二十三年目 代打
この物語はフィクションです。実際の団体、個人などとは一切関係がありません。
また、連載小説という形態をとっていますが、作者は気まぐれなため続くかは未定です。もしも楽しみにしていてくださる方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
「次の試合から代打に回ってくれ」
という監督からの要請は当初、自分には既にスタメンで出られるだけの体力が無いという判断が下された上で告げられた言葉だと思っていた。
しかしこの考えは、自分のプライドが高まりすぎていたが故に出たものに過ぎない。
やってみて分かった。代打という役割は戦術的にも技術的にも難しく、試合の展開を大きく左右するものだ。試合の中盤から終盤、絶対に出塁をしてほしい時や得点をしたい時、更にはランナーを次の塁に確実に進めたい時。そういった瞬間には必ず名前が告げられる。
代打にももちろん優先順位があるが、特に一番手として代打に送られる選手は試合のキーパーソンに挙げられることも多い。今シーズンの自分は正しく、そういった役割を主立って果たす選手として一軍のベンチで出番を待つことになったのである。
たまにスタメンとして試合に出ることもあったが、それはあくまで主力選手たちの休養に充てるため。特に清田は今年に入ってから腰に違和感を訴えるようになり、そういった時には自分が代わりにDHとして入ることがあった。
自分は
「若手の選手を入れたほうが良いのでは」
と首脳陣に相談したこともあったのだが、今シーズンのバッツは混戦模様のリーグ戦の中でギリギリの戦いを演じているだけあって
「力の有る選手でないと務まらない」
という言葉を返答として受けると、そのまま次の日の試合も「六番・DH」として試合に出場した。
代打の一番手と、たまのスタメンという役割を全うするためには、また新たな工夫が必要なのではないか。そう思った自分は、自分のバッティングスタイルを見直すことにした。
自分はボールを待つタイプのバッターだと自己分析している。初球から行くことは稀で、何球も投げ込まれるうちに次に来る球を絞っていき、自分の予想したボールと相手の投げたボールとが合致した時には痛打をする。予想と合わない時もあるが、その時は自分の持ち得る技術をもって捉えていく。
自分が変えた部分は「球を待つことで、狙い球を絞っていく」という感覚だった。
これができたのは、スタメンで出ることが多く、たとえ一打席目で合わせることができなかったとしても、それを踏まえて次の打席で精度を高めていくことができたからだ。
だが代打として打席に立つときはどうだろうか。泣いても笑っても一打席勝負という状況下で、「次の打席で挽回する」意識を持ってしまっては意味がない。むしろ必要なのは、初球から決めにいく意識だ。
もちろん、それをするには前のバッターへの攻めを観察する必要がある。さらに相手投手から見れば、ここ一番で投入される選手に対しては、より一層の警戒をするのも当然だ。
警戒されているのならば、初球は強い球でストライクを取りに来るかもしれないし、むしろボール球で誘ってこようとしてくるのかもしれない。確実にストライクの球だけを捉えにいけるような態勢を整えるためにも、前者の球と後者の球の両方に対処できるような意識を新たに創出していく必要に駆られていた。
そのためにはコース、球種はどこに目付けをしていくべきなのか。
(真っ直ぐを一切使わずに攻めてくることは殆ど無いはずだ。ならば、それを狙っていくべきだろう)
少し浮かぶような軌道を描いた時には我慢をすれば、ボールカウントを稼ぐことは容易になりそうだ。もしもストライクゾーンに入ってきたとしても、そういった変化球をもう一度投げようとはしないだろうし、変化球を見せて注意を引いている分だけ、次の一球はストレートを投げる可能性が高まる。
つまりは、まずストレートを狙えば初球と二球目の何れかでタイミングを合わせていくことは可能だと考えられる。
ならばコースはどうだろうか。これは自分がヤマを張れば確実にそこへ来るというものでもない。相手投手がそこを狙って投げてきたとしても、少しでもコントロールミスをすれば全く違うコースでミットに収まることになる。
