1-12 鈴の音の白銀少女
絹糸のようなさらりとした長い白銀の髪は背中まで届いており、額を少し見せるようにして止められたヘアピンが特徴的な少女だった。巫女にしては珍しく、袴のスカートが短いが、白いニーハイソックスで肌の露出を抑えている。
年はまだ14歳ぐらいといったところだろうか?
少女は目を瞑りながら、見上げるようにして顔をこちらに向け、不審そうにしていた。
「私を見て驚いているご様子ですが……。固まっていないで何か返答してはどうですか」
「あぁわりぃな。まさか背後にいたなんて気が付かなかったからさ」
秋人が固まっていたのは、こんな小さな少女が巫女であったという事だけではなく、真後ろにまで接近されて気付かなかったことに対して背筋が凍るような思いをしたからである。仮にもしも少女が攻撃をして来たら、その瞬間秋人の命は終わっていたかもしれない。
背後を取られることは後継者同士の戦いにおいては死に直結するため、普段から特に気を付けている秋人だったが、目の前にいる少女は、全く気配を悟らせることなく秋人に接近した。
それだけでも少女を只者でないというのを判断するのは十分だろう。
「そうですか。では再度問いますが、私の神社に何か御用ですか? ちなみに返答次第ではあなたを斬り捨てることになります。ご了承を」
「え――?」
そういうと、少女は腰に差していた刀に手を掛けた。
物言いは柔らかいものの、言っている内容は中々過激だ。
秋人は戦う意志がない事を見せるため両手を前に出すと慌ててこう言った。
「ま、待て待て! 警戒させてしまったのなら悪かった。ただちょっと懐かしくなったから寄ろうと思っただけだ。すぐに立ち去るから」
「懐かしかったから……という理由で私の神社に足を踏み入れたという事ですか」
「ああ」
大きく頷き、敵意が無いことを示す秋人。
「そうですか……」
チャキ……。
「ちょ、なんで抜刀しようとしてるんだよ!」
「どうも胡散臭いので。このご時世、夜にわざわざ暗い山道を通って私の神社に来る人なんていませんから」
「目の前にいるじゃないか」
「…………」
「…………」
秋人が突っ込むと、その瞬間お互いの時が止まる。
一瞬地雷を踏んでしまったかと、後悔する秋人だったが、
「…………………………はぁ」
そういうと、少女は腰にかけていた手を降ろす。それと同時に、周囲に漂っていた緊迫感も消え失せた。
思わずほっと胸を撫でおろす秋人。
「理解してくれたようで嬉しい限りだ」
「なんだか馬鹿らしくなりましたので。ですが、私と対面して退かなかったのは貴方が初めてです」
と、少し褒めるようにして少女が言った。
それは秋人にとっては嬉しい事だが、彼が退かなかったのは決して高尚な理由があるわけではなかった。
「逃げてどうにかなる相手だと思わなかったんでね」
「賢明な判断です」
そうしてお互いに落ち着いたところで、秋人はこう切り出した。
「聞くまでもないと思うが……後継者だよな?」
「はい。そして私はあなたも後継者であることはわかっています」
「鋭いな。一応PECに所属させてもらってる。今は私服だから、紋章とかはもってないけど」
「あぁ……なるほど、PECの方でしたか」
少女が納得したように呟く。PECと聞くと、大体の人は驚いたり怖がったりと様々な反応を見せるが、全く動じないあたり肝が据わっている。
(というか……)
秋人は少女と話をかわしてみて、ある一点だけ気になる部分があった。
それは、彼女が先程からずっと目を閉じている事である。未だに目を開けないのは一体どうしてなのか。
秋人が少し考えていると、少女がまるで問いに答えるかのようにしてこう言った。
「それは私の目が光を失っているからですよ」
その瞬間、秋人は驚いて声をあげてしまう。
それもそのはず、自分の思考を見透かされたのだから。
「――なんで俺の思った事が!? 人の心を読める神力を持っているのか?」
「どうでしょう。私はそこまで貴方とお話をする気にはなれませんので」
そういうと、少女は秋人の真横を通り過ぎた。
「用がなければさっさと行ってください。後継者の方が私の神社にいつまでもいるのは不愉快なので」
「随分冷たいな。参拝者にもそんな態度取ってると誰も来なくなるぞ」
「ほ、ほっといてください! 別に参拝者が来なくても私の神社は潰れたりしませんからっ」
「い、いや別にそこまでは言ってねえけど……」
「あっ」
しまったと言わんばかりに、口をおさえる少女。少し顔が赤いが、どうやら失言だったようだ。
神社は結構経営が厳しいと聞く。月神神社も危ういのかもしれない。 一応街の観光名所の1つとして挙げられてはいるものの、参拝客がいるというイメージはあまりない。
「コホン……。とにかく! 今日の参拝時間は過ぎています。早くお帰りください」
「ここの神社には警護の人はいねえのか?」
「あの、私の話聞いてましたか?」
