第3話:地上の冷たさ
夜が、落ちる。一瞬だった。アダムの足が、わずかにずれる。
「……なんだ、これ……いきなり来たな……さっきまで普通に見えてただろ……支えが抜けた感じだ……立ってるのに、立ててる気がしない」
足裏で地面を押し直す。
「……地面、同じはずだろ……なのに信用できない……重さだけ、下に引かれるな」
ハワーも、遅れて足を動かす。指先が、少しだけ土を探る。
「うん……分かるわ……さっきまでは乗ってるだけでよかったのに……今は、自分で立ってる感じが強い……ちゃんと支えないと崩れそう」
アダムが、前を睨む。
「……暗いな……これ、続くのか?それとも戻るのか?時間の感じも、さっきと違うな」
口を開くが、音が途中で落ちる。
「……届いてないな……声も、途中で消える……遠くまで行かない」
ハワーが、顎を上げる。目が、空をなぞる。
「……上、見て……星、多すぎない?近いわ……落ちてきそう……園の空と全然違う……あれ、こんな距離じゃなかったよね?」
アダムも、目を細める。
「……距離が分からないな……遠いのか近いのか、どっちにも見える……決まらない」
ハワーの耳が、わずかに傾く。
「……ねえ……音、増えてるわ……さっきより、ずっと……」
アダムの視線が止まる。
「……ああ……止まらないな……一つじゃない……重なってる……」
首だけを、わずかに動かす。
「……右だな……奥……いや……」
足が、半歩だけずれる。
「……違う……草じゃない……擦れる音だ……細いのが、いくつも動いてる……地面の上、何か走ってる」
ハワーの指が、わずかに震える。空気を測るように止まる。
「……違う、もっと近いわ……右じゃなくて……こっち……足元のほう……見えないけど……地面のすぐ上を、何かが滑ってる感じ……」
アダムが、息を止める。
「……近いな……これ……数も多い……一つじゃない」
少し間。
「……測れないな……方向も距離も、はっきり決まらない……」
ハワーの肩が、わずかに強張る。
「……でも、消えない……ずっといる……途切れない……」
指先が、胸元で止まる。
「……聞こえてる……全部……」
音が、重なる。アダムが、目を凝らす。闇を押し返すように。
「……右の奥……いや……違うな……あれ……地面が少し動いてる……黒い影みたいなのが、波みたいに寄ってくる……形は分からない……でも、まとまって動いてる……こっちに来てるな」
ハワーの視線が、同じ位置で止まる。
「うん……寄ってきてる……でも、形にならない……見えないまま近づいてくるのが、一番分からないわ……」
アダムが、歯を食いしばる。
「……見えないな……輪郭が出ない……聞くしかないな……」
ハワーの息が、少し浅くなる。
「……見えない……でも近い……それが……ちょっと怖いわ……」
アダムが、低く落とす。
「……何かいるな……確実に動いてる……数も形も分からないのに、近づいてくる……」
ハワーが、小さく頷く。視線は外さない。
「……うん……分からないまま来る……止まらない……」
アダムの喉が動く。
「……見えないな……」
ハワーの指が、わずかに握られる。
「……見えないわ……」
二人とも、動かない。ハワーの視線が、わずかに落ちる。
「……園の夜は……包まれてる感じだったわ……目を閉じても、何も来なかった……」
視線を上げる。
「……でも、これは違う……押してくる……前からも、後ろからも……」
アダムが、短く吐く。
「……ああ……来てるな……夜って、こんなもんか……だいぶ違うな」
ハワーが、一歩だけ近づく。触れない。だが距離が縮まる。
「……眠れない……目、閉じるのちょっと無理……怖いっていうのとも違うけど……閉じたあと、どうなるか分かんない感じがする……」
少し間。
「……さっきまで普通にいられたのに……今は、閉じたら何か置いてくる気がするの……」
アダムが、息を一つ落とす。胸の上下を確かめる。
「……俺もだ……眠れる感じしないな……目閉じたら、そのまま戻れない気がする……なんでか分からないけどな」
そのまま腰を下ろす。地面に体重を預ける。すぐに眉がわずかに動く。
「……これ、横にならないほうがいいな……」
ハワーが、少し顔を傾ける。
「どうして? 疲れてるのに……寝たほうが楽じゃない?」
