《膂族》と拳法
破落戸の首領の正体が変わり果てた親友だと知ってしまった鎧兜は如何に……!?
※様々な拳法流派が出ますが、名前は基本スルーで大丈夫です。
拳法家の国だなぁ感じていただければと。
かつての親友にして兄弟弟子だった秀英が魔道に堕ちたと知った鎧兜は当初の目的を中断して彼の姿を探し始めていた。
記憶の中にある優しい少年と【拳国】で始祖の血を絶やそうとする賊の首領がどうしても一致しなかった彼は直接旧友に会って確かめようと考えたのである。
老仙もそれを止めなかった。もしかしたら兄弟弟子の言葉なら聞くかもしれないという淡い期待があったのだろう。
鎧兜が秀英を探し、老仙が《仙絶血砕流》の討伐にそれぞれ動く中、一紗達は【風來亭】という飲食店で休んでいた。
「私達も兄上に協力しなくて良かったのでしょうか」
「漢同士の問題だ。外野の女が口出すべきじゃねーさ。鎧兜に任せたらいい」
実際に鎧兜はケジメは自分でつけると暗に手を出すなと宣言していた。本人が協力を望まない以上、彼の意思を尊重するのもまた仲間の務めである。
「にしても鎧兜も良い店紹介してくれたなぁ。このシュウマイ旨ぇ……」
「青梗菜の炒め煮も中々よぉ。量も多くてお手軽価格だし」
「この店は《膂族》の体躯に沿った内容なのでそんな勢いでお代わりしてると太りますよ」
「俺と蕾華は大丈夫だろ。常に体術鍛えてるし」
「ねー☆ 一紗さま! 寧ろ体を動かさない美鳳の方が体重まずいんじゃないの?」
「えっ……」
言われて自分の脇腹を摘む美鳳。僅かな冷や汗が滲み出る。一国の領主とか以前に彼女も乙女として体重が気になる年頃だった。
「ゴホン、杏仁豆腐も注文しようかと思いましたが、今回はやめておきましょう」
少し脅し過ぎたようだが今回ばかりは賢明な判断だろう。
店は繁盛してらしく他の客のテーブルには山盛りの料理が並んでいる。
体格の良い《膂族》は新陳代謝もいいのか次々と皿を開けていた。ここ【拳国】では異民族の修練者も少なくなく、《膂族》と殆ど変わらない体格にまで鍛えている者もいるが本物の《膂族》は大食漢なので見分けがついていた。
「よく入りますね。私もこの空気に呑まれるところでした」
「大袈裟な奴……」
「でも《膂族》って理想的な体系よね。男性は筋骨隆々だし、女性もくびれがしっかりしてて」
蕾華が羨望の眼差しで見つめる先には接客に働く給仕係の女性の姿があった。彼女達は皆巨乳でチャイナドレスのスリットから覗く生足がセクシーだ。いつぞや鎧兜が実母のスタイルが良かったことを話していたのも納得である。
そして男性《膂族》はホールで中華鍋を炒めている料理人たちですら華服の上から分かる胸筋と上腕二頭筋が見事だった。他の民族から見れば彼らも将軍だと誤解されるだろう。
「羨ましい体系ではありますが、良い事ばかりではありませんよ」
「えー女性は胸とお尻があった方が美しく見えるし、男性だって筋力あった方が強そうじゃないの?」
「《膂族》の女性はその恵体から劣情を抱かれて男性に襲われることも多かったらしいです。初めは武道に興味がなかったのに護身のために志す者もいるとか。帝都でも有名な柔術拳法《合気水心流》の開祖がそうだったらしいです」
「へー護身のために始めた我流が歴史に名を残すっていかにも《膂族》だなぁ」
「男性も男性で文官を志して外国に科挙を受験しに行ったのに、その筋肉質な体から武官として採用されてしまったという逸話もあります」
蕾華と一紗は揃って苦笑いを浮かべた。
見た目で判断されることの多い人間社会において体系の美しさは必ずしも望む人生を歩ませてくれるわけではないらしい。
もっとも体を鍛えたがる性分や格闘術を好むのは民族的特徴でもあるため、先の不幸な例は少ない方なのだという。
「此処【拳国】は自然の恵みも恐ろしさも両立する秘境……故に《膂族》にとって住みやすいのです。国外に出る者は少ない理由ですね」
「豊かな自然と強い生き物と戦う環境がでかい体を作った訳か」
「その土地の自然環境に適合して強くなったのは私達五大民族に通じるものがあるわね」
