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乙女達よ忘れないでくれ、俺達の威風堂々としたさまを

 執務室に籠って数時間後、そろそろ夕飯の支度かと時計を眺めたその時に、酔っ払い親父のようにダグドが鼻歌を歌いながら戻って来た。

 いつもの、ダグドが大好きだというポリューシュカポーレという歌だ。

 メロディは正確らしいが、彼としても異国の言葉で歌詞を覚えきれなかったらしく、むにゃむにゃとした適当な嘘語で歌うのだが、最初の出だしのポリューシュカポーレの部分だけは正しいらしくはっきりと歌う。


 うん、本当に酔っ払い親父だ。

 そんな酔っ払い親父は腕に捕獲したばかりの真っ白な獲物をぶら下げて、エレノーラの執務室に入って来た。

 勿論私達は彼とのふれあいが第一なので、彼の来訪がどんな時でも嫌な顔をしないが、彼が子守を押し付けるだけならば話は別だ。

 エレノーラはダグドに対し、とっても挑戦的ともいえる笑顔を顔に貼り付けた。


「あら、ダグド様、そしてシロロちゃんもお帰りなさい。何か問題があったのかしら。」


 ダグドは物凄く、もう、鼻の穴がカバぐらいに広げて喜びの吐息を吐き出すと、シロロを下にそっと下ろした。

 下ろしただけでなく、彼はシロロの頭もわしゃわしゃと撫でたのである。


 シロロが面倒を起こしたという話ではなかったっけ?


 私が驚いて注目する中、シロロは腕にぶら下げている籠を私達へと掲げた。

 小さな籠の中には、青い卵が六個入っている。


 えぇ、もしかして。


 私とエレノーラは顔を見合わせると椅子から立ち上がり、そのまま机から離れてシロロの前にと進んだ。


「シロロ、ちゃん?」


 エレノーラの呼びかけに彼は掲げた籠で隠れていた顔をひょいっと出した。

 なんてあざといぐらいに可愛いしぐさだと私達の胸に衝撃を与えたあと、魔王な彼は天使な台詞を言ったのである。


「お世話になっているエレノーラ達に贈りものなの。えぇと、ノーラがお土産にはちみつ漬けのナッツを僕にくれたでしょう。おみやげを貰うって、僕は初めてで凄く嬉しかったから、僕も贈り物をって。」


 私達が小さな弟を抱きしめ、抱き上げ、秘蔵のお菓子を与え、仕事の邪魔だろうが夕飯の支度の邪魔だろうが、彼を連れまわしたのは言うまでもない。

 でも、あの酔っ払いは酔っぱらっていないからか、私達がシロロを受け取るや姿を消していた。



「ダグド様ったら。」

 台所で私は、怒りを込めて包丁を振りかぶった。


「危ない。あなたが料理が下手なのはそういう繊細さが無いからだわ。」


「うっさい、アリッサ。あなただって料理はそんなに得意じゃ無いって自分で言っているじゃない。」


「私は十代ですもの。これから上手になる時間はいっぱいありますことよ。それにね、私が自分で得意じゃないと認めるのは、エレ姐と比べて、ですもの。普通の、平均からすれば私は料理上手な方だわ。」


 確かに、アリッサは性悪なくせに料理の味は物凄く良い。

 エレノーラの次に、というくらいだ。

 料理の腕はエレノーラ、アリッサ、リリアナ、モニーク、そして私だ。

 シェーラがここに入らないのは、彼女の料理が私達と味付けというか、カテゴリーがまるきり違うものだからという点であろう。


 だが、シェーラの料理というか、彼女の手にかかると小麦が別なものに変わるのだが、それは凄く美味しい。

 ふわふわの真っ白な蒸しパンのなかには肉が入っていたり、もちもちとした皮となって肉を包んだ物なんかはスープの具になるのだが、そのスープはダグドが料理人に会いに来たほどの一品である。


 だが、彼女は料理を褒められても喜びはしなかった。

 異国情緒溢れる美味しい料理を彼女は作れて凄いと思うのだが、彼女はそうは思わないのであろうか。


「ねぇ、ノーラ。カイユーは特別になれないの?」


 ダン!

 私はもう少しでカブではなく自分の指を切り落としそうになった。


「シ、シロちゃんたら。急に何を言い出すのかな。」


 手伝いもしないで生け簀の中の生き物をつついていた彼は私に顔を向けた。



 台所には最近ダグドによって生け簀が作られているが、中に入っているのは魚ではなく、アルバートル達が助け出して来たというデミヒューマンの子供達のうちの二人で、クラーケン族の血を引くキメラだ。

 水から出すと彼女達の脚はタコのようなにろにろになるのでにろにろ姉妹とダグドに呼ばれているが、水に入れると人魚姫のように脚が魚になる。

 ダグドは意味のない変化と呼んでいる。

 確かに、陸に上げたら人間のような足ならばわかるし、水に付けたら人形のような上半身が魚に戻るというのならばもっとわかる。



 生け簀のてっぺんに登り、にろにろ姉妹をつついていたシロロを私は見返したのだが、彼は自分の質問にたいして小首を傾げて悩みだしていた。


「どうしたの?」


「うん。どうしたらカイユーが特別な人だってみとめられるのかな?って。」


 私は真っ赤になっていた。

 カイユーめ、皆に私の醜態をばらまいたのか、と。

 けれど、シロロが続けて言った事でそれは全くの誤解でしかないと知ったが、今のカイユーが世界中に私の醜態を吹聴して回っても私は許せるだろうと思った。


「カイユーがコカトリスに蹴られて胸の骨を折っちゃったの。血をいっぱい吐いて、今はイヴォアールがヒールを必死にかけている。僕が大丈夫って聞いたら、特別じゃない兵士にはよくあることだって、特別じゃない兵士はいつだって死ぬものだっていうから。特別だったらカイユーは元気になるかなって。」


「カイユーはすでに特別な男でしょう!大丈夫よ!」

「ちょっと、ノーラ!私に全部押し付ける気!」


 私は自分でも気が付かないうちに台所を飛び出していた。


 ダグドの大好きなあの歌の内容は、出兵する兵士の歌だ。

 自分を見送る乙女たちへ、自分達の勇姿を覚えて無事を祈っていて欲しいという歌なのだと、ダグドに教えてもらったのだ。



「まあ、素敵な曲なのね。でも、適当に歌うのね。」

「覚えられなかったんだもの。」

「好きなのに?」

「好きでも、覚えられなかったんだ。別の国の言葉だから、頭に入って来なかったんだよね。もう二度と聞くことは出来ないから、あの時に必死に覚えておけば良かったって思うよ。いつだって聞けるからって思い込んでいた失敗だね。」



 私は走りながら、私だってカイユーがいつでもそばにいるって考えていたと、消えたりはしないのだと思い込んでいたと、自分を呪った。

 彼は兵士なのだ。

 いつ消えてもおかしくない人だったのだ。

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