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第10話:親になる練習

暗がり。二つの呼吸がずれて続く。ハワーが、子どもを見たまま。

「……起きてるわよね。さっきから一回も止まってないもの。こっちが弱くなったと思ったら、すぐもう一つが来る。あなた、全然休めてない顔してるわ」


アダムが腕の中を少し動かす。

「……起きてる。今はこっちだ。さっきより落ち着いてるけど、もう一つもすぐ来るな。代わるなら今だろ」


ハワーが近づく。

「……代わるわよ。順番決めたでしょ。今は私の番。さっき少しでも寝たなら、今は私が起きる」


アダムが首を振る。

「……いや、今は大丈夫だ。こっちは今ちょうど落ち着きかけてる。ここで離したら、また最初から泣くだろ」


その間に、二つ。

「……あー……」

「……ぁ……」


ハワーがすぐ手を伸ばしかける。

「……ほら、もう片方も来てる。こっちあやしてる間に、あっちが強くなってる。今の持ち方だと、片方しか見れないわ」


アダムが抱き直す。視線が揺れる。

「……分かってる。でも今は両方まだ強くなりきってない。泣き切ってないし、手足もまだ跳ねてない。ここで手離したくない」


ハワーが一歩踏み込む。

「……強くなる前に代わるのよ。片方が泣ききってから動くと、もう一方もつられて一緒に強くなる。今はまだ、どっちも浅い。今なら両方見れる」

ハワーが顔を寄せる。

「……目、赤いわよ」


「……暗いからだろ」


「……それ、理由になってないわ」


アダムが息を吐く。

「……俺さ、起きてないと怖いんだよな。片方見てる間にもう一つが強くなるだろ。気づいたときには手遅れになりそうで」


ハワーが視線を落とす。

「……起きてても全部は見れないわよ。だから分けるの。あなたが一つ、私が一つ。そのほうが間に合うわ」

腕を差し出す。

「……今は寝なさい。こっち、私が持つ。もう一つも来たら、そのまま続ける」


アダムが少し笑う。

「……今かよ」


「……今よ。迷ってる間に両方来る」


ちょうど重なる。

「……あー……」

「……ぁ……」


ハワーがそのまま抱き取る。

「……ほら、今なら二つとも見れる。ずれてるから、まだ重ならない。今しかないわ」


アダムが少し迷ってから、手を離す。

「……一人でいけるか?」


「……いける。崩れたら呼ぶ。だから今は寝て」


アダムがゆっくり横になる。

「……時間、決めるか?」


ハワーが首を振る。

「……決めない。決めると、その時間まで無理するでしょ。今は来たほうを取るだけでいい」


アダムが目を閉じる。

「……それで回るなら、それでいいな」


声が少し落ちる。

「……あ」


「……今、静かね」


「……ずれてるな」


「……それでいいわ」


アダムが横になったまま。

「……横になるだけだぞ。寝てないからな」


「……分かってるわ」


呼吸がゆっくり落ちる。アダムがぼそっと。

「……両方来たら起こせよ」


ハワーがすぐ返す。

「……起こさないわ。私一人で持てるうちは、そのまま持つ」


「……起きてるって」


「……うるさい」

ハワーが静かに。

「……一人で抱えなくていいわよ。二人で分ければ、ちゃんと間に合う」


アダムが目を閉じたまま。

「……ああ。二人いるしな」


「……そう」


二つの呼吸が続く。夜は終わっていない。ただ、薄くなっただけだ。入口のほうに光がにじむ。葉の隙間から、少しずつ入ってくる。


アダムがそこを見たまま。

「……明るいな。夜のまま続いてるのに、光だけ入ってきてる。朝って感じじゃない。まだ途中だな、これ」


布の中で、ハワーが目を閉じたまま。

「……朝かどうか、もう分からないわね。さっきからずっと続いてるもの。止まった時間、ほとんどないわ」


