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第73話 技術防疫機構

 わたしは血色のサイコロを胸に抱く。ぬくもりは無く、つめたく刺さるそれは、カッツィが、わたしの友達が、そこにある唯一の証拠だ。


「そうか……カッツィもやられちまったのか――」


 ヴァルターは辛そうに顔を歪めた。わたしは彼をよく観察する。その表情に嘘は無いように見えたが、わたしに彼の演技を見抜けるかどうかは難しいところだろう。


 自覚はあった。わたしは疑心暗鬼になっている。イムを護り、そしてわたしが生きるために、誰もかれもに猜疑心は働いた。


「サージェは見つからなかった。カフェもだ」


 父が言う。わたしは、今の彼と同じ表情をしているのかもしれない。


「学園のあの事件は、帝国側の攻撃行為だと正式に発表された。王国は、あれを発端に戦争を始めるつもりだろう」


「あの場にいたのは……ズグロと三英五騎士のボスティでしょ。それに、帝国の人間だって、大勢死んでる。誰もおかしいと思わないの?」


「国民が見ている情報は『ホルスの民が大勢死んだ』という点だけだ。その点を繋ぐのは政府で、国民側もその面を受け入れている。それに、あの場に姿を見せたズグロが帝国人だというのは事実だろう……はぁ……そんな顔するなよ……」


「もう、いつ開戦してもおかしくない。ヴァルター、お前もこの国が着々と準備を始めていたのは知っていただろう」


「――それが本当なら、どうして教えてくれなかったの」


「待て待て、確かに知っていたが、こんなに強引に火蓋を落とすとは思っていなかったんだ。なぜって、ホルス側にはインフラの整備や食料自給の最適化だって、まだ時間が必要なはずだ。そして、もうすぐ本格的な冬が来る。雪山を超える不利を背負うのはこの国なんだぞ! せめてやるとしても二年は待つべきだった」


「それも、帝国側が起こしたテロだという説を助長する原因のひとつになっているのだろうな。ともかく、もう駒は動き出した。俺たちは一刻も早く祖国に戻らなければならない」


「それに、イムの発症もある。二週間、いや、十日以内には帝都に着きたいの」


「それで、汚染地域(リヒトン・リージョン)を通過するって話だが、無理だ」


「無理って、どうして? 街道を通るのならどうあがいても一か月はかかるんだよ。十日で帰らないといけないのに他に方法があるっていうの?」


「あそこを通るより山道を飛ばして一か月かけた方が現実的だと言っているんだ。少なくとも、この戦力なら生きて帰れると胸を張って言える」


「生き死ににこだわれる状況じゃないでしょ! 山道で一か月かけて生きて帰るよりも、汚染地域(リヒトン・リージョン)を十日で通過して、生きて帰る! これが最善じゃない!」


「お前は地下の化け物と殺り合って生きて帰れると思ったか?」


「……どうして? あいつとは関係ない」


「やつの故郷は汚染地域(リヒトン・リージョン)だぞ」


 わたしが歯を食いしばったことが分かったのか、ヴァルターは目を逸らして煙草をふかした。鼻奥に苦みを感じる独特の匂いが漂い、部屋に漂う行き詰った雰囲気が、苦みを助長する。絨毯の下や箪笥の下に籠った湿った空気がこの部屋全体に詰め込まれたようだった。


 そしてその空気を入れ替えるかのように、入口の扉が勢いよく開く。そこにいたのは、昨日の夜から行方をくらましたフィアだった。


「フィア!」


 彼女は表情すら見せぬ勢いでわたしに飛び込んできた。避けなかったのは、彼女から悲壮な空気を感じ取ったからだ。フィアはわたしの胸でひきつったように呼吸した。


「泣いてるの……?」


 答えるように、わたしの腕を握る。こんなことは初めてだった。彼女が強く感情を出すところなど見たことが無かったのだから。


「私っ……わたしっ――クレッテを、殺しましたっ……」


 そう言って、堰を切ったように泣き出した。わたしは、何も聞かずに抱きしめることしかできない。彼女の感情は、わたしが抱いているものと一緒だろうから、わたし達には抱えることしかできない。


 イムが苦しみながら戦っている部屋に、フィアの痛々しい泣き声が染み渡る。ヴァルターは煙草をふかし、父はただ佇んでいた。


「――皇女殿下が発症した場合、帝国側が破滅的な不利を負うというなら多少犠牲を払ってでも汚染地域(リヒトン・リージョン)を通るべきだろう。だが、ヴァルターの言い分も最もだ。通過するには、どう危険なのか知る必要がある。ヴァルター、その道の人間に伝手は無いのか」


