/30 黙秘
「セリョーガ」
肩を揺さぶられて、意識が浮上する。
目を開ければ、薄暗い船倉の天井と、心配そうに覗き込むフレンの紅い瞳が目に入った。
「フレ……」
「平気か? 魘されとるようじゃったき、無理矢理起こしたけど……一旦部屋に戻るか?」
柔らかな声色は、本気で気遣っているように思える。
人間離れした紅い瞳に、真雪のように白い髪。東洋人というよりも、白人に近い顔立ち。思えばこいつは一度も名乗ってはいないのだ。伏瀬だと思い込んだのは、俺だった。
何か大切なことを忘れているような気がしたのは、間違いではなかった。
伏瀬は死んだ。
宇宙船が完成するよりもずっと前に、計画が立案されるよりもさらに前に、化物と戦い死んだ。
《伏瀬フレン》なんて人物は存在しない。
こいつは偽物で、偽ミッシェルや偽ジョンと同じ、人間ではない存在なのだ。
「フレン……」
「どうしたんじゃ?」
思わず呼び掛けてしまった俺の細い声に、フレンは心配そうに首を傾げる。子供のように幼い印象を受ける仕草も、懐かしいようなこの気持ちも、全部嘘なのだろうか。半身のような安心感も、偽物なのか? 砂塵の匂いが、鼻腔を擽る。
伏瀬で――人間でないなら、こいつは誰だ?
分かっている。敵だ。偽ミシェルや偽ジョンと同じ、総統の部下だ。
そう分かっているのに、なお共にいて欲しいと思うのは、フレンの姿が亡き友人に似ているからか? それとも、この感情さえも嘘なのか。なにもかもが分からない。
分かりたく、ない。
もしも俺がお前の正体に気付いたと言ったら、フレンはどんな反応をするだろう。俺の前から消えるか? 開き直って、共にいてくれるか?
……いなくなってしまうぐらいなら、何も言いたくない。
傍に居てくれるなら、敵でも味方でも構わない。
「……いや、何でもない」
フレンの手を振り払い、俺は立ち上がる。勢いよく立った瞬間、わずかに視界が揺れたが特に問題はない。周囲を見回す。化物が現れた時にいた謎の装置からは少し離れているのか、立ち並ぶ積み荷は鉄の箱ではなく木箱だった。
気を失う前、俺は何をしていただろう。
化物と対峙したのは覚えている。這いずり寄ってくる化物に、俺はたじろいでしまい、代わりにフレンが化物を撃ち殺してくれた。化物の肉塊は大きく吹き飛び、肉片が辺りに散らばった。
そうだ……肉塊の抉られた傷跡が、伏瀬の死体と重なって見えたのだ。似ても似つかないのに、何故か伏瀬を思い出してしまった。その結果情けない事に俺は気を失った。
状況を整理して、思えば友人を亡くしたのは伏瀬が初めてだった、と思い当たる。
記憶を失くしてなお残り続けるほど、トラウマになっていたとは自分でも驚きだ。ある意味、伏瀬の最後の願いは叶えてやれているのだろう。
俺は小さく自嘲を零し、フレンに訊ねた。
「銃は?」
「そこじゃ」
適当な木箱の上を指差すフレン。俺は置かれていた銃を手に取り、懐にしまう。弾の心配はしていない。こればかりは職業柄銃の重さで確実に判断が出来る。
「……休まんでええんか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「仕方のない奴じゃのー。まぁ、おまんがそういうならそうなんじゃろ」
「迷惑をかけたな」
フレンは驚いたように目を丸くし、それから笑った。
「気にしなさんな」
歩き出したフレンの背を追うように、俺も歩き始める。
随分と遅くなってしまった。医務室に向かったジェイクは、まだ生き延びているだろうか? 不気味な化物の出現という、新たな脅威もある。生きている確率は低そうだが、それでも死体を見るまでは希望を込めて断言しないでおこう。
そして、総統。敵の指揮官であり、俺を生かした酔狂な男。
ようやく会えると思うと、感慨深いものがある。俺の中に総統に対する敵意は、もうないと言っても過言ではない。直接会って殺されるならば、それも一興だとさえ思う。
化物が通った跡だろう、青い液体の染みを踏まないように避けて歩く。船倉のドア付近の木箱は、見事に全滅していた。当然と言えば当然か。化物が気を遣ってくれるわけがない。第二船倉から出て、廊下を見た瞬間、俺とフレンは絶句した。
「……酷い有様じゃの……」
「床だけじゃなくて、壁と天井まで青いな」
「あの図体にはこの廊下はちと狭かったようじゃの。壁が凹んどる」
宇宙船なのだから相当頑丈に造られていると思うのだが。しかしフレンの指摘通り壁は凹んでいた。
化物は、この青い液体を肉塊から流していた。……もしや、これは化物の血液だろうか? だとすれば、あの化物は全身に傷を負った状態で船倉に来たという事になる。偶然鉢合わせたにしては、化物は真っ直ぐに俺たちへと迫ってきた。フレンは暫定敵なので、あの化物の標的は恐らく俺だったのだろう。
偽ジョンは、血の気の多い奴らは総統にしばかれた、と言っていたが、血気盛んな敵はまだ残っているようだ。少し、気を配っておくとしよう。
「どこから来たか、辿ってみるか?」
「本気か? セリョーガ。ジェイクはどうする?」
「まだ生きていると思うか?」
この化物が船倉に来た真意は分からないが、少なくとも俺の行動は敵に筒抜けになっていると考えていいだろう。一体いつからだろう。船長室にいた時、既に筒抜けになっていたのならば、ジェイクの行動も敵にバレている事になる。
総統の指示で俺と戦う事はなくとも、ジェイクは鉢合わせした瞬間殺されても可笑しくはない。
フレンは複雑そうな表情を浮かべた。
「まぁ……そう言われると何も言えんけど。おまんはそれでええんかの?」
「別行動している時点で、覚悟はしていたさ」
「そうか。なら行くかの」
俺たちは歩き出す。




