第23話:価値が、分かれ始めた
夜が、深くなる速さが、前と違う。同じ火。同じ円。だが、空気だけが、変わっている。
背は伸びた。声は低い。動きは減り、言葉のあいだが、空く。呼ばれて集まったわけではない。それぞれが、ここに来ている。
火は、円のまん中。高くはない。揺れも少ない。薪は、ならされている。誰が足したかは、分からない。ただ、足された跡が残る。
アダムは、座っている。立たない。火の正面でもない。影と、炎のあいだ。
背は、わずかに火へ向く。だが、炎は見ない。まわりも見ない。数えもしない。誰がいるかも、確かめない。沈黙が、先にある。誰も、それを急がない。
やがて、アダムの声が落ちる。低い。風より、少し重い。
「……そろそろだ」
火が、ぱち、と鳴る。誰も、動かない。アダムは、視線を上げないまま。
「これからは、結びの形を、定める。これは、俺が決めたことではない。天の定めだ。同じ腹から生まれた者同士は、結ばれぬ。近すぎると、片方しか見えなくなる」
火が、小さく揺れる。
「一つの方だけを見続ければ、もう一方は見えなくなる。外とも、つながらなくなる。だから、離す。別のところと結ぶ。そういう形になっておる」
声は変わらない。
「なぜそうなっておるか、すべては分からぬ。だが、そのままにしておくと、どこかで偏る。偏れば、続かぬ。だから、こうする」
沈黙が、落ちる。誰も、口を開かない。返す者も、いない。言葉だけが、そのまま残る。
カービルは、動かない。火を見る。炎の高さ。薪の置き方。表情は変わらない。だが、息が、少し深くなる。
ハービルは、火を見ていない。視線は低い。地と、火のあいだ。拒まない。だが、寄らない。
妹たちは、互いに見ない。名も呼ばない。確かめない。アダムは、それ以上、言わない。足さない。求めない。
火は、燃え続ける。夜は、進む。その中で、一人だけ、重さが違う。音を立てない。動かない。だが、そこにいる。まだ、言葉にならない。まだ、ぶつかりでもない。だが、ここに、まだ名のない形が、置かれている。その重さのまま、夜が薄れていく。
夜明け前。まだ、明るくならない。
畑の端。昨日の形が、そのまま残っている。踏み跡。外した石。割った土。芽は、出ている。並びも、崩れていない。
カービルは、立っている。手は出さない。ただ、見る。風が通る。葉が、揃って揺れる。
「……全部、揃ってる。並びも、土も、芽も。昨日より、むしろ整ってる。手もかけたし、順も崩してない。石も外したし、土も割った。やることは全部やってる。形も残ってる」
視線は、動かない。
「それなのに、どこにも引っかからない。手応えが出てこない。どこ見ても同じで、違いが出てこない。良くなってるはずなのに、何が変わったか、掴めない」
息をひとつ。
「見れば分かるはずなんだよ。触れば出るし、やった分は残るはずだ。でも、見ても、前と同じに見える。俺は、見えるものしか信じない。だから、見えないなら、まだ足りてないことになる。見えないなら、意味がないだろ」
少しだけ、声が落ちる。
「どこが足りないのか、それが分からない。だから、動けない」
少し離れて、足音が止まる。アダムが、そこにいる。畑には入らない。
「……何がだ」
カービルは、見たまま。
「……分からない、っていうより、見抜けない。形は出てる。でも、それが本当にそうか、確かめられない。掴めないまま、進んでる感じがする」
風が、また通る。葉が揃って揺れる。アダムは、答えない。ただ、立っている。
カービルは、もう一度、畑を見る。揃った並び。崩れていない形。それでも、同じところに立っている感じは、しなかった。