 ヴァルターは、わたしの胸で泣くフィアを見つめた後に、溜息を吐いて「……ある」と言って、その後に「王都を出るぞ」と続ける。


 彼の吐いた煙が天に昇れずに偽の空に溜まっていた。


 カッツィが死に、クレッテが死んだ夜。わたし達は彼女らの死を悼む間もなく、王都の城壁を潜り、技術防疫機構傘下の汚染地域管理局へと向かう。背中に王都からの眼を感じても、わたしは、一度も振り返らなかった。


「そう……カッツィが……」


 馬車の中、対面ではフィアが虚ろに眠り、その膝上でファウンが外を眺め、その横に和やかに眠るミチル。わたしの横では目を覚ましたイムがいた。彼女の吐く息は生命力が全て逃げているのかと思うほど熱く、反して、その瞳は生気を失っていた。


「……ごめん」


 わたしは、誰に、何に対して謝っているのかもわからなかった。ただ、心に渦巻くものがそうさせたのだ。


 イムは、ゆっくりと首を振ると、再び気を失った。その時、上空の空間になにかぶつかる感触が伝わって来たため、馬車の窓を開けて外の人物に声をかけた。


「父さん、空に何かいる」


 馬に乗った父は既に澄み渡った青空を眺めていた。


「カラスだ。獣人の特性を利用した偵察だろうな」


 既に、情報の共有は終わっている。わたしは、ズグロとの初邂逅時に遠くの巨木からあの男が観察してきていたのを思い出した。あの時も、こうやって鳥を使って情報を集めていたのだろう。


「事前に決めた通り、襲撃が始まったら俺が全てを引き受ける。全力で加速させろ」


 馬車の手綱を握る御者の横に座ったヴァルターが手をひらひらとさせながら返事をした。


「あいよ。まァ、そうはならんだろうね」


「どうして?」


「我らが隊長を倒すために使う駒は選ばなきゃならない。小さな駒をたくさん並べて足止めしようが、戦場はチェス盤じゃないからな、うちの隊長が一手に対して三十手打って終わりだ。領域魔術を使われようが、条件魔術を使われようが、無効化できるんだぜ。道端の石ころですらないんだよ」


「俺を確実に止められるのは三英五騎士の頭二人だけだが、もし、奴らを使い潰すと帝国は獲れない。そうなると使える駒は限られる上に、俺が止められたとしても、こちらは特務が二人と質の良い剣士たちがいる。つまり、手をこまねいているわけだ。奴らの方がな」


 父は自信ありげでもなんでもなく、事実を淡々と話している口調だった。


 わたしは澄み渡った空に男の姿を探す。空の広さを忘れ、ただあの黒雲を、黒の翼を探し続ける。


 昼前に出発して、それからぶっ通しで進み続け、水平線が陽の光を隠す頃、わたし達は汚染地域管理局とやらに到着した。イムを抱えて馬車から降りると、コンクリート色の飾り気のないただ四角の建物だった。それは検問所のように道のど真ん中に鎮座しており、地平線まで続く二メートルほどの金網を繋いでいる。それを隔てた向こう側は閑散とした灰色の大地で、警告のための黄色の看板が等間隔に立てられていた。この数キロ向こうが汚染地域(リヒトン・リージョン)であり、看板にはそれを表すマークが刻まれている。


 わたし達は無事に到着した。父さん達の言う通り、道中、動物がこちらをジッと見つめることはあっても強襲されることは全くなかった。本当に、全く、何も。


 わたしは心を落ち着かせて、イム達を馬車に置いてヴァルターと中へ向かう。見張りは父一人でも十分だ。


「先に聞きたいことがある」


 ヴァルターが歩を進ませながら言う。


「お前は技術防疫機構をどう捉えているんだ?」


「どうって、今それ関係あるの?」


「ある。俺たちがこの管理局で提案することは、言ってみれば、とんでもなく無礼な挑発行為だ。間違いなく、()()()()られる。最悪殺し合いになっても不思議じゃない」


