こんなのその気になれば誰でもできる
「眠い」
私は大きなあくびをしながら目をこすった。
「だ、だめだよレイ。テーブルに腰掛けちゃ」
リーゼロッテに言われしぶしぶテーブルから離れた。
「猫背も駄目だって」
いちいちうるさいな。しょうがないだろ。こっちは眠くて眠くてしかたないんだから。ここにベッドがあったら今すぐダイブしたいほどだ。
それほどに暇だ。
現在10時。客は一人も来ない。
予想はしていたとはいえ、こうも客が来ないと暇すぎる。
「そういえばさ――」
暇をつぶすため雑談に入ろうとした。
「なんでここの店名って『panda』なの?」
「あれ?言わなかった?」
「言ってない」
「アルから聞いたんだけどおじさんとおばさんのファーストネームから取ったらしくて」
アルフォードの父親と母親か。
「おばさんの名前がパトリシアだから『p』おじさんの名前がアンドリュ-だから『a』。pとd。p・and・a。『panda』になったらしいの。pandaって響きは覚えやすいし、なによりパンダっておばさんが一番好きな動物だったらしいからすぐに決まったって言ってた」
パンダってこの世界にもいるのか。
「おい、あんまりだらけるなよ」
厨房からアルフォードが出てきた。
「あ、ごめ――」
「だってさ、まったく来る気配がないし」
「別に俺は話すなとは言ってない。だらけるなって言ってんだ。いつ客が来てもいいように多少の気は張るべきだろ」
真面目だな。まぁ、店主ならあたりまえか。
「この時間帯だといつもこんな暇なの?」
「一ヶ月前までは午前中でもお客さんは来ていたんだけど」
「?」
なぜかリーゼロッテの顔が曇った。
「俺、厨房に戻る」
アルフォードは苦虫を噛み潰したかのような面立ちをしながら戻っていった。
「実はここから少し離れた場所に有名なカフェの店舗ができたの。今でも行列ができるほどで特に女性のお客が多いらしくて」
つまり、客のほとんどを持っていかれている状態ってことか。現実でもよくある話だな。
「噂では店内はとてもおしゃれで従業員もみんな上品だって――」
「あんなの見てくれだけだろ」
厨房からアルフォードが口を挟んできた。
「ケーキ1個に銀貨一枚って完全にぼったり店じゃねぇか。正直不快だ」
ケーキ1個で銀貨一枚!?高い!
「でも、お客さんは納得してお金を払ってるみたいで……」
「俺が不快に感じてるのは別の理由だ。リロも知ってるだろ?」
「……」
「たぶんまた来るぞ。“アイツ”」
「そう……だね」
リーゼロッテは黙ってしまった。
アイツ?
二人の様子から人気店だからこその僻みという訳ではなさそうだ。私もここで働くからにはいずれ嫌でも知ることになるだろう。
現在11時30分。朝方と比べて人足や人声も多くなり店内にも響いてくる。
しかし、弾んだ声が多い店外とは違い店内はがらんとしている。
現在客ゼロ。
もう私帰ってもいいんじゃない?というか帰りたい。
アルフォードは新作のケーキを自分なりに作り出そうとしているらしくウンウン一人で唸っている。
ぶつぶつうるさいよ。
リーゼロッテは掃除をしながら、今か今かと客が来るのを心待ちしている。
そんなに掃除してどうする。
そして私はただ突っ立っている。
つぶれるな、この店。このままじゃ。
「ほかにやることないの?」
暇すぎて私は二人に向けて言い放った。
「えっと、お客さんが来たら――」
「違うよ。“私が”じゃない。“あんたらふたりが”だ」
「え?」
リーゼロッテはきょとんとしている。
え?じゃねぇよ。
「さっきから見てたけどリーゼロッテは間が持たないからって掃除しすぎ。アルフォードはさっきから唸ってるだけ何にもしてないないし。これ、ずっと続けてんの?」