アダムが、すぐに首を振る。
「……分からない……でもな……起きてたほうがいい気がする……横になったら、何か見えなくなる気がする……それが何かは分からないけど……今は、見えてないのに、見えてないままにしちゃいけない感じがする」
ハワーが、そのまま地面に手をつく。指先で硬さを確かめる。
「……分かるわ……体が先に動く感じ……考える前に、なんか反応してる……園では、こんなことなかったよね……起きてなくてもよかったし……気にしなくても、そのままいられた……」
アダムが、少しだけ前かがみになる。
「……ここは違うな……何が違うか、分かるか?」
ハワーが、少しだけ迷う。
「……うまく言えないけど……」
胸に手を当てる。
「……先に来るの……考える前に、体が重くなる……決めてないのに、下に引っ張られる感じ……」
アダムが、すぐに重ねる。
「……ああ、それだ……考える前に来る……決めてないのに動く……動けって言われてないのにな……」
言葉が、そこで止まる。ハワーは否定しない。ただアダムを見る。背中が、少し丸くなっている。
「……姿も変わってるね……さっきと違う……」
アダムが、わずかに息を止める。
「……気づいてなかったな……」
そのとき、闇の奥から、低い音が伸びる。引きずるように、長く続く。ただの風ではない。地面に触れた何かが、湿ったものを擦るような、重い音。間に、短く途切れる息のようなものが混じる。吸うのか、吐くのか分からない、だが確かに“呼吸している音”。
ハワーの肩が、わずかに揺れる。
「……今の……聞こえたよね……さっきより長い……消えなかった……それに……ただの音じゃない……なんか……息みたいなの、混ざってる……」
アダムが、すぐに応じる。視線は闇のまま。
「聞いた……地面、擦ってるな……何か重いものが動いてる……止まってない……」
少し間。
「……近くじゃない……たぶんな……でも、遠くでもない……間にいる感じだ……ゆっくり、こっちに寄ってきてる……」
ハワーが、すぐに重ねる。
「……うん……近い……距離が、縮んでる感じ……でも、見えない……形が出てこない……見えないまま近づいてくるのが、一番分からない……」
アダムが、わずかに息を止める。
「……足音じゃないな……一歩ずつじゃない……ずっと滑ってるみたいに来る……四つで動いてる感じだ……」
ハワーが、小さく首を振る。
「……分からない……でも、人じゃない……同じじゃない……息が、違う……」
アダムが、低く重ねる。
「……ああ……人の音じゃないな……」
わずかに息を抜く。
「……まあ、俺たち以外に人はいないはずだけどな……この世で最初の人間だろ、俺たち……」
すぐに視線を戻す。
「……それでも違う……これは……人じゃない……いるな……確実に……」
ハワーが、足の位置をほんの少し寄せる。
「……離れないで……ここ……この場所、ずれたくない……あれに、気づかれたくない……」
アダムが、即座に返す。
「離れない……ここにいる……勝手に動かない……」
沈黙。だが、前の沈黙とは違う。ハワーが、小さく息を吐く。
「……さっきの静けさじゃないね……何も起きない静けさじゃない……何かが、もう来てる静けさ……」
アダムが、低く重ねる。
「……ああ……止まってるんじゃないな……来る前じゃない……もう……来てる」
ハワーが、横目でアダムを見る。肩が、少し落ちている。呼吸も、深くなっている。
「……ねえ……さっきより、重くなってる……肩、落ちてるわ……息も深い……無理してる感じする……疲れてるんじゃない?」
アダムが、わずかに眉を動かす。自分の胸に意識を落とす。腕、背中、足。
「……そうか?……分かんねえな……これが疲れかどうか、まだはっきりしない……でも、軽くはないな」
足を少し踏み直す。
「……園では、こんな感じにならなかっただろ……立ってるだけで、勝手に整ってた」
ハワーが、小さく頷く。
「うん……そのままでよかった……崩れる感じもなかった……」
アダムが、前を見たまま。
「……ここは違うな。休まないと、進めない感じがする……そのままだと、崩れる」
ハワーが、すぐに拾う。
「進むって……どういうこと?」
アダムが、少しだけ言葉を探す。
「……生きるってことだな。立つだけじゃなくて、続ける感じだ……止まったら、そのまま落ちる」
