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事象1  作者: ゆーくりうすきゃる
第一章
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16/16

第一章16『自殺実況ビデオ』

胸を痛めて、痛めつけて―廊下を走った。


息は荒く、雨の日特有の薄暗い廊下をただ走った。


その行き先すらも決めずに、逃げるように走った。


荷物すら手に持たずに現実から背けるように走った。



何なの何なの何なの何なの何なの.....何なのよ...


何であんなものを見せられなきゃいけないの....?



伝宮流一奈(でんみやるいな)は不本意ながらも、経験則の辞書に「人の死を見つめる」を記入した―。


一つ、胸につっかかるものがある。

どこかもどかしくてこしょばゆいもの。

最後に見つめた彼女の"本質"が生きているようみ見えた。気の所為…だなんてことで誤魔化せることはできない。

彼女は"本質"のことを深く理解していた。それが嘘をつかない....つけないことも。

自分の目と現実を信じるならば、あの状態で生命が維持されているという事が起こり得るはずがないと殴るように自分を言い聞かせても"本質"がそれを邪魔をする。

邪魔をしてくる。


胸を痛めてそれを強調するように"本質"が主張してくる....。


『Chicken Talkin Bastard』はるいなの意思と同様に、"本質"を見抜き、知る。そして絶対的にそれを盲信する。

"本質"は全てに屹立して一つ存在する。


こいつは囁く。あの「死」は現実であり、架空であると、そう伝宮流一奈(でんみやるいな)の脳内に響かせてくる。


人の死というものは案外あっさりしていた。

あれが彼女の言っていた雨粒のように儚いということだろうか。

あの部屋の窓の下にいるそれは彼女の発言を代弁しているのかだなんて考えるのも怖くなってきた。

唐突な死、希死念慮、生命の放棄は何よりも酷く、経血と共に吐き出したい程に胸が締め付けられる今世の目の記憶。


焼き付けられたあの光景の刻印は来世にまで持ち越せる程に、るいなを驚かせた。


その記憶は忘れ去る事のない既往症(きおうしょう)になるだろう―。


長い廊下を駆け抜けて1階の玄関に降り立つように向かう。

慌てて階段から足を滑らせて尻餅をついて、手のひらを冷たい地面にパチンと叩きつける。

その時の痛みはもう限界についた頃には忘れていた。


靴箱にはずらりとその持ち主の人柄が垣間見えるような多種多様な靴が並んでいる。

ショーケースみたいに見ていても飽きるのは10分後くらいには靴箱は個性的だった。

外は変わらず雨粒が油紙を貫く勢いで園庭や生垣、噴水の水を刺激していた。

空は不安や悲しみに満ちた人間の心のように曇り、高らかに笑うようにお天道様を攫った。


そんな玄関の外を見れば人気という人気、空中に漂う小虫や野鳥の気配すら感じない静けさだ。

園庭の華やかな外観のベンチには幾分の水滴や水たまりがたむろしている。

話し相手という話し相手は雨粒と強く吹きかかる風音ぐらいだった。


ビデオを返した後はゆったりと雨音でも聴きながら寮でエモアニメの続きでも観ようと思っていたのにと彼女は心と自身の"本質"に愚痴るように嘆く。

そう暗い玄関に突っ立って彼女はか弱く嘆いた。


どうしようもない喪失感とさっきのショックの余韻がまだ残っていて、SAにある自販機下の汚いガムみたいにこびりついて離せない。

小さく歯軋りをして、スカートを握りながら玄関の先の園庭に置いてあるベンチの元へ歩いてった。

ただ頭を冷やしたくて、雨粒に濡れたくてそうした。


冷たいベンチに腰掛けると、雫が下着やお尻に染み付く。

あの気持ちの悪い感覚さえも心地よく感じた。

これに心地よさと弱くも安心を感じるなんて信じられなかった。


雨粒は彼女と出会った時から勢いを落とさず一定のペースで降り続けていて、無情にベンチに座る少女を指差して笑うようにビチャリと打ち続ける。


