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第52話:事故にできる距離

戻る場所は、決まっている。急がない。狭い通り。人が重なって、流れている。俺は歩く。サジークが横。アミーヌが半歩後ろ。前から、男。肩一つ分。ずらさない。当たる。体が、少し揺れる。


男が口だけ動かす。

「……悪い。見えてたけど、そのまま行った。ここで止まると後ろが詰まる。だから、そのまま通した」


振り向かない。一拍。後ろから、もう一度。今度は、近い。

「……すまない。気づいてはいた。ただ、ここで避けると流れが崩れる。だから、そのまま押した。それが一番早い」


視線は上がらない。サジークが一歩前に出る。間に入る。肩を張る。

「通る。そのまま流せ。止めるな、こっちで合わせる」


相手は止まらない。だが角度を変える。

「……混んでるな。最近、詰まり方きついな」


「まあな。止まるやつが減った分、押し合いで回してる」


それで終わる。誰も、俺を見ない。少しして、アミーヌが低く言う。

「……今の、見えてましたよね。避けられる距離でした。でも、そのまま来てます」


俺は前を見たまま返す。

「来たな。一回目で位置を見てる」


アミーヌが続ける。

「はい。二回目、同じ所に来てます。強さも少し上がってます。……わざとです」


サジークが入る。

「確認だ。通れるか見てる。どこまで当てていいか、先に測ってる」


アミーヌが息を吐く。

「……じゃあ。ぶつかってるんじゃなくて、試してるんですね。相手じゃなくて、流れの中で」

一拍。

「……でも、止めないんですね。当ててきても」


サジークが答える。

「止めない。止めると流れが切れる。切れると、後ろが詰まる。だから、当てる方が優先される」


俺は前を見たまま、足を止めない。

「人じゃない。流れを見てる。当たるかどうかじゃない。止まるかどうかだ」


アミーヌがさらに近づく。

「……じゃあ、当たっても、何も起きてない扱いになる?止まらなければ、最初から無かったみたいに」


サジークは視線を前に置いたまま、わずかに顎を引く。

「なる。流れが崩れなければ、全部消える。残るのは、詰まりだけだ」


少し間。俺は歩いたまま言う。

「だから、同じ所に来る。当てても残らない。消える前提で動いてる」


後ろで笑い声。別の話。もう、切り替わっている。


サジークが歩調を合わせる。

「次、来る。今度は強い。さっきので通ると分かってる」


俺は前を見る。

「止めない。そのまま受ける。流れは切らない」


サジークはうなずく。

「位置だけ取る。崩さない。当てられても、そのまま渡す」


アミーヌが半歩近づく。

「……来たら、同じ場所を見ます。どこまで強くしてくるか。次で、限界を探ります」


流れは変わらない。だが、身体が先に覚える。当てる位置。ずらさない距離。戻し方。誰も教えない。それでも、形だけが残る。


しばらく歩く。通りは同じ。足元がざらつく。柔らかい音。何かが砕けて、落ちる。皮と、湿った残り滓。齧りかけの形が、崩れている。足先に当たる。止まらない。


少し離れたところで声。

「……風、強いな。手元、持ってかれる。あ、落ちたな。まあいいだろ、そのまま流せ」


短い笑い。サジークが前に出る。流れの中に、わずかに逆らう位置。相手の前に、肩を入れる。

「今の、落としたな。見えてたろ。わざとだ」


相手は止まらない。だが視線だけ少し下げる。

「……いや、落ちただけだ。手元滑った。この流れで止まる方が迷惑だろ。拾う方が詰まる」


サジークは動かない。

