十四年目 授賞式
この物語はフィクションです。実際の団体、個人などとは一切関係がありません。
また、連載小説という形態をとっていますが、作者は気まぐれなため続くかは未定です。もしも楽しみにしていてくださる方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
自分のしているプロ野球選手という仕事の都合上、スーツというものは着る機会が極端に少ない。
グラウンドに立てば常にユニフォームを着て、移動の時にも一般的な「普段着」を着て、新幹線や飛行機で移動する。だから、改めてスーツを着ると、その動き辛さを人より余計に感じる。
プロ野球選手が公的にスーツを着るのは、大抵、入団会見のような発表の場や、契約更改のような話し合いの場。あとは、人生の転機といえるような場面である。いずれも「公的」と言う位だから、誰もが経験するような場面が多い。
そんな中で、一年の内、限られたプロ野球選手だけが、スーツを着て参加できる場所がある。
「斎藤さん、早いですね!」
声を掛けてきたのはドラゴンズの井出だ。彼は今季の盗塁王である。
「井出も、俺より早く来てるじゃないか」
「いやぁ、実は時間間違えまして…」
「どの位?」
「一時間です」
「その間どう時間潰してたんだ?」
「近くの喫茶店でずっとコーヒー飲んでましたよ。お陰で目がパッチリです」
「それなら、式の間に眠くなることはなさそうだな」
二人して笑い合う。井出はどんな人にも好かれる「後輩力」がある。周りを明るくするような朗らかさは、間違いなく彼の長所である。
「二人とも楽しそうだなぁ、俺も入れてくんない?」
間に割って入ってきたのは鎌田さんだった。今季の捕手GG賞を獲っている。いきなりの登場にも拘らず、何の違和感もなく、自分たち二人の間に溶け込んでしまったところに、鎌田さんの持つ雰囲気、もとい捕手としての恐ろしさを感じる。
三人で会話をしている最中にも、続々と選手たちが会場に到着する。
ディアーズの高田は本塁打王、ギガンツの張本は最多安打と最高出塁率、ライノスの日野は打点王。
一方投手陣では、チームメイトの桑原は最優秀防御率かつGG、ギガンツの内は最多奪三振、同じく牧原は最多勝、オリオンズの町田は最優秀中継ぎ、ドラゴンズの山田は最多セーブ。
グ・リーグ側のタイトル獲得者も集まっている。例えば、通訳アプリを介して桑原と会話しているのがディアズ。バファローズの一塁手で、本塁打王。
中央のテーブルに陣取って、水を飲んでいるのがホークスの富田で、最優秀中継ぎ。
自分のスーツを羽織りなおして、型を整えているのがメッツの中岡。GG賞と最多安打を両取りしている。
確かな実力を背景にして、この場に集ってきた選手たちの動向を目で追っていると
「それでは、もうそろそろ始まりますので、集合をお願いします!」
というアナウンスが入る。
椅子から立ち上がり、メイン会場に入るための扉を通った。
広いホール。壇上には幕が垂らされ、数々のトロフィーが飾られている。壇の下には多くの報道陣が、カメラを構えて待ち受けていた。
「お集まりの皆様、大変長らくお待たせいたしました…」
司会の挨拶から始まり、コミッショナーなど、各所関係者からの挨拶が続く。それらは儀式的に、それでいて端的に済まされた後、いよいよ、授賞式が始まった。
「それでは、グランドリーグの各タイトル受賞者の方々を発表いたします。最多勝…」
タイトル名と、タイトル獲得者の名前が読み上げられ、呼ばれた選手が壇上に向かい、トロフィーを受け取っていく。
グランドリーグのタイトル獲得者、全員がトロフィーを受け取った。
「続いて、ナショナルリーグの各タイトル受賞者の方々を発表いたします…」
まずは、投手の面々がトロフィーを受け取っていく。グラブの形をした金色のトロフィーが、照明の光を跳ね返して、鋭く光っている。
「続いて打者タイトル。首位打者、斎藤一典」
自分の名前が呼ばれる。壇上に上がり、トロフィーを受け取った。投手の物とは違う、バットを三本組んだ形のトロフィー。重量感があり、手に持つとずっしりしていた。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げてから、受賞した選手たちが並んでいる雛壇の上に上がる。
