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十年目 帰郷

この物語はフィクションです。実際の団体、個人などとは一切関係がありません。

また、連載小説という形態をとっていますが、作者は気まぐれなため続くかは未定です。もしも楽しみにしていてくださる方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。

 駅のホーム。明日には雪が降りそうな曇り空。キャリーバッグには寝泊まり用の道具や衣類を一式揃えて詰め込んである。歩いてロータリーにある、バス停の前でバスを待つ。

 久しぶりに帰ってきた故郷の地、という感慨は余り無い。毎年、年末年始の時期には帰郷して、実家に泊まっているからだ。いつ自分が泊まりに来ても良いようにと、両親はあの時のままの状態で部屋を開けてくれている。その温かさは、やはり無二である。

 バスがやってきた。学生時代から使っているICカードをかざして乗り込み、一番後ろの席に腰を下ろして、発車を待つ。七分間の停車を経て、ゆっくりと動き出す。

 バスは街中を走る。暫くして左を見ると、母校が見えた。頭に、当時来ていた制服を思い浮かべた。肩のあたりに厚い生地が使われた、紺色のジャケット。胸についた校章、灰色のズボン。そして、赤いネクタイ。「学生の模範たれ」という語句を学生手帳の中に見つけた十年前。

 (もうそんなに経つか)

 学生時代の記憶というものは、時が経つほどに鮮烈な色彩を持って思い起こされる。よく古い記憶を「セピア色」と表現するが、嘘だと思う。

 三十分揺られて、実家の最寄りのバス停がコールされる。停車を知らせるボタンを押して、バスから降りる。ここから数分歩くと、実家の玄関に辿り着く。

 (いま、バス停についた)

 と、母親の携帯にメールを入れた。バッグを引きずって、家に向かう。

 玄関の前。チャイムを鳴らす。インターホンのスピーカーから、

 「勝手に入っていいわよ」

という母さんの声が聞こえた。ドアノブに手を掛けて玄関の扉を開け、家に入り込む。

 「おかえり」

 母さんは何か作業をしているようで、奥から呼びかけるような声でそう言った。

 「ただいま。荷物あげちゃっていい?」

 「うん、リビングで楽にしていて」

 キャリーバッグの取っ手をしまい、持ち上げて、二階にある自分の部屋に持って行った後、一階のリビングで椅子に座ってくつろぐ。

 (今日はカレーか)

 毎年、自分が帰ってきた時に、最初に出される食事はカレーだ。今も、玉ねぎを炒める匂いが鼻に漂ってくる。

 「父さんは?」

 「仕事の付き合いで釣りに行ってる。朝は大分早かったから、夕方までには帰って来るんじゃない?」

 息子が帰ってくる日に、釣りに行っているとは。中々の自由さだ。

 なんとなくの沈黙が続いた。野菜と肉を炒めていた音が、やがて水を煮立たせる音に変わると、母さんがリビングにあるテーブルの真向かいに座った。

 「今日のカレー、お肉を多めに入れといたから」

 「お、ありがとう。肉は鶏肉?」

 「もちろんよ。昔から、他だとあんまり食べてくれないじゃない」

 自分は幼少期から鶏の胸肉が好きだった。母さんが言うには「安いから家計的には助かった」らしいが、小さい頃は大分駄々を捏ねていたから、相当手間を焼いたと思う。

 タイマーが鳴った。煮込み時間が丁度良くなる頃合い。母さんはキッチンに向かい、一旦火を止めた鍋の中に、カレールーを入れていく。途端に、部屋中がスパイスの香りで包まれた。

 「さてと…あ、ご飯炊いてない」

 母さんのこういう所は、ずっと変わらない。父さんは、こういう所に惚れたそうだ。

 夕方、父さんが帰ってきた。

 「ただいま。…今日はカレーか。ちょっと、急いで風呂入って来るわ」

 「おかえり」という暇もなく、せわしなく浴室に入っていった。この様子だと、自分の存在に気づいていないのではないか。

 聞こえてくるシャワーの音。どうやら、本当に気づいていないらしい。

 浴室の扉が開く音がした。父さんはシャツにハーフパンツといった格好で、リビングに姿を現す。そして、自分の姿を見た途端に目を丸くした。

 「あれっ、帰ってきてたのか。先に言ってくれれば良かったのに」

 「ずっといたよ。帰って来るなり浴室に駆け込んじゃったからさ、声掛けられなかった。」

 「そうか。まあ改めて、おかえり」

 「ただいま」

 父さんと言葉を交わす間、母さんはカレーを盛りつけ始める。

 「一典、これ持ってって」

 皿に盛りつけたカレーを食卓に運ぶように促された。キッチンに行き、両手にひとつずつ皿を取って、テーブルに運ぶ。その間、父さんは飲み物の準備を始めた。冷蔵庫を開けて、麦茶を入れた容器と、350ml缶のビールを二缶、取り出す。

