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華風皆殺し娘の交渉術  作者: 微睡 虚
第九章 拳国恩讐編
233/345

桃源郷

拳国はかなり入り組んだ場所にあります。

大体が遭難して力尽きるか獣や妖魔に襲われるかで

天下統一前には外界から異民族が辿り着くことすら難しい場所でした。

 不自然に風向きが変わる荒野と入り組んだ洞穴を抜け、出没する妖魔をなぎ倒しながら山を越えて足場の悪い大砦を登っていく。


 この地で一時生活していた鎧兜(カイドウ)の道案内がなければ当の昔に迷っていただろう。

 元々駐留地として【枢国】を選んだだけあって【愁国】から直接向かうよりは比較的早く【拳国】の国境にまで辿りつくことができた。


 崖の上からは霧が立ち込める山々が一望することができた。山の麓や頂上にはいくらかの隠れ里が見える。同じ《膂族》という民族でも部族単位で居留地が違うらしい。

 その中でも一つの山そのものを切り開いた都市部が最も面積が広く目立っていた。


「ホォラ、見えたぜェ……。桃源郷にして拳法家達の修業地【拳国】だ」


 鎧兜(カイドウ)が指さしたのもその都市部だった。

 群里国家【拳国】は里単位で武術を極めるため、自然に恵まれた領内にいくつもの隠れ里が点在している。多くは修行僧のような原始的な生活で心身ともに練磨し、武を磨くのであるが最も発展した州都【仙洛(センラク)】は違った。

 高所から眺めたところ、縮小された帝都と形容しても差し支えない程に文化人らしい町並みがあったのだ。下山しながら州都へ向かう一紗(イーシャ)は顎を撫でる。


「拳法家達が己を錬磨する国か。他の里は確かにそれっぽいけど、【仙洛(センラク)】だけ浮いて見えたな……」


「覇兇拳の道場が開いた当初は【仙洛(センラク)】も他の里より少しばかり発展している程度だったらしいぜェ。だが護帝覇兇拳として名が知れてからは質素な都市では駄目だと帝都の役人が勝手に出資して豪華にしたってよォ。ったく有難迷惑な話だぜェ」


「駐留する帝都役人もいるはずですから限界集落では体裁が悪かったのでしょう」


「私はここ、自然豊かで好きだわ」


 拳法家たちが切磋琢磨する地だけあってただ都市部へ向かうのに驚くほど体力を使う。

 舗装された道は殆どなく、植物の蔦が馬の進路を妨害する。遭遇する動物は妖魔と誤認する程大きく逞しい体つきだった。身体の大きい《膂族》が住まう領域らしく動植物全てが他国と比べて巨大だった。


 似たような林道が続くのに標識の一つもないため鈍感な者はすぐに迷ってしまうだろう。

 さらに飢えた妖魔も大量に生息しており、遭遇頻度も高い。

 人間が切り開かなかった豊かな自然で成長した妖魔は国外のそれよりも一回りサイズが大きく、戦闘能力も格段に上だった。


「ギャァアアア!!!」


 今も氣巧武術を鍛えていたはずの拳法家が大蛇妖魔に絡めとられ全身の骨をバキバキに折られて捕食されている。助ける間もなく絶命し丸呑みにされてしまった。腹がぷっくら膨れた大蛇はそれだけでは満足しなかったのか一紗(イーシャ)達に狙いを定める。顎が外れんばかりに大口を開けて鋭い眼光を飛ばしてきた。


