1-13 鍛錬
「では先に出ますね!」
しとねは窓の外に誰もいない事を確認すると、素早く跳躍した。
昨日見た時よりも更に早い動きに、もはや視認することすら難しい。
彼女に続いて寮を出た秋人は、事前に待ち合わせていた近くの公園へと足を運ぶ。
バレなかったことに安堵すると、近くの山のふもとにまでやってきた。
「山に入るんですか? 中すごい暗そうですけど」
「ああ。けど、深くまでは入らない」
草を踏みしめながら林道を進んでいくと、やがて学校の教室程の大きさがある林冠に辿り着く。そこにはちょうど月の光が入るため、林道に比べて幾分明るくなっていた。
「こんなところで何をするんでしょうか?」
「夜の鍛錬」
「おお! 毎日してるんですか?」
「おう。これを使ってな」
秋人はポケットからカプセル状の容器を取り出すと、ゆっくりとダイヤルをねじる。
するとカプセルは大きくなり、続いて人型へと変形していった。
「なんですかそれは!?」
始めてみるその物体に、目を輝かせ興味津々に見つめるしとね。その様子はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。
準備をしつつ、秋人は言った。
「俺がPECに入った時に支給されたものだ。このカプセルの中には伸縮自在で硬度も変えられる特殊な粘土が入っていてな、ダイヤルを回すと対応した物に変化する。俺達の間では、解析粘土なんて呼んでるものだ」
「へぇ……!! これで何をするんですか?」
「まあ見てろ」
秋人は腰に差した刀を抜くと、粘土に向かって斬りかかった。粘土は右肩から左わき腹にかけて大きく裂けたが、すぐに再生した。それを見たしとねは目を真ん丸にする。
「傷口が一瞬で再生した!?」
「すごいだろ? 何か、有名な科学者が作った代物らしい。名前は忘れたけど。」
「なるほど~……。これなら、色々と戦いの分析ができそうですね」
しとねは粘土に興味津々なのか、ペタペタと触って感触を確認していた。
彼女の言った通り、この粘土があれば戦略を構築する事はできるものの、電脳道場の敵とは違い攻撃してくる事はなく突っ立っているだけなのでそちらと比べると性能は劣化している。しかし木などを斬って鍛錬する事に比べれば資源を無駄にしない分いいだろう。硬度も調整できるので、腕試しにはもってこいだ。
「けどこれにはもう1つ面白い機能が付いていてな」
そう言って秋人が粘土の背中にある分析機能と書いているボタンをONにすると目が光った。
そして青白い光と共に、半径30メートルほどの空間が周囲を包む。
「なんですかこれは?」
「周りへの配慮だ。鍛錬の音がうるさいって苦情が結構来たことがあってな。それを踏まえて作られた機能だ。この空間中でどれだけ大音量を出したとしても外には全く漏れない」
「へぇ……便利ですね。目も光ってるみたいですけど、もしかして動くんですか?」
「いや、動くことはできないけどな――」
そう言うなり、秋人は再び粘土の腕に下からすくいあげるようにして斬りかかった。
斬られた粘土はすぐに再生すると、
『……ただいまのエナジー量、76。F級後継者相当です』
という無機質な音声が流れた。
「すごい! 音声機能もついてるんですか。けどこのエナジー量って?」
「後継者と対峙して戦う際、今と同等の攻撃をした時に相手に与える負荷の事だ。このエナジー量が高いほど、相手に攻撃が直撃した時に致命傷を与えやすい」
「ヘ~……じゃあF級後継者、というのは?」
「FからSSSまでランクがあって、与えたエナジー量によって大体自分がどの程度のランクにいるか判別してくれるというわけだ」
電脳道場にある分析機に比べると精度は落ちるものの、それでも良い指標にはなる。
エナジー量も、2桁まではF級で、そこから1桁上がるごとにランクが1つずつ上がっていく。
一般の成人男性の平均値は10~20なので、秋人はそれよりもはるかに高い能力を持っていることになるものの、後継者という基準で見ればほぼ最底辺に近い。秋人より序列が1つ上の竜人ですら500はあるので、いかに秋人の実力が無いのかが浮き彫りである。