 自分と両親と、三人分のカレーが並べられた。銀色のスプーンと三人分のコップ、父さんと母さんの座る場所にはビールが置かれ、自分のコップには麦茶が注がれた。

 「じゃあ、いただきましょうか」

 三人とも着座して、手を合わせて

 「いただきます」

と声を合わせて、食べ始める。

 一年ぶりに食べる、いつもの味。体に馴染んでいるこの味を、ゆっくりと味わう。でも確かに、肉が多かった。

 食べ終わって、食器の片付けも終わると、父さんが話しかけてきた。

 「この年末年始、何か予定は立ててるのか?」

 「ああ、それが…同窓会に誘われてるんだよね」

 「高校か?」

 「そう。十年ぶりだから」

 「断る理由がないなら、行っといた方が良いと思うぞ。いつ会えなくなるか解らんしな」

 「じゃあ、行こっかな」

 一緒にドラフトを見ていた同級生とは、今でもごくたまに連絡を取り合っている。そいつから

 「もし良かったら来れないか?」

と誘われたのは、ひと月前だった。返事を迷っていたが、父さんの一言で行くことに決めた。一月の六日。一週間後だ。メッセージ機能を使って、「同窓会、都合がついたので行きます」と送っておいた。


 今日の十八時から、駅の近くにある飲食店で同窓会がある。バスに乗って駅に向かった。駅からは送られてきた地図を頼りに、徒歩で向かう。

 (ここか)

 大衆的な雰囲気の店だった。馴染みがあった店という訳ではないが、今日の目的もあってか懐かしさを感じる。

 コートを脱いだ後、引き戸を開け、暖簾をくぐって店内に入る。

 「お好きな席へどうぞー」

 店は人員が足りていないのか、厨房の方から声が聞こえてきた。自分は厨房に近寄って

 「すみません、県立佐賀野高校の同窓会で来たんですが、席は何処でしょうか」

と、訊ねた。厨房から顔を出した女性が

 「あ、同窓会の方ですね。奥の座敷です」

と言って、すぐに調理に戻った。たしかに、奥の座敷に何人かの集団が居るのが見える。そのうちの一人が、自分に気づいたのか、笑顔で手招きしていた。顔に見覚えがある。今はしていないが、学生時代は黒縁の眼鏡をかけていた、確か八木やぎだったか。

 それに反応して、茶髪にした平野ひらのがこちらを振り返って

 「こっち、こっち」

と手を挙げた。

 自分も手で挨拶をする。座敷の上り口で靴を脱いで、畳の上に上がった。

 「お前、遅いよー!忙しいのは分かるけどさ、来るって返事だってもうちょっと早くくれないと困るんだから!」

 平野がいきなり、自分をおちょくるように口撃してきた。

 「ごめんごめん。俺も色々込み合ってるもんだからさ」

 「まあいいや、どうせだから真ん中に近いところに座れよ。目立ってなんぼだろ」

 半ば無理やりに、輪の中央に座らされた。自分はこういったノリはあまり好きではないが、この場では多勢に無勢である。仕方なく、誘導された。

 テーブルの上には、すでにいくつもの大皿料理が置かれていた。唐揚げ、刺身、サラダにフライドポテト。定刻通りに来たはずだが、この感じは確かに、遅れたのかもしれない。

 「まだ来る?」

 自分は平野に同窓生はまだ来るのかを訊ねた。すると横から、白いブラウスを着た女性が

 「今は七人だから…あと五人来る」

と答えた。

 最初は誰だか分らなかった。だがその語り口から、ピンと来た。生徒会にいた市村いちむらだ。あの時は何というか、ショートカットで眼光が鋭いキツイ印象の奴だったが、覚えることも多かったのか、すっかり垢抜けた感じになっている。 

 「結構集まったな…」

 コートを脇に置きながら、そうつぶやく。

 「そうだ、飲み物は?ビール?それともチューハイ?」

 平野が訊いてきた。

 「ウーロン茶」

 「えっ、酒飲まないの?」

 「俺、酒は飲まないって決めてるんだよ」

 「今日くらいは良いんじゃないか?せっかくの同窓会だぞ?」

 「気持ちはわかるけど、遠慮しておくよ。」

 「連れないなぁ。すみません!ウーロン茶一つ!」

 思えば、ドラフトの時の「唾つけ」発言も平野だったか。何とも不躾な奴だが、これで上手くいっているなら、まあ良いのかもしれない。

 その後も、続々とかつてのクラスメイトが集まってくる。皆が皆、様々な成長を遂げているのが見て取れた。懐かしさに胸が躍る反面、時の流れを感じてか寂寥せきりょう感もある。

 そして、定刻から二十分遅れて全員集まり、いよいよ乾杯の段となって突然

 「じゃ、斎藤から乾杯の挨拶です!よろしく!」

と言われた。

 (嘘だろ…?)