料理の材料として使用されている川魚や猪肉は皆大きく、脂の乗りもいい。人間の手で育てられたはずの家畜の肉でさえ餌がいいのか太く美味であった。
博識の美鳳から語れられる《膂族》のエピソードを肴に栄養満点の拳国料理を口に運んでいること数分、店の前が急に騒がしくなってきた。
「オラ、道を開けろ!!」「文句がある奴はいねェよなぁ!!」
乱雑に扉を開けて入ってきたのは《膂族》の中でも柄の悪そうな男達だった。服はそれぞれの流派で意匠が異なる道着であるが、髪型はスキンヘッドか辮髪の者が多い。
彼らの姿を見るなり食事を中断する者、急いで会計を済ませて逃げだす客が出始めた。
「どうやら常連客ではなさそうですね」
「あんなに大勢で押しかけて、ちゃんと団体客の予約は済ませているのかしら」
「在庫が食い尽くされる前に先に頼んどかねーと。あっ、お姉さん、中華蕎麦追加で!」
来客の人相は悪そうだが、店側も出禁にはしていないらしい。
引き攣った笑みを浮かべながら席に案内している。
――が彼らの進路に座っていた客の一人が我慢できずに立ち上がった。
「お前達! よくも町に戻ってこれたな! 俺の道場を滅茶苦茶にした癖に!」
「誰だ貴様は?」
「お前達に師を殺され、極意書を奪われた《剛氣鎧装拳》の門下生だ! よもや忘れたとは言わせぬぞ!」
《膂族》の青年は仇を見る眼で男達に眼を飛ばす。
しかし兄貴分と思われる男は馬鹿にしたように口角を上げた。
「ああ、覚えているとも! 《剛氣鎧装拳》! 秀英様の拳一発でのされた脆弱なジジイの流派だ!」
つられて取り巻き達も下卑た声で笑いだす。手を叩き額を抑えまた指を差し涙目になる程むせて青年を小馬鹿にし始めた。
「あの年まで何を学んできたんだっていう弱さだったよな!」
「師が師なら弟子も弟子だ。ジジイを一発で殺されたら臆病風に吹かれて逃げやがった」
「あの弱さで拳法家を名乗るなんざ百年早ぇ! 看板焼いたのはおれ達なりの慈悲ってもんだ! これ以上恥をかかねぇようになァ! あひゃひゃひゃひゃ!!」
飲食店の中だからと堪えていた青年も師と流派を馬鹿にされて我慢できなかったのか血が滲むほど握った拳を振り上げた。
「数々の蛮行! そしても今日の愚弄! 許せぬ! 覚悟!!」
青年は自身が放出した氣を鎧のように纏い、男達に殴りかかる。
雪辱を晴らすべく己が流派で一矢報いようとしたのだろう。
「つまらぬ正義感も怒りも復讐心も関係なし。勝ち残る者は強者だ!!」
兄貴分の男は《剛氣鎧装拳》の拳を受け止めると、そのまま腕を圧し折り、彼の頭を掴んでテーブルに叩きつけた。
「ガハッ!!」
腕を折られ鼻を潰され顔面が血みどろになっても追撃は止まらない。
豪胆に激烈にそして迅速に相手の体を壊し血飛沫が店内に舞う。
やがて男の前歯が全損して口も開けなくなると勝利を主張するように彼の顔面を踏みつけた。
「弱い弱い! 我が《霍威血漿拳》に遠く及ばずだ! 貴様の拳法は師範と共に死んだらしい!」
「そりゃあしょうがねー! 兄貴は《霍威血漿拳》の使い手として最強の漢!」
「この前まで師範の座にふんぞり返っていた婆は死んじまったからなァ! ゲヘへ!!」
「我等《仙絶血砕流》に目をつけられたのが運の尽きよ」
話の流れで何となく察していたが、やはり《仙絶血砕流》の一派らしい。師を殺され看板まで壊された若き青年が復讐を果たせず、仇の一味に容赦なく痛めつけられるのは胸糞悪い光景だった。戦えない者達も悲し気に目を伏せている。先に仕掛けたのが《仙絶血砕流》ではなく青年の方なので止めろというのも筋誓いなのだろう。秀英だけでなく一派全員が拳法の心得があるようだ。これでは復讐を諦める者がいても不思議ではない。
(アイツの《霍威血漿拳》は中々だ。見た目の派手さの割りに合気道に近い流派らしい)
一紗は正確に男達の闘いを見切っていた。《剛氣鎧装拳》の纏った氣を受け止めた瞬間、自身の腕から威力を逃がし、そのまま相手の氣を絡めとって反撃しているのが見えていた。男の方はかなり荒っぽい使い方だったので、その性格と技の拙さから破門にされたのは想像に難くない。本家本元だった師範の老婆が使うところを見たかったものだと少し残念に感じていた。