ハワーの呼吸が、少しだけ浅くなる。
「……じゃあ……休まないと、続けられないってこと?」
アダムが、わずかにうなずく。
「……たぶんな……ずっとそのままじゃいられない」
ハワーが、視線を落とす。
「……眠る?」
問いは静か。押さない。アダムが、すぐに返す。
「……怖いな。目閉じたら、そのまま戻れない感じがする……何か見逃す気もする……今は、閉じないほうがいい気がする」
ハワーが、少しだけ近づく。
「……じゃあ……どうする?」
アダムが、息を一つ落とす。
「……俺が起きてる……お前は休め……全部じゃなくていい……少しでもいいから」
ハワーが、すぐに首を振る。
「一人にしないわ……それは違う……でも……少しだけなら……目を閉じてもいいかもしれない……完全にじゃなくて」
アダムが、低く返す。
「……ああ……それでいい」
ハワーが、アダムを見る。
「……無理しないで……さっきより、重くなってるの分かるから……」
アダムが、わずかに息を吐く。
「……分かってる……できるところまでだな……無理はしない……でも、今は起きてる」
ハワーが、静かにうなずく。
「……うん……」
二人が、そのまま座る。同じ方向。少しだけ距離を保って。沈黙。風が抜ける。肌を撫でない。奪うように通る。
ハワーの肩が、わずかにすぼまる。
「……寒い。さっきと違う……中から抜けてく感じ……」
アダムが、自分の腕を見る。
「……これが寒さ……そうか……外から来るっていうより……中が減ってる感じだな」
ハワーが、胸に手を当てる。
「うん……足りなくなる感じ……そのままだと、保てない……」
アダムが、低く落とす。
「……だから動くのか……止まってると、持ってかれる」
ハワーが、静かに重ねる。
「……だから、休んで、戻すのね……」
二人は、同じ闇を見る。アダムは、目を閉じない。ハワーは、ほんの一瞬だけ、まぶたを落とす。すぐに開く。
「……まだ、無理……」
アダムが、短く返す。
「……いい……無理するな」
風が、止まらない。夜は、まだ、長い。アダムが、周りを見る。木。枝。葉。近くの葉を、両手でまとめて掴む。
「……これ、使えそうか……」
何枚か重ねる。ハワーの肩に掛けようとする。ずれる。落ちる。風が間に入る。アダムの眉が、わずかに寄る。
「……軽すぎるな……止まらない……」
もう一度、重ねる。今度は腕で押さえる。
「……今は、役に立たないな……温かくもならない……重ねても、変わらない」
吐き出すように。
ハワーが、落ちた葉を拾う。縁が裂けている。それでも離さない。
「でも……」
少し間。指で薄さを確かめる。
「……何もないよりは、マシだよね……完全じゃなくても、少しでも遮れるなら、それでいいと思うわ……」
アダムが、その言葉を受け取る。少しだけ視線を落とす。
「……ゼロじゃない、か……全部じゃなくてもいいってことだな……少しでも残れば、それで違う」
もう一度、葉を集める。今度は、自分の肩にも掛ける。
「……俺も冷えるしな……一人だけじゃ意味ないだろ……同じにしといたほうがいい」
風が抜ける。葉が鳴る。アダムが、歯の奥で呟く。
「……冷たいな……中、持ってかれる感じだ……園では——」
止まる。ハワーが、静かに続ける。
「冷たくならなかった……そのままでよかった……」
アダムが、短く返す。
「……ああ……」
沈黙。一拍。ハワーが、自分の腕をさする。
「……こうすると……少し残る……全部じゃないけど、消えきらない感じ……」
アダムが、それを見る。すぐ真似る。
「……分からないけどな……でも、やらないよりいい……完全じゃなくても、減らせるなら、それでいい」
周りの風を感じる。肩の向きを変える。
「……こっち、来い」
ハワーが、顔を上げる。
「え?」
アダムが、位置を少しずらす。
「……この角度、風が抜けにくい……背中側、少しだけ弱い……」
足を一歩動かす。
「ここ……この位置……」
ハワーが、少し迷う。
「……本当に?」
アダムが、短く返す。
「……分からない……でも、さっきより当たりが弱い気がする……」
ハワーが、一歩近づく。触れない。だが、距離がほぼ消える。風の当たり方が、変わる。ハワーの呼吸が、わずかに止まる。
