第10話 産んでくれて、ありがとう
―――帝国軍襲来より2週間 朝 クロイツェフ家 居間
「クレアさーん!この食器どこに戻せばいいですかー?」
「アグネちゃん、上から二番目の棚に置いといてもらえる?」
「はーい!……あっ」
パリンッ! 割れてしまった皿を見て、クレアママンが早速、箒と塵取りを持って片づけていく。
「仕方無いわねぇ。手間のかかる娘が出来たみたいだわ。」
そう言いつつも、クレアママンはクスクス笑っていた。
「はい……。ごめんなさい、クレアさん……。」
「いいのよ、次からは割らないように気を付けなきゃね。」
落ち込んでいた若い娘はクレアの言葉に目を輝かせ、「はいっ!ありがとうございます!」と勢いよく返事をしていた。俺はテーブルに肘を付けて二人の様子を眺めている。クロイツェフ家では朝の見慣れた光景となった。
<<お主の母とも仲良くやっておるようじゃ。いいことではないか。>>
テーブルに置いたクリエが俺に話しかけてくる。
「あのアグネジャがねぇ……。なんでこんなことになったんだろね?」
<<お主の故郷の言葉を借りれば「結果オーライ」という奴よ。>>
「はぁ……。」
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―――クロイツェフ家近くにある丘
僕らの目の前には、可愛いブラとパンツのみで仁王立ちする若い娘が突っ立ていた。
「えーと、君は?」
「私はアグネジャですよ、ご主人様!」
ピシっと親指を立てて、俺に宣言してくるこの娘がアグネジャ?
「あんたが、あの魔族だって言うの?」
「そうです!名を聞くだけで誰もが恐れる冷酷魔帝アグネジャとは私の事です!ミーナさん!」
ミーナちゃんが頭を抱えて座り込んじゃったよ! あのバリトンボイスは? なんで身長が低くなってるの? 一体何が起こってる。俺はクリエを見た。
<<何って、お主らが考え出したんじゃろう?妾に説明を求めるでない。>>
そんな無責任な。……ん、お主らって言った?
<<そうじゃ、こやつを創り出した時、お主だけでなくそこの小娘も手をつないでマナを注ぎ込んだのだぞ。お主の注ぎ込んだ量に比べると少なかったがのう。>>
「ミーナちゃん、こっち来てクリエの話しを聞こう。」
これはまたよく分からないことになってきたなぁ。頭を抱えているミーナちゃんを見ると、アグネジャが隣で体育座りになって、「どうしたんですかー?」「大丈夫ですー?」と声掛けしていた。
……ゴクリ。
いぃぃやっほぉぉぉー! パイオツカイデー祭りじゃあぁぁぁー!
俺はアグネジャらしき娘の乳に歓喜した。
……
「えーゴホン。俺とクリエからお話があります。」
俺がおっぱいに興奮していると、クリエからこっぴどく文句を言われてしまった。そこで、アグネジャ?には村の女性が着ているようなスカートとワイシャツ、それからベストを創ってあげた。豊満なバストを見れなくなったのは残念だが、服を貰った本人からは甚く喜ばれるし、ミーナちゃんにも気遣いが出来て偉いと褒めて貰ったのでいいとするか。
あと、クリエは俺にしか通じない念話を使って語りかけてくるので、声を発せられるようにとイメージして即席のスピーカーを創る。先の櫓に取りつけた拡声器とは違い、念話を音声にする仕組みが全く分からなかった為、ちゃんと機能するか不安だったがそれは杞憂だったようだ。
