第9話:続く命
外から、小さな声が切れずに続く。重ならない。少しずれて、二つ。
アダムは目を開ける。すぐには起きない。音の来るほうを見る。もう一つ、長く伸びる。身体を起こす。
「……朝かと思ったけど、違うな。これ、夜の続きだ。止まってない。どっちも、さっきからずっと鳴いてるだろ」
ハワーはすでに起きている。目だけが動く。左右を見る。
「……分からないわ。どっちが先とかじゃないの。交互に来てる。休む前に次が来るわよね。これ、抱くしかないと思う。でも、どっちから触るのがいいの」
少し強く、一つ。遅れて、もう一つ。アダムが手を出しかけて、止める。視線が揺れる。
「……俺が行く。でも片方だけ見たら、もう片方が抜けるな。今もズレてる。さっきと来る順が違う。これ、一緒に来るやつだろ」
ハワーがほんの少し笑う。すぐ消える。
「……分からないわ。でも止まらないのは確かよ。昨日もそうだったけど、今日は間がないの。慣れる前に次が来るわ」
二つ、また重ならない声。アダムが天井を見る。短く息を吐く。
「……抱いても大丈夫だよな。折れないよな。分かんないまま触るしかないってことだろ、これ」
ハワーはすぐに返さない。片方の声が強くなる。すぐ、身体を寄せる。ぎこちなく揺らす。
「……待って、こっち強いわ。さっきより違う。声、変わってる。同じじゃないわ」
アダムがもう一方を見る。顔を近づける。
「……ほんとだな。こっちは短い。切れないけど、長くは続かない。違うな。二つ、同じじゃない」
一瞬、静かになる。二人とも止まる。すぐ、また来る。アダムが息を吐く。
「……これ、朝だな。完全に始まってる。昨日と同じじゃない。もう戻らないやつだろ」
ハワーが短くうなずく。
「……ええ。違う朝ね。寝てないまま来た朝だわ」
「……寝たか?」
「……寝てないわ」
「……俺もだ」
同時に、息が落ちる。アダムがそのまま続ける。
「これ、毎日続くよな。止まらないなら順番決めても意味ない。来たほう取るしかない。でもそれやると、もう片方ずれる。ずっと追いかける形になるだろ」
ハワーは左右を見たまま。
「……たぶんそうね。決めても崩れると思うわ。決めても、その通りには来ないわ。見ながら動くしかないのよね」
すぐ、また声。二人とも視線を落とす。ハワーが、子どもから目を離さない。
「……ね。生きてるから、泣くのよね。止まらないの、普通なのよね」
アダムはうなずく。少し間を置く。
「……分かってても、慣れないな。分かってるのに、手が動かない。何すればいいか、まだ全然分かってない」
ハワーがすぐに返す。
「……私もよ。でも、一緒に見てるわ。今はそれでいいと思うの。片方じゃ無理だし、止めることもできないもの」
アダムが視線を落とす。
「……小さいな。でも止まらないな。あんなに小さいのに、こっち全部動かしてくるだろ」
ハワーも同じように見る。
「……小さいわね。でも、もう止められないわね」
朝の光が入っている。二つの声が、またずれて続く。アダムは視線を落とす。距離は近い。だが腕は動かない。
「……なあ、もう触るしかないよな。見てるだけじゃ何も変わらない。でも下手に動かしたら、そのまま決まる気がするんだよな。持ち方も力も、そのまま続きそうだろ」
ハワーは子どもたちを見てから、アダムを見る。
「……たぶん、触るしかないわね。でも順番もやり方も分からないの。昨日もそうだったし、今日も同じよね。どっちから行っても、もう片方が来るもの」
泣き声が重なる前に、またずれる。アダムが肩をすくめる。息を吐く。
「……じゃあ俺が行く。どっちにしても誰かが触らないともたないだろ。片方だけ見てもズレるけど、やらないよりはいい」
腕を出す。途中で止まる。自分の首に触れる。
「……首、ここ支えるんだよな。ここ外したら終わりだろ」
ハワーが少し身を寄せる。目は子どもから離さない。
「……そうだと思うわ。たぶんだけど。でも急がないで。落とすより遅いほうがいいの」
「落とさない」
「分かってるわ。でも固いのよ、その手」
泣き声が強くなる。アダムがもう一度、腕を下げて差し出す。
「……こうか。低く入れて、下から支える……いや、違うか。分かんねえな」
「……私も分からないわ。見たことないわ」
一瞬、止まる。すぐ、また泣き声。アダムが息を吸う。