「当たる位置に置いた。一回じゃない。さっきも同じだ」


相手が少しだけ息を吐く。

「見えてたのは認める。でも止めなかっただけだ。避けて詰まるより、そのまま流した方が早い」


横から、マリークが入る。声は低い。

「それ、落としたんじゃない。こっちに置いたな。足元に来るように流してる。見えてるだろ。それで事故にするのか」


相手は笑う。 短い。

「事故だろ。落ちたものは落ちたものだ。いちいち拾ってたら回らない。みんなそうしてる」


後ろから別の声。

「止まるなって。詰まるぞ。いいから流せ、そのまま行け」


流れが押す。サジークは一瞬だけ踏みとどまる。それ以上は出ない。

「……流れ、な」


わずかに位置をずらす。道を戻す。マリークが続ける。声は低い。

「誰に当てたか、決めないようにしてるな。顔も上げない。視線も合わせない。それで“当ててない”形にしてる」


相手は肩をすくめる。

「そう見えるならそれでいい。止めなければ問題にならない、それだけだ」


サジークが低く返す。

「問題にしてないだけだ。消してる」


相手はもう見ない。

「消えるなら、それでいいだろ。残す方が邪魔だ」


そのまま流れていく。後ろで笑い声。

「さっきのも滑っただけだろ。風あるしな。落ちるときは落ちる」


もう誰の話でもない。マリークが小さく言う。

「全員で支えてるな。落としたやつだけじゃない。周りが全部、“事故”にしてる」


サジークが前を見る。

「止めない限り、成り立つ」


誰も、止めない。流れはそのまま続く。足元の汚れも、そのまま残る。


歩く。少し広い。流れがほどけている。前から、三人。歩幅が揃っている。一人が道を変えない。目が合う。来る。当たる。重い。サジークの肩が受ける。


男は肩を当てたまま、わずかに顔を寄せる。

「……悪いな。見えてたけど、そのまま来た。ここで止まると詰まるから、避けなかった」


もう一人は口の端だけ上げる。

「いいだろ。当たっただけだ。避けて遅れる方が面倒だ」


三人目は視線だけを動かす。周りを一周させる。サジークが半歩前に出る。肩幅をわずかに広げる。

「行け」


当てた男は肩を回す。

「気にしすぎだ。止めないなら、そのまま通すだけだろ」


三人は流れる。ナーヒルが一歩出かけて、止まる。

「おい、今のは——」


マリークは遮る。

「言うな。ここで止めたら、こっちが切る」


ナーヒルが顔を向ける。

「じゃあ見てるだけかよ」


マリークは呼吸だけ置く。

「今はな。向こうがどこまで来るか、見てる」


少し進む。咳。低く吐く。唾が、足元に落ちる。俺は止まる。布で拭く。


男は振り向かない。歩きながら落とす。

「……汚いな、道狭いしさ、ここで止まると詰まるだろ、だからそのまま流しただけだ。落ちただけだろ、拾う方が邪魔なんだよ」


ナーヒルが舌打ちを噛み殺す。

「今のもかよ……当ててねえってことにしてるだけじゃねえか」


アミーヌは足元を一瞬だけ見て戻す。

「当たってないです。でも近すぎます。避けられる距離でした」


サジークは前を見たまま顎をわずかに引く。

「わざとだ。止めない前提で寄せてる」


マリークは歩幅を崩さず続ける。

「今ので見てきたな。どこまで寄せても止まらないか」


俺は視線を動かさない。

「当てる必要はない。止めなければ、通る」


ナーヒルは息を吐く。

「だからやってんだろ。止めねえから」


歩く。また来る。距離はある。来る。ぶつかる。今度は強い。サジークが受ける。足が少しだけ滑る。


男は肩を押し付けたまま言う。

「どこ見てんだよ。邪魔だ。その位置通れねえだろ、少しはずせ」