「えー、こちらクリエじゃが、ちゃんと妾の声は聞こえとるかの?」
「「「おー」」」
皆、感嘆の声を漏らす。クリエは<<何百年ぶりに妾の声を聞いてもらったッ……>>と感激している。クリエの意思次第で音のON/OFFも制御できるよう考えていたが、ちゃんと機能しているようだ。
よかった、よかった。
「では、まず俺から。クリエを通じてイメージしたのは男性、かつ性格は残虐で、とんでもなく強いっ奴てこと位だと思う。ミーナちゃんは何を想像したの?」
「私はあの時祈りを捧げてたわ。」
「女神様お願いします、私たちを守って下さいってね。」
うん? 女神……? もしかして、それでアグネジャが女性化したのか? だけど、それだけじゃ説明つかないこと多すぎるんだよなぁ。
「そもそも、クリエってどうやってイメージを実体化してるの? 色々と漠然としていて分からないよ。」
「さっきも、マナを注ぎ込みつつなんとなくのイメージで、服やらそのスピーカーとか創れたし。」
「うむ、そうじゃな……。正直なところ、詳しい理屈は妾にも分からん!」
俺とミーナはずっこける。アグネジャはうーんと呻っている。彼女なりにどうやって創られたのか考えているのか。
「何よそれ!あんた自分でどうやっているのか分かってないの!?」
「お主らだって自分がどうやってマナを精製しておるのか分からんじゃろう?それと一緒じゃ。」
「もっとわかりやすく言うと、「自分でどうやって心臓を動かしているのか?」と聞いておるようなものなのだぞ。」
クリエはプンプンとした感じに喋ってくる。
「妾が<<クリエイト>>の魔法を発動する時の感覚で良ければの話しになるが―――」
クリエは間を置いて続けた。
「マナを注ぎ込んだ使い手の頭の中に入り、妾自身が感じたことを形にするのじゃ。もしも、使い手のイメージが実体化するに足りない場合―――」
「―――あ、あとは、その……。」
あれ、急におどおどし始めたけど、大丈夫?
「わ、妾の……その、なんじゃつまり、う~ん、経験則! そう、経験則に基づいて、使い手のイメージを補うのじゃ。」
アグネジャの呻り声だけがその場に響く。結構適当だなぁ。クリエが言っていた通り、俺だって自分の内臓の動きなんて答えられないし。これ以上、問い詰めても可哀相だな。
「あっ!分かりました!」
アグネジャが勢いよく立ち上がり、発言の許可を求める。アグネジャさん、どうぞ。
「私さっきからずっと考えてたんですけど、ご主人様とミーナさんが私を創り出してくれたんですよね?」
「えぇ、多分そうよ。」
「つまり、ご主人様はご主人様であると同時に、私のお父様ってことですよね? そして、ミーナさんは私のお母様ってことで合ってますか!?」
さっきから考えてたのはそれかい! この間の抜け方はどこから出てきたんだよ。もしかして、特撮版のイメージも混ざってるのか?
「考えようによってはそうじゃな。この二人が居らねば、お主はこの世におらんかった。」
「じゃあ、お二人、お父様とお母様のおかげで今の私があるってことですね! わーっ、凄いです! 私を産んで頂いてありがとうございますっ!」
そういうと、アグネジャは手を広げて俺とミーナちゃんを抱きしめてきた。ちょっと苦しいが、こういうのは悪くないな……。
しかし、8歳にして娘持ちか。俺はアグネジャの抱擁に自然と笑みがこぼれた。ま、パイオツカイデーは大歓迎ですゾ!