濡れた山吹色のねじれた髪はつややかに輝いて彩色を放って反射して、丁寧に着飾られた制服は濡れた色で華やかさを失っていた。

るいなの目元に滴る(しずく)は、雨なのか感情の泉なのかは彼女にもわからなかった。

雨とは対象的に物静かに肩を振るわせたかった。

それが今の静かなる彼女の願望で逃げ道だった。


つんとしたところで―"声が聞こえた"。


その声は雨音の聞き間違いや、錯乱する感情の見せる幻聴、自身の"本質"によるものではなかった。


「―キミ、大丈夫?」


その声は生きた人間の出す声だ。生命反応をそう鼓膜が検知して他の音をどかして震わせている。

その声のする方角に目をやれば片手を見慣れた制服のポケットに突っ込んで質素な黒い傘をさす一人の少女が立っていた。

「あっ」と反応を漏らしてその少女を見上げる。


目つきは気だるげな印象で髪はザンバラなのか比較的キレイなのかはよく分からない。

ただしっかりとしたトリートメントを使ってたりきっちりとした手入れはしているのだろうと半端に見受けられる。

頭頂の少し出ている切れ毛がなんだかおかしかった。

何というおもしろいというか。


撫でるように軽く胸を押さえると、"本質"はそう述べた。


―目の前にいる彼女の名は猫兎(ねと)すみれであると―。


「こんな雨に晒されてるけど、大丈夫なのかなって気になって...余計だったかな」


彼女は不満げに、少し臆病な声でそう言った。


「いえ....そんな事ありません...わ...。ただ頭を冷やしたくって...」


庇うように笑みを浮かべてこう返す。


「あぁ、そうなんだ...でも風邪ひいちゃうかもだから、打たれすぎは気をつけてね」


さりげなく雨を塞ぐように傘をこちらへ向けた。

それは人が誰しもが持ち合わせる純粋な善意なのが伝わってくる。


彼女の下手な愛想笑いと気遣うような声色を見れば―。


話すべきだろうか....自身が"見たもの"を...

あの部屋の窓の下....また邪魔をしてくる...。

"本質"が。要は彼女は生きていて死んでいる。

あの一瞥から得た情報は全くにも矛盾していて考えを狂わせてくる。


また顔を曇らせて感情を錯綜させた。


彼女にも"それ"はあった...


事象(じしょう)は彼女にもあることを、るいなの"本質"が見抜いた―。


それ見抜きは似ていた。―花に血を散らす楽河喜一来(らんがきいら)のものと。


彼女には自信だとか自己肯定感だとかがそこまで高くはないことは見抜かなくても雰囲気で伝わる。


すみれは慎重な手つきで肩を持って、傘に入れてあの玄関に足取りを向かわせながら忘れ物をしたなどと軽い雑談を交わしながらあの校舎の玄関に入った。


濡れた制服と髪を少ない膂力(りょりょく)で雑巾みたいに絞って、外を眺めると、その時の雨水と不安が一緒に流れたみたいに気は緩まった。


傘の水気を振り落としながら彼女はしばらく雨宿りをすることを伝えてきた。

自分みたいに寮生という訳ではないらしい。

そんな人に世話を掛けさせたことに恥と束の間の罪悪感があった。


彼女といると...彼女になら...吐き出せると思った。

ここにはお局みたいなウザい教師や、年頃の女の子をやらしい目で見つめる中年の用務員がいない安心感よりもも彼女といた時の方が安心感は強かった。


彼女にならきっと....


「―申し訳ございませんこと...少し見て頂きたい物がごさいますの.....」


「えっ?...」


彼女は目を見開いて驚いた。

当然の反応なのは言わずもがなだ。

初対面の人間からこんなことを言われれば身構えもする。


(わたくし)は先程まで、この校舎の2階にあるビデオルームにいましたの」


「そこでその何かってヤツを見てほしいって?...」


(わたくし)一人では抱えきれない事がその部屋にございますの」


「キミ、なんだか急に怪しく感じてきたね...。何かやましいことでもあるの?」


困惑と懐疑、警戒を彼女から見抜いた。


「そ、そういう訳では....全くもってございませんわ」


(わたくし)は何を言っているのでしょう....?

