敗北者は逃げるのみ
情けないが、私は翌日にはダグド領に無理矢理に戻った。
すんなりと帰ることを許してくれたアールにも驚きだが、旗魔法で六日ぶりに帰って来たダグド領は閑散としているどころか、出撃準備真っ最中という有様だった。
大きくて真っ黒なプロペラ飛行機が、第一城門を超えたばかりの私に影を落としながら空を横切って行ったのだ。
またシロロがトレンバーチで大暴れして、またアルバートル隊が事を収めに出撃、いや、事をもっと大事にと大暴れしに行くのであろうか。
「どこに行くんだろう。あれには全員が乗っているのよね。」
私が初めてコポポルに行く時にも乗せてもらった輸送船だが、その飛行機が向かう西北方向には友好国など無かったはずだ。
「何が起きているの?そして、私はここから四十五分かけて第二城門まで行かなければいけないのね。あぁ、どうしてあと二日待たなかったんだろう。絶対に見張り台にいる誰かの馬に乗せてもらうか、見張り台から魔法通話でエレ姐を呼び出して貰えるって考えていたのに!」
仕方なしにとぼとぼと、痛む足をゆっくりと動かして故郷の道を歩いていると、後ろから車のクラクションが私の背中を打った。
「何をやっているの!」
私は呼びかけの方を振り向くと、なんと、エレノーラの電気自動車からシェーラが顔を出していた。
「あなたこそ、何をやっているの?」
「普通に出撃前の皆さんへの食事の配送とかいろいろよ。どうしたの?あなたの姿が最近見えないと思っていたけど、どうしてコポポルの民族衣装姿なの?」
「コポポルに行って来たからよ、勿論。それに乗せて。私はコポポルで怪我をしちゃったのよ。」
シェーラは断るかと思ったが、助手席のドアを私に開けてくれた。
「どうぞ。でも、あなたに会えてちょうどよかったわ。これから私達は音楽室に全員集合だったもの。」
私は乗り込みながらシェーラに尋ねていた。
「そうなの?どうして?」
「歌を歌うのよ。着飾った私達が歌を歌って、ささくれた心の人々に平和や隣人への愛とやらを思い出させようって事らしいわよ。」
シェーラは車を発進させながら、他人事のようにそっけなく説明した。
私は先ほどの飛行機の事を思い出し、私達の歌を他国にどう流すのか知らないが、あの飛行機の騒音や存在を隠すための煙幕のような気がした。
「とうとう私達も非戦闘員じゃ無くなったのね。」
キキーと車は急停車し、私はシェーラに何が起きたのかと見返すとシェーラこそ驚いた、いえ、かなり不安そうな顔で私を見つめていた。
「ああ。聞き流して。ここしばらくシロちゃんやエランと一緒だったから、考え方が兵士みたいになっちゃった。」
シェーラは私の言葉には何も返さずに車の運転を再開し、そして、先程迄の気さくさはどこへやら、いつもと同じむっつりシェーラに戻ってしまった。
あぁ、気まずい。
でも、相手もそうだったみたいだ。
シェーラは私にごめんなさいと言ったのだ。
「勘違いしていた。あなたはエランだったのね。」
「え?」
「カイユーが恋人を作らないのはね、自分が何もないからだって。でも私はカイユーを見ているだけでいいって言ったの。好きだから。彼は真っ赤になって、ありがとうって。ふふ。でも、彼がノーラに姐さんって甘えるのが辛くって。ダグド様をお父様って甘える様に、ノーラにも弟のようにして甘えているだけだってわかっているのだけど、辛くってね。」
車はいつの間にか私達の家である屋敷の前に着いており、私はそういえばカイユー本人から私に惚れていると聞いた事は無かったなと、今更に気が付いた。
「カイユーは優しいわ。私が告白して、でも、その後も同じように接してくれる。彼は空っぽなんかじゃない。どうしたらわかってくれるのかしら。ねぇ、ノーラはどう思う?あなたはカイユーの事何でも知っているのでしょう。」
「わ、わたしは。」
「そうよね。わかんないわよね。ノーラはいつだって自分が一番だもの。でも、これからは引いてくれる?私はカイユーが好きなの。わかるでしょう。あと、ちょっと臭い。シャワーくらい浴びなさいよ。」
「うん。そうだね。うん、そうだ。」
私はどうやって車から降りたのかわからないし、自分がいつのまにかちゃんとシャワーを浴びて着飾って、ダグドのオーダー通りに歌っていた事も、まるで自分じゃないようでよく覚えていない。