アダムが腕の中を見る。少しだけ位置を直す。

「……今はこっちだ。さっきより弱いけど、止まってない。呼吸も浅いままだな。もう一つも、すぐ来る」


ちょうど反対側が動く。

「……ぁ……」


ハワーがすぐ起きる。視線が切り替わる。

「……そっちも来た。間がないわね。片方やってるあいだに、もう一つが強くなる」


「……分かってる」

アダムが器を持ち上げる。手を揺らさないようにする。

「……これでいく。昨日と同じにする。量も傾け方も、変えないほうがいいだろ。変えると、何でこぼれたか分からなくなる」


ハワーがうなずく。

「……同じでいいわ。昨日は止まらなかったし、大きく崩れてもいない。足りたかは分からないけど、全然だめって感じでもなかった」


アダムが短くうなずく。

「……じゃあ、このままいく」

腕が前に出る。ゆっくり。

「……口、開いてるな。今なら入る」


ハワーがすぐ手を添える。

「……待って。まだ浅い。今入れると、口の外に出る。まだちゃんと飲む形になってない」

一拍。

「……今よ。もう少し開いた」


二人の呼吸が揃う。器がゆっくり傾く。アダムが息を止める。

「……入った。でもまだ浅いな。口の外に出てる。飲む前に流れてる」


ハワーがすぐ布を当てる。

「……出てる。拭く。動かさないで、そのまま。傾け方だけ保って」


子どもがむせる。

「……っ」

「……止める」


アダムがすぐ戻す。傾きを戻す。二人とも、顔を近づけたまま動かない。アダムが低く。

「……今の、入れすぎだな。一気に入った。速すぎた」


ハワーがうなずく。

「……うん。まだちゃんと飲めてないのに、先に流れた。口が追いついてない」

子どもの胸を見る。

「……待つ。呼吸が戻るまで。今続けると、全部外に出る」

間。

「……落ち着いた。動き、戻ってる」


アダムが構え直す。

「……もう一回いく。今度はゆっくり入れる。押さない。流れに合わせる」


ハワーが見る。

「……今いい。口、ちゃんと開いた。さっきよりしっかり開いてる」


アダムが慎重に傾ける。

「……入ってる。さっきより口に残ってるな。外に出てない……飲めてるな、これ」


ハワーが小さく息を吐く。

「……うん。そのまま。止めないで。でも足さないで。今の量でいい」


少しして、腕の中が緩む。

「……静かになったな」


「……今だけよ。でも、ちゃんと入った。さっきと違う」


アダムが器を戻す。音を立てない。その瞬間、もう一方。

「……ぁ……」


ハワーがすぐ視線を移す。

「……次来た。間がないわ。続ける」


アダムが器を持ち直す。

「……同じでいく。さっきのままでいい。変えない。この傾け方でいく」


ハワーが位置を見る。

「……そのままでいい。さっきより深くしないで。その高さで止めて」


アダムがうなずく。

「……分かった。押さない。流れだけ合わせる」

器が傾く。

「……入ってるか?」


ハワーがじっと見る。

「……飲んでる。今は外に出てない。さっきより安定してる」


アダムが息を吐く。

「……見えないとこで決まるの、怖いな。ちゃんと入ってるか、全部は分からない」


ハワーがすぐ返す。

「……全部分からなくていいの。止まってないか、それだけ見てればいい。飲むのが止まってないなら、それで足りる」


アダムが小さく。

「……どれくらい経った?」


ハワーがすぐ。

「……分からない。でも、止まってない。今は続いてる」


アダムが少し笑う。

「……俺、焦ってるな」


ハワーがそのまま。

「……焦ってるわ。でも、それでいい。目を離してないなら、それで十分」


そのとき、腕の中がふっと静かになる。アダムが視線を落とす。

「……止まったな。今はちゃんと終わってるな」


ハワーが小さくうなずく。

「……たぶんね。でも、今は終わってる。それでいい」


