撃できたのか。鉤は自身の寄生蟲で切断箇所を縛って止血し、育壌を分析する。寄生蟲を撒こうとした時一瞬真顔の育壌と目が合った。その際に殺気を感じて飛びのいたから左腕で済んだが一歩遅れていれば首を落とされる勢いだったのだ。
「既に僕の洗脳を解いたのか。どうやって……?」
改めて立ち会った彼女を視界に捉えたとき、その理由が分かった。寄生蟲を仕掛けた右腕がブランと垂れ下がっている。皮膚下にいるはずの寄生蟲も微動だにしない。
「五大民族ってのはイカレてるのか!? 蟲ごと自ら腱を切断するなんて!?」
「神経寄生蟲だからな。痛覚も共有してるのは子供から引き抜いた時に分かったゾ。……だったら先に自分の腱を切ればそこに寄生した蟲も痛がると思ったゾ。目論見が外れたナ。同じ片腕同士決着をつけるゾ」
「……お、お前のイカレ具合に付き合うつもりはない! そして片腕なのはお前だけだ!」
切断されて放置されていた鉤の左腕が這うように動いている。動かしているのは脳化した寄生蟲だろう。他者に寄生させるだけでなく切断された四肢を回収する使い方もできるのだ。そして腕だけで跳躍したソレは鉤の切断面に装着される。糸で縫い合わせるように寄生蟲が縫い糸の代わりとなって見事縫合を完了したのだ。
驚き目を見開く育壌の隙をついて鉤は羽虫に乗り彼女の頭上へと移動する。
「はじめからこうしておけばよかったんだ。〈寄生雨〉!!」
彼は包帯の隙間から数多の神経寄生蟲を呼び出すと文字通り雨のように降らせた。土属氣巧術で球体状の壁を作り防御しようとする育壌。ただ今回の神経寄生蟲は上位個体らしく体を螺旋のように回転させて土の壁に穴をあけて侵入していく。そして一斉に育壌に襲い掛かったのだ。
「土の壁程度で防げはしない。体中寄生蟲まみれになれば抵抗はでき――」
ドーン! という轟音と共に土の壁は吹き飛んだ。勿論〈寄生雨〉にそのような破壊力はない。破壊するとしたら育壌の方である。
爆発の衝撃で大量に降り注ぐ砂の雨。育壌を覆っていた砂の壁は砕けて中から現れたのは虹色の泥を纏う彼女の姿だった。
「なんだ、アレは……? 普通の土属氣巧術ではない……?」
鉤が驚いたのは育壌の変化だけではなかった。虹色の泥が付着した神経寄生蟲達が苦しそうにのたうち回ってそのまま絶命している姿が見えたからである。
「毒……? か何かか。《壘族》が毒を使うとは……いや、これが上位術に相当するの地霊術ってやつかな」
育壌も地霊術は部分的にしか扱いきれない【枢国】で人形兵器を相手に劣勢を強いられて民間人を守るために手を伸ばした力だった。
そして今回、三番星の鉤を相手にして嫌でも制御を覚えた。覚えて地霊術に頼らなければ全身寄生蟲に侵されていただろう。故郷【土国】で師匠にあたる大神官から言われた言葉。【愁国】と共に世界を巡れというのはそういう意味なのだ。
強者と邂逅し実戦をもって体で覚えていく。天才肌の育壌に適合した学習手段である。師は弟子のことをよくみていたのだ。
「〈地霊術・虹濁泥弾〉」
虹色の光沢のある泥が弾丸のように射出される。直撃はまずいと直感した鉤は寄生虫で操った巨大蟲を生ける盾として使用する。濁った泥が直撃した妖蟲は泡を吹いて倒れてしまった。土に潜る種類の昆虫はある程度土属氣巧術に耐性があるがそれでも耐え切れない。鉤は手駒の死から相手の能力を分析する。
「ただの土ではない。恐らく土壌汚染に類する力だな。大地を信奉する《壘族》らしからぬ能力だ……!」
薄汚れた液状の泥を纏っている育壌に寄生蟲を打ち込むことはできない。ただ密度の高い泥を纏っているために動きが緩慢だった。
