表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/127

ルシファー

 シロロの告白、村を食べてしまったなどと恐ろしい物言いだが、私もそんな力があれば、そして、そんな悲しい状況であったならば、迷わずにその恐ろしい力を執行していただろう。


「そう。ごめんなさい。悲しい記憶を思い出させてしまって。私はあなたの為に歌を歌うわ。あなたの好きな歌を。あなたは何が好きかしら。」


「ダグド様のポリューシュカポーレ。」


「ふふ、私も大好きだけど、あれは正確に歌えないわよ。彼も適当に嘘語で歌っているのだもの。」


 シロロはくすくすと笑い、私に対して小首を傾げる様にして見つめて来た。

 まるで赤ちゃんだ。


「魔女の歌を歌ってもいいかしら。私の故郷の歌で、火あぶりになる魔女の歌なの。火あぶりになるから、嵐をおこすぞ、山を火事にするぞ、大雨を呼ぶぞって、そして、子供を食べちゃうぞって村人を脅す歌なの。怖いから、その歌を聞いた子供は大人の言うことを聞いて暗くなる前に家に帰って来るようになるのよ。」


「わぁ、面白そう。歌って、今すぐ歌って。」


「いいわよ。シロちゃんの為に。」


 私は大きく息を吸うと、シロロの為に歌い始めた。

 この歌の凄い所は、二番目の歌詞が、一番目と全く趣が違うという点だ。

 一番目は村人を呪う歌だが、二番目になると、彼女が逃がした大事な子供への祈りという内容となる。



 魔女の血を引いた大事な子供よ、あなたには炎は無い、石つぶても、槍も剣も無い、あなたには幸福だけが待っている。

 私達を魔と唱える者達こそ、魔、そのものだ。

 あなたは素晴らしい子供。

 絶対に逃げて、誰よりも幸せにおなり。

 


 歌い終わった後、なんと、フェールとカイユーが唖然とした顔で私を見つめていた。私が歌を捧げたシロロは、着ていた服が首元で破れていたのだが、破れていたのはシロロの背中から真っ黒な翼が生えていたからだ。

 そして、彼は両目からはぽろぽろと大粒の涙を流していた。


「ごめんなさい。あまりいい歌じゃ無かったかな。」


「ううん。ぼ、僕、ぼくも、そんなことを考えてもらえたらいいなって。」


 私は翼を生やしたばかりの、でも、黒い天使にしか見えない小さな魔王を抱きしめた。


「バカね。この歌は私があなたに捧げたのよ。二番こそあなたに捧げたかったから、これは私の気持ちだわ。」


 彼は私の腕の中でくすくすと笑い出し、僕はクラーケンを絶対に倒せると言い切った。


「僕はノーラに力を貰えた。パワー充填出来ました。羽が生えたなんて初めてです!絶対に勝てます。」


「すごいわ。でも、無理はしちゃだめ。怪我をしそうだったら、絶対に逃げてね。これはお約束よ。」


「はい。姉さま。」


 小さな可愛い翼を彼はパタパタと動かし、そして、私の腕から彼はぴょーんと飛び出して天空に舞い上がった。

 真っ黒な翼を持つ彼は、真っ黒な心を持つ人達の絶望を含んだ気持ちをそのまま昇華させるような存在にも見えて、私はダグドが語ってくれた昔話を思い出して呟いていた。


「ルシファーの降臨ね。」


「ノーラ、それはどういう意味?俺達はダグド様から降下用の偽の翼を与えられているんだよ。それが、ルシファーって言うの。意味がわかんなくてさ。」


 私は真っ暗な空をパタパタと飛びまわるシロロから視線を動かさないまま、カイユーに答えていた。


「人間を思いやるばかりに地に落とされた大天使の事よ。彼は地の底で悪魔になってしまうのだけど、その地の底にいる他の悪魔達の光であって、彼等を本当の光へ導く事の出来る救世主なの。だから、悪魔なのに大天使の頃と変わらずに、大きな翼を決して失うことが無い。」


「ははは。ダグド様はなんてことを俺達に託しているんだ。素敵だ。素晴らしい。ダグド様の特別となって名を残せるのであれば、死んだってかまわない。」


「いいえ、残しては駄目。本当にダグド様の事を思うのならば、自分のよすがを全部消して消えなければ。だって、可哀想でしょう。死なないダグド様を幾千もの墓標の中に閉じ込めるのは。」


「ノーラ。」


「そしてね、カイユー。あなたは死なないわ。いいえ、死んでは駄目。あなたは特別な人間だもの。」


「ふふ。うん、俺がもう特別な人間ってことは知っている。俺は兵士としては優秀だもの。そして、俺は兵士として生きて兵士として死んでしまう事しか出来ない。たぶん、結婚してもこういう戦場があれば出掛けてしまう。でないと、俺の心が死んでしまう。だからね、俺は考えを変えたの。惚れた女は守る。でも、遠くから見守るだけにしようって。」


「カイユー?」


 見返した彼は輝いていた。

 漁船の照明で薄茶色の髪は金色に、そして、瞳も金色に煌いて、そして、私に微笑んでいるのである。


「カイユー。」


 だが、彼は自分で言った通りの兵士でしかなかった。

 真っ黒な海が大きく渦を巻き、船が渦によって大きくぐらついたその時、彼のほほ笑みは殺気を帯びた狂喜に輝いたのである。


 怖い、と、私が彼に脅えてしまうくらいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