鳴りやまないシャッターの音。それが、拍手の代わりだった。
授賞式が終わると、控室に戻る。部屋のテーブルの上にはケータリングが並んでいた。選手はみな、思い思いに手に取って、それを食している。自分もおにぎりを一つ手に取って、口に運んだ。
(お、昆布だ)
食べかけの部分から、具材の昆布を一瞥する。
「皆様、お疲れさまでした。閉館の二十一時まで自由時間ですので、ごゆっくりお過ごしください」
腕につけた時計を見ると、今は十九時。あと二時間ある。
周りにいる選手たちは、自分の身に着けている物や、使っている野球道具、技術論など、様々な話で盛り上がっている。自分は特に話し相手もいなかったので、ボーっとしていると、米澤が話しかけてきた。彼は、今年のグ・リーグ新人王を獲った、遊撃手である。
「斎藤さん、初めまして。米澤です」
腰を鋭く三十度曲げて、こちらに礼をしてくる。背丈はこちらよりも高い。195㎝前後か。その姿にはどこか、迫力があった。
「初めまして。新人王受賞、おめでとう」
「斎藤さんも、首位打者おめでとうございます。斎藤さんに比べたら、自分はまだまだです」
確か、彼の今シーズンの成績は2割4分8厘、26本、72打点だったか。社卒一年目の21歳でこれは「まだまだ」の範疇なのだろうか。
「僕、打撃の確実性を増したいんです。同じ右打者の斎藤さんに、ぜひご教授願いたいんですが」
「あ、良いよ。どこが気になってるの?」
「はい、自分が気になってるのは…」
そこから、打撃の談義が始まる。腰の回転、足からの反発の使い方、バットの握りの話から、手首の返し、目付の方法まで、体の動きを交えながら伝えていく。
「斎藤さんって、鋭いライナーが多いですよね。どういった意識をされてるんですか?」
「あんまり、かち上げるのが好きじゃなくて。ヒットを打とうって思うと、ラインドライブをかけた方が有利だと思ってるから、ボールの上を潰す感じで打ってる」
「そうなんですね…僕はバックスピンを掛けたいんで、レベルに振って、下に入れるイメージですけど、それじゃダメなのかなぁ」
「そんなことないよ。そんなこと言ったら、俺の方がセオリーから外れてると思う」
「でも、3割4分近く打ってるんですもんね。自分も、そういう打撃がしたいですよ」
「無理にやらないほうが良いよ。打撃を崩して、結局、調子を崩したまま、なんていうこともあり得るから」
「いえ、僕は色んな引き出しを持っておきたいんです。そうすれば、自分に何かあっても、できることがあるかもしれない。チームの役に立ちたいんです」
自分の引き出し。今まで、自分にできることをやろうと努めてきた。
もしも、それが自分の可能性の幅を狭める要因になっていたとしたら。
もしも、それがあくどい固執に繋がっていたら。
本当にチームの役に立てる存在になっていると言えるのだろうか?
考えてみると、自分がどちらに属しているのかが分からなくなった。
「斎藤さん、どうしたんですか?」
「いや…あのさ、長打を打つコツ、教えてくれない?」
自分はもう、三十二歳。ここからは衰えも始まるだろう。やるなら今だ。そう思って、米澤にいくつも質問をぶつけた。
いつの間にか、二十一時に近くなっていた。
「ありがとうな。付き合ってくれて」
「いえ、僕も斎藤さんと意見交換ができて楽しかったです。いろんな方が、僕たちの会話に釣られて話し掛けてくださいましたし」
確かに、色々な選手から技術論を聞けて、自分も楽しかった。
「閉館時間も近いですし、僕たちも出ましょうか」
「ああ」
会場を出て、ホテルへと向かう。その道中、今日の授賞式に集まっていた面々を思い出していた。皆、確かな実力も、個性も持ち合わせている。そして、そんな人たちが一堂に会する場に参加できたことは、自分にとって確かな収穫だったといえる。
この会場に集まった選手の多くが、来年、また集まることになる。二月が、楽しみだ。
十四年目
489打席426打数144安打 .338 13本 57打点(一軍)




