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20.触れかけた輪郭

「今日、行こうと思う」

その一言は、昼休みにふいに落ちてきた。

私は箸を止めて、陽咲を見る。


「急だね」

「うん」

でも、その顔は迷っていなかった。

「なんとなく」

また、その言葉。

でも今回は、少しだけ違う響きだった。

軽い直感じゃない。

もう少しだけ、芯のある“なんとなく”。


「来る気がする?」

「……分かんないけど」

少しだけ笑う。

「今日じゃないとダメな気がする」

私は少しだけ考えて、それから頷いた。

「じゃあ行こ」

「うん」

それ以上のやり取りは、いらなかった。


放課後。

いつもより少しだけ早く教室を出る。

特別な理由はない。

でも、少しでも“条件”を揃えたい、そんな感じ。


あの道に入る。

何度も通ったはずなのに、今日は少しだけ違って見える。

空気が張っている。

静かに、でも確かに。


「……なんか緊張する」

陽咲が小さく言う。

「今さら?」

「今さら」

苦笑する。

でも、その指先が少しだけ落ち着かない。


「来なかったらどうする」

私は軽く聞く。

「……そのときは、そのとき」

前よりも、少しだけ柔らかい答え。

期待しすぎていない。

でも、捨ててもいない。

ちょうどいいバランス。


人の流れが見えてくる。

いつもの時間帯。

見慣れた制服。

見慣れた景色。

でも、今日は全部が少しだけ鋭い。

目に入る情報が、やけに多い。


「……」

陽咲の視線が、動く。

一人、一人。

でも今日は、“探している”というより、

“待っている”感じに近い。


その中で――

「……いた」

小さく、でもはっきりと。

私はその声に反応して、視線を向ける。

前から来る人の流れ。

その中の一人。

昨日とも、一昨日とも同じ。

あの男子。


「ほんとだ」

思わず口に出る。

確信まではいかない。

でも、否定できない。


同じ輪郭。

同じ雰囲気。

距離が縮まる。

ゆっくりと。

でも、確実に。


「……」

陽咲は、今日は目を逸らさない。

まっすぐ見る。

逃げない。

その覚悟が、伝わってくる。

相手も、こちらに近づいてくる。

何も知らないまま。

ただの日常の中で。

その距離が、もうすぐ重なる。


――そのとき。

不意に、その男子が少しだけ顔を上げた。

視線が前を向く。

そして、一瞬だけ陽咲と目が合った。


「……!」

ほんの一瞬。

でも、確かに視線が交差した。

すぐに逸れる。

相手はそのまま歩いていく。

何事もなかったみたいに。

でも、違う何かが確実に触れた。


すれ違う、ほんの数秒。

でも、その中に全部が詰まっていた。

通り過ぎたあと。

陽咲は、立ち止まった。


「……ねえ」

声が震えている。

「なに」

私は静かに返す。

「今の」

言葉が続かない。

でも、分かる。


「目、合ったよね」

「……うん」

私は頷く。

はっきりと。


「合った」

それは間違いない。

偶然かもしれない。

でも、確実に“見た”。

「……どうしよう」

陽咲が小さく呟く。

その声には戸惑いと、少しの高揚が混ざっている。


「どうもしないでしょ」

私は言う。

「今は」

それが現実だ。

声をかけたわけでもない。

何かが始まったわけでもない。

ただ――


「でも」

陽咲が顔を上げる。

「ちょっとだけ、分かった気がする」

「何が」

「……あの人だって」

その言葉は静かだった。

でも、確信に近い響きがあった。

根拠なんてない。

でも、さっきの一瞬で、何かが繋がった。


「そっか」

私はそれだけ言う。

それ以上は、いらない。

陽咲は、しばらくその場に立っていたけど、やがてゆっくりと歩き出した。

さっきまでと同じ道。

でも、もう違う。

ただの通り道じゃない。

何かが起きた場所。


「ねえ、美鈴」

「なに」

「近かったね」

その一言に、いろんな意味が込められていた。

「うん」

私は頷く。

「近かった」


距離も。

時間も。

そして――

存在も。


夕焼けが、ゆっくりと沈んでいく。

その中を二人で歩く。

輪郭が、少しずつはっきりしてきた。

曖昧だったものが、形を持ち始めている。

まだ触れてはいない。

でも、もうすぐそこにある。

そんな気がしていた。

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