ダグド領での死
周りの国々はまだ秋の入り始めでもあるのに、標高の高いダグド領には既に雪が降っている。
冬の間は雪の積もる広場で全員昼食が出来ない代わりに、昼食を広場の食堂へ各々に取りに来てもらうか、私達が昼食を届けたりすることになる。
気温がグッと下がれば人々は風邪をひきやすくなり、食事を届けることで領民の健康を確認できるので、これは大変だが必要な仕事であるのだ。
考案したのはエレノーラだが、無論、そんな仕事をエレノーラ一人に押し付けられないと私達は全員で手分けして家々をめぐっている。
私は急に体調を崩してしまったと聞いていた老婆の家のドアを叩いたのだが、ダグドが彼女の枕元に座っているという場面に行き当たった。
「ダグド、様?あの、ミランダは?風邪ですか?」
「彼女は風邪じゃない。終わりの時を迎えただけだ。」
「でも、昼食を。」
「うん。もういらないから、持って帰って。彼女には食事はもう必要ない。」
「ああ。」
私は彼女が死んだのだとようやく理解し、彼女の家の中を見回した。
あまり話したことは無かったが、彼女の家に飾られている毛糸で作られた花モチーフのタペストリーで彼女の生前の笑顔を思い出し、私はどうして彼女が編み物を教えてあげると言ったのに尋ねなかったのだろうと、取り返せない後悔で涙がぽろぽろと零れてしまった。
ここは老人が多いからこそ、来年には会えなくなる人も多くいるのだ。
だからエレノーラは毎日必死に彼らに声をかけ、どんなに大変でも笑顔で領地の端から端へと飛び回っていたのだ。
「ノーラ。泣かないで。いや、泣いていいのかな。ミランダはきっと泣いて貰えて喜んでいる筈だから。」
私の頬にそっと柔らかいハンカチがあてられ、そのハンカチで私の涙を拭った男こそ泣きそうな顔をしており、私は永遠の命を持つといわれている竜の淋しさに思い当たった。
彼は人を見送るばかりだ。
「ダグド様は寂しく無いの?わ、私に、お、お葬式の、お、お手伝いをさせてください。」
「お葬式は無い。彼女はこのまま火葬になる。」
「え?」
「お別れもしたくはないし、天国にも行きたくないんだそうだ。ミランダはね、今までの人達と同じように、ダグドの炎で燃やされてお終いになりたいのだって。だから彼女の持ち物ごと、俺が城で彼女を燃やす。お墓もいらないって言うからね、骨も残さないくらいに完全に燃やし尽くす。」
「どうして、ミランダは燃やされたいの?どうして、お墓がいらないって。」
尋ねながら私は、なん百年は確実に生きていくダグドが、たった一人で、沢山の墓標に囲まれる姿を想像してしまっていた。
ミランダは、きっと彼女も自分よりもダグドが大好きだったのだ。
彼女はそれでダグドの為に、自分の存在を全部消して消えることを望んだのだ。
今までに死んでいった人たちも、きっと、ダグドが好きだからこそ、彼を寂しい墓場に取り残したくないと考えたのに違いない。
みんながダグドの事を考え、ダグドはみんなの事を考える。
私はその他大勢の一人かもしれないが、その他大勢の一人でも、ダグドは私の事をその他大勢の誰とも変わらないように大事にしてくれるに違いない。
「あの。私はダグド様の。」
「いいから、ノーラ。いつもの事だから、だから、心配いらないよ。ありがとう。大丈夫だから、だから、君は帰りなさい。」
心配いらないと微笑んだ彼はとっても辛そうで、私は彼を慰める事など出来ないと、彼の言う通りにミランダの家を飛び出した。
飛び出した私が向かう先は、太陽のようなエレノーラの所だ。
彼女だったらダグドを慰められる。
私はそのことだけは確実だと、泣きながら走っていた。
初恋は気付いた時点で失恋していたが、大好きな誰かの幸せを考えられる自分であることで、私は初めて私自身がいらない人間ではないと自分に言い切れた。