「オラ、どけどけ!」
一番いい席に座っていた良家の家族達は席を彼らに譲るようにして退出してしまう。
《仙絶血砕流》の男達は意地汚くも彼らが頼んだ料理の残飯を食べ始める。
横柄で尊大な男達の行動に我慢できなかった一部の客達は「一人でダメなら集団で」と言わんばかりに《仙絶血砕流》一派に奇襲を仕掛けた。
やはり《膂族》故に大なり小なり武術の心得があるため彼らの横暴を黙っていられなかったのだろう。
「《仙絶血砕流》を追い出せ!」「所詮破門された破落戸共だ!」「首領がいないなら倒せる!」
「迎え撃て野郎共!」「《仙絶血砕流》の力と名声を轟かせろ!」「おれ達こそ最強だ!」
表へ出ろという概念はないらしく皿を割り、テーブルを破壊しての大乱闘に発展し始めた。
彼らの乱闘を蕾華はお茶をすすりながら白い目で見ていた。
「この国の拳法流派の師範には開祖の血筋が多いって言う話だったし、支配階級が減って治安が悪化したってところかしら」
「支配階級って、帝国はその地域を統べる民族の血を引く皇族を置いて支配する体制だろ? 好き勝手やってりゃこの国の皇族が黙ってないだろ?」
「一紗、兄上の存在を忘れてますよ」
「……そういえば、鎧兜が《膂族》の血を引く皇族だったな」
初対面は美鳳の国を奪った簒奪者として拳を交わしていたし、味方になってからは格闘家、拳法家、武将としての彼しか見ていなかった。他の兄妹達の多くが良くも悪くも皇族らしいため忘れがちであるが紛れもなく彼も皇子なのだ。
「そもそも何で鎧兜は美鳳や赦鶯みたいに【拳国】を指揮ってないんだよ?」
「元々【拳国】はそれぞれの流派の師範がまとまって政を動かしていますし、やはり腕っぷしの強さが重視されるため歴史的に皇族はご意見番程度の役割しかありませんでした。歴代帝も護帝覇兇拳の血筋に遠慮して自治権を認めていたという側面もありますし」
「なるほど。鎧兜が異端だっただけか」
「帝国の駐在員が着任しているはずですが、屯所はもぬけの殻でした。恐らく彼らに臆して逃げたのでしょう」
「えー……全然役に立たないわね」
少女達が小声で話をしている間に乱闘は治まったようだ。
戦いを制したのは《仙絶血砕流》の男達である。
同じ《膂族》でもやはり拳法が強い方が発言権が大きいようだ。それまで反感を抱いていた客達も戦いを挑んだ男達が完膚なきまでに敗れたのを見て戦意を失い逃亡していった。
店内は割れた皿と壊れた椅子机が散乱し、給仕の女性は涙を流している。壊れた店内を我が物顔で見渡す《仙絶血砕流》一派はそこでようやく騒ぎの中でも涼しい顔で食事をしていた少女達の存在に気が付いたようだ。
「おうおう、嬢ちゃん達。この大喧嘩の中でも食い続けるなんて大した胆力だ」
「よく見りゃあすっげぇ別嬪揃いじゃねーか」
「異民族の女は体が小さくて俺ァ好きだぜぇ……へへへ」
繁盛していた店内の客や喧騒に隠れていた美少女三人をいやらしい目を向ける。
中でも兄貴分の男は一紗に目をつけたようだ。単純に席が近かったことと三人の中で一番拳法家らしい装いをしているのが気に入ったらしい。
「青服の嬢ちゃん、俺の女にならねぇか?」
青筋を立てて樹杖を握る蕾華を静かに手で制す美鳳。当の一紗は顔色一つ変えずに水をごくごくと喉に流し込む。
男は一紗の肩に手を置きその右耳元でささやく。
「異民族の男は体が小さくて満足できねーだろ? 俺が本当の男を教えてやるよ」
「……自分より弱い男には興味がないな」
軽く裏拳を御見舞いすると兄貴分の男は数メートル吹っ飛んでしまった。
同じく美鳳や蕾華を口説こうとしていた舎弟たちは思わず顔を上げた。何が起こったか分からず、壁にめり込んだ兄貴分と机の上にコップを置く美少女を交互に見ている。
ややあって瓦礫から身を起こした男は鼻血を拭いながら戻ってくる。
「痛ててて……華奢な見た目の割りに良い拳だなぁ、嬢ちゃん」
「アニキ!」「オイ、女ァ! テメェよくも!」
文句をそのままにつかみかかろうとする舎弟たちを制した兄貴分は再び一紗の席に近づいてきた。