「……俺、怖いな。壊しそうで。手がでかすぎるし、力もどこまで入れていいか分からない。ちょっとズレたら、それで終わりな気がするな」
ハワーは子どもたちを見たまま。
「……私も怖いわ。昨日までいなかったのに、今ここにいるのよね。触っただけで変わりそうで、どう持てばいいのか分からない」
泣き声がまた二つ。ハワーが息を整える。
「……一回、私がやるわ。止まらないで動くから、見て。正しいか分からないけど、止めないほうがいいと思うの 」
アダムがうなずく。
「……見る。真似できるかは分からないけどな」
ハワーが抱き上げる。ぎこちないが止まらない。もう一人を寄せる。揺らす。泣き声が少し落ちる。
「……こうよ。首、ここ。浮かせないで、体ごと乗せるの」
アダムが身を寄せる。
「……ここか。首、ここで……背中がこの位置だな」
手を差し入れる。触れたところで止まる。
「……重い……いや、軽いな。分かんねえ。軽いのに、怖い」
ハワーが小さく笑う。
「……どっちなのよ」
「……両方だな。軽いのに、壊れそうだな」
また泣き声。アダムが焦る。
「……これ、位置変えたほうがいいか?」
「……待って。今、揺れてるわ。止まらないで、そのまま」
二人とも動きを止めない。数秒。声が少し落ちる。アダムが、呼吸を止める。
「……止まったか?」
ハワーはすぐ断言しない。
「……今は、ね。でもまた来るわ」
「……今でいいな。今は持ってるだけでいい」
息を吐く。
「……俺さ、ちゃんとできてるか分かんねえ。これで合ってるのか、全然分からない」
ハワーは子どもたちを見たまま答える。
「……できてないと思うわ。でも落としてない。それで十分よ、今は」
アダムが少し笑う。
「……基準、低いな」
「……今は、それでいいのよ」
泣き声が小さく戻る。二人とも視線を落とす。アダムがぽつりと。
「……小さいな。でも、止まらないな。全部動かしてくるだろ」
ハワーも同じように。
「……小さいわね。でも、もう止められないわね」
二つの呼吸が、少しだけ揃う。声は途切れる。消えたわけじゃない。次のために、溜まる。
ハワーが、腕の中を見つめる。二つ、呼吸が動く。同じようで、違う。少しして、指先を動かす。確かめるみたいに。
「……ね」
アダムがすぐ返す。
「ん?」
ハワーは片方を見たまま。
「……違うわね。同じじゃない」
アダムが覗き込む。目を細める。
「……ああ。こっち、力が違うな。動き方も違う。こっちは強い。もう一つは、細い」
少し間。
「……男と、女だな」
ハワーが小さく息を吐く。
「……そうね。最初から、ちゃんと違う」
二人とも、しばらく見ている。アダムが、視線を落とす。
「……名前、付けるか」
ハワーはすぐ答えない。視線を落としたまま。
「……呼ばないと、分けられないものね。このままだと、混ざるわ」
アダムがうなずく。
「……呼ばないと、決まらないな」
先に息を吸う。
「……カービル」
短く落とす。
「……こっちだな。動きが強い。目も、こっちのほうが開きそうだ」
ハワーは視線を外さない。
「……うん。こっち、しっかりしてるわ。最初から外に出ようとしてる」
ハワーが、もう一方を見る。
「……アクリーマ」
少し静かに置く。
「……こっちは、内にいる感じね。動きが小さい。でも、ちゃんとある」
アダムがうなずく。
「……二つ、違うな。同じじゃない」
ハワーが、視線を落としたまま。
「……名前、置いた感じがするわね」
アダムがすぐ返す。
「……ああ。呼んだだけなのに、戻れなくなる感じだな。さっきまでと同じじゃない」
ハワーが続ける。
「……もう混ざらないわね。どっちがどっちか、分かれる」
アダムが短く息を吐く。
「……逃げ道、なくなったな」
「……うん」
間。
「……カービル」
遅れて。
「……アクリーマ」
今度は引っかからない。アダムが、少しだけ口元を緩める。
「……二回目のほうが、重いな。ちゃんと乗る」
ハワーもうなずく。
「……分かるわ。最初は置いただけ。でも今は、そこにいる感じ」
アダムが視線を落とす。
「……呼ばないと、始まらないな」
ハワーが返す。
「……もう始まってるわ」
二つの呼吸が動く。似ている。でも違う。アダムが低く。
「……カービル」
ハワーが続ける。
「……アクリーマ」
二つの名前が、並ぶ。軽くはない。でも、はっきり分かれる。




