絨毯工場の見学
朝一番にした事は、カイユーの姿を探した事だ。
彼を傷つけた様な気がしていたし、私は何だか取り返しのつかない何かを失ったようにも感じていたからである。
それが何なのか、自分でもわからないのがいらいらするが。
だから、カイユーの顔を見たかったのかもしれない。
いつものお調子者の笑顔を見たらいつもと同じ毎日が続いているような、そんな安心感を得られるような気もするのだ。
けれど、彼の姿は私を不安にしただけだった。
彼は私など見もせずに、シェーラやアリッサを揶揄って喜んでいるのだ。
さらに、子供のような彼は朝食の時間に妙な生き物を発見し、そしてそれがコポポルの特産品の一つでもあり、それらの飼育場があると聞いて子供のように興味を示したのだ。
西の森という魔の森からやってくる魔を察知できる獣を品種改良したものらしいが、だからこそダグド領防衛隊の彼は心惹かれたのだろうか。
カイユーはアリッサとシェーラを両腕にぶら下げるや、その飼育場とやらへと消えてしまったのである。
カイユーの相棒のフェールが彼らを追いかけたのは言うまでもない。
よって、絨毯工場への見学は私だけだ。
と、いうことで、私を警護するのはティターヌ一人だ。
それは別に良い。
絨毯工場は興味があった。
しかし、実際に足を運び、そこは工場でも何でもなかった。
芸術家たちのアトリエだ。
絵の具の代りに様々なウールの毛糸を使って、それぞれの頭の中に描かれた絵画を次々と具現化させていく場所だった。
アールはその広々とした空間で働く女性達の健康のために、空気清浄機というものをダグドから買っていて、それを稼働させるために太陽電池のほとんどのエネルギーがそこに注ぎ込まれているらしい。
「彼女達には織機は不要でした。頭にある図面を絵に書いて機械に取り込むという事に反発を受けましてね、結局手編みの昔ながらの方法です。ですから、少しでも彼女達の体が楽になるようにってね。おかげで王宮の灯りは蝋燭か昔ながらの獣脂です。不便でしたでしょう。」
「いいえ。感動しています。エレノーラがコポポルは男女お互いを尊敬しあって助け合っている素晴らしい国だと言っていました。あなたのお優しさには私は尊敬しかありません。」
「間抜けでは無いですかね。たくさんの絨毯を大量に作ればそれだけ儲かるかもしれないのに。」
「希少性の方が大事です。一枚を十枚分の値で売ればいいのです。」
「確かに。でも、本当に私達は間抜けなんだよ。本当に素晴らしい作品を売れずにいる。売りたくないってね。君に内緒を見せたい。どうかな。」
「ふふ、内緒だなんて素敵ですね。」
「待ってください。恐れながら、どちらへノーラ様をお連れで?」
ティターヌは普段は空気のように存在感を消すが、その気になるとすさまじい程の存在感を醸し出せる。
威圧感というのか。
彼の恐ろし気なオーラにアールは一瞬たじろいだが、王様であるアールはダグドのようにリカバリーは得意なようだ。
悠然と微笑み返し、だが、その悠然さは王しか持てないだろう威厳をもにじませており、言外に「下がれ」と言ってもいるようだ。
しかし、ティターヌは全く動じていない。
彼は「どちらへ」と、天女のほほ笑みで、もう、美しくてアールまでも呆けてしまうような柔和な笑顔で返して来たのだ。
アールは行き先を答えるしかないと観念したのか、一般公開していない展示室だと答え、私の腕を取ると目的地へと少々荒っぽい足取りで歩きだした。
きっとティターヌに負けたと感じたのだろう。
でも、それは仕方が無いのだ。
金色の長い髪と瞳を持つティターヌはそこらの女性よりも美しく輝くが、その輝きは金属の炎色反応のような煌きという、星の化身のような男なのだ。
なぜ、炎色反応を知っているかって?