「益々気に入ったぜ。力自慢だってんなら屈服させ甲斐があるってもんよ」
「……手加減したとはいえ、頑丈な奴だ。腐っても純血の《膂族》か」
「中々キザな女だ。すぐに寝室で鳴かせてやるぜぇえええ!!」
太い腕を大降りに薙ぐ男の攻撃を跳躍して躱した一紗は男の光る禿げ頭に手をついた後、彼の背後へ着地した。目配せを受けた蕾華も同時に美鳳を抱えて跳んだため、三人が座っていた席だけが木っ端微塵に壊れ果てていた。
いつでも首を刎ねられたと言わんばかりの態度に男は激怒し、手加減を忘れて自慢の《霍威血漿拳》を振るう。
――が、その剛拳は一紗の腕に受け止められてしまっていた。舎弟達も本日二度目の驚きに顎が外れてしまっている。受け止めて終わりではない。一紗は相手の拳の威力を逃がしてその氣だけをくみ取り、自身の拳に載せてカウンターの掌底を打ったのである。
「グフッ! ば……馬鹿な、此れは俺の《霍威血漿拳》!? だが兄弟弟子にお前のような使い手はいなかった……!」
「当たり前だ。俺は道場の場所さえ知らん。お前の拳を見て盗んだだけだからな」
「技を盗むだと!? そんなもの、《傚族》でなきゃ、満喰様か〝盗賊の巣〟の惡姫くらい……」
彼は初めて血の気が引いていた。自分を殴り飛ばした少女が紺青髪の金眼の美貌という風の噂で聞いた惡姫そのものの容姿をしていることに。
初めて噂を聞いたときは所詮女だと、欲求不満の男が作り上げた幻想か、盗賊の玩具にされる女達が縋った神霊の類かと馬鹿にしたものだ。しかし同門の男から直接惡姫の噂を聞いたとき認識を改めた。自信満々に武者修行へ出た同門の《膂族》が己が弱さを自覚する程に彼が目撃した女盗賊は陰惨で凶悪だったのだ。「盗賊は財産と女と命を奪う。惡姫はそれに加えて技と自信すら奪っていく」と震えながら語る兄弟弟子の姿に驚いたものだ。
「本物の惡姫か……?」
「まぁた同じようなリアクションだな。名乗った覚えはないんだが」
兄貴分だけではなく舎弟たちも大人しいことからそこそこ惡姫の蛮勇ぶりは知られているらしい。武者修行で盗賊の巣に入る武道家は多いのは知っていたが、遠く離れた【拳国】にまで噂が独り歩きしているとは考えていなかった。
今までか弱い少女に見えていた一紗の姿が化け物にも見えてきた《霍威血漿拳》使いの男はもうまともに対峙することができない。
彼らが最後に縋ったのは首領の存在だった。
「待てぃ! 俺たちには護帝覇兇拳がついている……! いくら惡姫でも秀英様には勝てまい! 敵対したくはなかろう!?」
「――だっさいわね。暴力で支配していた男が最後は虎の威を借るなんて」
「覇兇拳ならウチにもいますのに……惡姫を知っているなら兄上の存在も分かりそうなものですが」
「そ、そうだ、惡姫は【愁国】についたと聞く……あそこには秀英様の兄弟弟子、鎧兜様が……」
慌てふためく男達をギロリと睨む一紗。
「今回は見逃してやる。代わりにお前達の首領に伝えな。鎧兜が会いたがってるってな」
気迫に圧倒された男達は情けなくも尻尾を撒いて逃げだした。
店員や彼らに半殺しにされていた客達からは拍手喝采である。相当鬱憤をため込んでいたようでまるで英雄のような賞賛を受けてしまった。
修業目的で来た鎧兜ですが、秀英を放置するわけにもいかず
真意を確かめ説得するために彼を探しに行きました。
その間、鎧兜から紹介されたお店で食事を済ませる一紗達は
《仙絶血砕流》の構成員達と遭遇してしまいました。
彼らは皆、【拳国】で著名な拳法を使います。
覇兇拳以外にも体術が有名な国なので……。
彼らを止められるのは各流派の師範級くらいですが
若く有望な者は雲深と同時期に帝国に徴兵されて不在になっております。
老齢・病気・国防のため等何らかの理由で残留した名のある拳法家達もいましたが
彼らは皆、首領の秀英との決闘で戦死しているためにやりたい放題な訳です。
――とはいえ、まだ老仙が巡回して目を光らせていますし、
国外の盗賊程無法者ではないですね。一応決闘で負かすという体はとっているので。
あくまでマシという程度ですが。