サジークは体を崩さない。

「すまない。そのまま通れ」


男は短く息を吐く。

「……チッ。当ててないだろ、止めてないだけだ。そっちが動かねえから当たるんだ」

一歩抜けながら続ける。

「止まるな。流れ切るな」


ナーヒルが一歩踏み込む。肩が前に出る。

「待てよ。今の、分かってやってるだろ」


男は足を止めない。視線も上げない。

「やってねえよ。当たってねえだろ、止めてねえだけだ。そっちが突っ立ってるから当たる、それだけだ」


ナーヒルがさらに詰める。

「位置、見てたな。外せた距離だろ」


後ろの一人が口を挟む。

「いいだろ別に。止めてねえんだから通してるだけだ。いちいち引っかかる方が遅れる」


流れが押す。サジークが横から一歩入る。ナーヒルの前に体を差し込む。

「下がれ。ここで止めるな」


ナーヒルが睨む。

「でも——」


サジークは動かない。

「流れを切るな」


マリークが低く入る。

「今はまだ“当ててない”で回してる。ここで止めたら、向こうの流れに乗る」


ナーヒルの肩がわずかに揺れる。男はもう見ない。

「ほらな、止まると詰まる。だから流せって言ってんだよ」


そのまま抜ける。ナーヒルが歯を噛む。吐き出す。

「……今の、完全にやってんだろ。もう隠してねえ」


マリークは視線を落とさない。

「強くなってる。偶然じゃ通せない所まで来てる。でも、まだ事故で流せる」


サジークは肩幅をさらに広げる。

「次は、俺じゃなくなる」


俺は歩調を変えない。

「そうはさせない」


アミーヌは呼吸を詰めて戻す。

「……止まりません。この流れだと、押し切られます。理由がない限り」


マリークはわずかに首を引く。

「止まらない。止める理由がまだない。だから全員流す」


ナーヒルは吐き捨てる。

「最低だな……分かっててやってる」


マリークは間を置かない。

「最低でも回る。止めなければ、それで通る」


流れは戻る。何もなかった顔で。


そのまま、朝になる。


同じ場所で、同じ時間に、同じ流れが続いている。もう確かめない。分かっている。ここでは、止まらなければ通る。止めなければ、消える。


通りは広い。人も多い。立ち止まる理由はどこにもない。


俺は歩く。アミーヌが横に付き、サジークが少し前に出て、ナーヒルとマリークは後ろで外を見ている。


前から男が来る。道はある。外せる余地もある。だが、視線だけが一度こちらをかすめて、すぐに外れる。歩幅は変わらない。そのまま、肩の線だけがわずかに内に寄る。


来る。当たる。


違う。重い。拳。


頬の奥が鈍く鳴って、息が一瞬で抜ける。足が半歩だけ遅れる。


殴った。男は通り過ぎない。その場で止まる。横からもう一人。背中に硬い衝撃。


三人。


男は肩を寄せたまま、低く吐くように言う。

「邪魔なんだよ、分かるだろこの流れ、ここは止まる場所じゃねえ、突っ立ってるから当たるんだ、少しは動け」


もう一人が口元だけ歪めて続ける。

「さっきから同じとこ通ってるよな、避ける気ねえなら当たるのは当たり前だろ、それで止めるなって言ってんだよ」


三人目は一歩引いたまま、周りだけを見る。何も言わない。周りが止まる。視線が集まる。だが、誰も来ない。若い男が一歩出る。


体が前に傾き、口が開く。

「——やめろ、今のは——」


横から腕が伸びる。引かれる。

「関わるな、止めても何も変わらない、巻き込まれるだけだ」


若い男の息が止まる。視線が揺れる。誰も動かない。それが答えだ。一歩、下がる。殴った男が、もう一度来る。今度は迷いがない。サジークが入る。真正面から、肩で押す。その横を割るように、