「……違う……さっきと……当たり方が変わった……直接じゃない……少しだけ、流れてる……」
アダムが、すぐに応じる。
「……ああ……抜け方が変わったな……正解じゃないけど、外れてもない」
葉が、二人の間で擦れる。ハワーが、小さく息を吐く。
「……これ、いいかも……完全じゃないけど……さっきより保てる……」
アダムが、低く続ける。
「……今は、動かないほうがいいな……」
ハワーが、すぐに聞く。
「どうして?」
アダムが、少し考える。
「……分からない……でもな……動くと、これ全部崩れる……風も、また当たり直す……今の感じ、切れる」
ハワーが、少しだけ頷く。
「……じゃあ……このまま……保ったほうがいいってことだよね……」
アダムが、短く返す。
「……ああ……今は、それしかない」
ハワーが、提案する。
「……座る?」
アダムが、すぐにうなずく。
「……うん、そのほうが安定する」
二人が、同時に腰を下ろす。地面が、はっきり冷たい。ハワーが、息を吸う。
「……下も、冷たい……」
アダムが、すぐに返す。
「……上だけじゃないな……下からも来る……」
葉を、地面に広げる。
「……敷く……これで少し切れるかもしれない……」
完全ではない。それでも、直接ではなくなる。ハワーが、その上に座り直す。
「……全部じゃないけど……直接じゃないだけで、違う……」
アダムが、小さく息を吐く。
「……全部は防げないな……でも、減らせる……それでいい」
ハワーが、葉の端を指で押さえる。ずれないように整える。少しだけ、手が止まる。
「……うん……一人じゃなくて、こうやって一緒にやると、形になるね……ありがとう」
アダムが、わずかに視線を落とす。
「……一人だと、足りないな……いや……一人じゃ思いつかなかったな……こうやってやるもんなんだな……」
風が、また抜ける。だが、さっきより弱い。二人は、そのまま動かない。アダムは、何も言わない。同じように、葉の上に、座る。肩が、近い。触れない。だが、間が、ない。ぽつりと落とす。
「……こういう距離だと……風、分かれるな……そのまま胸に来ない……肩の外を抜けていく……」
ハワーが、首をわずかに傾ける。肩で、当たり方を確かめる。
「……うん……違うわ……さっきみたいに、正面から当たらない……一回ずれてから当たる……弱くなってる……一人のときより……当たったあと、そのまま抜けてくね……」
風が、また吹く。さっきより、わずかに弱い。アダムが、低く続ける。
「……寒さって……こうやって来るのか……当たって、そのまま中に入ってくる……来たあとで、どうするか決めるしかないな……そのままだと、持ってかれる……」
ハワーが、小さくうなずく。
「……うん……でも……そのまま当たり続ける感じじゃないね……さっきみたいに、全部受けるわけじゃない……」
指先で、葉の重なりを直す。
「……肩で少し止まるし……横に逃がせる……全部じゃないけど……」
アダムが、それを見ながら。
「……防げないけど、弱くできるってことか……」
ハワーが、すぐに重ねる。
「うん……なくせないけど……そのまま受け続けなくていい……一人じゃ、無理だったね……これ……全部、まともに受けてたと思う……」
アダムが、わずかに息を落とす。
「……ああ……一人だと、全部そのまま当たるな……逃がせない……二人だと、二人だと、当たり方が変わる……直で来ない……」
視線が、わずかに落ちる。
「……もう少し、寄れるか」
ハワーが、顔を上げる。
「え……?」
アダムが、短く続ける。
「……たぶんだが……近いほうが、逃がせる……それと……」
一瞬、言葉を探す。
「……体の熱も、残るかもしれない……分からないけどな……」
ハワーが、少し迷う。だが、止まる理由もない。
「……うん……やってみる……」
一歩、寄る。距離が、消える。肩が、触れる。そのまま、止まる。ハワーが、小さく落とす。
「……あれ……さっきより……冷えない……」
肩で確かめる。
「……ここ……違う……」
アダムが、わずかに息を止める。視線は動かさない。
「……ああ……風だけじゃないな……お前、あったかいな……これ、残るんだな……」
ハワーの呼吸が、わずかに変わる。
「……うん……ほんとだ……ここ……抜けていかない……」
指先が、止まる。
