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黒竜の養女となったノーラさんの備忘録  作者: 蔵前
誰かを見守るという事
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我らの赤アリは高速だ

「何をやってんの!」


 フェールの大声に頭上を見上げれば、黒い翼を背中から生やしたフェールとカイユーが中空を舞っていた。

 最初は飛行機から飛び降りる時だけのグライダーだったそうだが、ダグドが改良を重ね、落ちるだけでなく少々の浮き上がりという自走も出来る代物に進化している。


 翼の先に推進装置が付いただけであるが。


 しかし、もともとこの器具が大好きだったフェールとカイユーは、事あるごとにこれを背負って自主訓練という名の空中遊泳をしている。

 シロロがアリの歩みを止めたと見ると彼らはゆっくりと降下して来て、そのままアリの背中にそっと舞い降りた。


「で、何をしているの?まあね、俺は追いかけるってシチェーションは覚悟していたよ。だけどさぁ、巨大アリで逃げるって想定外。何をやっているの?」


「何って見てわからない?普通にアリさんでドライブよ。ねぇ、シロちゃん。すっごく気分が良いドライブだわ。あなた方がその翼を手放さない理由がわかったぐらい。」


「全く姐さんは。」


 フェールは納得したのか胡坐をかいて座り出し、しかし、舞い降りてからも一切私を見るどころか話しかけもしないカイユーはフェールの横で立ち尽くしているだけだ。


「カイユーごめんなさい。怪我は大丈夫?」


 彼はゆっくりと私に振り向くと、無表情だが右の頬を少し痙攣させた。

 私を追いかけるためだけに軍服を着こんで来た彼らは、銀ボタンのある黒い詰襟がとても似合い、実は軍服姿の方がハンサム度が数倍増す。


「ありがとう。追いかけてくれて。」


 カイユーは今度は左の頬を引き攣らせ、ぎゃっと叫んでしゃがみ込んだ。


「カイユー!」


 私はカイユーの元に行こうとしてシロロに引き戻され、フェールは私に来るなという風に右手の掌を見せつけた。


「だーいじょうぶ。砕けた顎の骨を修復したばかりだからね。こいつはあともう少し話せない。エランのレベル1のヒールはヨワヨワでキッツいよね。ノーラも一週間もコポポルに縛り付けられたのでしょう。俺を呼んでくれたらね、三日で済んだはずなのにね。」


 フェールは私に向けていた右手を今度はしゃがんでいるカイユーの方へと伸ばして、カイユーの左頬に右手の指先をそっと当てた。

 そして、カイユーがほぉっと息をつく様に、トレンバーチで大怪我した時にフェールによって一瞬で体が楽になった事を私は思い出していた。


「あなたのヒールはどのくらいのレベルなの?」


 フェールは片目を瞑っただけで答えず、しかしシロロがぼそっと答えた。


「イヴォアールがレベル5のマックスで、フェールがレベル2。」


 レベル一よりも確かに上だが、たった5でマックスという事はヒールはレベルの差が大きいのだろうか。


「ただし、フェールのヒールはメガがつく。どうやって解除したの?剣騎士はマックス5でお終いでしょう?うわ、補助魔法もマックス解除で、フェールは攻撃魔法も使えたんだね。」


 私はシロロの言葉にフェールを見返し、彼は嬉しそうに俺は自由人だもん、と告白した。


「自由人?」


「うん。教会はいまや魔術師養成学校になっちゃってね、司祭というヒーラーがこの世界から消えたのは知っているよね。剣騎士のヒールも限定されるのも、ヒールが使えないのに司祭の顔をしている馬鹿どもの顔を潰さないためっていう、くだらない大人の事情なんだよ。よって、剣騎士にならなければヒールを限定されるという縛りを受けない。覚えたヒールを延々とレベルアップしていけるって寸法だよ。そして、覚えた魔法はどんなものでも唱えることが出来る。ただし、剣騎士外れて神性が無いからね、エランのような異常解除魔法や本来の司祭が持っていた蘇生魔法なんかは新たに習得できない。」


「こいつは剣騎士登録の書類に嘘の名前を書いたんだよ。だから剣騎士としての登録証はあっても、嘘の名前だから剣騎士ではないの。大嘘つき野郎の、最低野郎なんだよ。」


 一言一言話すたびに顎を動かして顎の状態を確かめているカイユーに申し訳が無く、私の右手は無意識に彼の怪我した左頬へと伸びていた。

 距離と段差があるために無理に手を伸ばした私は当たり前のようにアリの頭から転がり落ち、転がり落ちた私はカイユーの両腕によって抱き止められた。

 彼は私を叱りつけようと口を開きかけ、でも、私達は結局そこで抱き合った。

 抱き合って、なんて私達はばかばかしいのだと、泣きながら笑い、笑いながら互いを抱きしめ合った。


「ずっとあなたに抱きしめられたかった。」


「俺もノーラに抱きしめられたかった。愛している。」


「えぇ、ええ。私も愛している。」


 巨大な赤アリの背中で愛を語り合うなんて、きっと私達だけだろう。


「フェール。ありがとう。」


「いいよ。カイユーが戦死したら俺が後釜になるから。いいよね、ノーラ。」


 私はフェールの言葉に笑い出していた。

 そして、いいわよ、と彼に答えていた。

 フェールが後釜になるならばと、カイユーは絶対に死なないだろう。

 私はダグド領に戻ったらブランデーケーキを焼く。

 そして絶対私の元に戻ってくるカイユーを笑顔で見送り、いつまでも彼の帰宅を待ってあげるのだ。

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