ナーヒルが踏み込む。腕を払う。一歩、詰める。

「おい、ふざけんなよ、今の見えててやってるだろ、流れとか言って逃げてんじゃねえぞ」

さらに寄る。

「当ててねえって押し通してきたくせに、今は殴ってきてるじゃねえか、それでも同じこと言うのかよ」


声が低く落ちる。だが、刃みたいに鋭い。

「ここで続けるなら、もう“事故”じゃ済まねえぞ。やるならやれよ。止めねえからって、舐めてんだろ」


空気が止まる。男たちが、止まる。見る。測る。数。距離。周り。誰も動かない。得がない。舌打ち。肩をすくめる。

「……調子に乗るなよ、止められると思うな、そのまま通してるだけだからな」


三人は流れる。人の中に溶ける。何もなかったように。音が戻る。話し声。足音。事件には、ならない。


マリークが視線を前に置いたまま。

「……今ので越えましたね。“当たってない”ではもう通らない」


俺は何も返さない。頬が熱い。口の中に、鉄の味。ナーヒルが吐き捨てる。

「……見てたろ、周り全部、止められたのに誰も動かなかった、もう分かってるからだろ、殴っても何も起きねえって」


視線は男たちではなく、周りに向く。サジークは何も言わない。ただ前に立つ。さっきより、近い。俺は歩く。痛みは後から来る。夜に残る。痣になる。それで、十分だ。広い通りは、もう役目を終えている。見られていても、止まらない。それが、分かった。俺は歩く。速めない。避けない。