ならば狙うコースは、相手が投げ込もうとするコースは何処なのかという情報を元に決めないほうが良い。自分が打ちに行ったとき、どのコースを打ち損じるのが自分にとって一番ダメージが大きいのかを考えて決めるべきだ。
外角低めは打ちに行ってもヒットにはなりにくい。初球からは狙うべきではない。
外角の高目はまず来ること自体が少ないし、ゾーンに入って来たとしてもそれは仕方がない。
内角低めも巧く打たない限りはファールになってしまうだろう。もう少し若ければ捉えることももう少し簡単だったが、今の自分では厳しいかもしれない。
真ん中から縦横に十字を引いたコースは、わざわざ狙っていくコースという範疇に入れることはない。
だとすれば、自分が狙っていくコースはインハイだろうか。ただ高いところに目付の意識を持ちすぎると、釣り球に手を出してしまうかもしれない。もう少しゾーンを下げたほうが良いだろうか。
このコースに意識を持っていけば、アウトローの難しい球に手を出しづらくなる。変化球はアウトコースに投げることが多いだろうから、それに反応をしないことでカウントを有利に進められる可能性は高い。
もしも強い球を投げ込まれても、インコースに意識を持っていくことができれば体を回して捉えてることができる。これは変化球を投げ込まれたときも同様で、少しだけタイミングを遅らせればよいだけの話だ。
インハイのストレート。代打として出場するとき、初球からここしか狙わないと肚を決めたのは、シーズンの始まる前。オープン戦で二度目の打席に入った時のことだった。
代打は必ず出さなければいけないタイミングがある。それを読み切れずに体が十分に動かない状態で打席に立つことがあれば、それは怠慢であるとも捉えられかねない。
特に自分は長い間グラウンドに立ち続けていた人間であるから、試合の流れを試合の流れを読み切る技能というものを発揮したうえで、万全を期して相手投手に臨むことが求められている。
それは自チームの代打として最初に名前が出る存在であることも、実際に打席に立った時の観客の歓声の大きさでも解ることだった。
全員が後悔しない結果になるよう、自分は準備をし続けなければならない。
代打として出るのは大体が六回以降、下位打線の打者のいずれかの場所に入ることが多い。相手投手との相性に極端な数字の偏りがあれば、たまに上位打線のどこかで出ることはある。そのため、自分は基本的にイニングで判断する。
五回に入ったあたりでベンチ裏に入り、野手用の準備スペースで素振りやティーバッティングをこなし、名前を呼ばれた時に備えて体を温める。自分が準備を始める頃には、代走で入る可能性のある選手も体をストレッチなどでほぐしていることが多い。
自分が出るということは、ひとつの勝負どころであるということ。もしもランナーがいる状態で代打がコールされたのならば、塁上のランナーの内の誰かに代走が入ることも多い。さらに代打出場した選手が出塁したのならば、その選手に対して代走が入ることもある。
体が温まったらベンチに戻り、スポーツドリンクをひとくち飲み込む。グラウンドでどういった流れができているのかを静観する時間。今は七回の表。このイニングで相手チームにタイムリーが出て五点目が入り、三点のリードを許す形になっている。終盤に入ってリードを広げられるのは苦しいが、首脳陣のほうを見るとホワイトボードに書かれた選手の表を見て戦略を練っているのが見えた。
この回の裏、バッツ打線は下位に入っていく。どこかで自分が代打として入ると確信し、目の前に置いてあった自分のバットを手に取る。
3アウト目がコールされて裏に入ると、六番の竹内と七番の羽山が連続出塁して、一三塁になる。次は八番の嬉野の場面だが、すでに矢野コーチから
(嬉野のところでお前を出す)
と言われていた。サークル内で相手投手へのタイミングを合わせ、配球も観察した。
無死一三塁。犠牲フライではつまらない。
二十三年目
174打席 159打数 43安打 .270 2本 28打点 (一軍)