器を下ろす。アダムがぽつり。

「……次は?」


ハワーがそのまま。

「……泣いたら。また同じことするだけ」


アダムが小さく笑う。

「……それだけか」


「……それだけ」


二つの小さな呼吸が、まだ続いている。揺れは弱い。止まってない。アダムが、腕の中を見たまま。

「……できたかどうかは分かんねえな。でも、生きてる。止まってないし、さっきより静かだ。今はそれで十分だろ」


ハワーがうなずく。視線は、片方の顔に落ちたまま。

「……うん。今はそれでいいわ。ちゃんと息してるし、顔もさっきよりやわらかい。さっきみたいな強い泣き方じゃない」

そのとき、片方の口が、ふっと動く。ハワーが、顔を寄せる。

「……今、見た?口、動いたわよね。さっきと開き方、違った。勝手に開いた感じじゃない」


アダムがすぐ覗き込む。

「……ああ、見た。今の、ちょっと笑ったみたいだったな。口だけじゃなくて、目も少し動いただろ。あれ、ただの動きじゃない気がする」


二人とも、動かない。もう一度を待つ。だが、顔は静かなまま戻る。ハワーが、目を離さずに。

「……まだ決めないわ。今のだけで笑ったって決めるのは早い。口が勝手に動いただけかもしれないし、目も、私たちがそう見たいだけかもしれない」


アダムが、少し悔しそうに息を吐く。

「……でも、ちょっと違っただろ。ああいう動き、さっきまでなかった。俺は今の、かなりそれっぽかったと思うんだけどな」


ちょうどそのとき、今度は反対側の口が、わずかに動く。

「……今!」


声が重なる。二人とも、また顔を寄せる。瞬きもしない。ハワーが、先に小さく息を吐く。

「……だめ。今のもまだ分からないわ。動いたのは見えた。でも、笑ったって言い切るには、まだ足りない。私、そこはちゃんと見たいの」


アダムが、目を細めたまま。

「……俺もちゃんと見たい。でも今のを何でもないで流すのも、もったいないだろ。せっかく初めてそれっぽいのが来たのに、全部ただの動きで済ませるのも違う気がする」


ハワーが、少しだけ口元をゆるめる。

「……あなた、すぐ決めたいのよね。名前のときもそうだったけど、形が見えたら、すぐ決めたがるもの」


アダムも小さく笑う。

「……だって決めたくなるだろ。今の見たら、笑ったってことにしたくなる。ちゃんと喜びたいだろ、初めてなら初めてで取りたくなる」


ハワーは、子どもたちを見たまま。

「……じゃあ、心の中だけにして。まだ口にはしない。今は“そうかもしれない”で置くの。違ってたら、あとで分かるわ」


アダムがすぐ返す。

「……心の中だけならいいか?」


「……それならいいわ」


「……じゃあ一回だけ思っとく。今の、ちょっと笑ったかもしれないって」


「……うん。“かもしれない”までよ」


そのあいだに、二つの小さな身体は、また少し静かになる。呼吸が少し深くなる。アダムが、顔を見たまま。

「……寝たか?」


ハワーが、すぐには答えない。呼吸の上下を見る。

「……たぶんね。でも、まだ浅いわ。すぐ戻るかもしれない。だから今は、寝たって決めない」


アダムが、かすかに笑う。

「……たぶん、多いな」


ハワーも、少しだけ笑う。

「……今はそれでいいの。分からないのに決めるより、見てるほうがいいわ」


アダムが、視線を落としたまま。

「……でも、また来たら、今度はちゃんと見る。口だけじゃなくて、目も頬も全部見る。次は見逃したくない」


ハワーが、静かにうなずく。

「……うん。次に来たら、一緒に見るわ。今度は二人とも、ちゃんと止まって、見る」


二人は、それ以上は言わない。ただ、二つの顔を見ている。もしかしたら、笑ったのかもしれない。まだ、決めない。でも、次はきっと見逃さない。

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