十三年目 主役
この物語はフィクションです。実際の団体、個人などとは一切関係がありません。
また、連載小説という形態をとっていますが、作者は気まぐれなため続くかは未定です。もしも楽しみにしていてくださる方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
ベンチ裏のミラールーム。もうそろそろ、自分は出番を迎える。通りかかった立川さんが、自分の背中を叩いた。
「安心しろよ。みんなお前の出番を待ってるんだから」
確かに、ファンは自分の存在を楽しみにしてくれているはずだ。だが、不安を拭い去ることが出来ずにいた。
両手の指を組み、肘を膝に乗せ、じっと床を見つめる。深く深呼吸をして、緊張を解そうとするが、中々解れない。
「斎藤君、大丈夫だって。自信持つべきだよ?こんなに華やかな人、中々いないんだから」
そう声を掛けてきてくれたのは、普段は裏方として四方八方を飛び回っている女性広報、内海さんだった。
その言葉は激励の言葉だったのだろう。だが、自分は真面目に野球をやってきた人間だ。地味でも良いから、コツコツと積み重ねてきた人間。そんな自分には、華やかさなどいらない。
「固くなるなよ、斎藤!ドームは沸くぞ!」
同期の佐藤はこんな状況でも、相変わらずの熱気をぶつけてくる。自分は鬱陶しく感じて、目線を逸らした。
自分の気持ちが整わないまま、グラウンドの方から登場曲が聞こえ始める。意を決して、ベンチ裏の通路を通り、グラウンドへ飛び出した。
眩しいライト、降り注がれる視線、そして湧き上がる”黄色い”歓声。
ここはファン感謝祭。地獄の女装トーナメント。
五年目に一軍に上がり、育成選手上がりということもあって注目されていた時期のことだった。
毎年の如く、プロ野球に存在する各球団は「ファン感謝祭」と銘打ってイベントを開催することは知っていた。そして、数々のイベントが行われる中で、意外と注目されがちなのが、選手たちの「女装」である。
普段、その体格と身体能力を生かしてプレーをする野球選手が、女性用に作られた服を羽織り、おめかしをして壇上に立つ姿は、普段から見ている豪快さや素軽さとはかけ離れたもので、ある所では滑稽であると同時に、似合ってたりすると、そのギャップが驚きを呼び、ファンが喜ぶという構図である。
そんな前提がある中で、一軍に上がったばかりの自分は、球団側の「注目させたい」という意図と、球団職員、特に女性陣の「こいつは化ける」という見解が合致したことにより、半強制的に「Bat's Collection」、略して「バッコレ」に立候補させられることになってしまった。
かくして、嫌々ながらに参加したバッコレであったが、自分が参加したことで大成功に終わったことが運の尽きだった。
一年目。茶色いロングヘアーの鬘に、ベージュ色のキャミソールワンピースで順当に優勝。
二年目。黒いポニーテールの鬘に、白いセーターと赤いロングスカートで満場一致の連覇。
三年目。ボブカットの鬘、白いシャツに黄色いハーフコート、パンツスタイルで三連覇。
四年目。「もうそろそろ負かしてください」とお願いして、ギャルに扮して四連覇。
五年目。「最後の手段」と、鍛えてきた太腿が見えるミニスカートを穿いて五連覇達成。
五連覇達成者は「殿堂入り」認定されて、今後、新たに五連覇する人間が出るか、このチームで現役を続ける限り、ずっと登壇しなければならない。
(なぜだ。なぜなんだ…)
と、控室へ帰った後、頭を抱えて項垂れたことは今でも記憶に残っている。
六年目。初めて殿堂入り達成者として登壇した後、どこかに助けを求めて、同級生のチャットグループを見たが、そこに書きこまれた数々の
「殿堂入りおめでとう(笑)」
という言葉に心を打ち砕かれたのは言うまでもない。平野は分かる。高村も当然、送って来るだろう。今井も八木も、久米も奥谷も、まあ解る。ただ、市村まで
「斎藤君、今見たけど綺麗だったよ~!すごい!」
なんて送ってきた。なんの嫌味もなく、純粋に褒めてきているのが余計にキツイ。
七年目。藤野実と付き合ってから半年。彼女の人間性というものをなんとなく理解し始めていた自分は、流石に彼女ならこの悩みをを理解してくれるだろうと思って相談した。
簡潔に
「正直、ファン感謝祭でやる女装は苦手だから、辞退したいくらいなんだ」
とメールを送り、着信を待った。鳴る着信音。メールを開く。そこには
「がんばれ」
の四文字。
自分ではどうにもならないことがある。結局は人との縁こそが、この世界を作っているのだから、無視することもせず、しかし支配されることもなく、感じるままに感じるべきなのである。
色不異空、空不異色。これがこの世の真理である。
壇上にある装飾された椅子の上に、座らされる。
「いや~、毎年クオリティが高い!」
司会を務める球場DJの坂井さんが自分の姿を見て持て囃すように言った。
「本当、凄い綺麗!31歳とは思えない!」
同じく司会を務める女性タレントも、自分をまじまじと見つめる。
「ありがとうございます」
機械のように発した謝辞。自分の言葉に感情が籠っていないことを、この二人は気付いていない。
「それでは、評価の方をお願いします!」
そう言われると同時に、指定された、女装したチームメイトの寸評を話していく。
「去年と同様、的確な論評有難うございました」
真面目にこなせばこなすほど、泥沼にはまっていく感覚が重たく圧し掛かる。
「いやぁ、しかし斎藤選手は本当にずば抜けてますよ」
「もう、女性にしか見えない」
184cm95kgなのにか。
「今日は香水も付けていらっしゃるようで、気合入れてきましたよねぇ」
内海さんにかけられたんだよ。というか言わないでくれ。
「殿堂入り選手にまでなると、やっぱりこういう舞台は楽しいですか?」
「はい、楽しいです(最悪だ)」
「いや、もう楽しまれることが一番ですから。それでは、今年のバッコレはこれにて終了です!選手の皆様方、ありがとうございました!」
お、終わった…。
ふらつく頭を押さえながら控室に戻ると、すぐにメイクさんが来て鬘を外し、メイクを落とす。
「去年のゴスロリも似合ってたけど、今年のセーラー服もバッチシ似合ってましたよ!」
「は、はあ…」
「正直、30歳になってもセーラー服が似合う人なんて女性でもそんなに居ませんからね。これはもう、才能ですよ」
「どうも…」
今年までに自分がしてきた女装の数々を思い出すと、口がカラカラになっていく。正直、思い出したくない。
「次の斎藤さんの出番はリレーでしたっけ。頑張ってくださいね!」
メイクがすべて落とされた後、走って更衣室に向かい、ユニフォームへと着替えた。
「お、やる気が入ってるね、斎藤君!」
内海さんが、そんな様子の自分を見て声を掛けてくる。
(内海さん、それは勘違いです)
と思いながらも、笑った顔を見せて
「はい、次のリレーも頑張ります」
そう答えた。
内海さんも、歯を見せながら頷く。
更衣室から出た自分の足取りは、飛ぶように軽い。リレーには負けた。
十三年目
614打席532打数171安打 .321 18本 78打点(一軍)