私とモニークが喜ぶからとダグドが色々な金属繊維を燃やしてくれたからだ。
金属を燃やした炎の美しい煌きに、いつも私達は興奮したものだ。
「すごいわ!星みたいな色なのね。」
「星こそこういう炎そのものだからね。」
ダグドはいつも笑ってそう答え、私はダグドの笑顔を思い浮かべようとして、でも結局は昨夜のカイユーの影にとってかわられた。
「俺はそこらにいる小石で。」
あぁ、カイユー。
何を思い出しても、何を考えても、最後にはカイユーのあの怒ったような声によるあの言葉に戻る。
私はどうして彼が与えてくれた言葉を違うと言ってしまったのだろうか。
喜ぶべきでは無いか。
私の為に朝夕いつでも飛行機を飛ばすと、私を慰めた彼の素敵な言葉であったというのに。
「あなたもマヌルネコの方が良かったかな。」
「いいえ。素晴らしい絵画の前では、人は別の世界に行ってしまうでしょう。私もトリップしてしまっただけ。あなた方の絨毯は本当に芸術品だわ。」
アールは喉を鳴らすような笑い声を立て、私を招いた秘密の作品展示室で誇らし気に腕を開いた。
「そうなんです。手で編むとしたら、一枚の絨毯に数年かかるものです。大きなものだと職人が一生かけて編まねばなりません。これは人の人生をかけた芸術作品と言っても、いいえ、言って欲しいですね。そして、言ってくれてありがとう。」
私は彼に微笑み、素晴らしすぎて売りたくなかった品々を見回した。
伝統的な意匠を使いながらも、その配置や色の選定は編み手の感性によるもので、出来上がって素晴らしいものとなるか、ただ大きいだけの繊維の無駄使いになるか、それは仕上がるまでわからないという博打もある。
だからこそ希少性が高く特別となるのだろう。
「お気に入りのものがありましたら、あなたにならば差し上げますよ。私の王宮で、あなたのお気に入りの部屋がありましたら、そこに敷きましょう。」
驚く私の右手はいつのまにか彼の両手に包まれ、そして、なんと、彼の目は真剣で、私は答えないで済ますことは出来なくなった。
華やかで温かな絨毯のような彼。
華やかでは無いかもしれないが、カイユーもとても温かかった。
え、どうしてここで、カイユーまで選択肢に入れているのかな、私は。
「ええと、ええ、あら。」
とりあえず、目の前のアールに何か返さねばと、でも、私は混乱しているのか目がぎょろぎょろと彼を見つめ返すどころか周囲を彷徨ってしまった。
そして、あれが欲しいと言ってしまいそうになるほどに、真っ青で美しい一枚を見つけてしまったのだ。
大きめのクッションを二枚並べたぐらいの長さに、大き目のクッションの横幅しかないという、他の作品と比べるととても小さなものだが、いくつもある衝立に飾られている絨毯に隠されるようにして飾られていた。
私はもっとそれを見たいと、いつのまにかアールを放って、その絨毯の飾ってある衝立へと歩き出していたらしい。
だって、既に私の目の前に、その青い作品、星空、いいえ、ダグドが作った天体望遠鏡で見た世界がそこにあったのだ。
「どうしましたか。」
「これは、なんて素晴らしいデザインなの。」
ラピスラズリの色をそのまま使ったような深い青に、乳白色の輪っかのある惑星があって、そして、沢山の星々が瞬いている。
私の後ろに立つ男が、ほぅっと、嬉しそうなため息を吐いた。
「触れてください。シルク製です。初めて絨毯を織った私の作品です。」
「まあ!」
「ははは。ずっとこんな絨毯が欲しいと自分で考えた図案です。自分では編めないからと、長い年月夢でしかなかった私のイメージが、ダグド様の機械によって再現できたのです。全くコポポルの意匠も無い、私だけの自己満足の品ですけどね。」
「いいえ。とても素晴らしいわ。これは本当に素晴らしい世界だわ。」
「ありがとう。私は本気で待ちますよ。あなたが私に恋をしてくれるまで。ですから、私をもっと知るために、気軽に私に会いに来て欲しい。私が尋ねたら会って欲しい。それは、あなたには迷惑でしょうか。」
「い、いいえ。迷惑だなんて。光栄すぎるお申し出だわ。でも、ごめんなさい。あなたはとても素敵な人なのに、私はあなたに恋ができないかもしれない。だって、だって。」
「すでに心の中に誰かがいるから?」
「えぇ。私は、そう、ダグド様に恋する少女であり続けたいのかもしれない。恋に恋していれば、娘のままでいれば、世界から守られて居場所もある。ごめんなさい。私はとっても利己的で臆病な人間だわ。呆れてしまって下さいな。」
しかし、私の右手は再びアールにとられ、私の右手の甲には彼の唇が触れた。
嫌とか嬉しいとか、そんな感情を探す間もなく、一瞬のキスであり、そして、私はとってもびくりとした。
身の内に電気が走ったような。
そう、モニークと一緒に分解遊びをして感電しちゃったときのような感じだ。
私ははふっと大きく息を吸い込み、吸い込んで体が目覚めた様な錯覚をした。
これが官能というものか?
彼の唇に私が感じてしまったという事を、アールは気付いたかもしれない。
いや、絶対に気が付いたはずだ。
彼は喉をならして、私の背中がぞくぞくするような深くて低い笑い声を立てているのだ。
どうしよう。
お父さんに叱られる。
いや、叱られて子供に戻りたい。
いや、もう遅い。
私は彼に促されるまま、はい、と答えてしまっていたのだ。
6/6 ファンタジーらしく猫の新品種を書くべきでしょうが、ファンタジーだからマヌルネコが飼い猫に出来る世界としてマヌルネコの名前そのままにしてしまいました。外見は現存のマヌルネコ、ただし品種改良はされているので毛色は色々あるとしています。




