相談女とろくでなし
「婚約破棄の翌日に男を厩に引き込むなんて、俺はお前に感心するよ。ああ、そんなやけっぱちな所が普通の女らしくて可愛いねって。」
私は取りあえず聞き流した。
私の右手首の刻印について他に相談する相手がいないからだ。
ダグドに相談すればコポポル国と断絶になりそうだし、エレノーラにだと、妹同然の私にこんなことをって怒り狂ってダグドにコポポル国を滅ぼさせそうだ。
カイユーにこそ相談するべきかもしれないが、自分の意志でなくても、別の男の愛撫を受けて喜んだ一瞬があった事など知られたくない。
そうしての目の前の嫌な奴だという選択だが、使われない厩の新鮮なイグサをベッドのようにして身を沈めて自分を見上げる男で良かったのかと、私は自分の選択に少しどころかかなり不信感を抱き始めていた。
広場でぶらぶらしている彼の姿に、天啓だと、その時に考えた自分を殴ってしまいたいほどだ。
外見だけは神様同然の男でも、コイツはアルバートルじゃないか、と。
神に縋りたい気持ちだったからといって、何を見誤ってしまったのか、と。
「ほら、おいで。どこから始める?」
「なんも始めないわよ!この色欲魔人!いいから起き上がってよ!私はあなたに相談がしたいだけなの!」
アルバートルは両眉を私に対して上げ下げして小馬鹿にした表情を見せたが、イグサから起き上がる素振りは見せなかった。
「ああ、寒い。隣に寝転べよ。それで、もっと色っぽく、お願い、をしてみせろ。ねぇ団長様、私のお願いを聞いてくださる?ってね。」
「ああ!私は大失敗だった!あなたになんて頼るんじゃなかった!」
私は情けない事に幼い子供のように地団駄を踏んでおり、ただし、そんな私が見れた事が彼にとっては勝利感を感じられたからか、彼は本気で嬉しそうな笑い声を立てると私をイグサに座らせた。
そう、座らせたのだ。
アルバートルはいつもそんな顔をして見せろと言いたくなるほどの優しい兄のような表情をしてイグサから起き上がると、私に対しては初めて、いや、私に給料を強請ったあの日ぐらいの丁寧さで私をイグサに座らせたのだ。
もちろんアルバートルは私の隣に座り、私の逃亡を防ぐためか右腕を背中に回して私の右腰のあたりに手を添えている。
何も知らない人が見たら、誤解されるほどの私達の親密そうな格好だ。
「――近すぎるわよ。」
「寒いんだよ。お前は温かいからな。コポポルの呪印を受けた影響かね。」
私を温かいと言った男の言葉で、私の身の内がさあっと凍えた。
「……知っていたの?」
アルバートルは笑い声を立てながら腕を解いて私から離れた。
私は恐る恐るどころか恐慌に陥ったまま彼を見上げたが、アルバートルはなんてことの無いような表情で私を見下ろしていた。
「俺は見えるからね。変な刺青を入れて帰って来たなって、シロロ様にお尋ねした。すると魔王様は、ノーラは約束しちゃったみたい、とおっしゃった。誓いを立てちゃったから、アールはノーラに何時でも交信できるねって。お前はアールと誓いを立ててたのかよ、節操が無いな。まあ、どうせ、ずっとお友達でいてください、はーい、ぐらいな馬鹿なやりとりの結果なんだろうがね。」
私はイグサに身を沈めた。
そうよ、そのとおりよ!
「はは、その通りか。ほんっとに馬鹿だよな。お前はさぁ、良い子でいようとしてもろくな結果しか招かないんだからさ、根っからのろくでなしのままで振舞うことにしたらどうだ?そっちの方が意外といい結果になるんじゃないか?」
「ひどいわ!それって私に動くなって言ってるも同じじゃないの!そんなにも私はろくな結果しか起こさないの?」
イグサに顔を埋めたまま私は泣き言を叫んでいた。
「地味なノーラは頑張らなきゃいけないのに!」
ばしん。
私は後頭部を叩かれた。
痛いと思って叩いた男が見える様に顔を横にしたら、叩いた男は両手をついて私に覆いかぶさるように私を見下ろしていた。
いつもと違って馬鹿にした顔でもなく、兄のような顔でもなく、何と言ったら良いのか、きっとこれこそカイユーが言っていた、女を落とす顔で私を見つめているのである。
「な、なんでそんな顔で私を見ているのよ。」
ハ、ハハハと彼は嬉しそうに笑い、もう一度私の頭を叩いた。
今度は痛くも無く、ほとんど撫でるような優しい叩き方で。
「バカだよな。お前は。ほら、わかったろ、ちゃんと俺が落としてもいいって考える外見だよ。お前はエレノーラと比べりゃただの小娘かもしれないがね。ノーラ、お前は普通に誰が見ても美人だよ。緑がかったアッシュブラウンの髪色に緑がかった琥珀色の瞳だ。森に迷った男を惑わせる妖精みたいだよ。」
私はカイユーの言った誰でも落とせるアルバートルの口説きを聞いているのだろうか。
不安で押しつぶされそうだと脅えていた胸が、今はアルバートルの誉め言葉にドキドキと不安になりそうなほどの鼓動を打ち鳴らしているのである。
どうしようもなくなって私は顔をイグサに押し付けた。
そんな私の振る舞いに、アルバートルは喉を鳴らして嬉しそうな笑い声を立てた。
うわ、奴が私の髪の毛を梳きはじめた!
アルバートルの指先によって私の髪の毛は横にさらりと流され、私のうなじが完全に外気に触れた時には、冷気だけではないものでうなじの毛穴がきゅっと泡立った。
「お前は乱暴者ですぐに爪を立てる。まるで生まれたての猫みたいだ。」
「きゃあ!」
アルバートルが私のうなじにキスをしたのだ。
何を奴は考えているのか知らないが、とりあえず私は今すぐに逃げねば!
私は体を動かそうとしたが、しかし背中をアルバートルにしっかりと押さえつけられていて、手足をじたばたするしかなかった。
「ははは。お前はほんっとに馬鹿で可愛いな!」
「アルバート――。」
「ノーラ。」
私がアルバートルを怒鳴りつけようとして、しかし私の脳裏にアールの声が響いた事で私の動きはそこで止まった。
かすれたような深い声によって私は全身がビクンと震え、私の頭の中には私の右手を掴んで私に私が女神の様だと崇めて見つめるアールの黒い瞳だ。
私がその黒い瞳に捕らわれた時、私の右手首は強く握りしめられて、私の耳元には吐息を感じた。
「俺の妹分に勝手に手を出してんじゃないよ。男だったら直接口説け。」
私はアルバートルにびくりと震えた。
歴戦の兵士の本気の殺気を含んだ低い声は、アールによる温かみなど一瞬で粉々にしてしまう程の恐怖を私に呼び起こしたのだ。