「ただ通らせてくださいって言う事が?」


「そう。だから、お前に悪いイメージは持って欲しくないんだ。流血沙汰にはしたくない」


「わたしが悪いイメージを持っていると、流血沙汰になるんだ」


「そうは言って無い……いや、取り繕うのはやめよう。その通りだ」


 わたしはため息をついた。心外だからではなく、今のわたしなら殴れるものがあったら積極的に殴る。その心情を理解して、さらに真摯に訴えてくる彼の能力に辟易したからだ。

 彼はわたしが何も言わないのを見て説明を始めた。


「技構が火薬と共に生まれたって話は知ってるよな。あの学園の爆発を見て思ったか『火薬があってもなくても変わらない』と」


「思ったよ。瓦斯って、よくわからないけど、石炭とか燃やして作ってるんでしょ? どうしてあれは制限されてないの」


「『技術』というのは善意も悪意も包括されている」


「イムも似たようなことは言ってたけど」


「そうだ。医学を例に出すと、あれはまず病気、細菌やウイルスの発生条件を調べるんだ。そして、それを封じる、殺す、対処法を考える。だが、発生条件を知っているということは……」


「意図的に病気を発生させ、軍事転用できる」


「そうだ。王国には蚊や蠅が少ないだろう。あれは前の戦争で帝国側が細菌兵器を使ったから、菌を媒介する奴らを皆殺しにせざるを得なかったんだ。こういう風に、医学ってのは痛みを和らげる薬でもあれば、苦しませ殺す薬でもあるんだよ。そしてそれは、瓦斯も一緒だ。流通すれば、光と暖かさが都市を包み、暗闇で何かの事故を起こしたり、寒さで死ぬことも無くなり、温度の操作もずいぶん楽になる。だが、道を間違えば、あの爆発だ」


 ヴァルターは話しながら扉を開けた。中は人の気配がなく閑散としていたが、扉の音を聞いた事務員チックな女性がわたし達を確認すると近づいてきた。ヴァルターは彼女が何か言う前に口を開く。


「統制第参類だ。責任者に聞きたいことがある」


「分かりました。案内します」


 統制第参類とは何なのだろう。職位のようなものなのだろうか。


「それで、火薬はなぜ制限されてるのかって話だが――」


 彼は案内人のことも気にせず話を続けた。


「火薬にも、もちろんいい部分はある。掘削や開拓に対する火薬の利便性は革命的だ。だがな、その『薬』の要素に比べて悪い要素が大きすぎる。火薬そのものが悪いんじゃない。あれには『先』があるんだ。これは言えない。他にも、情報伝達や運搬交通の技術は制限されている。その悪意の流通を恐れているからな」


「で、なんでそれにどの国も従っているわけ」


「全世界が火薬の禁制に賛同したからだよ。で、何でそうなったかって言うとだな、まず、技術防疫機構ってのは数十人の気の良い爺共が『元老院』として管轄している。活動資金は各国からの寄付。やっていることは全世界の技術を精査し、技術の氾濫の防疫をすること。そして、科学者、学者たちの囲い込み。


 技術が善か悪かなんて調べなきゃわからない。だから、科学者、学者たちの本人、家族の安全を保障したうえで、最先端の研究の場を用意して囲い込む。技構の提案を国が拒否した場合、各国の科学者、学者たちからの信用が失われ国の技術の進歩が淀む。国が無理やりに研究させようとしても、技構はいつでも、どこにでもいる。亡命しようと思えばいつでもできる。つまり、国の技術の真核は技構が握っているってことだ。


 いいか? 技構は不透明な組織じゃない。人類の道徳が育つのを待っているだけだ。いまの王国と帝国に非人道的な武器を渡してみろ、細菌兵器も迷いなく使うんだぞ。そして、真にヤバいところは誰もそれをおかしいと思っていない事だ。誇張抜きに、人類が滅びる。技術防疫機構は、人類が紡いできたものを護りたいと思っている連中の集まりだ。決して、悪意のある組織じゃないんだ。それを忘れないでくれ」


「少なくとも、運搬の技術が発達していれば、イムがここまで苦しむこともなかった」


 不透明じゃないというのなら、アァ レウェを捕獲したと思われる技構があれを制御できてないのは何なのだ? わたしはそれをわざわざ口に出すことはせず、嫌味を言った。ずっと扉の前で話が終わるのを待っていたからという理由もある。時間がない。


 彼は頭を抱えると、わたしに技構を信奉させることは諦め「頼むから、暴力だけはやめてくれよ」と言い、扉をノックした。


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