意に介することなく聞いてきた秋人に、少女は頬を引きつらせる。勿論、秋人は少女の言っている事に対し耳を傾けていないわけではないものの、自身がPECの一員である以上は聞く必要があるのだ。
「聞いてた。けどこれでも一応PECに入ってる身だから聞かねえといけない決まりになってんだよ。だからそれだけ教えてくれ」
少女は不愉快な顔をしたまま黙っていたが、PECの名前を出した事で観念したのか、あからさまにため息をつくとこう言った。
「この近辺は私が守っています。ですので警備なんてものはつけてません。……お金もかかりますし」
「そうか1人で……1人!?」
「急に大声出さないでください……。はぁ……これでいいですか? さっさと行ってください」
「いや、このでかい神社を1人ってどう考えても無理が――」
チャキ……。
秋人がそう言った瞬間、少女は再び抜刀しようとする。
「あなたはそれだけ教えたら去るとおっしゃいました。自分が今言った事もお忘れになりましたか? 早く去らないのであれば、こちらも相応の対応をさせていただきますが」
その声色から、彼女が苛立っていることは明らかだ。これ以上問い詰めるのは、きっと悲惨な結果を生むだけだろう。秋人では彼女とまともに戦ったところで勝ち目はなく、逃げることも難しいからだ。
「わ、わかった。ここで人生を終えるわけにはいかないからここで退散する。邪魔して悪かったな」
「賢明な判断です」
本日2度目の台詞を聞いた秋人は、その後少女と分かれた後、スーパーで買い物を終えて寮へと戻ることができたのだった。
◇◇◇
寮へと戻った秋人は、部屋の中からすすり泣くような声が聞こえてくるのに気が付いた。
扉を開けると、ソファーに座っていたしとねがこちらに気が付く。
「あ、秋人さんおかえりなさい~……」
「どうしたお前、泣いてるのか?」
目元に涙をため、今にも零れ落ちそうなのを見て秋人はかけるべき言葉を探す。
軽快で明るく振舞っていても、自身の境遇を考えると泣きたくなったのだろう。
動揺しつつも、しとねの普段とは違うギャップに、可愛いと思ってしまった秋人。
「ん……?」
しかしそこで彼女の横に積み上げられた漫画に気が付く。
拾い上げると、それは少女漫画だった。
「って、これ見て泣いてたのかよっ!」
この漫画は竜人に、絶対に泣けるから読んでみろと言われ、押し付けられたものである。なんでそんなものを竜人が持っているかと言えば、女子との会話をする際に少女漫画を読んでおく事で話の幅が広がるからとのこと。彼の女性に対しての情熱は本当に底がないほど深いが、もう少し別のところに情熱をかけるべきだと思わなくもない。
「すみません……つい感動してしまって」
指で涙を拭いつつも、目は漫画に釘付けなしとね。
秋人もこの漫画を読んだことはあるものの、特段泣くというようなことはなかった。それを竜人に言ったら、
『はぁ!? これを見て泣かないとかお前ちゃんと血が通ってるか!?』
なんて失礼な事を言われたものである。
(つってもなー……泣けなかったものは泣けなかったし。ストーリーは悪くはないんだけど)
とはいえ、人の好みはそれぞれだ。あまりとやかく口出しするものではないだろう。
「さてと……明日の飯も買ったしあとは……」
時刻はもうすぐ23時を回ろうかというところだ。いつもなら21時ごろには始めていたが、大幅に遅れてしまった。
「あれ、またどこかに行くんですか?」
「ん……あぁ、ちょっとな。2時間ぐらいで戻ってくる。眠くなったら、ベッドで寝てていいぞ」
「私も付き合います! 何するんですか?」
「大したことじゃないからいい。それに、お前は外に出たらまずいから……」
「大丈夫です! 私絶対に見つからないようにしますから」
確かに、彼女なら警備に見つからずに動くことも可能かもしれない。昨日の去り際に見せたあの俊敏さは、後継者の中でも捉えられる人はそう多くないはず。
(あれ……そう考えると、しとねってもしかして結構強い……?)
パッと見た感じだとそうは思えないものの、かなりの熟練者だという可能性は否定できない。
「いや、けどな……うーん……」
とはいえ、秋人は彼女に来られるのはちょっと恥ずかしい気持ちがあった。何故なら、これから行くのは近くにある山で、夜の鍛錬をしようと思っていたからだ。
秋人が渋る様子を見せていると、しとねは秋人の目を見てこう言った。
「お願いします! いくら秋人さんがPECに入っている人だとしても、こんな夜遅くに出歩くのは危険だと思うんです。なので、私が護衛役として秋人さんをお守りしたいんです」
嘆願してくるしとねに、考え込む秋人。
(そんな大それた危険はないんだけどなぁ……まあいいか)
「わかった。けどほんとに大したことじゃないし、来てもつまらないと思うぞ? いいのか」
「はい!」
「わかった。なら一緒に行くか」
と、しとねに根負けした秋人が言うと、彼女はぱっと花を咲かせるような笑みを浮かべ、
「ではすぐに準備しますね!」
と言っていそいそと漫画を片付け、出る準備を整え始めた……。




