これくらい思いつけよ
「ここコーヒーカップってそれぞれ色が違うんだ」
「あぁ、親父のこだわりだったんだ」
コーヒーカップはフランス風のアンティーク食器で爽やかな色彩の花柄が描かれていた。カップとソーサーの淵に金彩が施されている。私がラテアートで使ったコーヒーカップの柄の色はサーモンピンク、オレンジ、イエローだ。
「これ客に選ばせたらいいんじゃないの?」
「客に?」
「他にも別の色のカップがあるんだろ?」
「あぁ、他にも青とか紫とかあるけど」
「だったら好きな色を客に選ばせたらどう?」
「あ~、それいいな」
これくらい思いつけよ。
私はふとあるものに目がいった。壁に子供が描いたような絵が飾ってある。空と雲と太陽と家と3人の人物が描かれている。
すぐにわかった。リーゼロッテとアルフォードとウィルだ。同じ顔で3人ともニコニコと笑っている。
「その絵ね、私がいる孤児院の男の子が描いた絵」
リーゼロッテは私がじっと絵を見ていたことに気づき説明し始めた。
「その子、孤児院で一番ここのケーキが好きな子なの。ここのケーキが好き、元気を貰えるって」
「あぁ、1週間くらい前にこの店に来てこの絵を描いてくれたときは俺、スゲーうれしかった。だからこの絵を見るたびに今日もがんばるぞって思えるんだ」
「はずせ」
「……え?」
「……あ?」
二人は何を言われたのかわからないといった表情をした。
そりゃそうだ。完全に良い話的な流れだったから。私はその流れを完全に無視するような言葉を発した。
「だから、はずせ。意味わかる?」
「あぁ?なんでだよ。俺はこの絵を――」
「見てがんばろーって思うんだよな?それさ、客にはまったく関係ないよな?正直ここの店の雰囲気にまったく合ってない。というか変に目立つ。客じゃなくオマエらのモチベーションを第一にしてどうする」
せっかくの北欧デザインの店内にあの絵は合わない。むしろ悪目立ちする。二人は毎日のようにここにいるため気づかないんだろう。
「そもそも店に飾る必要性ってある?客に聞かれたとき孤児院の男の子の~とか、自分のモチベーションの~とか説明するつもり?貼るんだったら自分の部屋に貼れよ。これ見よがしにここに飾らないほうがいい」
「たしかに良く考えてみれば店内には合わないかもしれない。あの絵はアルの部屋に飾ってあったほうがあの子もきっと喜ぶと思うよ」
「………わかった明日はずす。別に今じゃなくてもいいだろ」
アルフォードは私の言葉を理解はしたらしい。でも本心からは納得がいっていないようでふてくされながら言った。
こういう所がたぶん未熟なんだろうな。それに反してリーゼロッテは素直だ。
「まぁ、こんな感じだ。こういうのだったらすぐ実践できるんじゃない?」
「たしかに。このパンダのラテアートとかはすごくいいかもしれない。ねえレイ、ほかに何か気づいたことがあったら教えて。レイのほうがお客さん目線で物事を見れると思うから」
私は少し考え込んだ。
「この店って何時まで営業してるんだ?」
「夜の7時まで」
リーゼロッテは即答した。その目は真剣そのものだ。
「9時まで延長したほうがいい。夜ギリギリまで働いている客を狙う意味で」
「たしかに、遅くまで開いてる飲食店はこの辺では少ないからいいかもしれない」
「俺もそれには賛成だ」
今の提案はアルフォードはすぐ納得したようだ。
「後はランチを作るとか」
「「ランチ?」」
二人は首を傾げた。
私は近くにあったメニュー表を手に取る。
「だいたいメニューがほとんど真っ白状態っていうのがだめだ。ケーキカフェだからケーキを謳い文句にしているのはすぐにわかるけど、ケーキ以外に小腹を満たしたいとか付き添いで来ているだけの人間が甘いものが苦手とかが絶対出てくるぞ」
「実は……」
リーゼロッテは言い渋り、アルフォードは顔を逸らした。
「あぁ、そういう客がすでに出てたんだな。それなのに何も対策してないと」
「ぐっ」
「うっ」
二人はグサリと刃物が突き刺されたかのような図星を突かれたようだ。
これくらいのクレームなんとかしろよ。
「増やしたいのはやまやまなんだよ。物価が高くなったからっていうのもあるが俺、実はケーキ以外は……。一応作れるには作れるけど店に出せるほどじゃなくて」
だろうな。
私は隣で顔を伏せているリーゼロッテをじっと見つめた。あんたはどうなんだという視線を送り続ける。
「私……その」
声とともに体も縮こまり、なかなか言い出しづらそうにしている。
あ、そうか。
「料理できないんだ」
「うっ」
ずばり言われてしまったという顔をした。
「なぜかできないの、私には」
リーゼロッテはがくんと肩を落とす。
「なぜか包丁を持つと指を必ず切るし、火を使うと食材はすぐこげて最悪爆発しちゃうし、砂糖を使ってもないのに味がなぜかねばねばで甘くなっちゃうし本当に意味がわからくて」
「ほんとなんでだろうな、こいつ努力家なのになぁ」
アルフォードは遠い目をしてしまった。さすがにフォローできないらしい。
努力家と謳われる乙女ゲームの王道ヒロインがすでに諦め、厨房に立つことすらできないほどの腕前というわけか。
「別にあんたは悪くないよ。これからのことなんてわかんないし」
「えっ!」
リーゼロッテは私の予想外の言葉に驚いたらしい。
私が辛辣な言葉を投げつけてくると思っていたのだろう。まぁ、確かに言おうと思った。
でも、よくよく考えてやめた。
「あんたは悪くない。ライターが悪いんだ」
「ライター?」
「こっちの話、気にするな」
リーゼロッテ自身は悪くない。料理ができないという設定にしたライターが悪い。キャラクターはライターがつくってしまった設定には逆らえない。
れにストーリーが進むにつれ、なぜか今まで出来なかった料理がだんだん出来るようになっていくというお決まりなパターンも出てくる可能性もある。
「話は戻すけど物価が高くなってるっていっても野菜はあるんだろ?」
「あぁ、孤児院でときどきもらってくるんだ」
「厨房の材料見たけどあれだけでも色々作れるってそれに……あ」
「それに?」
しまった。また口を滑らせてしまった。
「なんだよ、それにって」
「……それに親戚で牧場やってるのがいるから」
「牧場?」
「まじで?」
二人は目をさきほど以上にキラキラとした目で私に詰め寄った。期待を込めた目で私を見つめられて思わずたじろいてしまう。
私の次の言葉を待っているようだ。
「………………………………………頼む?」
「ありがとう」
「よしっ」
言ってしまった。また、あそこに行かなきゃいけないのか。
行きたくない。
遠いし臭いし汚れるし疲れるし面倒くさい。
「なぁ、今あるものでもできる料理って」
「今じゃなくていいだろ」
アルフォードの問いに気だるげに返した。
私ってこうも口が軽いタイプだっけ?




