守ってくれるか?
「い、いい加減に離れてくれない?」
「ああ、悪い。お前は意外と抱き心地は良いんだよな。胸は小さいが。」
私はアルバートルの足を思いっきり踏んづけ、あ、踏んづけられなかった。
床にしたたかに自分の足裏を打ち付けただけだ。
「痛ったい。もう!素直に踏んづけられなさいよ。」
「嫌に決まってんだろ。バカが。カイユーが可哀想だ。お前はあいつに動くな!足を踏んづけさせろ!と虐めるんだろ。ああ、可哀想だ。」
アルバートルは私を散々に扱き下ろしながら私の腕をつかむと、普通に男性が女性をエスコートするように自分の左腕に私の腕を絡ませた。
「ほら、帰るぞ。」
「え、ちょっと。」
「じゃあな。イヴォアール。あんまり悪さするなよ。式前にガキが出来たら、お前は確実に殺されるからな。」
「うるさいですよ。あなたが立ち直られてほっとしました。」
私達は腕を組んだまま屋敷を出て、雪道を迎賓館に向かって歩き出した。
はたから見れば恋人同士に見えそうな私達だが、なぜか厭らしい気持ちも無く、この姿が当たり前のようにも思えるぐらいだ。
葬式の帰り道の親族のような仲の良さみたいだとチラリと考え、私はそんな暗い思考を捨て去りたいと軽口を叩いていた。
「ふらふら団長って、明日からは呼ばれなくなるのね。」
私はアルバートルに叩かれるどころか囁かれた。
「その口をもう一度塞いで欲しいのか?」
私は憎まれ口を封印するしかない。
「あ、白髪。」
「え!」
私はアルバートルを見上げ、彼は私を見下ろして嬉しそうに微笑んだ。
「五百年生きている妖精もガキなカイユー並みだな。顔が見たいんなら色々と手があるだろうに。盗み見するよりも自分を見つめさせた方が楽しいだろうに。」
「あれ、え、どうしてそんなことを?」
「ああ。お前とアールの会話は全部モニターしていた。ああ、あなたのマッサージは素敵ねぇ、とろけちゃうって所は情けで内緒にしてやる。」
「追い出してやる!こんな厭らしい金食い虫!絶対に追い出してやる!」
アルバートルはハハハハと楽しそうに笑い声をあげ、私はこの散歩のような状態があの日の光景といつの間にか重なっていた。
あの日はカイユーは私に会いに来てくれた。
「お前は笑え。お前が笑えばカイユーはお前を見る。記憶なんか必要ない。男は生まれながらの好みって奴がある。あいつはお前が好みなんだよ。」
「あ、ありがとう。」
「どういたしまして。感謝したならば今夜は俺を守ってくれ。俺はまだ狩られたくない。」
「どうして結婚を強要されているのよ。」
「俺が出ていくって言ったからだろ。身を固めてここに根を降ろせってね。ダグド様の命令だ。」
「そんなの。身を固めさせるなら出ていくって言えばいいじゃない。いつものあなたならそう言って、逆にダグド様が赤面するような揶揄いをしてお終いでしょう。どうしたっていうの?」
「いや、お前は俺の話を聞いていた?もともとの理由があっての……そうか。そうだ。お前の言う通りだ。俺が断りゃいいだけの話じゃねぇか。ああ、そうだな、ブランデー一本で手を打つって返せばよかった話だ。ああ、俺はがたがただ。」
「でも、アリッサは大喜びよ。うん、リリアナも。」
「まあな。アリッサは子猫みたいでぶら下げて歩きたいし、リリアナには俺こそぶら下ってしまいたいがね、まだ、俺は良いんだよ。俺はね、前の結婚を未だに引きずっている男だからさ、いいんだよ。」
私はアルバートルを見上げ、そしてそのまま彼から視線を逸らした。
「痛い!どうして頭を叩くのよ。」
「聞けよ。普通は聞くところだろ?え、結婚してらしたの?どんな人?って。」
「男には喋りたいだけ喋らせろじゃないの?」
「俺はただの男じゃ無くてアルバートル様だよ。聞け。」
「どうして引きずっているの?」
私はまた頭を叩かれた。
いや、撫でられている。
「え?」
「いや。俺は普通の男だった。自分を過信しすぎていた。そしてお前の性質を忘れていたよ。直球は止めろよ。俺だって心の準備があるんだよ。段階をね、踏んで聞いていくの。そしてどんどんと核心に近づかなければ。狩りと一緒だよ。追跡して、追跡して、心置きなくズギュンだ。」
「追い詰めて怖がらせたうえで心臓を止めるのね。私は追われる前に心臓を止めて欲しいけれど。脅えながら死ぬのは一番嫌だわ。」
「大丈夫、お前は死なないよ。俺が死なせない。」
「ありがとう。ええ、わかった。今夜はあなたを守ってあげる。」
「ずっと守ってくれるか?」
私の足は止まり、当り前だがアルバートルの足の方が先に止まっていた。
彼は白みがかった冬の夜空を見上げている。
「アルバートル?」
「悪かった。俺は弱くて、俺の盾になって死んでほしくないからとカイユーを先に殺してしまった。雪の中で血に染まるあいつの姿が忘れられないってね。ああ、それでも俺は今のカイユーも辛い。あいつは何もなくなって呼吸しているだけだ。上っ面の会話しかしないお人形さんだ。俺はあいつを俺の兵士に再任命する。そのせいであいつはいつか俺よりも先に死ぬかもしれない。あいつを失った俺を守ってくれるか?」
私はアルバートルの腕に殆どしがみ付くように縋り、彼に約束していた。
守る、と。
ダグドがアルバートルに結婚を勧めたのは当たり前だ。
ダグドは誰かにアルバートルの心を守って欲しかったのだ。