こんなにも弱腰で怪しい言い回しで....ただ知りたいだけ....(わたくし)がおかしくないことを知りたいだけ....


「お願いいたします....」


改まった声色で、助けを求めて人に縋るような声でこう返してしまった。


「―とりあえず、わかった」


彼女は頬を軽く掻いてそう言った。彼女は「わかった」とはっきり言った。

こんな些細な事実にすらも救いを感じた。


「....助かりますわ」


小声でこう返した―。


来た廊下をバックトラックみたいに辿って、彼女を例のビデオルームに誘導して、自分を信用しきれずにいた。

二人分の靴がカッカッカッと階段を歩きそれが薄暗い校舎の空間を響かせる。


そして目前に見えた、ビデオルームの扉。

トラウマの発祥地を前に足がくすんで動けなかった。


「ここだよね?何で扉開けないの?」


「―せんわ...」


「えっ?」


「やっぱり、やめますわ。(わたくし)だけで何とか致しますわ」


「急にどうしたの?...」


理解に苦しんだ。すみれは小さく息を吐いて緊張した胸をおさえて、理解に苦しんだ。


「そこのビデオルームの扉、開けてくれる?何かあるんでしょ?」


「いけませんわ!」


すみれを退けて扉の前に殴り込むように割り込んだ。

彼女の"本質"を覗けば当然、淡い色の怒りとグレーの困惑が渦巻いていた。


急にそんな気がした。―口外してはならないと。


「どういうつもり?...気が変わったの?やっぱりなんか悪いことしてんの?それを隠してるの?」


「違う...違う...違う....!」


すみれは怒りを隠しきれずに聞こえにくいように舌打ちをして扉にしがみつくるいなを乱暴にはがそうとした。


気の動転ぶりに鬱陶しさを感じて次第にイラだちを募って、まるで伝播するように怒りが湧いた。


「いいからどいて!!....あんたが見せたいから来いって言ったんでしょ?!」


「ダメ...ダメダメダメダメダメダメダメ....!」


「いいからどいてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


トチ狂った演説家みたいに声を荒げて強引に引き剥がされて、虫の死骸みたいな体勢でずっこけて、息を荒げた。

すみれは扉の前で鎮座して、こちらふと見つめる。

その時の目つきは傘をさしてくれた時と違って、穏やかとは程遠い。


隠しきれず無意識に舌打ちをして彼女は扉に手をひっかけて、開く。


そこはさっき自分がいた時、逃げるように走り去った時となんなら風景に変化はなかった。

置いたままの自分の荷物、テーブルの上の乾いた血痕。


そして...なかったはずのビデオテープの姿も―。


変わらずの天気、あの時窓を眺めている楽河喜一来(らんがきいら)の姿さえ追想できる。


「ま、まど....窓に...」


か細い声で伝えるように呟くと、すみれは窓の方に目を向ける。

「何があんの」と返されても同じことを一言一句呟くだけで何も言わなかった。


痺れを切らして彼女は窓の方に足取りを進ませて、そしてそれを見たはずだった。


「...何もないけど?」


彼女はこう言うだけだった。こんなところで、こんな場面で嘘をつく訳もない。

"本質"を力強く睨んでも彼女の言ったことは、紛れもない真であると告げたのだ。


信じられない。到底に信じられないことだった。

何を信じるべきかも...自分を失いそうになって座り込んで彼女の方を見た。


そしてあのビデオテープだ。気がかりになるのは他にもある、あのないはずのテーブルの上のビデオテープ。

すみれもその存在には目をやる程度に気付いてはいたが。

当然彼女からすれば違和感はないだろう。


慌てた足ぶりですれみのいる窓の方に駆け寄る。

そして恐る恐る、下の生垣に目をやる。目をやっても、そこには何にもなかった。

何一つだ。人が死んだと見られるような痕跡すらも、血痕だとか赤くなった草や花だとかも何もなかったのだ。


どう言うことなの?....ウソウソウソウソウソ....信じられない信じられない信じられない....気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い....