「……残る……」
アダムが、低く返す。
「……離さないほうがいいな……これ、離したらまた冷える……」
ハワーが、静かにうなずく。
「うん……このままでいい……一緒にいると……減るね……さっきより、ちゃんと違う……」
アダムが、息をひとつ落とす。
「……やってくしかないな……来るものを、そのまま受けるんじゃなくて……減らしていくしかないな……」
ハワーが、すぐに重ねる。
「うん……全部は無理でも……減らせるなら、それでいい……」
アダムが、少しだけ前を見る。
「……覚えること、多いな……」
ハワーが、間を置かず返す。
「……生きるなら、ね……何もしないっていうのは、もう無理でしょ……」
アダムが、低くうなずく。
「……ああ……来る以上、どうするか決めるしかないな……」
風が、抜ける。だが、さっきより弱い。二人は、動かない。葉は、完全ではない。身体も、慣れていない。それでも、離れない。
ハワーが、小さく落とす。
「……さっきより……冷え方、弱い……」
アダムが、短く返す。
「……ああ……当たり方が違う……」
ハワーが、静かに続ける。
「……こうやってやるのが……ここで生きるってことかもね……」
アダムが、少しだけ考えてから。
「……最初から揃ってるんじゃなくて……自分で調整していくってことだな……何もしないと、そのままだと、持ってかれるな……」
ハワーが、やわらかく重ねる。
「うん……だから、一緒にやるんだね……全部、一人で受けないために……」
沈黙。だが、前の沈黙とは違う。止まっていない。二人のあいだに、“どう受けるかを決め続ける”という向きだけが、静かに置かれている。時間だけが、静かに、先へ進む。光が、戻る。一瞬だった。
アダムの目が、反射的に細くなる。
「……明るくなったな……」
そのまま顔を上げようとして、止まる。
「……いや……これ……痛いな……」
眉が寄る。目の奥が締まる。
「……見てると……押されるな……」
ハワーも顔を上げて、すぐに逸らす。
「……うん……これ……刺さるわ……」
手で頬を少し覆う。
「……当たってるところ……じんじんする……」
アダムが腕を上げる。光を遮る。
「……ああ……これだ……直接当たると、きついな……」
腕の影が顔に落ちる。一瞬、楽になる。
「……影あると違うな……当たりが弱くなる……」
ハワーがその動きを見る。同じように手を上げる。
「……ほんと……ここ……楽になる……さっきと全然違う……」
光がまた当たる。
「……でも……ずっとは無理ね……腕、持たないわ……」
アダムが低く吐く。
「……夜は冷えてたのに……今度はこれか……」
足元を見る。
「……下からも来てるな……」
ハワーがすぐ反応する。足を少し動かす。
「……ほんと……地面……あったかいっていうより……熱いわ……じっとしてると……足の裏から上がってくる……逃げ場ない感じ……」
アダムが短くうなずく。
「……上と下、両方から来るな……逃げ場ないな……」
ハワーが空を見ようとして、すぐやめる。
「……これ……ずっと続くの……?」
アダムも一瞬だけ空を見る。すぐ逸らす。
「……直で見るのは無理だな……目が持たない……」
腕の影を見ながら。
「……角度で変わるな……」
手を動かす。影がずれる。
「……ここだと楽だな……こっちだと一気に来る……」
ハワーが地面を見る。二人の足元。
「……影、動いてる……」
アダムがすぐ反応する。
「……ああ……さっきと位置違うな……」
一歩ずれる。影がずれる。
「……ついてくる……いや……違うな……俺たちが動いてるのか……?」
ハワーが首を振る。
「……違うと思うわ……」
地面を指で示す。
「……同じ場所にいるのに……影だけ動いてる……あれが動いてるのね……光のほう……」
アダムが低くまとめる。
「……じゃあ、あれが動くと影も動くってことか……使えるな……」
ハワーがすぐ拾う。
「うん……ここ、楽だもの……当たり方が全然違う……刺さらない……」
影の中に足を入れる。
「……直接来ない……一回弱くなってから当たる……」
アダムが周りを見る。木。岩。地形。
「……隠れる場所いるな……影が溜まるとこ」
ハワーがすぐ見つける。顎で示す。
「……あそこ……」
低い地形。岩の影が溜まっている。