「シャァアア!!」


「弱ェ奴は喰われる。だが俺ァ違うぜ。諦めなァ!!」


 鎧兜(カイドウ)が一睨みすると、大蛇はビクッと体を震わせて森の奥へと逃げていく。

 野生の本能で彼の殺意と闘気を敏感に感じ取ったようだ。


「へーやるじゃない。てっきり覇兇拳で肉塊にするのかと思ったけど」


「【拳国】では明確な基準がある。拳で妖魔を倒せれば三流、無傷で各里へ往復できて二流、拳を使わず妖魔を退けて一流ってなァ」


 古今東西、あらゆる武術流派があれど、その価値基準、力の量り方は共有しているものらしい。そのため各里は領外からの来訪者の力量を推し量るのに苦労しなかった。

 先程妖魔に食われた氣巧武術家はさしずめ三流にも満たない雑魚ということである。氣巧武術を身に着けているだけでは何ら優位性を持たないのが【拳国】なのだ。


「少し気になったんだが、その価値基準はいつから始まったんだ? 妖魔大戦後からか?」


「いや、妖魔大戦前から此処には妖魔が多く出没してたんだ。未開の地だったからなァ。昔は怪物とか未確認生物とか言われてたようだが……」


「大戦前から妖魔が生息していた地域は氣が充ちて豊ですね」


「うん、うん。呼吸するだけで自然から力が貰えそうなくらいだわ……」


「それは蕾華(レイファ)くらいだと思うぞ」


「そんなことないわ。それに私は自然よりも一紗(イーシャ)さまに触れている方が力が貰えるし」


「……それもお前くらいだよ」


 腕を絡ませるように密着させて来る蕾華(レイファ)の肌は心なしか色艶があった。

 かつては実兄・鎧兜(カイドウ)とも対立し、その配下に雇われた用心棒の蕾華(レイファ)とも交戦したことがあったのに、それが今や並んで歩いているのだから人生とは分からないものだ。

 これも惡姫と畏れられた一紗(イーシャ)を勧誘したからこそ生まれた絆である。少し前まで殺そうとさえ思っていた兄を助けるためにこの国を訪れることもなかっただろう。


「願わくばこの関係がずっと続くように……」


 険しい密林を抜けてようやく【仙洛(センラク)】の登竜門が見えてきた。

 久しぶりに潜るであろう荘厳な門を鎧兜(カイドウ)は怪訝そうに睨む。


「……おかしい」


「どうした?」


「【仙洛(センラク)】の入口には常に《膂族》の門番を置いて来訪者の腕を量る決まりだ。要人とかの例外を除けば門番が認めた相手しか通れねェはずなんだが……」


 門番は誰一人いない。それどころか緑色に着色された木門には赤茶けた血痕が付着していた。

 身分証を見せたり面倒な交渉をしたりしなくても良いというのは楽ではあったが無人の関所は不気味ではあった。


 さらに歩を進めるといっそう町の様子はおかしかった。

 町内には各里から出張してきた拳法の道場が並んでいた。それぞれ本家は各里にあるため独り立ちした門下生が看板を立てたものである。


 だがその拳法の流派を示す立札は軒並み壊されていたのだ。立派な看板は無造作に叩き割られ、一部は持ち去られてしまっている。

 鎧兜(カイドウ)の記憶ではどの道場も多くの門下を抱えて活気にあふれていたはずだ。今は見えない道場の看板も彼の記憶には鮮明に残っていた。

 歩道でも体を鍛える《膂族》や他流派親善試合が行われていたはずである。

 しかし今や通りに人影はなくただ物悲しい風が頬を撫でるだけだった。


「どういうことだ……?」


「人通りはないけれど、無人という訳ではなさそうね。家屋から生命の気配がするわ」


「ちょっと聞いてみるか」


 窓や庭から僅かに人影が見えた屋敷や話声の聞こえる道場に絞ってその扉を叩いてみる。


「すみませ~ん! どなたかいらっしゃいますか~?」


 美鳳(メイフォン)一紗(イーシャ)蕾華(レイファ)と人目を引く容姿の美少女たちが呼びかけても返答はない。

 皆、後ろにいる鎧兜(カイドウ)を一瞥するや否や怯えたように扉や窓を閉めて閉じこもってしまうのだ。


「何か警戒されてるな……」


「兄上、何かしたのですか?」


「確かにこの国から出てく時に何度か決闘に応じたことがあったが、真剣勝負である以上生きるも死ぬも恨みっこなしだぜ?」


 覇兇拳の伝承者争いに敗れた鎧兜(カイドウ)に腕試しを挑んでくる無謀者は数多く存在し、彼らの命を奪ったのは事実である。ただ、どの流派であろうとも決闘となれば生死問わずというのは【拳国】暗黙の了解だったはずだ。早朝門下同士が殺し合った道場が夕方には一緒に酒を酌み交わすこと等日常茶飯事だった。出奔した何年も前のことを根に持たれているとは考え難い。


 とにかく話を聞かないことには状況がつかめそうにない。いっそ強行突破して引きこもっている者達を問い詰めようかという物騒な案が出たところで一同の眼に綺麗な道場が映った。