「俺は何もしてないわけじゃない。この店を盛り返すために新作のケーキを考えているんだ」
アルフォードはムッとしながら厨房から出てきた。
「は?やっと3種類のケーキしか作れない人間が新作もクソのないだろ。この半年まったく考え付かなかったんだろ?だから私にこうやってレシピを教えてもらおうとしたんだろ?それなのにどうして自分には新作のケーキが作れるって思えるんだ。どうせあれこれ考えてるっていってもスポンジあたりで止まってるんじゃないの?」
「ぐっ」
アルフォードは私の直球が効いたのかたじろいでいる。
「レイ、言いすだよ」
「リーゼロッテ、この現状打破したいって言ってただろ。昨日と同じことこのまま繰り返してたら本気でこの店つぶれるよ。ケーキが1つか2つ増えたからって客がいきなり増えると思う?」
あんたも主人公の一人ならもう少し頭使え。
「客がいない時間こそもっと有効的に使うべきだ」
二人は黙ってしまった。
二人もわかっているはずだ。このままだったら店がつぶれることを。
つぶれてもいいのなら別にいいんだけど。
「俺も」
アルフォードはゆっくりと口を開いた。
「俺もわかってんだ。このままだったらこの店やばいって」
アルフォードは苛立ちながら頭をガシガシ掻いた。
「お前はこの店には一人も客が来ないっておもってるかもしれねぇけど常連客もちゃんといるんだからな」
いるのか、一応。
「……でも、何かを変えすぎたらその客も逃げてしまうんじゃねーかってつい思っちまうんだ」
見かけによらずネガティブだな。
「別に大きく変える必要はない。この店自体の雰囲気は悪くないし。必要なのは面白みのある工夫とかじゃないの?」
「どういうことだ?」
「レイ」
さきほどから黙ってたリーゼロッテが詰め寄ってきた。宝石のような琥珀色の瞳が私を捉える。
「もしかして、何かアイディアがあるの?もしそうなら教えて」
「例えば……ラテアートとかは?」
別に特別なアイディアではない。私が思う付くのは少し考えれば誰でも思いつける素人のものだ。
「ラテアート?」
「なんだそれ?」
二人にとっては初めて聞いた単語らしく揃って首を傾げた。
「はぁ?カフェ経営者のくせに……あ、そうか」
ここは私のいる世界じゃないんだ。私の世界であたりまえにみんな知ってるものでもここでは存在しないものもあるんだ。
「見たほうがはやい」
私は厨房に向かった。
本当は専用の機器があれば簡単だが自宅でもできるラテアートのやり方をテレビで見たことがある。実はちょっと面白そうだったから少しやったことがあった。
まぁ、失敗したらその時はその時だ。
まずはコーヒーカップにコーヒーを入れておく。次は牛乳を温める。牛乳を40℃くらいに温めたらビンに温めた牛乳と砂糖を入れる。蓋をしっかり閉めた後2分ほど振って泡立てさせる。そして注ぎ口の細い容器にその牛乳を入れる。
テレビでやった通りにコーヒーカップを斜めにしてゆっくり牛乳を注いだ。泡を丸く注いだ後内側に移動してそのままキープする。高さをキープしたまま丸いラインの少し外側まで一直線に移動する。
完成、ハート型。後2つくらい違うものも作るか。
☆★☆★☆★☆
「こういう感じ」
私はテーブルの前にコーヒーのラテアートを3つ置いた。
ハート型のラテアート、リーフ型ラテアート、パンダ型3Dラテアート。
「か、かわいい~」
「すげ~」
二人はキラキラとした目で釘付けになっていた。
「特にこのパンダかわいい」
リーゼロッテは顔を綻ばせた。小さいパンダがちょこんと顔をコーヒーカップの淵に乗せるようにした。いかにも女子が好きそうなものだ。
「これ絶対女の子に人気出るよ、すごいよレイ」
「だな」
別に私が発明したわけではないため、尊敬の念を向けられても困る。
こんなのその気になれば誰でもできる。