路地に入る。


さっきまでの広い通りは後ろ。狭い。音が落ちる。足音が近い。サジークが足を止める。俺より少し前。肩が張る。


サジークが前を見たまま言う。

「……こっちでいいのか」


俺は短く返す。

「ここだ」


サジークがわずかに顎を引く。

「逃げ場はある。外せば抜けられる。それでも、ここを通すんだな」


俺は答える。

「ああ」


アミーヌが横に付く。サジークが壁側に寄る。指が一瞬開いて、閉じる。サジークが小さく落とす。

「……来るな」


前に二人。立っている。街灯の端。影の中。男が肩をわずかに揺らす。

「狭いな」


もう一人が首を傾ける。

「通れる。幅は足りてる。外せば当たらない」


最初の男が続ける。

「でも外さない。ここで詰めれば止まる。止まれば後ろも止まる」


もう一人が口元をわずかに動かす。

「だからそのまま通す。止めなければ問題にならない。当たっても“当ててない”で済む」


金属が鳴る。乾いた音。手首が回る。棒の端が灯りをかすめる。


サジークが一歩出る。

「通るのは、こっちだ。止まらない。外さない。そのまま抜ける」


男が肩をすくめる。

「……早いな。もう決めてきてる顔だ。迷ってねえ」


もう一人が目だけ動かす。

「崩れてないな。前に出るのも、横に付くのも。全部揃ってる」


俺は止まらない。アミーヌが俺の袖を軽く直す。

「……届きます。この距離なら振れます。でも、まだ来ません」


サジークが目を細める。

「ずれてるな。さっきより右に寄せてる。当てるんじゃない、振れる位置を見てる」


俺は前を見たまま言う。

「次は右だ」


サジークが短く息を吐く。

「ああ。測ってる。どこまで来ても止まらないか」


前の男が歩調を合わせる。肩が並ぶ。棒が脚に触れる。男が低く言う。

「……危ないぞ。この距離で立つなら当たる。避けないなら、そのまま来るぞ」

一拍。

「止めねえなら、振るしかねえ」


サジークがわずかに肩を前に出す。

「ああ、見えてる。距離も、角度も。殴られる位置も、全部な。それでも、ここに立ってる」


男が眉をわずかに動かす。

「……退かねえのか。一歩外せば済む話だろ。わざわざ当たりに来てるだけだ」


サジークが動かないまま返す。

「外せば続く。ここで外したら、次も外す。だから外さない」


男が一瞬だけ黙る。

「じゃあ殴るか?それでも同じこと言うのか。“当ててない”で通すのか」


サジークが低く言う。

「理由があれば止める。なければ通す。今は、まだそのままだ」

わずかに顎を上げる。

「だから通れ」


男は動かない。もう一人が横から口を出す。

「……やめとけ。ここでやっても得がない。数も、位置も崩れねえ」


最初の男が息を吐く。

「……チッ。今日は通すだけだ。でも次は分からねえぞ」


角度を変える。抜ける。棒は上がらない。二人は離れる。


アミーヌが小さく言う。

「……もう考えてないです。動きが先に出てます。殴る前提で寄せてます」


俺は答える。

「考える必要がない。立つ場所が決まってる」


サジークが短く吐く。

「守ってる、じゃないな。止めてるわけでもない。塞いでるだけだ」


俺はうなずかないまま言う。

「ああ」


歩く。サジークが前。アミーヌが横。誰も言わない。


そのまま進む。狭いまま。日が落ちる。


何も起きない。そのまま終わる。立つ場所だけが、残る。


夜。


宿の灯りが点いている。戸を開ける前に分かる。湯の匂い。入る。ラヒーマは、もう布を広げている。 水は張ってある。火は弱い。


ラヒーマが視線を上げずに言う。

「……そこ」


俺は靴を脱ぐ。座る。ラヒーマが手を動かしながら言う。

「今日は、腕。上からやる。動かないで」


俺はうなずく。サジークが後ろで壁に寄る。

「……深くはない。擦っただけだ。骨は大丈夫だ」


ラヒーマは返さない。布を取る。アミーヌが端に立つ。

「……時間、早かったです。昨日より詰まってます。同じ場所ですか?」


俺は答える。

「同じだ」


ラヒーマが湯を替える。水音。

「服、ここ」


俺は渡す。布が腕に当たる。


ナーヒルが壁から離れる。声が抑えきれていない。

「……もう黙ってるのは無理だ。顔も分かってる。毎回同じやつだ。名前だって出せる」

一歩寄る。

「ここまでやられて。まだ黙ってる意味あんのか。出せば罰せるだろ。終わらせられるなら、それでいいじゃねえか」


マリークがそのまま返す。視線は動かさない。

「出したら、どうなる。一人消えるだけだ。代わりが来る。流れは残る」


ナーヒルが噛みつく。

「じゃあ何だよ。殴られても、吐かれても。そのまま流すのか?それで回るならいいってか」


サジークが低く入る。一歩だけ前に出る。

「……今は違う。今止めても、一人だけだ。出したやつが罰せられて、代わりが来る。やり方は残る」

一拍。

「全員、それを分かってやってる。見られても、そのまま通る形でやってる。だから、まだ止める場面じゃない」


ナーヒルが振り向く。

「何が違う。もう殴られてるだろ。これ以上何を待つ」


マリークが引き取る。

「隠れてない。見られてる前提でやってる。ここで名前を出せば。個人じゃなくなる。役になる。同じことが増える」


ナーヒルが言葉を止める。ラヒーマが手を止めずに言う。

「……動かないで」

腕を少し上げる。ラヒーマがそのまま続ける。

「力、抜いて。ここ、深い。もう一回やる」

布が血を吸う。

「……痛む?」


俺は短く返す。

「大丈夫だ」


ラヒーマは返さない。手を止めない。


ナーヒルがもう一度言う。

「……じゃあいつだ。どこまで来たら止める。殴られてるのに、まだ流すのか。これでも、そのまま通すのか?」


サジークが壁に背をつけたまま言う。

「今は、“そのまま通す形”でやってる。当てても、当ててないって言える。だから流れてる。ここで止めたら、向こうのやり方を正しいって認めることになる」

一拍。

「今止めても、一人潰すだけだ。代わりが出る。それが崩れたら止める。“当ててない”で通せなくなったら止める。見てる前で、はっきり殴ってくるようになったら」

一拍。

「そのときは、止める。流れごと止める。人も、やり方も、全部止める。それまでは崩さない。今はまだ、その手前だ」


ナーヒルが吐く。

「……最低だな」


マリークがすぐ返す。

「最低でも回る。止めなければ、それで通る。だから続いてる」


静かになる。ラヒーマが布を替える。湯を捨てる。マリークが最後に言う。

「準備があるってことは、次も来るってことです。全員、分かってる」


俺は目を閉じる。布が畳まれる。灯りが少し落ちる。誰も何も言わない。夜が進む。明日も同じになる。それだけが残る。

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