一章 七話 初陣
永仁元年 (1293) 8月 一色太郎
ついに始まってしまう、こういう時は感情は高ぶってしまうというが意外にも冷静だ。屋敷の外の陣にある陣に続々と兵が集まってくる。
およそ、200ほどだろうか、ほとんどが瘦せ型の農民なひ弱そうな体をしたものばかりだったのだが、中にはおそらく赤嶺の部下と思われる赤の鉢巻きを頭に巻いた集団がいた。
先頭にいた、スキンヘッドの赤鉢巻きに話しかけた
「おい、三郎はいるか?」
「三郎様ですか、三郎様は家を出るの直前まで師匠様に連れて行ってくれとせがみ続けていましたが、とうとう奥様が出てきて首根っこつかんで連れていかれてましたよ、あれは面白かった」
ゲラゲラ笑いながら教えてくれた。
俺のそばには笑い転げている守時がいたが、こいつはすでに初陣は済ませているから、興奮しているわけでもないようだ。
そのあと俺は館の一室に公波に連れてこられ、そこに父上を始めとした重臣たちが集まっていた。
「いったいどうされたのですか?」
そういうと父上は申し訳なさそうに、
「お前は今日より一色頼行と名乗れ。こんな時に元服させて済まない、もっと盛大にしたかったのだが」
「承知いたしました。」
別に予想できないことでもなかった、うちはこの戦ですでに先手を取られており不利になるので父上がなくなることも考えたら納得はできるだが、10歳はさすがに早くないかと内心思っていた。
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永仁元年 (1293) 8月 一色公深
「よし、それではこれより軍議を始める、公載説明せよ」
「はっ、まず双方の戦力ですが、安井は周辺の流れ者を雇い500ほどに膨れ上がっています。わが軍はおよそ250ほどで、塩原が現在兵を集めながら、こちらに向かっており、最終的に300ほどになると思います。
つづいて周辺勢力の動向は、三河守護は霜月の騒動の影響で交代があり得宗家の支流のため中立の立場を表明しており、近隣の小川氏は郎党を集結させてはいますが、特にどちらに偏っているわけでもありません。
ただ、吉良氏が援軍をしてくれることになっています。
次に安井の軍はすでに猿渡川まであと18町(およそ二キロ)ほどです。一方我々は猿渡川の岸にすでに陣を張っており、川を挟んで戦う予定です。
わが軍は、左翼に私の50、中央に殿の100、右翼に赤嶺の100で、若は赤波の軍で待機してもらいます。」
「つまりわれらは、吉良が来るまで耐えることが勝利条件だな。あと、相手が迂回部隊出すかもしれないから、赤波から30人選んで太郎に対応させよう、初陣から厳しい戦で申し訳ないわ」
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永仁元年 (1293) 8月 一色頼行
さて、両軍が猿渡川をはさんでにらみ合う状況が始まり、お互いに戦口上を叫びあっていた。
安井のサルは群れが大きくなったからか、威勢だけは良さそうだ。今回俺は30の兵を持って赤嶺の軍の後ろにいる。
どうやら本格的に始まったようだ。
赤嶺の精鋭たちが弓を射かけるが、数十本の矢をものともせず突っ込んでくる、俺も暇なので適当に弓を敵に降らしていたら、偶々一本の矢が騎馬武者に当たったが奴は倒れず怒り狂い、矢が飛んできたこちらを鬼の形相でにらみ突っ込んできたその時だった。
赤嶺の公波をはじめとする、赤嶺の騎馬隊が集団になって突っ込みその騎馬武者と一合、二合と競り合ったあと、公波がその首を切り飛ばした。
そいつはどうやら、こっちの方面の指揮官だったらしく、目に見えて士気が下がっていた。しかし、ほかの方面はこちらが押されていた。
そのまま、一時間ほどたったころだった。
「若、川の上流から抜けてくる兵がいます。」
「なんと!数はいかほどだ?」
「詳しくはわかりませぬが、50はいるかと」
「わかった、俺が行くからお前は本陣に俺が向かったことを伝えろ。」
「はっ」
「行くぞ者ども!」
「「「応」」」
日が暮れ始めたころ、俺は別動隊を発見した。
そして、俺たちはその時道の端の茂みに隠れていた。
相手の隊列の先頭が目の前を通り過ぎた時
「まだ出るなよ、まだだ、まだ....未だ撃て!突撃!」
突然轟音が鳴り響き、一部の兵の体は燃え盛る。そこに、赤嶺流の武者が攻めてきたら、そりゃ大変な大騒ぎになった。
目の前に大河ドラマでよく見るような大鎧を着た武者がパニックになっている馬から転げそうになりながら必死に場を収めようとしていた。
相手が無防備なところを狙い、俺は弓を射た。
しかしそれは荒ぶる馬に当たった。俺は急いで二射目を用意しようとしたとき、倒れた馬からムクリと人が起き、こちらに向かってくる。
急いで撃ち相手の目に当たったが、奴は倒れず太刀を抜き走り始めた。俺は間に合わないと思い急いで弓から太刀に握り替え、俺も駆け出す、お互いに上段だ。
距離がみるみるうちに縮まり、接触する。
俺はあえて先に振ってしまったと思わせて、太刀の位置を中段に変え、さらに少しでも早く相手の懐に入るために前に飛び、相手の腹にめがけて突く。
相手が振り下ろしたその刃は俺には当たらず、柄の端が俺の背中を強打する。俺は飛び込むタイミングで目を閉じており、目を開けると、相手の黒の鎧が真っ赤に染まっいた。俺はあまりの衝撃に気を失った。
どうやら俺が倒したのが、別動隊の隊長だったらしくそのままの勢いで勝利したらしい。その後別動隊の勝利を聞いた一色軍は全方面で優勢になり、そのままの勢いで、勝利し、吉良軍と合流後、俺が目が覚めて僅か数日で安井家の領地を占領した。
おかげで一色家は18000石ほどの領地となった。
それと気になった人も多いと思うがあの轟音を出し火を噴く道具は、俺が数年前に見つけた突火槍とよばれる中国の武器のもので竹製の筒に火薬と石なり金属なりを入れて相手を傷つける武器だが、この武器の有効射程はわずか1mほどで遠距離武器ではない、なんなら、竹製で安価なので近接系の兵士の携帯用武器として使われた歴史を持つ。今回は竹の筒に出来損ないのような威力の火薬(調合の割合が分からない)と石を入れて相手を燃やした。
《鷹一つ見つけてうれし伊良古崎》
松尾芭蕉
こんにちは梟町です。
戦闘描写がうまくかけていたか不安ですね。
チュートリアル戦みたいな感じなんで、今回は簡単に戦が終わらせました。
あと残念ながらもちろん安井氏は架空です、この時代の豪族で知ってるやつや情報があるやつが少ないから、架空が多くなってしまいます、ご了承ください。
あと、小川氏って後の水野氏ですね、家康のいとこもいる家で天保の改革っていうやつの指導者の水野忠邦もこの家出身です。
最後の句は愛知の句って調べて出てきた。
今後の成長に役立てたいので、戦闘描写についての感想はみんな書いてください。
追記 申し訳ございません、この時期の三河守護は吉良貞義という人物だった可能性が高いです。この物語においてはこの時期は得宗家だったということにしてください。




