わかりやすい奴
三波怜。18歳。私は娯楽の神の使い魔とか言ううさぎに無理やり乙女ゲームの世界に転移させられここにいる。ここでは2年間という期間で攻略キャラクターと好感度・親愛度を上げ大団円ENDを目指し、成し遂げなければ帰れないらしい。どうやら娯楽の神は私を通して攻略キャラクター達との交流の中で、あっと驚く目新しい展開をご所望のようなのだ。当然そんなことには興味はないし早く帰りたい。
だから1年で帰れるようにできるだけキャラクター達とは出会わず関わらず好感度も親愛度も上げないで家に篭りなりなら憧れのニート生活を送るはずだった。
それなのに。
それなのに。
それなのに。
「おい、こぼれてるぞ」
「ああ?」
手元を見たらボウルからたくさん飛び散っている。私は手に持っていたヘラでケーキの生地を作っていた。皮をむいた蒸したかぼちゃと卵、砂糖などを力いっぱい混ぜている。ここには電動ミキサーや電動泡立て器がないため手間がいつもよりかかる。私はやりたくもない力作業と眠気と『なんで朝っぱらからこんなことしなければいけないんだ』と考え、イライラしながらかき混ぜていた。
イライラしながら手を動かしているうちにいつのまにか思考がどこかに飛んでしまっていたようだ。隣りでケーキのレシピを必死で覚えようとしているアルフォードが止めるほど。
私は昨日言ったとおり、カフェに来ていた。朝日が昇った適当な時間に起きた。
目が覚めた時、うさぎがいた。このうさぎは制約のため朝の7時から夜の7時までしかこっちに来れない。うさぎがいるということは7時は過ぎているということだった。
私は眠い目をこすりながら身支度を整え家を出た。
カフェに着いたとき、店内の時計を見たら7時30分だった。
店内にはすでにリーゼロッテとアルフォードがいた。軽く挨拶を済ませたら二人に急かされ準備に取り掛かられた。どうやらこのカフェの開店時間は9時らしい。
私が来るまでもうすでにケーキの下準備、材料の調達などはあらかた出来ていた。
私が今からやるのは厨房でアルフォードにケーキのレシピを作りながら教えること。私はいまだに眠気が残っている状態なため二人にほとんど流されるまま従業員用の制服を渡された。七分袖の白いシャツに膝までのブラウンスカート。スカートの色と同じのスカーフ。ゲームのユニフォームにしては正直地味目のほうだ。
(着たい着たくないかは別としてキャラデザもっと工夫しろよ)
そう心の中でつっこんだ。
制服を着用し厨房のほうに進んだ。厨房は二人が使う分には十分広く圧迫感がない。それに隅々まで整えられており古びた面影を残しながら調理器具はきれいに手入れをされている。
そして現在に至る。私がイライラしている理由はもう一つある。
「なあ、かぼちゃって蒸してから皮剥いたほうが剥きやすいんじゃないか?」
「違うわ。じゃがいもじゃないんだから。逆にやりにくいしスプーンとかでこそぎ取ることになる。ていうか、さっきも言ったぞ」
「なあ、さっき塩も入れてたよな?ケーキに塩ってなんでだ?」
「かぼちゃの甘さを引き立てるためだ。入れるって言ってもほんの一つまみだけだ。これもさっき言ったぞ」
さきほどからずっとこんな調子だ。アルフォードの手際や手つきはすばらしいものだが、要領と物覚えはかなり悪かった。かぼちゃのケーキは何回も教えなくてはいけないほど難しくはない。あえて言うなら、だまにならないように気をつけることくらいだ。それなのにこの男は何回も何回も同じことを聞いてくる。それならメモすれば言いといったのだが『メモしてもすぐになくす』とか『メモを見ながらやると作業が遅れる』とかの理由で取ろうとしない。
その姿に余計イライラしてしまい、私の声も無意識に低くなっていく。
「ちっ、なんて物覚えが悪いんだ。たぶん父親にも同じことを言われたんじゃないの?」
「うっ」
どうやら図星のようだ。こんなに物覚えが悪いんじゃ店を任せたくない気持ちがわかる気がする。
「あの、アルのケーキは本当においしいの。一度食べてみて?」
店内で掃除をしていたリーゼロッテが明るく声を掛けてきた。私のイラついた声が店内にも聞こえていたらしい。
「アル、もう少し落ち着いて」
そのゆっくりとした声音にアルフォードも少し気が抜けたようだ。
さすが幼なじみ。扱いがうまい。
「ここからはそっちがやったほうがいい。後はだまにならないようにするだけだから。私よりできるはず」