……
―――クロイツェフ家 玄関前
「じゃあ、クレアおばさんには上手く説明して泊めさせてもらえるようお願いするのよ。いいわね、アグネ。」
「分かりました、お母様!私に任せてください!」
「いい、クレアおばさんの前では、私やピーターのことを「お母様」や「お父様」って呼んじゃ駄目だからね?」
「フフフ、お二人の娘であるこのアグネ。お二人に名前を頂いた今なら、なんだってやれそうな気分です。」
「だから、お母様の心配はご無用なのです!」
大きなパイオツを強調するように胸を張るアグネジャ。だが大丈夫なのだろうか? ミーナちゃんも心なしか心配そうだ。
呼び方についてだが、話し合いの結果、今の姿でいる間はアグネという呼び方で統一することにした。今の姿がアグネジャの姿の時と余りにもかけ離れていたし、今後、アグネジャの名前が広がった際に他人から余計な詮索を受けないようにする為だ。
ちなみに、鎧や兜は時間が経つと消えてしまっていた。アグネに確認したところ、それらが消える瞬間、自分の中に戻ってくるような感覚があったとのこと。但し、残念なことに、どうやったら鎧姿に戻れるのかまでは、アグネ自身イマイチ分かっていないらしい。
「だ、大丈夫です!ここぞという時に外すアグネではありません!心配ご無用です!」
その根拠のない自信はどこから生まれるねん。
その後、ミーナと別れ、俺達は家へ入った。
「母さん、ただいま。」
「ミーナちゃんとはお話が終わった……? あら、ピーター。この方はどなたかしら?」
首をかしげるクレアママン。
「こちらは、アグネさん。さっきそこの丘で会った冒険者の方だよ。」
「こ、こんにちわ! 私、アグネと申します! おt……いえ、ご主人様に拾っていただきました!」
うわ、早速自爆しとるやないかー。なんとなく予測できてたけどさ。
「ピーターちゃん、どういうこと?」
「えっとね……。(どう切り抜ける!?)」
心臓がバクバク鳴っている。なんで、変なこと言い出しちゃうのさ! 不安そうにしていたアグネジャだが、何を閃いたか突拍子もなく喋りだした。
「いいのです、ご主人様。アグネからご説明させていただきます。」
こっちを向いて、ウィンクするアグネ。どうしようっていうんだ? 俺を制し、アグネは話し始めた。
「私は街から街に転々と旅する冒険者。今日の目的地であったこの村へ馬を走らせていました。日が陰る前に着かなきゃ、そう思っていた矢先、この村の近くでとある魔物に襲われたのです。」
「その魔物は凶暴凶悪でした。黒く角が生え、まるで牛のように突撃してきます。やられると思った私は懸命に戦いましたが、魔物に歯が立ちません。それどころか、返り討ちに会い、長年連れ添った愛馬のジョニーとも永遠の別れとなってしまったのです……。」
「それは可哀相に……。」
って、ジョニーって誰だよ。
「私は必死になって逃げました。けれども、魔物はしぶとく私を追ってきたのです。」
「馬を失ったこともあり、私は逃げきるどころか、どんどん距離が縮まっていく。そして、私は死を覚悟しました。」
「まぁ……!」
口を押えるクレアママン、もしかして、いやまさか……。
「しかし、そんな絶望的な状況で、ご主人様は現れたのです!」
「ご主人様は私が手も足も出なかった魔物を魔法の力で一捻り! 見事に撃退されたのです。」
「ピーターちゃん、いつの間に魔法を!」
止めろ! おい、こいつを誰か止めてくれー!
<<……諦めるが肝心じゃ、主よ。>>
「その時私は感じました! この御方こそが私の仕えるべき主様なのだと。」
止めろ、そのキラキラした笑顔でこっち向いてサムズアップすんな! あかん、こないな嘘ついてどうなるっちゅーねん。
「つまり、私はご主人様にお仕えするべく、ご実家に伺い参った次第です!」
「どうか何卒、私をこの家に置いて頂けないでしょうか? どんな事でもやらせていただきます!」
き、決まったぁぁー! 華麗なジャンピング土下座だぁぁー! もう、どうにでもなぁ~れ~。
「ピーターちゃん、私はまだ事情を上手く飲み込めていないけど―――」
「アグネさんがここまで言ってるんだし、家来にしてあげたら?」
マジかよ。俺は自分の耳を疑った。クレアママン、なんて純粋な人なんだ。
