今、何抜かしやがったこいつ!!
元より、神に倫理観や常識なんて求めてなかった。
自分の愉しみのためだけにうさぎに命令して私の意志も事情も感情も人権も一切無視してこんなところに無理やり送り込んだ娯楽の神。私のことなんて……いや人間のことなんて遊戯道具であるおはじきかビー玉くらいにしか思っていないんだろう。そんな傲慢な思考回路である存在と対等な交渉なんて見込めないのはわかっていたし、トントン拍子に帰れる可能性ははっきり言って望み薄。だからといって帰ること諦めるつもりなんて毛頭なかった。望み薄でも可能性はある。なぜなら、本来だったら取り合わなくていいはずの私のやけくそな要望に応じた。ただ単に好奇心のためだけに私に会おうとしているだけなんだろうけど、顔を突き合わせて話すのと話さないとではやっぱり大きな違いがある。
とにかく私は開口一番に強硬に還りたいと主張するつもりだ。
する……つもりだった。まさかその望み薄な可能性がゼロになりつつあるなんて。
「あともう少しでクリアできそうなのよ!このステージ激ムズなんだから!!」
黄金色の吊り上がった瞳はうさぎを射貫くように睨みつけている。
「で……でも今は」
「そう今よ!今私はノリに乗ってる時なの!ここで止まるわけにはいかない………ってあああっ!一時停止するの忘れた!」
娯楽の神は鬼の形相でうさぎの体を鷲掴んだ。
「うぐっ」
「どうしてくれるのよ!あんたがうるさく話しかけてきたせいで、赤いおじさんが死んじゃったじゃない!あろうことがザコキノコなんかに殺されるなんて!このステージをここまで進ませるのに一体どれだけの時間と神経を浪費したと思ってるのよ!」
「し、しかし」
「しかしもかかしもないわよ!」
神という存在は人知を超越した存在だ。だからきっと人間の私なんかの考えが及ばない言動をするんだろうとある程度は覚悟していた。
しかし、まさかこういうパターンだとはさすがに……。
なにがなんでも帰ろうと高ぶっていたモチベーションが萎えていく。
嫌な予感はしていたんだ。
なんで私っていい勘は当たらないで悪い勘ばっかりあたるんだろうな。
なんだよこの神……いやこのオネエ。わざとやってるんじゃないよな。
うさぎにいきなりオネエ口調でキレたと思ったら、またゲームに没頭し始めちゃったし。
本当に娯楽の神なんだよな。オネエの神じゃなくて。
ていうか、私のこと本当に気が付いてないのか。私に会いにここまで来たんじゃないのかよ
おいおい、私はオネエがゲームをしている後ろ姿を眺めるためにここにいるんじゃないんだぞ。
「あの、もしもし……」
「……」
「お~い、私の声聞こえてる?わざと聞こえないふりとかしてる?」
「……」
「せめてこっち向いてくれない?」
「……」
「……ちっ」
「……」
「何しに来たんだよ、クソオカマが。ばーか、非常識のダメ神が。どうせ返事しないんだろ? くたばれ。死ね。ばーかばー……」
「誰がクソオカマだ、コラ!」
「…………え」
私の声に一切反応せず後ろ向きでゲームをしていた娯楽の神は一瞬で私の目の前に立ち、ドスの効いた声で凄んできた。予想だにしてなかった娯楽の神の反応と近距離に迫った美形の物凄い形相に圧倒され、思わずたじろぐ。
「私が一番嫌いなものはゲームの邪魔をされることと私への悪口なの。五体満足でいたかったらくれぐれも私の逆鱗に触れないようにしてなさいね」
娯楽の神はかなりの高身長だ。この距離で目を合わせるためには首を大きく上に向けなければいけない。私は今、首をギリギリまで上に向けている。首が痛い。
娯楽の神がやっと私の正面に立ち、私という存在を視界に入れている。しかし、視界に入れているだけで私という存在と会話をしようとは思ってなさそうだった。そもそも私が『三波怜』だと理解しているのかさえわからない。わかるのは今の娯楽の神の頭の中にはゲームのことしかないということだけだった。
「う……あ……ご……」
娯楽の神は私を不幸のどん底に落とした存在。それがこんな近距離で私を睨みつけている。
言いたいことがいっぱいあった。不満や文句もぶつけたかった。
しかし、娯楽の神のあまりにもの迫力にぶつけるはずだったせっかくの不満や文句が喉元にひっかかってしまった。それどころか娯楽の神が纏っている般若のようなオーラに思わずたじろいてしまい、文句とは逆の謝罪の言葉が出てきそうになった。
いや、待て待て待て。私は悪くない。私はまったく悪くない。謝るのは絶対おかしい。
口から零れそうになった謝罪の言葉と必死で口の中に押しとどめる。私は圧倒されていた娯楽の神のオーラを振り払うように首をぶんぶんと振った。
ここで謝っちゃダメだ。ダメな気がする。
