洗濯室兼繕い部屋兼監禁部屋
足踏みミシンはリズムを覚えるまでは糸が絡むだけの余計なものだったが、ペダルの踏み方を覚えると、トンカラトンカラと心地よいリズムと一緒に布を縫っていくことができる。
私は洗濯室という隔離室に閉じ込められて、当初に与えられていたバルマン達への衣服を縫う仕事をさせられている。
「本当に不思議よね。あなたは刺繍も縫物も上手なのに、仕上がるとどれも今一つになってしまうって。どんな魔法かしらって時々思うわ。」
チューリップしか刺繍できない女に裁縫の腕をけなされてしまった。
「出来上がったそれは変じゃないでしょう。あなた方が口うるさく変更入れるなって私に渡した図案通りに作ったのだもの。」
先に作り上げていた子供服をリリアナは広げて点検しているのだが、先の言葉に彼女の気に障る点があったのかとひやひやだ。
彼女はバルマン達にウサギのダンスを踊らせようとしたり、あのアルバートルを凍らせたりもできる、とっても危険人物なのだから。
「うん。これは大丈夫。さっきの言葉は私があなたに常に思っているだけの話だから、気にしないで。」
「そっちこそ気にするし、傷つくわよ!」
「まあ。ふふ。あなたを揶揄いたがるアルバートルもそうなのね。」
「どうしてそこでアルバートルよ。」
「あら、だって、アリッサがあの後アルバートルを追いかけまわしたのだけど、彼はちっともあなたにしたようにはアリッサにしなかったわよ。そうよね、あの子は酷いことを言ったら傷ついちゃいそうな子供だもの。」
いや、私も普通に酷い言葉で傷ついたりもしているのですけど?
「さすが領地の子供担当のお姉さまね。よく見ている。私はあの子が自分よりも大人びていると思っていたから、あんなに優しくて幼い所もあったんだと知って驚いたわ。」
リリアナは椅子に座り直すと、私が縫う予定の裁ったばかりの布を自分に引き寄せて、裁縫箱から仕付け糸のついた針を取り出した。
「ありがとう。仮縫いをしてくれるのね。」
「ええ。仮縫いが面倒だって待ち針のまま縫う人がいますからね。」
「それでも縫えるんだから良いじゃない。」
「合理的もいいけれど、心遣いはもっと大事なものなのよ。結果を出しているあなたが悪く言われるのは、過程を大事にしないからだと思う。」
「でも、六人分の服を一週間で縫えって、ひどくない?過程をすっとばして、さっさと終わらせて外の空気を吸いたいの。」
リリアナは大きくわざとらしい溜息を吐いた。
「バルマンとミアが発つまで、私の音楽祭の日まで、我慢ぐらいしましょうよ。シェーラはいっぱいいっぱいなの。大好きだったカイユーがあなたに一途って知っていてもね、あなた方の仲睦まじい様子は見たくないでしょう。」
私は自分が自分本位だとよくわかっているので黙り込むしかない。
婚約破棄をみんなの前で言い出したカイユーは、結局私にあの夜に約束したとおりに翌朝にはダグドに頭を下げてくれたのだ。
そして婚約者に戻ったと私に報告しに来てくれたカイユーの笑顔に、私はそこが人がいる広場なのに嬉しさのあまり彼に抱きついてしまっていた。
真っ黒の竜騎士団のロングコートを羽織る彼はそれだけでいつもの四倍増しに魅力的で、そんな姿の彼が、許しを貰えたよ!と最高の笑顔を見せてくれたのだ。
抱きつかないわけがない。
でも、驚いた事に彼の方も私を抱き返して、なんと、私の唇に軽いキスをしてくれたのだ。
私はこれこそ夢にまで見ていた世界だと嬉しさに泣いてしまったが、シェーラは私達の姿に悲しさで広場から駆け出して屋敷に帰ってしまった。
その罰として私は洗濯室兼裁縫室に閉じ込められているということだ。
ああ、モニークはイヴォアールとイチャイチャしているというのに。
「カイユーは自分には何もないって言うけど、モテモテじゃないの!」
「そうね。可愛いわよね、彼は。外見も癖が無くって可愛いのに、いつもにこにこして、相手に嫌なことも言わないし、相手がする事に対して何でも許してくれる。人形みたいにいい子よね。」
――あいつには何もないんだよ。
トンカラのリズムは崩れ、ミシンは糸を酷く絡めて止まり、私は絡まった糸の始末とミシンの糸通しという面倒な作業があると頭をがっくりとさせた。
「ああ、面倒が。ああ、私は面倒が嫌いよ。でも、カイユーは人形みたいじゃないし、面倒な男よ!私は彼の面倒なら平気なだけよ!それに、何でもにこにこしているのは、カイユーは今まで生きるしかなかったからじゃない。私達みたいに幸せじゃ無かっただけなのよ!人形の訳ないでしょう!」
「だから、可哀想で、好き?」
「え?」
「だから、同情で好きになったの?」
「――どうしてそう思うの?カイユーは頭もいいし優しくて頼りがいがあるし、顔も声も素敵な男じゃないの。」
椅子から立ち上がったリリアナは私のミシンの所に来ると、手早く絡まった糸から哀れな布地とミシン針を救出してしまった。
そこからは神業と思えるほどの素早さで糸をミシンに通し直した。
リリアナのその手さばきに私は驚くばかりだが、彼女は私を押しのけて椅子に座ると、トンカラトンカラとミシンを動かし始めたのである。
「あら、楽しい。私はミシンの方が好きかもしれない。あなたが仮縫いの方をなさいな。私もいて、ミシンを壊す事のない仮縫いならおしゃべりできるでしょう。」
「え?え?」
私はリリアナが何を言っているのかわからないまま取りあえずリリアナが座っていた椅子に座り、彼女が縫い付けていた針と布地を取って続きをする事にした。
だが、かたんとすぐにミシンは止まり、どうしたのかとリリアナを見れば、彼女は既に立ち上がってドアを開けていた。
「何をなさっているの。早く入って来なさいな。って、どうなさったの。具合でも悪くなったの?」
「いや、あの、でも、俺、その、ちょっと嬉しくて。ハハ、顔も声も素敵だなんて、ノーラが思っていたなんて。その、ハハ。」
私は戸口でしゃがんでリリアナを見上げているカイユーの姿に、モフモフさんを抱いて落ち込んでいたカイユーの姿こそ思い出してしまった。
――俺がノーラを許さない時なんてないよ。
モフモフさんを抱いて不貞腐れた顔をしていた彼が、私の謝罪に対して返してくれた言葉だ。
私はあの日に、カイユーが優しくて可愛いって思っちゃったから、きっとその時に恋に落ちてしまったのだろう。