心は乱れて錯乱して今のるいなみたいに瞳孔を震わせている。

側にいるすみれは静かに錯乱するるいなを見てさっきまでの威勢は散って気づかぬ程度にドン引きしている。


「―どうしたの?」


「ない...ない...いない...いないんだよ....」


「...何が?」


「人がぁ!!!人が!!ここの窓からぁ!!下の生垣に!!硬い地面に落ちていった!!その人がいないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」


「人?つまりそれって...」


「自死した人が確かにそこにいたんだよ!!!」


自分でも分からない、どうしてここまで乱れているのか。

すみれだって同じ気持ちだろう。

そんな心情と連動するように外の雨は激しさを増して、(いかづち)の光も数秒に数回はさすほどに悪化している。


「ここで本当にそんなことがあったの?」


話を戻すようにすみれは窓を見ながら問いかけてきた。

「うん」とだけ返して鉄椅子に腰掛けた。

そこで目に見えるあの"ビデオテープ"。

このビデオテープはこの部屋を出た時にはなかったが、今の自分に、自分の記憶に確証は持てない。


「このテープ....部屋を出た時にはなかったはずです...わ」


「テープ?このビデオテープ?」


ビデオテープはこの部屋にある他のものと何一つ変わらない、普通のテープに見える。

タイトルラベルには何も記入されていない。しかしタイトルラベルに黄ばみや破れたような様子がなく妙に真っ白で綺麗な状態だった。


すみれは言った。


「これも見せたいヤツのひとつ?」


乗り気にはなれない。なかったはずのビデオテープ。そんな得体の知れない気味悪い代物を観るには―。


「そんなものは....」


何かを言う前にすみれはテープを持って、部屋にある銀色のビデオデッキに慣れない手つきでてこずらせながらそのビデオテープを挿入した。


黄ばんだ大きなスクリーンはしばらく砂嵐を見せた。


そのテープの"本質"はそのスクリーンに映し出された。


映像には見覚えのある空間と少女が見えた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


―あー、あ、あ、あー、おっ!やっと映った!


えーどうもこんちゃ!サンクチュエール学園2年の楽河喜一来(らんがきいら)って言いまぁーす!


今日やるたのしいことは〜これ!!


じゃ〜ん!!見て!この大きなカッターさん!!!


このカッターさんで!!たのしいことやっちゃいまーすぅ!!!


まずはこの試し運転的な感じで、このワタシのかわいらしい左のお手手に!刻んでいきます!!


ゔっんぐ....ほら見てください!!シュっと切れちゃいました!!

血が止まんないですよぉ!!


切れたとこはこんな感じです!肉の繊維みたいなものとか、すこし薄い黄色い脂肪みたいなのが膿みたいな液体と血を垂らしながら見えちゃってます!!


う〜ん、お肉みたい!!


今度は指を切っちゃいたいと思います!


うーん切りやすそうな小指がいいかなぁ?


このカッターの細い刃で切れるか、試してみたいと思います!


ゔぅん...ゔっ...ぬ...ゔゔぅッぐ....が、がったいですネぇ....ゔまぐ...キレまぜん゛...ッ!


ぁ!でぼぉ!ほ、ホネが見えてきました!...皮を刃で擦りながら....ギっていき...ます!...


手がびじょびじょでスベっちゃっで...ギリずらいで...す...


ぁ゛ぁ゛ぁあああ゛あァァ...!!!!


き、きれましたぁ...見てください!!ホラ!ワタシのかわいい小指です!!それを文字通り手で持っちゃってますよぉ....!!


とっても痛いです痛かったです!....でも知らない痛みで楽しめました...!


...今度は首にぶっ刺してみたいと思います!!


いきます!3、2、1.....!


ヴォガぁ...ブグッ゛ぁ...びぁ゛ぐぐ゛がァガ゛.....


ミ゛...ビぃだい....びダぃ........ァか゛ぁァあ....


ぎョぅ゛...ば、コレで...オワりバず.....


―――――――――――――――


映像は最後、倒れ込む少女を映して終わった。


そして砂嵐と荒れ狂うノイズが走る音と共にとある文字が浮かぶ


『FOMDJ』


一部始終を観た二人は顔を見合わせることも言葉も交わすこともなく静謐なビデオルームを保った。


雨と雷が共鳴する中で二人は静かに戦慄した―。

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