私は生地とヘラが入ったボウルをアルフォードの前に置いた。
「あぁ、そうだな」
アルフォードは頷き、手を動かした。
手際はいいんだよな、手際は。
「手際はいいよね。彼」
隣でうさぎが話しかけてきた。私はもちろん言葉を返すことができないので視線だけ動かす。
「レイ、彼一応攻略キャラクターの一人だよ。もう少し言い方とか考えたほうがいいんじゃないの?」
うさぎはこそっと耳打ちしてきた。うさぎの立場からだったらやっぱり私と攻略キャラクターが親密になってくれたほうがいいらしい。
私はチラッとアルフォードのほうを見た。
かなり集中している。わずかな声を出しても気づかないだろう。
「このゲームってリーゼロッテと私が決まっている攻略キャラクターと親密になんないといけないんだよね?」
私は一歩下がりかなり小さな声でうさぎに話しかけた。
「うん、でもやっと一章に入ったばかりだと思うから彼が君の対象かはわかんないんだけどね。でも、わからないからこそある程度の――」
「まず言う。こいつだけはない」
私はきっぱりと言い放った。
「なんで?」
「見てろ」
私は厨房の隙間からリーゼロッテを見た。彼女は店内のテーブルを1つ1つ丁寧にフキンで拭いていた。
私はアルフォードの隣に立ち彼の手元を見ながら話しかけた。
「アルフォード」
「何だ?どこか間違えたか?」
「リーゼロッテのこと好きだろ」
「っ!!!?」
その途端、ボウルが傾き床に落ちそうになりその衝撃でボウルから生地が少し飛び出てしまった。傾いたのはボウルだけではなかった。アルフォードは私の発言を聞いて膝から崩れそうになっていた。彼はボウルを握り締めたまま硬直しぷるぷると震えている。
「な、何言ってんだ!危うくこれが駄目になるところだっただろ!」
アルフォードは取り乱した口調で私に詰め寄った。
「どうしたの?」
リーゼロッテは突然大声を出したアルフォードに驚き心配そうに厨房を覗いてきた。
「わ、悪い。なんでもない。そのままテーブル拭いててくれ」
アルフォードはハッとして、平静を装いながらリーゼロッテに返した。近くで見たら顔が引きつっているのがわかる。
わかりやすい奴。
「突然わけのわからないこと言ってんじゃねぇ。からかってんのかよこんなときに」
アルフォードは私に向けて低い声で唸った。まるで毛が逆立った犬みたいだ。
よっぽど私の一言が衝撃だったらしい。
だからわかりやすいって。
アルフォードは私を睨みつけながら黙々と手を動かし始めた。
動きはさっきとは違い、かなりぎこちなくなり目も泳いでいる。
幼なじみポジションが主人公のことを物語が始まる前からすでに好意を抱いていることは乙女ゲームのセオリーだ。子供の頃から一途に思い続けられるシチュエーションは女の子にとっても憧れの1つでもある。幼少期に誤解やすれ違いが乗じて仲違いし数年後、再会する設定のものもあるがこの二人はそんな険悪な雰囲気は微塵も感じない。
むしろ信頼し合っている。乙女ゲームではそんな仲良しの幼なじみ系男子が他の女に目移りすることはありえない。
逆にギャルゲーには三角関係やNTR設定、泥沼展開などが数多く存在する。
そういえばあったな某原作でアニメ化したものが。アンチがすこい主人公だったのを覚えている。
私も見たけどアニメの主人公にも関わらずまれに見るクズっぷりだった。
さっきの反応といいアルフォードがもう一人のヒロインポジションである私に友達以上の好意を抱くなんてまずないだろう。
断言する。アルフォードは私ではなくリーゼロッテの攻略キャラクターだ。
「ほらな」
私はうさぎに話しかけた。
「でも確定というわけでは」
「何見てたんだよ。あそこまでわかりやすい反応だったんだぞ」
うさぎは見てなかったのかこいつの反応を。
「おい」
「?」
唐突に話しかけられ肩がビクッとなった。
「このあとどうすんだよ?」
怒気を含ませながら聞いてきた。癪にさわる相手でもこうやって教えを請う姿は男としては潔いと思う。
「ちょっと見せて」
ボウルを手に取りヘラでだまになっていないか確認する。だまはなくなめらかになっている。
「あとは型に流し込んで焼くだけ。だいたい40分くらいかな」
時計をみたら8時30分だった。
「出来上がったら後は少し冷まして切り分けるだけ。これもそっちのほうが慣れてるだろ」
あとは待つだけだがこの後の展開はだいたいは予想できる。たぶん9時になっても客は来ないだろう。