いや、私が謝りたくない。ここは絶対に譲りたくない。バチでもなんでも当ててみろ。
私は全身に力を込め、精一杯娯楽の神を睨みつける。
「う、うるさい!わ、私は何にも悪くない!非常識なそっちが悪いんだろう?そもそも私はあんたを罵倒していい権利があるんだ!あんたの自分勝手なわがままのせいで一体私がどれほどの苦労を―」
「あ!しまったわ!」
突然、娯楽の神は素っ頓狂な声を上げた。
思いの丈をぶちまけている最中だったのに妙なタイミングで遮られて、拍子抜けする。
「は?何」
「また一時停止するの忘れてっ…………あ、よかったわ。今度は一時停止してたわ」
「……は?」
「コツつかめてきたわ、クリアできるかも」
あの底冷えした殺気はどこへやら。
私に注がれていた金色の眼光が再びゲーム機に落とされた。
さっきまで私という存在を確実に捉えていたはずの娯楽の神が私を再びいないもののように扱ってくる。
「…………なんなんだ、こいつ」
今度は聞こえるように言ってやった。
しかし、すでにゲームに意識を集中させている娯楽の神は私の言葉を完全に右から左に受け流しているようだ。
これってやっぱりわざとやってるんじゃないのか。
わざと私をスルーして遊んでるんじゃないのか。
なんで、私はまた娯楽の神の後ろ姿を眺めなくちゃいけないんだ。
せっかく今までの鬱憤をぶちまけていた最中だったのに。
この膨れ上がった憤りをどうしてくれるんだ。
おい、どうにかしろよ、うさぎ。オマエの主だろ。
私は憤り、怒り、苛立ちを混ぜた視線をあたふたしているうさぎにぶつけた。
娯楽の神の手元をチラッとみたうさぎは娯楽の神の邪魔にならないように口パクしてきた。
『ごめん。主様のゲームがひと段落するまで待って』
「はぁ!?」
『一度こういう状態になるとまともに話し合いとかはちょっと難しいんだよ』
「取り上げろよ、それ」
『僕に死ねと?』
「なんで私が待たなくちゃいけないんだ」
『お願いだよ。5分……6分……7分……とにかく今やってるステージが終わるまで』
「いつになるかわからないじゃないか」
『とにかく待って。主様のゲームがひと段落ついたらすぐに話し合いの場につかせるからさ。怜だって早く還りたいでしょ?』
『……』
「だからほんの少し我慢して」
くやしい。むかつく。マジありえない。
私が還れるか還れないかの決定権を握っているのは娯楽の神。その時点で私と娯楽の神は対等の立場にはいない。多少の我慢と譲歩は必要なんだと思い知らされる。
なんで私が我慢しなくちゃいけないんだ。
今すぐ娯楽の神のゲーム機を取り上げて、胸倉掴み上げたくて仕方がない。
胸倉掴み上げて「この諸悪の根源が!」と罵ってやりたい。私という存在をほっぽって遊んでいる娯楽の神が憎い。そしてその娯楽の神のご機嫌を優先するうさぎが憎い。しかし一番憎らしいのは最終的に『多少の我慢』を選んでいる自分自身にだ。私は待っている間、何度も頭の中で娯楽の神の美形の顔を往復ビンタすることにした。
10分後。
「やったわ。かなり手こずったけどクリアできたわ!」
独特なBGMが耳に入ったと同時に娯楽の神が両手を上げて喜んでいる。
やっと終わったか。クソっ、嬉しそうな顔しやがって。
この10分の間、一体何百回に娯楽の神をビンタしたことか。
ビンタだけじゃなく、蹴りも入れてやったわ。
うさぎは手放して喜んでいる娯楽の神の姿を見ると、すぐさま行動に移した。
「あ、あの主様!」
「あら?どうしたの」
「一区切りついたんですよね。お願いですからもういい加減彼女と話をしてください。それはいつでもできるじゃないですか」
「彼女?」
そう言われた娯楽の神はことさらゆっくり振り返った。
やっとか。やっと話ができるのか。
「…………」
おいこら、また無言かよ。ごめんの「ご」ぐらい言ったらどうだ。
ていうか、なんだその表情。
やっと私を認識しただろう娯楽の神の表情は何とも言い難い微妙な表情だった。
なんで、そんなうっすいリアクションなんだよ。
私を見てみたかったんだろ。なんか言ったらどうなんだ。
「主様。彼女ですよ。彼女が三波怜です」
「…………」
「主様、会ってみたいって言ってましたよね」
「…………」
「主様?彼女ですよ?乙女ゲームのヒロインであるレイ・ミラーの体に入っている人間の女の子です」
「…………ら」
長い沈黙の後、やっと何かを呟いた。
今、なんて言ったんだ?聞こえなかったんだけど。
「そんなこと言ったかしら?というかヒロイン?乙女ゲーム?なんのこと?」
「…………」
「…………」
「「はあああああああああ!!!???」」
今、何抜かしやがったこいつ!