「……濃いわ……あそこ……」
アダムがすぐ動く。
「……行くぞ」
二人が歩く。一歩。足裏に熱。
「……熱いな……踏むたび来る……」
ハワーも同じように。
「……うん……でも止まるよりいいわ……じっとしてるほうがきつい……」
影に入る。一瞬。空気が変わる。ハワーの息が落ちる。
「……あ……違う……ここ……全然違う……」
肩が少し下がる。
「……さっきより楽……ちゃんと抜ける……」
アダムも肩を落とす。
「……ああ……抜けたな……これだな……今はここだ」
ハワーが影の境目を見る。光と影の線。
「……でも……止まってないわ……」
指でなぞる。
「……少しずつ動いてる……逃げてるみたいに……」
アダムがすぐ理解する。
「……追えばいいな……動くなら、ついていけばいい……」
ハワーがうなずく。
「うん……完全じゃないけど……なくなるわけでもない……ちゃんと使えば、楽になるわ……」
アダムが低く返す。
「……ああ……逃げるんじゃなくて、使う感じだな……」
空はもう完全に明るい。影はゆっくり動く。ハワーが小さく落とす。
「……優しくはないわね……でも、ちゃんと見れば避けられるところもある……全部じゃないけど……さっきより分かる……」
アダムが短く返す。
「……ああ……どうにもならないわけじゃないな……考えれば、少しは変えられる……そのまま受けるしかないってわけでもない……」
ハワーが静かに重ねる。
「うん……全部は無理でも……選べるところはある……それだけで、だいぶ違うわ……」
沈黙。だが、止まっていない。アダムが最後に落とす。
「……こうやって、生きていくんだな……」
ハワーの視線が、地面に落ちる。
「……あれ……」
少し近づく。白い布が、地面に落ちている。アダムも気づく。
「……なんだ、それ……」
拾い上げる。軽い。風に少し揺れる。
「……布、か……」
少し間。自分の身体を見る。
「……まあ……明るいしな……裸のままは、さすがに落ち着かないな……見えすぎる……」
そのまま肩にかける。巻く。少しずれる。直す。
「……こうか……いや……」
もう一度整える。腹のあたりを覆う。右肩は出る。左側だけ斜めにかかる。少し動いて、確かめる。
「……これでいいよな……全部じゃなくても、さっきよりマシだ……ちゃんと隠れてる感じはある……」
ハワーが、それを見る。少しだけ目を細める。
「……うん……違う……さっきより落ち着く……見られてる感じ、少し弱くなってるわ……」
自分も布を取る。少し迷う。
「……どう巻くの……?」
アダムが、そのまま答える。
「……分からないな……でも、さっきみたいに隠れればいいだろ……全部じゃなくてもいい……」
ハワーが、体に当てる。胸元。肩。少しずれる。
「……これで……いいのかな……ちょっと不安ね……」
アダムが見る。一瞬、考える。
「……いや……髪、隠したほうがいいな……そのままだと、そこだけ浮いてる……」
ハワーが、顔を上げる。
「……なんで?」
少し間。アダムが、そのまま返す。
「……分からないけどな……そのほうがまとまる感じがする……さっきみたいに全部出てるより……落ち着く……」
ハワーが、少しだけ考える。それから布を上げる。頭にかける。髪が、半分隠れる。少し整える。
「……こう……?」
アダムが、少しだけ見る。
「……いいな……それ、似合ってる……さっきよりちゃんと収まってる……見てて落ち着く……」
ハワーの手が、少し止まる。
「……そう……?……変じゃない……?」
アダムが、すぐに返す。
「……変じゃないな……むしろ、そのほうが自然だ……これで、人らしく見えるな……」
ハワーが、小さくうなずく。布を軽く押さえる。
「……うん……これでいい気がする……さっきより、ちゃんといられる……」
二人とも、自分の状態を確かめる。風が、抜ける。だが、違う。ハワーが、小さく落とす。
「……これも……同じね……」
アダムが、低く返す。
「……ああ……そのまま受けるんじゃなくて……こうやって変える……一つずつ、だな……」
ハワーが、静かに重ねる。
「うん……全部じゃなくても……少しずつ……」
沈黙。だが、今度は違う。整っている。アダムが、最後に落とす。
「……これで、少しは進めるな……このまま行けそうだ……」