 発言の主は、学生時代もお調子者として名を馳せていた高村たかむらだった。

 視線がこちらに吸い寄せられる。円陣での声出しのほうが、よっぽど気楽なこの状況。さて、どう話したら良いものか。

 「えーと…、皆さん、今日はお集まり頂き有難うございます。旧交を深め、明日に繋げるためにも、この場を思い切り楽しみましょう。それでは、乾杯」

 自分の口上が終わると同時に、皆が口々に「乾杯」と発する。何とかやりきった。力が抜けたように着座する。

 食事をとり分け、受け渡し合い、そして食べながら、それぞれが会話を楽しんでいた。飛び交う冗談と笑い声、過去の思い出話、今の自分の仕事や生活、そしてこれから何をしたいのか。勿論、その輪の中には自分もいる。というより、プロ野球選手という職種が余程珍しいものだからか、質問攻めにされた。答えられる質問と、答えられない質問があるので、選別をしながら回答していくのは骨が要った。

 「今年はどうだったの?斎藤君の成績」

 「あれ、今井いまい知らないのか?今季の斎藤は一軍フル試合出場。バッツの主力だぞ?」

 「へー。それって凄いの?」

 「凄いよ!オールスターにも出場してるような選手なんだから!」

 平野と今井が当時と変わらない言い合いしている。自分はまあまあ、と間に入ると

 「まあ、俺はまだまだってことかな…頑張るよ」

と苦笑した。こんな平野も、今井も、人の親になっているのだという事実が、なんだか胸に刺さる。

 時計は十九時を指していた。まだまだ騒がしい中、左前にいる藤野ふじのは、付かず離れずの距離感を保ちながら、一人サラダを食べている。

 (もしかして、こういう場はあまり得意じゃないのか?)

 なんとなく、シンパシーを感じる。丁度、彼女の皿が空になったので

 「何か取ろうか?」

と手を差し出した。

 「良いの?」

 「もちろん。何にする?」

 「じゃあ、お刺身」

 言われたとおり、刺身を数切れ小皿に乗せて手渡す。

 「ありがと」

 素っ気ない態度だ。恰好も久々に同窓生に会うにしては、いささか地味に感じる。黒いニットセーター、結い上げたセミロングの髪の毛、薄い化粧。でも、洗練されているように感じた。

 「斎藤、お前付き合ってる奴いるの?」

 不意を突くような高村の質問が降りかかってくる。高村を見ると、中々に出来上がっているようだ。この質問には、みんな関心があるらしく、注目の的となってしまった。気恥ずかしさを長引かせないために

 「いない」

と、即答する。

 「えー。私独身だったらよかったわ。今の旦那より稼げそうだし」

 こちらも相当、出来上がっている今井がそんなことを言い出す。

 「まあ、女っ気無いもんなぁお前。一匹狼っていうかさ」

 平野も、容赦なくそんなことを言ってくる。

 「そんなこと言うなよ…俺も忙しくて…」

 「野球と結婚する気なんだな?ストイックだねぇ」

 「いや、ストイックっていうか」

 ハッキリ言って野球以外で出会いが無い。と言いそうになったが、喉から出かかったところを抑え込んだ。

 時計は二十時半を指す。

 「じゃあ、そろそろお開きにしましょうか」

 幹事を務めた市村が、そう宣言した。

 「斎藤が一番稼いでそうだし奢ってもらおうかなぁ」

 自分以外の全員が酔っている中で、そんな冗談も飛び出す。

 「稼いでようが稼いでいまいが、参加費は同じだろう」

 「ケチだなぁ」

 封筒に入れた8000円を名残惜しさと一緒に、市村に手渡した。

 「大変だと思うけど、頑張ってね」

 市村が自分をねぎらう発言をするというのも、学生時代は考えられなかったことだ。今日の同窓会中、色々と話題の中央に立っていた自分をおもんぱかってくれたのかもしれない。

 「ありがとう。頑張るよ」

 素直に受け取った。ファンから言われる「がんばれ」とは、また別の趣向を感じる。

 「二次会に行く人!俺に付いてきて!」

 平野が声を上げる。まだ飲むつもりなのか、平野。

 「斎藤は行くか?」

 「悪いけど、ここまでにしとくよ」

 「そっかぁ。あ、じゃあ最後に…」

 平野がスマートフォンを取り出した。

 「今日集まった全員で、チャットグループ作っとこう。これっきりっていうのも寂しいしな」

 続々と上がる賛成の声。既読無視とか返信とか、そういったことには無頓着だが、自分にも特に断る理由はなかった。

 「じゃあ…」

 チャットへの案内が届く。画面操作をして、グループ登録をする。

 「全員揃ったかな…よし、完了!」

 その後も、皆が思い思いに連絡先を交換し合う。その中で

 「斎藤。連絡先、交換しない?」

藤野が声を掛けてきた。

 「良いよ」

 受け渡される電話番号。ちゃんと通じるのを確認すると、

 「これでOK。じゃ、またね」

彼女は帰りの途に就いた。自分も、皆との連絡先の交換を済ませて実家へと向かう。

 帰りのバスの中、ふと思った。自分は、皆を元気付ける存在になれているだろうか。

十年目

 579打席503打数146安打 .290 7本 78打点(一軍)

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