しかし瞬きをした間に彼女の姿が消える。
背後から足技を披露する育壌の一撃を鉤は腕で受け止める。汚染物質を身にまとっているため触れただけで危ない。だが鉤は寄生蟲をガントレットのように纏って直撃を防いでいた。突如背後から奇襲された彼女の足元に先ほどの攻撃で散った虹色の泥溜まりがあることに気が付く。
「汚染物質を媒介に転移までできるのか!?」
汚染物質が付いた寄生蟲を捨てた鉤は急ぎ距離を取った。懸念していた追撃は訪れない。育壌が肩を大きく揺らして呼吸が荒い事に気が付いた。追撃しなかったのではなくできなかったのだ。
「その力……凄まじいけれど、消耗が激しいようだね」
遠距離から寄生蟲で操った大型個体を差し向け少しずつ消耗させることを画策する。
地面から奇襲されないように古びた木の枝を足場にして蟷螂型、蠍型を多数差し向ける。倒すのに苦労していた個体も地霊術を発動させた彼女にとっては赤子の手をひねるかのようだった。固い外皮を持っていてもその汚染物質の浸透を完全には防げない。並みの妖蟲に比べれば多少もった方だが数分もしないうちに彼らはひっくり返って死骸となり果てた。
だが鉤も目論見通り消耗が限界に達した育壌は膝をついた。
「苦労して洗脳した手駒も消費してしまったし多少驚かされたけれど、結果は変わらなかったね。……やはり勝つのは《八星天道》最強のぼくだ」
古い大木の枝を蹴って虚空に飛び上がった彼は弾丸のように寄生虫を射出し、対象を撃ち抜く〈寄生弾〉という技を放とうとした。その脚は地面にはついていない。育壌も消耗して動けない。勝敗は決したと思われた。
しかし、鉤は背後から重い一撃を受ける。彼の後ろには古い大木しかないはずだ。木属氣巧術を使えたとしても《杜族》並みの力がなければ寄生蟲の鎧を貫通できるはずがない。驚く彼が振り返ると自身が受けたのは土属氣巧術による鋭利な土砂の貫通していた。
「馬鹿な、土属氣巧だと!? 何故木から――!?」
言いかけた彼はその土砂攻撃が木そのものではなく木の空洞になっている個所から仕掛けられていることに気が付いた。鉤が先ほどまで立っていた場所は木だと安心していたが朽ち木であり中身が腐っていたのだ。地面に手をついた育壌はそこから密かに土属氣巧術で石と砂を操作し腐った木の根元から彼の立つ上部までくみ上げていたのである。
並みの憑霊術士なら土属氣巧術の上位互換である地霊術で勝負を決しようとするはずだろう。だが育壌は地霊術による消耗そのものを囮にした下位の土属氣巧術での奇襲を確実に当てに来たのだ。純真無垢な天才児。それは常に鉤が他者から受けた称賛の言葉だったが本物の天才を前に彼は他者がどんな気持ちでそう評したかをようやく理解した。畏敬の念を禁じ得ないのだ。
「認めよう。君は天才だ。恐らくぼく以上の……ね」
「ハァハァ……じゃあ育壌の勝ちでいいかナ?」
「いや、勝つのはぼくだ……!!」
地面に落ちる瞬間、中型羽虫に拾われて衝突を免れた。
致命傷を受けたはずの彼はまだ戦意を失ってはいなかった。
鉤の使役妖蟲は神経寄生蟲。
鱗粉は六番星の鳴夕と戦いにおいて自身の調伏能力で大型妖蟲を従えてましたが
鉤の場合は寄生蟲を介して大型妖蟲をも無理やり従えさせます。
真骨頂は相手の四肢の自由を奪うこと。自身にも寄生させているので本編の通り切断されても四肢を縫合することが可能です。直接脳を支配することも意思が弱い者は可能です。
育壌の地霊術を分析してその脅威に驚きつつも対抗しようとするくらい三番星としての意地を見せます。