 看板も破壊されておらず、綺麗な印象を受ける。立て直したばかりなのかと言えばそうではないらしく、ところどころ年季による風化は見られた。


 一紗(イーシャ)は知ってるかと尋ねるようにその道場看板を指すが、鎧兜(カイドウ)は首を横に振った。

 どうやら彼が出奔した後に居を構えた比較的新しい武道流派のようである。


「ごめんくださ~い」


 美鳳(メイフォン)を先頭に顔を出してみると、少ないながらも稽古に明け暮れる少年達の姿が見えた。彼らは鎧兜(カイドウ)を一瞥するなり怯えたように室内へ逃げ込んでしまった。一大事を察した師範らしき糸目の青年が高速歩法で目の前まで飛んでくる。


「何用ですか? ついに我が道場の看板を奪いに来た……ようには見えませんね……」


 鎧兜(カイドウ)の姿を見て身構えていた青年は笑顔で手を振る美鳳(メイフォン)蕾華(レイファ)に視線を落として少し冷静になったらしい。少し態度が軟化したように見えた。この機を逃すまいと美鳳(メイフォン)は交渉の糸口を探りにかかる。


「失礼。私達は旅の者ですが……皆警戒しているようです。余所者だからかこの兄を警戒しているのか室内に閉じこもってしまうため状況を掴みかねております。どうかこの国の世情を教えていただけませんか?」


「……中へどうぞ」


 青年に案内されて客間に通される。やはり室内も比較的新しい感じだ。築三年くらいだろうか。修業する門下生が掃除に料理を担当してくれている。坊主頭の少年が三名の美少女たちに目を奪われながらもお茶を出してくれた。鎧兜(カイドウ)が一睨みすると、「ひっ」と短く悲鳴を上げて引っ込んでしまう。


「修業が足りねェぜ。拳法家が怯えてどうするよォ」


「すみません、道場を開いた当初はこうではなかったのです。皆精神と身体を鍛えて自信に満ちておりました。ですが……半年前くらいから大きく変わりました」


「看板を奪いに来たとか警戒してたわね。道場破りでも出たの?」


「ええ。この【仙洛(センラク)】には古今東西からあらゆる武門の拳法流派が集まるのですが、古い流派の道場ばかりが狙われたのです。奴らは看板ばかりか師範や師範代の命さえ奪って行きました」


「奴ら? 盗賊か何かか?」


「いいえ。《仙絶血砕流(センゼツケッサイリュウ)》なる破落戸共です」


 此処【仙洛(センラク)】において道場破りはさして珍しいことではなかったが、多くは師範達に返り討ちにあっていた。しかし糸目の青年が言うには、半年前から仮面で顔を隠す謎の男が各流派を破門にされた元門下達を集めて急に《仙絶血砕流(センゼツケッサイリュウ)》なる戦闘集団を組織したというのだ。

 流派を名乗っているが構成員の流派に統一性は皆無だった。だが首領の実力は恐ろしく強いらしく、名を馳せた各流派の師範・師範代達はまるで相手にならなかったらしい。


「私の『月閃夜照拳(ゲッセンヤショウケン)』は数年前【仙洛(センラク)】で門戸を開くことが許された新参拳法故に奴らの眼中になかったのでしょう。武人として恥じるべきか安堵すべきか……」


「新参拳法は狙われないのですか?」


「いえ、はす向かいの『空舞隼拳(クウブハヤブサケン)』道場は私に次いで新参でしたが《仙絶血砕流(センゼツケッサイリュウ)》の標的にされてしまいました。師範である旦那さんは元より幼い息子さんや妊娠中の奥方も皆殺しです」


「……ひどい」


「全くです。彼は拳法家としては元より人間としても尊敬できる人格者でした。互いに新参拳法家でも千年後には名門と語られるようにしよう、と励ましてくれたのに……」


 糸目の青年は自身の無力さに心を痛めていた。本来なら近しい友人が殺されれば弔い合戦でもするものなのだろうが、拳法家として敵首領の実力をハッキリ認識しているのだ。自分が行っても犬死するだけだと分かっているから復讐もできないでいた。


「心中お察しします。……今一つ《仙絶血砕流(センゼツケッサイリュウ)》の目的が見えませんね」


 ただの道場破りならば『月閃夜照拳(ゲッセンヤショウケン)』を標的にしないのはおかしいし、古流拳法ばかり狙っているならば『空舞隼拳(クウブハヤブサケン)』の師範妻子を含めて皆殺しにする必要はないはずである。

