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俺に不思議な力が宿ってから分かった事がある。
この、並行世界に存在するゾンビが常に視界に映る瞳、並行世界を覗くような気持ちで意識すると視界は向こう側の世界の光景が鮮明に見えるようになる。
「我が部屋ながらスプラッターだなぁ」
中に妹ゾンビが居る以外は至って普通の見た目だった普通の自分の部屋が、向こうの世界側に切り替わった瞬間に血みどろの部屋へと変わる。
床に敷いていたカーペットには大量の血液が凝固していて、壁には血飛沫が飛んでいる。
そんな部屋の中でも妹ゾンビは黙々と俺が与えた食べ物を食べている。
今回は健康の事を考えてスーパーで買った野菜サラダを与えてみました。普通にモシャモシャ食ってた。
「さて、そろそろ手を付けてみますか」
俺に宿った不思議な力は、向こう側に干渉する事も可能だ。
物を向こう側に送るほかに、向こう側の物に触れる事も出来る。
ただ、見える視界が向こう側の世界でも体はこちら側の世界に在るので、こちら側の世界の物にぶつかったり足を取られないように気を付けないといけないが。
そんな力で干渉するのは今まで放置していた向こう側の自分の部屋の机の上のノート。
途中まで読み進めてはいたが、嫌な気がして最後のページの所で読むのは控えていた。
向こう側の世界の自分が書き残した、いわば日記のような物。
書いている内容は世界がおかしくなっていく事について。
ゾンビ映画の様に外では人が人を襲う。妹の様子がおかしい。体調がすぐれない。
どうして、こうなったのか。妹は人ではなくなった。自分の意識が頻繁に飛んでしまう。
そんな事が書かれているノート。
俺は、ノートを手に取り最後のページを開く。
寝落ちしそうな人が書いているようなブレているような字体だが、読み取る事が出来る。
「……バーカ。遺書のつもりかよ、俺」
色々と書き並べているが要約すると、妹に喰われる最後も悪くないとのこと。
だからこの部屋に妹ゾンビが居たんだろう。並行世界の俺の自分の部屋に招き入れて、そしてこの身を差し出して。
シスコンを拗らせてるなぁ。俺もシスコンだけど。
「なあ、灯香。お前は兄ちゃんのこと好きか?」
問いかけて、でも妹は食事に夢中。
いつも通りの様子に俺は苦笑を漏らす。
そう言えば今月は七月。灯香の誕生日はもうすぐだな。
◇
本当なら、ゾンビと化した灯香を弔うのが良いのだろう。
だけど俺はゾンビとなった妹を手に掛けるつもりは無い。
俺に実害がある訳ないし、何より並行世界の存在だろうと妹を殺したくはない。
それに灯香は他のゾンビと違い見た目は綺麗なままだ。だから、もしかしたら灯香は意識を取り戻すかもしれない。
だから俺は妹ゾンビの面倒を見続ける。
いつか、目覚めると信じて。
ところでふと思ったが、向こう側の俺は死ぬ前に机の上に置いてあるノートパソコンの中のヤベー奴、主に妹や家族には絶対に見せてはいけないヤベーコレクションを処分して逝ったんだろうか?
もう向こう側の方では無期限無計画停電が続いているからパソコンを含む電化製品が動く事は無いだろうが。
でも、何かの要因でノートパソコンが起動する事態が起きるかもしれない。
……よし、壊そう。
確か、向こう側の方の家の浴槽には腐った水が張ってあったはず。
おそらく、水道が止まる事を見越してなのだろう。
その中にノートパソコンを沈めればデータを処分できるはず。
机の上のノートパソコンを片腕で脇に抱えるように持つ。
ちらりと妹ゾンビを見れば、食事を終えて虚空を見つめたまま両足を前に放り出して座り込んでいる。
その様子に苦笑してしまう。ドアを内側に開け、廊下へと出て見えない何かにぶつかった。
「きゃっ!?」
「おわっ!?」
バランスを崩して倒れ込む。腕から落ちたパソコンが床に落ちた音が響く。
もしかしてと、俺は嫌な気がしながら視界を向こう側の世界からこちら側の世界へと切り替える。
間近には、妹の灯香の驚いたような顔。
今の状態は俺が妹の上に覆いかぶさる様な体制になっていた。
えーと、つまり。
向こう側の世界を見ながら歩こうとした結果、こちら側の世界の妹に気付かずに体当たりしてしまったと。
驚いた顔の妹の表情が徐々に無表情になっていく。
………。
「……おにーちゃん」
「はい」
「妹に手を出すなんてサイテー」
「……はい」
事故とは言え、返す言葉はございません。
何か、こう。辛い。
「それで、おにーちゃん。私をどうするの」
「ごめんなさい、今どきます」
「………へたれ」
「おふ」
どいたらどいたでヘタレ扱いされてしまった。
なんかもう、つらい。
このあと滅茶苦茶謝った。
その結果、今度一緒に買い物に行く事で許してもらえる事になった。
何か、灯香はとても嬉しそうだった。