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「それじゃあ、アグネちゃん、ピーターちゃん、これから仕事に行ってくるわね~。」
「行ってらっしゃいませ!ご主人様の事は私にお任せください!」
「あら、頼もしいわね。アグネちゃんも怪我とかしないように気をつけてね。」
「了解です!」
「そうそう、ピーターちゃん、ちょっとだけいいかしら? 農場までちょっと付いてきてくれる?」
「俺も?」
「そうよ、一緒に農場まで歩くだけよ。」
ん……? なんだ、今朝はいつもとパターンが違うぞ。
……
俺はクレアママンの言葉に従い道を歩いた。青空は澄み渡り陽気な天気だ。時折心地よい風が吹き、晴れ晴れとした気分になる。
「あのね、ピーターちゃん。最近色々な事があったじゃない。」
「うん。」
「ピーターちゃんが熱を出して生死の淵を彷徨った。ママね、あの時ピーターちゃんまで居なくなったらどうしようって、ずっと不安だったの。でも、あなたがベッドから起きて立ち上がったのを見て神様に感謝したわ。」
「それから、あの魔導士と帝国軍がこの村を襲ってきて、私たちは「グランジェネシス」の一員となった。あの時も、ピーターちゃんと会えるまで、家に置いて仕事に行ったことを後悔していた。」
「でも、私の心配なんて他所に、あなたは無事でこうして元気に生きている。ついこの間まで、赤ちゃんだった貴方がこうして大きくなっているのを見ると感慨深いわ。」
クレアママンは空を見上げ歩きながら、俺に語り掛ける。うぅ、今でもまだ組織名に慣れないのかなぁ。なんかむず痒い。
「その後直ぐ、アグネちゃんが居候になったでしょ。あの時はびっくりしたけど、ピーターも中々隅におけない男になってきたんじゃないの?」
笑みを浮かべるクレアママンを見やる。彼女の表情は優しさに満ちていた。
「その頃からだっけ、今まで「僕」って話していたのに「俺」って言い始めて。それを聞いた時、お父さんの喋り方に似てきたなぁって思ったわ。」
「ピーターちゃんも逞しくなったのよね。嬉しい反面、寂しさも感じちゃったわ。」
「あぁ、もう「ちゃん」付けも卒業かしらね。」
クレアママンの言葉、一つ一つが胸に突き刺さる。俺は俺であってピーターではないのだ。クレアママンの愛情に触れる度、申し訳ない気持ちになる。
「……ところで、アグネちゃんのあの時の言葉、あれって嘘でしょ?」
いきなりの爆弾発言、俺は戸惑った。
「えっ、いつからばれてたの?」
「やっぱりね。」
してやられたっ! 俺が驚いた表情をみて、クレアママンはしてやったりと顔を綻ばせている。
「男の子ならママに話せない秘密の一つや二つ有ってもいいと思ってる。」
「今になって思うけど、手刀でトントンと薪を割れるアグネちゃんが、魔物にやられるように思えないわよ。」
あいつ! また余計な事をして! クレアママンは何か思い出したのかクスクス笑っている。
「だから、いつか本当のことを話してくれるって私信じて待っているわね。」
「……けどね、これだけは分かってほしいかな。」
クレアママンは木陰に入って、木に寄り掛かりながら喋った。
「貴方はパパの残してくれた掛け替えのない宝物。私の産んだ一人前の男の子なの。」
「何があったって、私は貴方のことを否定しないし拒絶しない。」
「それが、ピーター・クロイツェフの母、クレア・クロイツェフなんだからね。」
そう言われた瞬間、俺は地球にいる筈の太っちょのおばちゃんを幻視した。
クレアママン、いや、母さんの笑みが俺を包み込む。風に吹かれ木の葉が揺れ、木のざわめきがその場を支配した。
あぁ、自分は俺であると同時にピーターなんだ。
確信めいたその思いが身体中を駆け巡る。魂の叫びとでも表現すればいいのだろうか?
なんだか急に走り出したくなったぞ!
「ありがとう!母さん!!」
そう言い残し、俺は家に向かって駆け出した。後ろは振り向かない。前だけを見る。
「あぁぁぁー!!!」
俺は大声を張り上げて叫んだ。言いようのない喜びが全身から湧き上がる。
俺は走る、どこまでも。
そう、この世界をどこまでも走りきってやるんだ。
母の日でないと、感謝の言葉って気恥ずかしくて言えないです。
皆さんはいかがでしょうか?
※ここで1章が終わりとなります。
今後も引き続きお読みいただけると幸いです。