「面白いですね。私もやってみてもいいでしょうか?」
「ああ、構わんぞ」
と言って、秋人は近くの切り株へと腰かける。
「では――来なさい、火赦嚇!!」
しとねが前に手をかざすと、何もなかった空間から突如輝いた刀が現れた。暗くてもわかるぐらいに鮮やかな赤色の刀は、彼女の手に吸い寄せられるようにして向かってきた。
竜人が持つ炎を纏った刀とはまた異なった珍しい色に、秋人は驚きを隠せない。
「いきます! ――神力解放!!」
しとねが叫ぶと、その言葉に呼応して刀が炎を纏い始めた。その炎は徐々に大きくなり、しとねの髪色と瞳が燃えるような赤みを帯びる。
「いきますよ~! はあああぁぁぁっ!!!」
しとねが前のめりに跳躍し、粘土目掛けて大きく薙いだ。
その瞬間周囲は熱を帯びた突風にあおられ、更に風圧で木々がバタバタと倒れていく。
「え――――」
全く想定もしていなかった威力に、秋人は目を丸くした。
その絶大な威力により、防音となる空間を突き破り、外にまで炎が蔓延した。そして耳をつんざくような爆発音がなり、木々が燃えた。
「あ、あれ……?」
「お前何してんだ! 」
バチバチと燃える木々を前に、秋人が言った。
「とりあえず逃げるぞ。こんだけ派手にやれば、PECがすっとんでくるはずだ」
この騒ぎを起こしたのが2人だと知られれば、どんな処罰がくるか考えただけでも恐ろしい。
こういうことを起こさない為に解析粘土が存在するというのに、その許容範囲を超える威力を出して木っ端微塵にしてしまっては意味がない。
2人はその場から逃げるように去っていくのだった――――。
◇◇◇◇
暁市のとある繁華街に位置する高層ビルの最上階。
暁市が一望できるスイートルームへと向かう1人の女性がいた。
「ふぅ……」
女性はため息をついた。肩は強張り、緊張している様子がみてとれる。
扉の前で一度大きく深呼吸すると、その女性――――五十嵐桃はゆっくりと三回ノックした。
「入れ」
入室の許可を貰った五十嵐は、中へと入ると大きく一礼した。
「五十嵐です、失礼します」
一礼した五十嵐が顔を上げると、視線の先には1人の男が椅子へと腰かけていた。モノクル越しに書類を見ながら、熟考しているようだった。
今日五十嵐がここにやってきたのは男に呼ばれたからだ。
しかし、当の本人は呼んだにもかかわらず暫く彼女の存在を無視していた。五十嵐の顔に苛立ちが垣間見える。男はそれを知っていながらもわざと時間を引き延ばした。
しばらく沈黙が続いたが、やがて男がその書類から視線を外さないまま五十嵐にむけてこう言った。
「私が呼んだ理由がわかるか?」
「焔 しとねの件についてですか」
はっきりと告げる五十嵐。
「正解だ。して、件の人物はどうしたのだ?」
五十嵐は思わず奥歯を噛みしめる。この男は、全てを知っていながらわざと知らないふりをして彼女に全て吐露させようとするのだ。悪趣味にもほどがある。
「あと一歩のところまで追い詰めましたが、私の不手際で逃げられてしまいました。申し訳ありません」
「なんと! お前ともあろうものが逃がしてしまったのか? 」
「……はい」
「くくく、そうか……まあよい。彼女の件については引き続きお前に一任しよう」
男は立ち上がると、景色が一望できる窓の近くへと歩きつつ言った。
「ただし次はない。必ず仕留めろ。もしも失敗した場合には、お前には四帝から降りてもらう」
男の眼光が鋭くなり、五十嵐を睨みつける。
「わかりました」
拳を握り締め、今すぐにでも斬りたいという欲求を抑えた五十嵐が言った。
「彼女を捕獲できれば、嵐殲滅に大きく近づくことができるのは間違いない。なんとしても成功させるよ」
その後五十嵐は事務的な連絡をされ、今後の方針について口を出された後、1時間ほどして解放された。
「はぁ~……息が詰まりそうだ」
ビルから外へとでた五十嵐は、げんなりしたものの、顔をぶんぶんと振って自身を奮い立たせる。
「これ以上嫌みを言われるのはごめんだ……。なんとかせねば」
帰路へと歩みながら、五十嵐は最後に一言、こうつぶやいた。
「焔 しとね……待っていろ。必ず私が仕留めてみせる」




