晩餐会
ありがたいことに夕飯はあっさりとしたものだった。
テーブルであるが、椅子に座ってではなく絨毯敷きの床に胡坐をかいての食事であったが、食べにくいとは思わないどころか、凄く気安くて私はこの食事スタイルが好きだと思った。
そして、アールは私にスープのお代わりを注ぎながら、すまなそうに、これが自分の国の食事なのだと説明した。
貧しいからこそ質素な朝食と夕食の二食だけなのだが、それではお腹が空いて何もできないからと、お茶の時間はあんなに重いお菓子と甘すぎる茶を飲むのだそうだ。
でも、夕食のスープは野菜がたっぷりでさっぱりとして、香辛料の香りが良い豆料理もおいしいの一言だったので、私にはごちそうだと彼に答えた。
「ごちそうですか?」
「おいしい食事を食べれる事こそごちそうです。エレノーラが言っていた通りだわ、こちらの料理は本当にどれもおいしいです。」
「ありがとう。私にとってのいつもの料理が、今日はこんなにも素晴らしい味に感じるのは、ノーラ、君がここにいるからですね。私が毎日ごちそうを食べられるように、あなたにここにずっといて欲しいと願ってしまう。」
私は隣に座るアリッサに肘鉄をこっそりと受け、私を嫁に望んでいるという奇特な人に更なる期待を持たせてしまったのだと気が付いた。
受けられない気持ちなのに何をしているのか。
でも、彼が冗談でなく本気だったのだと彼の行動を見直せば、彼の言葉は大げさすぎたが、好きな女性に気に入られようとの言葉であるならば、それは軽薄どころか真摯な言葉であったのだと彼の印象が変わってしまったのだ。
こんなにも地味で誰にも欲しがられない女を、彼は宝石どころか奇跡の女のようにして見てくれているのである。
ぐらっとしないわけがない。
彼はダグドのように優しい男でもあるのだ。
「すまない。私は性急すぎるね。答えはいつでもいい。十年先でも待てるから、君は私に笑ってくれればそれでいい。」
「アール。」
「シェーラちゃん、姐さんの前にあるサラダをお願いできるかな?」
カイユーの声にハッとして卓を見下ろせば、カイユーの欲しがっていたサラダの皿は確かに私の方に近い。
「私が取り分けてあげるから、皿を頂戴。」
手を伸ばしたが、彼は皿を私ではなくシェーラへと手渡した。
「俺はシェーラちゃんにお願いしているの。お願い、シェーラちゃん。」
「よくってよ。今日はあなたにお世話になりっぱなしだもの。」
「そう言ってもらえると頑張りがいがあるよ。怖い姐さんと大違い。」
「まあ、カイユーったら。」
「その千切りのウリは多めに。ピーマンは乗せないで。」
「ふふ。わがまま。」
彼らは恋人同士のように気安い雰囲気で、私はなんだかカイユーにオリーブをぶつけてやりたい気持ちになっていた。
いや、口にピーマンを詰めてやった方がいいかな。
昨日まで姐さん姐さんと頼って甘えていた癖に。
「ねぇ、姐さん。それじゃあ、俺に目の前の焼肉を取ってくれる?」
「フェール。あなたまで私を姐さん呼びなのね。」
「ふふ。カイユーが一抜けなら、俺がってね。俺はノーラさんみたいなお姉さんがいたら、毎日が楽しいかなって。弟としてこれからは俺を頼ってよ。俺は剣騎士として、なかなかのものだと思うよ。」
「はん。剣騎士になろうキャンペーンに騙されたクチが。」
「連射しか出来ない早漏野郎が。」
私達は意味がわからなかったが、アールはフェールの罵倒を聞くや物凄く咽た。
「お、お前は!」
そして、顔を真っ赤にして立ち上がったのはカイユーだ。
それに対して余裕そうにフェールも立ち上がりかけたところで、そこらの女性よりも美しいくせに存在を消せる男が物凄く低くて怖い声を出した。
「お前ら、掘るぞ。」
二人の若者は子供のようにひゃあと声を上げると席に座り、そのまま黙々と食事を再開し、咽ていたアールは息が止まるのでは無いかと思う程に、礼儀も忘れて笑い転げていた。
男ってやっぱりわからない。