 確かなのは道中に散見された看板を壊された流派は皆《仙絶血砕流(センゼツケッサイリュウ)》の構成員たちによって指導者の首を取られた者達なのだろう。一致団結して復讐に燃えないということは実際に目にした彼らの実力に委縮しているということもあるのかもしれない。


「腑抜けた奴らだなァ。普段何のために鍛錬してんだよ……」


「ちょっと兄上!!」


「誇と意地のために拳を振るえねェなら拳法家なんざやめちまえ!」


 鎧兜(カイドウ)の言葉は厳しくも正論だった。ただ友人や同輩を失って傷心の者に向けるには冷酷だった。糸目の青年は悔しそうに肩を震わせていたが、やがて目を見開き鎧兜(カイドウ)を睨み返す。


「私だって! 叶うなら奴らを制裁してやりたい! 一拳法家として破落戸程度に後れは取らない自信もある! だがあの男だけは……首領の男にだけには勝つ光景が浮かばないんだ!」


 一紗(イーシャ)は冷めた目で彼を見た。武道に身を置く者が門下生を指導する師範が思っていても口にしてはいけない言葉だったからだ。


「敵が強すぎるってか? 生物としては正しい退き際だが男としてその言い訳は恥だぜ」


「好き勝手言ってくれるな。……あの男は【仙洛(センラク)】最強の――いや、大陸最凶の拳法・〝護帝覇兇拳〟を使うのだぞ!?」


 部屋の空気が一変した瞬間だった。

 大陸で最も名を馳せた拳法。始皇帝を守り切った拳法。そして氣の流れを支配するその拳法の使い手ならば委縮してしまうのも無理はなかった。

 まだ自分達の正体に気づいていないであろう青年を刺激しないよう一紗(イーシャ)鎧兜(カイドウ)に小声で耳打ちする。


「護帝覇兇拳……? なぁ、鎧兜(カイドウ)、覇兇拳の使い手なんてそんなにいないはずだよな?」


「そのはずだが……兄者の配下の壊聊(ファイリョウ)っつー女もいたことだし、俺の知らねェ所で新しい使い手が増えていても不思議じゃねェなァ」


「気になるのは鎧兜(カイドウ)のお師匠様よね。自分と同門が暴れてるなら無視はしないんじゃない?」


 蕾華(レイファ)の指摘も尤もである。仮に門下生が地元の他門に迷惑をかけているならば道場の信頼にも関わるため迅速に対処しているはずである。


「覇兇拳道場に行く理由がもう一つ増えましたね……」



【拳国】は元々桃源郷と呼ばれた未開の地なので

部族単位の群里制をとっており何かあれば里長同士が話し合う体制でした。

天下統一後は覇兇拳道場のあった場所を中心に帝国の出資で【仙洛(センラク)】という町が構築されました。


外から【拳国】に修業に来る者も大体【仙洛(センラク)】で武を極めます。

そのため門番に腕試しされる習慣が生まれました。

この国に町はここしかありません。他は全て里です。


各里がそれぞれ《膂族》の格闘技流派の始まりの地になっており、

免許皆伝されて暖簾分けした分派が州都【仙洛(センラク)】で看板を出します。

様々な拳法流派が交差する唯一の町【仙洛(センラク)】で武を競い合うのです。


大体が古流派ですが本話で登場した『月閃夜照拳(ゲッセンヤショウケン)』『空舞隼拳(クウブハヤブサケン)』など、

新参武術でも各拳法を代表する師範達に実力を認められれば看板を出すことが許されます。

本編ではモブ扱いですがこの国・拳法界隈では大変名誉なことです。


しかし《仙絶血砕流(センゼツケッサイリュウ)》を名乗る謎の拳法家集団が登場したことで事態は一変しました。

師範クラスが殺される事件が勃発しています。

戦闘民族の中の師範級を殺して回っているので相当やばいですね。


一同は真実を知るため、再び拳法の修業を見てもらうために山の頂上にある道場を目指します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「願わくばこの関係がずっと続くように……」 ──嫌なフラグを立てている~!。 [一言] >一紗イーシャは冷めた目で彼を見た。武道に身を置く者が──思っていても口にしてはいけない言葉…
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